食道裂孔ヘルニア

胸やけ、げっぷ、すっぱいものがこみ上げてくる不快感。その原因は、胃の一部が胸にはみ出す「食道裂孔ヘルニア」かもしれません。実はこの状態、胃カメラ検査を受けた日本人の約半数に見つかるほど、誰にでも起こりうる非常に身近なものなのです。

多くは症状がなく治療も不要ですが、つらい症状に悩む方も少なくありません。その原因は加齢だけでなく、肥満や猫背といった日々の生活習慣が大きく関わっています。治療法も専門家の間で議論が続いており、ご自身に合った選択をすることが重要です。この記事では、食道裂孔ヘルニアの正しい知識と治療法について詳しく解説します。

食道裂孔ヘルニアの概要

私たちの体は、胸とおなかという2つの部屋に分かれています。 この部屋を仕切っているのが、「横隔膜」という筋肉の壁です。

横隔膜には、食道が通るための「食道裂孔」という穴があります。 食道裂孔ヘルニアとは、おなかの部屋にあるべき胃の一部が、 この穴を通って胸の部屋へとはみ出してしまう状態を指します。

この状態は決して珍しいものではありません。 胃カメラ検査を受けた日本人のおよそ半数に見つかるともいわれます。 多くの場合、症状がないため治療はせず、経過観察となります。

実際に、症状がない場合に手術をした方が良いのか、 経過観察で良いのかを比較した質の高い研究はまだありません。 一方で、症状がある場合の治療法は、専門家の間でも議論が続いています。

そのため、治療を進める際には、医師と患者さんがよく話し合い、 ご自身の状態や希望に合った方針を一緒に決めることがとても重要です。

食道裂孔ヘルニアの種類

食道裂孔ヘルニアは、胃がどのように胸へはみ出すかによって、主に4つのタイプに分けられます。 ほとんどの場合は、症状が出にくい「I型(滑脱型)」です。

型

名称

特徴

I型

滑脱型(かつだつがた)

食道と胃のつなぎ目が、本来の位置から胸の方へ滑り出てしまうタイプです。食道裂孔ヘルニアの約95%がこのI型にあたります。

II型

傍食道型(ぼうしょくどうがた)

食道と胃のつなぎ目は正しい位置にありますが、胃の一部だけが食道の横から胸の方へはみ出してしまうタイプです。

III型

混合型

I型とII型の特徴をあわせ持ちます。つなぎ目と胃の一部が、一緒に胸の方へはみ出してしまうタイプです。

IV型

–

胃だけでなく、大腸や脾臓(ひぞう)など他の臓器も一緒に胸の方へはみ出してしまう、最もまれなタイプです。

このうち、II型からIV型はまとめて「傍食道ヘルニア」と呼ばれます。 傍食道ヘルニアは、I型の滑脱型に比べて症状が強く出やすい傾向があります。 そのため、手術による治療が必要になることも少なくありません。

手術方法には、お腹に小さな穴を開けて行う腹腔鏡手術や、 より精密な操作が期待できるロボット支援下手術があります。 特に大きな傍食道ヘルニアでは、ロボット支援下手術の利点が報告されています。

複数の研究をまとめた報告によると、ロボット支援下手術は腹腔鏡手術と比べて、 入院期間が短くなったり、長期的な再発率が低くなったりする可能性があるようです。 ただし、手術にかかる費用が高いという課題も指摘されています。

ご自身のヘルニアがどのタイプかを知ることは、 今後の治療方針を決める上でとても大切な第一歩になります。

食道裂孔ヘルニアの原因

食道裂孔ヘルニアは、一つの原因だけで起こるわけではありません。 生まれつきの体の特徴や、毎日の生活習慣といった、 いくつかの要因が重なって発症すると考えられています。

主な原因は、大きく分けて次の2つです。

  • 年を重ねることによる体の変化
  • お腹の圧力(腹圧)が高くなること

年を重ねることによる体の変化

年齢とともに体の筋肉が少しずつ衰えるように、 横隔膜にある食道の通り道(食道裂孔)もゆるみやすくなります。 食道を支えている組織が弱くなることで、 胃が本来あるべき場所からずれやすくなってしまうのです。

お腹の圧力(腹圧)の上昇

お腹の中の圧力が高まると、胃が下から押し上げられます。 そして、ゆるんだ食道裂孔から胸の方へ飛び出しやすくなります。 腹圧が高くなる具体的な原因には、以下のようなものがあります。

  • 肥満
    お腹の中の脂肪(内臓脂肪)が増えると、胃が常に圧迫されます。 実際に、肥満を改善する手術の後に、合併症として 食道裂孔ヘルニアや胃食道逆流症が見つかることは少なくありません。 これは、肥満と食道裂孔ヘルニアの深い関わりを示しています。
  • 姿勢のくせ
    猫背などで日常的に前かがみの姿勢をとっていると、 お腹が圧迫されてしまい、腹圧が上がりやすくなります。
  • 服装による締め付け
    ベルトやコルセット、体を強く締め付ける下着なども、 お腹に圧力をかける原因になるため注意が必要です。
  • その他の要因
    喘息などによる長く続く咳や、便秘のときの強いいきみ、 妊娠なども、一時的にお腹の圧力を高める要因となります。

これらの原因が、まるでパズルのピースのように組み合わさります。 例えば、加齢で横隔膜がゆるんだところに肥満が加わると、 食道裂孔ヘルニアになる可能性はさらに高くなるのです。 ご自身の生活習慣を見直すことが、予防の第一歩になります。

食道裂孔ヘルニアの症状

食道裂孔ヘルニアがあっても、症状が何もない方もたくさんいます。 症状がない場合、手術で治すのと様子を見るのでは、 どちらが良いかという質の高い研究結果は、まだありません。 そのため、特に治療はせず、経過を見ることが一般的です。

しかし、症状が出る場合は、胃酸が食道へ逆流することで起こります。 これは「逆流性食道炎」とよく似た症状として現れます。

【胃酸の逆流で起こる主な症状】

  • 胸やけ
    胸の真ん中あたりが、焼けるようにジリジリと熱く感じます。
  • 呑酸(どんさん)
    すっぱい液体や苦い胃液が、口の中まで上がってくる感じがします。
  • げっぷ
    食べ物と一緒に空気を飲み込みやすくなり、げっぷの回数が増えます。
  • つかえ感
    食べたものが、胸のあたりで止まってしまうような感じがします。

これらの症状は、食事の後や、体を前にかがめた時、 夜、布団に入って横になった時などに出やすいのが特徴です。

また、胃とは関係ないように思える、次のような症状が出ることもあります。

  • 原因がよくわからない、長く続く咳
  • のどに何かがつまっているような違和感
  • 胃が心臓や肺を圧迫することによる動悸や息切れ

まれですが、ヘルニアが大きくなり胃がねじれてしまうと、 「嵌頓(かんとん)」という危険な状態になることがあります。 急な激しいみぞおちの痛みや、息苦しさを感じた場合は、 命に関わることもあるため、すぐに病院を受診してください。

つらい逆流症状を和らげる治療法もあります。 気になる症状があれば、どんな小さなことでも医師に相談し、 ご自身に合った方針を一緒に考えていくことがとても大切です。

食道裂孔ヘルニアの検査・診断

胸やけや、すっぱいものがこみ上げる感じが続くときは、 その原因を詳しく調べるために、いくつかの検査を行います。 食道裂孔ヘルニアが疑われる場合に行う主な検査は、次の3つです。

検査方法

この検査でわかること

内視鏡検査(胃カメラ)

口や鼻から細いカメラを入れ、食道や胃を直接観察します。胃が胸にはみ出していないか、胃酸で食道が荒れていないかを確認できます。

バリウム検査

白い液体(バリウム)を飲んでレントゲンを撮ります。ヘルニアの形や大きさ、胃から食道への逆流が起きるかを影絵のように見ることができます。

CT検査

体を輪切りにしたような写真を撮る検査です。胃がどのくらい飛び出しているか、周りの心臓や肺を圧迫していないかを立体的に詳しく調べます。

これらの画像検査は、診断を確定させるためだけのものではありません。 今後の治療方針を決める上で、とても重要な情報源となります。

最近の研究では、特にCT検査の画像を詳しく分析することが、 より安全な治療につながるとわかってきました。 ヘルニアの状態を客観的なデータで評価し、手術が必要な場合、 合併症が起こる危険性を事前に予測するのに役立つからです。

私たち医師は、これらの検査結果を総合的に判断します。 そして、あなたにとって一番良い治療方針を一緒に考えていきます。 症状が強い場合は、さらに専門的な検査を行うこともあります。

食道裂孔ヘルニアの治療

食道裂孔ヘルニアの治療は、症状の有無や強さで方針が決まります。 症状がない場合は、特に治療はせず経過を観察することが一般的です。 つらい症状がある場合は、主に3つの方法で治療を進めていきます。

生活習慣の改善とお薬の治療

胸やけなどの症状が軽い場合は、まず生活習慣を見直します。 これらは、胃酸が食道へ逆流するのを防ぐことが目的です。 お薬の治療と合わせて、つらい症状を和らげていきます。

<生活習慣で気をつけたいこと>

  • 食事
    食べ過ぎや、脂肪の多い食事、甘いもの、お酒は控えましょう。
  • 姿勢
    猫背などの前かがみの姿勢を避け、ベルトでお腹を強く締めないようにします。
  • 食後
    食べてすぐに横になると胃酸が逆流しやすいため、少し時間をあけましょう。
  • 就寝時
    上半身を少し高くして寝ると、夜間の逆流を防ぎやすくなります。
  • その他
    肥満は腹圧を上げる大きな原因です。減量や禁煙にも取り組みましょう。

生活習慣の改善と並行して、胃酸の分泌を抑えるお薬を使います。 これらで症状が良くならない場合や、症状が重い場合は手術を考えます。

手術による根本的な治療

手術の目的は、胸にはみ出した胃をお腹の正しい位置に戻すことです。 そして、胃の通り道としてゆるんでしまった横隔膜の穴を縫い縮めます。 現在では、体に負担の少ない「腹腔鏡手術」が主流になっています。

手術では、逆流を防ぐための工夫を同時に行うことが一般的です。

  • 噴門形成術(ふんもんけいせいじゅつ)
    胃の一部を食道に巻き付け、逆流を防ぐための”フタ”を作ります。 逆流症状の改善が期待できますが、術後に一時的に食べ物がつかえやすくなることもあります。
  • メッシュによる補強
    ヘルニアが再発しないよう、人工のシートで穴の周りを補強します。 再発率が下がる可能性が報告されていますが、合併症のリスクも考慮し、慎重に判断されます。

どの治療法が最適か、専門家の間でもまだ議論が続いています。 そのため、それぞれの治療の長所と短所を医師とよく話し合い、 ご自身に合った方法を一緒に決めていくことが何よりも大切です。