マロリー・ワイス症候群
お酒の飲み過ぎなどで嘔吐を繰り返した後に吐血があり、「何か重い病気なのでは」と不安に感じていませんか。その症状は、食道と胃のつなぎ目が裂けるマロリー・ワイス症候群の可能性があります。この病気は全上部消化管出血の約5%を占めるとされ、決して珍しいものではありません。
この記事では、マロリー・ワイス症候群が起こる原因や特徴的な症状、診断に不可欠な検査について詳しく解説します。出血の状態によって異なる治療法や、命に関わる危険なサインについても紹介するため、ご自身の状況と照らし合わせて確認できます。
この記事を読むことで、症状への理解が深まり、医療機関を受診すべきか判断する一助となります。適切な初期対応を知り、万が一の事態に備えるために、ぜひ最後までお読みください。
マロリー・ワイス症候群の概要
マロリー・ワイス症候群とは、激しい嘔吐などを繰り返した結果、お腹の圧力(腹圧)が急激に高まり、食道と胃のつなぎ目の粘膜が縦に裂けて出血する病気です。
この病気は胃潰瘍などと並び、吐血や黒い便(下血)といった「非静脈瘤性上部消化管出血」を引き起こす主要な原因の一つです。上部消化管からの出血は、依然として高い罹患率と死亡率を伴う重大な疾患と位置づけられています※。
全上部消化管出血のうち約5%を占めるとされ、決して珍しいものではありません。
多くの場合、出血は自然に止まりますが、まれに出血が止まらず、血圧低下などを伴う「出血性ショック」という危険な状態に陥る可能性もあります。そのため、患者さんの予後を良くするためには、初期の全身状態を的確に評価し、迅速に処置を行うことが極めて重要です※。
マロリー・ワイス症候群の種類
マロリー・ワイス症候群は、損傷の深さと出血の状態という2つの観点から分類され、それぞれ治療の緊急性や方針を判断するうえで重要です。
一つは、損傷が食道のどの深さまで達しているかによる分類です。
マロリー・ワイス症候群は、食道壁の最も内側にある「粘膜」だけが浅く裂ける状態を指します。
これと似て非なる病気に、食道壁の全層が破れてしまう「ブールハーフェ症候群(特発性食道破裂)」があります。
こちらは胃酸などの消化液が胸の中に漏れ出し、命に関わる重篤な感染症を引き起こすため、緊急手術が必要になることが多い病気です。診断の遅れが死亡率に直結するため、発症から24時間以内の早期治療が不可欠とされています※。
このため、両者を正確に見分けることは極めて重要といえます。両者の違いを下表に整理します。
疾患名 | 損傷の深さ | 主な特徴
マロリー・ワイス症候群 | 食道壁の一部(粘膜)が裂ける | ・嘔吐後の吐血 ・胸の痛みは軽いか、ないことが多い
ブールハーフェ症候群 (特発性食道破裂) | 食道壁の全層が破裂する | ・嘔吐、激しい胸痛、首の皮下への空気のたまり(マックラーの三徴)※ ・緊急手術が必要になることが多い
もう一つは、治療方針を決めるうえで重要な、内視鏡で見た際の出血の状態による分類です。出血が続いているかどうかで、大きく2つに分けられます。
・活動性出血
内視鏡で見たときに、裂け目から血が噴き出したり、にじみ出ていたりする状態です。
・非活動性出血
すでに出血は止まっており、裂け目に血の塊(血餅)が付着しているか、あるいは傷だけが残っている状態を指します。
活動性出血を伴う場合は、再出血や出血量増加のリスクがあるため、内視鏡による止血術(クリップで傷を縫い合わせるなど)が推奨されています※。
一方、すでに止血している非活動性出血の場合は、再出血のリスクが低いと考えられており、予防的な止血処置は基本的には行いません。多くは胃酸を抑える薬などを用いながら自然に治るのを待つことになります※。
マロリー・ワイス症候群の原因
マロリー・ワイス症候群は、急激な腹圧の上昇が食道と胃のつなぎ目に強い圧力をかけ、粘膜を縦に引き裂くことで発症します。
私たちの体は、嘔吐する際に胃の内容物を勢いよく排出するため、お腹に凄まじい圧力をかけます。この時、食道と胃の境目には強い力が集中し、特に構造的に負荷がかかりやすい胃のカーブの内側「小弯(しょうわん)」側を中心に粘膜が裂けてしまうのです。
腹圧が急に高まるきっかけとして最も多いのは、お酒の飲み過ぎによる繰り返しの嘔吐です。アルコールには、食道と胃のつなぎ目を締めている筋肉(下部食道括約筋)を緩める作用があるため、嘔吐時の圧力がよりダイレクトに食道へ伝わりやすくなります。
その他、以下のような状況でも発症する可能性があります。
・つわりや食中毒、乗り物酔いによる激しい嘔吐
・喘息発作や風邪による激しい咳き込み
・便秘で強くいきむ排便習慣
・出産時のいきみ
また、胃の一部が胸側にはみ出す「食道裂孔ヘルニア」をお持ちの方も、お腹の圧力が食道へ伝わりやすくなるため、発症のリスクが高まると考えられています。
この圧力は通常、食道壁の最も内側にある粘膜層のみを浅く傷つけますが、極めてまれに食道の壁全体が破れてしまう「ブールハーフェ症候群」という命に関わる状態に発展することもあります※。
マロリー・ワイス症候群の症状
マロリー・ワイス症候群で最も特徴的なのは、繰り返す嘔吐の後に起こる吐血です。
最初は食事の内容物などを吐いていたのに、嘔吐を繰り返すうちに胃が空っぽになり、最後に鮮血を吐き出す、というのが典型的な経過です。食道からの出血は、血液が胃酸の影響を受ける前に吐き出されるため、比較的鮮やかな赤色をしています。
一方、出血した血液が胃の中に溜まり、胃酸と混ざることで黒く変色し、コールタールのような粘り気のある黒い便(タール便)として排出されることもあります。
通常、食道の粘膜には痛覚が乏しいため、胸やお腹の痛みを感じることはほとんどありません。しかし、裂け目が粘膜より深い層まで達している場合には、みぞおちあたりに痛みを感じることがあります。
上部消化管からの出血は、依然として高い罹患率と死亡率を伴う重大な疾患と位置づけられています※。
特に出血量が多い場合は、血圧低下などを伴う「出血性ショック」という危険な状態に陥る可能性があり、次のような症状が現れます。
【出血性ショックのサイン】
・立ちくらみ、めまい
・冷や汗をかく
・顔面蒼白(血の気が引く)
・脈が速く、弱くなる
・血圧が下がる
これらの症状は、出血によって体内の血液が不足し、生命を維持できなくなりつつある危険なサインです。一つでも当てはまる場合は、ただちに救急車を呼ぶか、医療機関を受診してください。
マロリー・ワイス症候群の検査・診断
吐血や黒い便などの症状からマロリー・ワイス症候群が疑われる場合、診断を確定させるためには上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)が不可欠です。この検査は、診断と治療の両面において「ゴールドスタンダード(最も確実で標準的な方法)」と位置づけられています※。
内視鏡を口または鼻から挿入し、食道と胃のつなぎ目にできた縦方向の裂け目を直接目で見て確認することで、診断が確定します。
さらに、この検査は単に診断をつけるだけでなく、治療方針を決定するための重要な情報も同時に得られます。内視鏡で裂け目を観察し、出血が続いている「活動性出血」なのか、すでに出血が止まっている「非活動性出血」なのかを評価するのです。
もし活動性出血が確認された場合は、検査に引き続いてそのまま内視鏡で止血処置へ移行できます。例えば、小さなクリップで裂け目を縫い合わせる「内視鏡的クリップ止血術」は、活動性出血に対して推奨される標準的な治療法の一つです※。
また、内視鏡検査と並行して、全身の状態をより正確に把握するために、次のような検査を併せて行うことがあります。
・血液検査
出血によって貧血がどの程度進んでいるか(ヘモグロビン値の低下など)を調べ、全身状態を評価するために行います。
・CT検査
特に、激しい胸痛を伴う場合や、食道壁の全層が破れてしまう「ブールハーフェ症候群」が少しでも疑われるケースで重要になります。胸の中に空気が漏れていないか(縦隔気腫)などを確認し、命に関わる状態を見逃さないための検査です。
吐血やタール便は、体からの危険信号です。自己判断で様子を見ることはせず、速やかに消化器内科のある医療機関を受診してください。
マロリー・ワイス症候群の治療
マロリー・ワイス症候群の治療方針は、出血が続いている「活動性出血」か、すでに止まっている「非活動性出血」かによって大きく異なります。
多くは自然に止血するため、傷を安静に保ち、自然治癒を促す「保存的治療」が基本となります。
出血がすでに止まっている場合(非活動性出血)
内視鏡検査で出血が止まっていると確認された場合は、体を安静にして傷の回復を待つことが治療の中心です。
具体的には、以下の治療を組み合わせて行います。
・絶食と点滴
食べ物や飲み物が食道を通過する際の物理的な刺激や、胃酸の分泌による化学的な刺激を避けるため、一時的に食事を止めます。その間の水分や栄養は点滴で補給し、裂けた粘膜が治りやすい環境を整えます。
・薬物療法
胃酸は、傷ついた粘膜の治りを妨げる一因です。そのため、胃酸の分泌を強力に抑える薬(プロトンポンプ阻害薬など)を使い、食道への胃酸の逆流を防ぎながら粘膜の修復を後押しします。
カナダ消化器病学会のガイドラインでも、出血を伴わないマロリー・ワイス症候群に対して、再出血を予防するための内視鏡的止血術は推奨されていません※。
出血が続いている場合(活動性出血)
内視鏡検査の時点で出血が続いていると判断された場合は、そのまま内視鏡を使って止血処置を行います。上部消化管内視鏡は、診断と治療を同時に行える標準的な方法と位置づけられています※。
止血処置には、主に以下の方法が用いられます。
・内視鏡的クリップ止血術
医療用の小さなクリップを使い、裂け目を縫い合わせるように直接閉じて出血を止めます。
・内視鏡的結紮術(EVL)
出血している部分を吸引し、輪ゴムのような専用のバンドをかけて縛ることで血流を遮断する方法です。
カナダの診療ガイドラインでは、活動性の出血に対して、これらのような機械的に出血点を圧迫する止血法が推奨されています※。
ごくまれに、これらの内視鏡治療で止血が難しいケースや、再出血を繰り返す場合には、カテーテルを用いて出血している血管を詰める「血管造影下塞栓術」や、外科手術が検討されることもあります。









