「胃にできる悪性腫瘍」と聞いて、ほとんどの方が「胃がん」を想像するのではないでしょうか。しかし、実は胃の悪性腫瘍にはもう一つ、全体の約5%という非常にまれな「胃肉腫」という病気が存在することをご存知でしたか。
胃肉腫は、一般的な胃がんとは発生する場所が異なり、初期症状がほとんど現れないことから「静かな病気」とも呼ばれています。さらに最近の研究では、私たちの不規則な生活による「体内時計」の乱れが、がんの進行を助けてしまう可能性も指摘され始めています。
この記事では、あまり知られていない胃肉腫について、胃がんとの違いから原因、症状、そして最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の体を守るための知識として、ぜひ最後までお読みください。
胃肉腫の概要
「胃肉腫(いにくしゅ)」は、胃にできる悪性腫瘍の一種です。 多くの人が知っている「胃がん」とは、発生する場所が異なります。
胃の壁は、食べ物が直接触れる内側の「粘膜」とその外側にある「筋肉」など、いくつかの層でできています。 このうち、一番内側の粘膜から発生するのが「胃がん」です。 一方、「胃肉腫」は粘膜以外の筋肉やリンパ組織といった部分から発生する悪性腫瘍を指します。
|
特徴
|
胃がん
|
胃肉腫
|
|
発生する場所
|
胃の壁の一番内側にある「粘膜」
|
粘膜以外の筋肉やリンパ組織など
|
|
発生する割合
|
胃の悪性腫瘍の約95%
|
胃の悪性腫瘍の約5%
|
胃にできる悪性腫瘍のうち、胃肉腫が占める割合は約5%と非常にまれな病気です。 40代から60代の方に見られることが多く、男性にやや多い傾向があります。
最近の研究では、胃肉腫のような消化器のがんが悪化したり転移したりする過程に、私たちの体に備わっている「体内時計(概日リズム)」が関係している可能性が指摘されています。
私たちの体には、昼に活動し夜に休むといった24時間周期のリズムを刻む機能があります。 この体内時計の働きが乱れると、がん細胞の増殖や転移を助けてしまう可能性があるのです。 不規則な生活は、がんの治療効果にも影響を及ぼすと考えられています。
胃肉腫の種類
胃肉腫は、がん細胞がどこから生まれたかによって、いくつかの種類に分けられます。 胃がんが胃の一番内側にある粘膜からできるのとは違い、胃肉腫は粘膜以外の部分から発生します。
胃肉腫の主な種類には、以下のものがあります。
- 悪性リンパ腫 胃の壁の中にある、免疫を担当するリンパ組織から発生するがんです。 血液のがんの一種でもあり、ピロリ菌の感染が原因となる「MALTリンパ腫」もこれに含まれます。 ある研究では、ピロリ菌に感染し続けることが、胃の病気を繰り返すリスクを高めると報告されています。
- 平滑筋肉腫(へいかつきんにくしゅ) 食べたものを消化するために胃を動かしている、壁の筋肉(平滑筋)から発生する腫瘍です。
- GIST(ジスト/消化管間質腫瘍) 胃の動きをコントロールし、食べ物を腸へ送る指令を出す特殊な細胞から発生します。
このように胃肉腫には様々な種類があり、それぞれ治療方針が大きく異なります。 そのため、どの種類の胃肉腫なのかを正確に診断することが、治療のとても重要な第一歩となります。
胃肉腫の原因
胃肉腫がなぜできてしまうのか、その詳しい原因はまだ全てわかっていません。 しかし、いくつかの要因が重なって発症するのではないかと考えられています。
原因の一つとして、私たちの体を作る設計図である「遺伝子」の異常が挙げられます。 何らかのきっかけで遺伝子に間違いが起こると、細胞が異常に増えてしまいます。 この異常な細胞の増殖が、胃肉腫につながるという説があります。
また、特定のウイルスや細菌への感染も、原因の一つとして注目されています。 これらが胃に長く留まると、胃の中で常に弱い火事が起きているような状態(慢性炎症)になります。 この慢性炎症が、細胞ががん化するきっかけを作る可能性があるのです。
- ピロリ菌 胃がんの原因として知られていますが、胃肉腫の発生にも関わる可能性があります。
- エプスタイン・バーウイルス(EBV) このウイルスが胃の細胞に感染し、がんの発生を促すことがあると考えられています。
最近の研究では、ピロリ菌とEBウイルスの両方に感染した場合(混合感染)、胃の病気のリスクが高まることが指摘されています。 この二つが同時に感染すると、お互いに影響し合い、胃の炎症をさらに悪化させます。 そして、がん細胞が育ちやすい環境を作ってしまう可能性があるのです。
このように、遺伝子の問題や感染などが複雑に絡み合って発症すると考えられています。 胃肉腫の原因を明らかにするため、現在も世界中で研究が続けられています。
胃肉腫の症状
胃肉腫は、初期の段階では自覚できる症状がほとんどありません。 「静かな病気」とも言え、気づかないうちに進行していることがあります。 そのため、胃の検診や人間ドックなどで偶然見つかることも多い病気です。
しかし、腫瘍が大きくなってくると、体は様々なサインを出し始めます。 以下のような症状が続く場合は、見過ごさずに注意しましょう。
【胃肉腫のサインかもしれない症状チェックリスト】
- 胃の痛みや不快感、しつこい胃もたれ
- なんとなく食欲がわかない
- 吐き気や、実際に吐いてしまうことがある
- お腹が張る感じ(腹部膨満感)
- ダイエットをしていないのに体重が減る
- イカ墨のように真っ黒な便(タール便)が出る
- 血を吐いてしまう(吐血)
- 立ちくらみ、動悸、息切れがする(貧血)
- お腹を触ると、しこりのようなものに気づく
- 便秘がちになった
胃の痛みや不快感といった症状の背景には、慢性的な炎症が隠れている場合があります。 ピロリ菌や特定のウイルスへの感染が続くと、胃の中で常に弱い火事が起きているような状態になります。 最近の研究では、このような複数の感染が相互に作用し、がん細胞が育ちやすい環境を作り出す可能性が指摘されています。
また、腫瘍からじわじわと出血することで、便が黒くなることがあります。 これは血液が胃酸によって黒く変化するためです。 出血量が多くなると貧血が進み、立ちくらみや息切れとして現れます。
これらの症状は、胃肉腫だけに特有のものではありません。 しかし「いつもの胃の不調」と自己判断せず、気になる症状があれば、必ず医療機関を受診してください。
胃肉腫の検査・診断
胃の不快感などの症状から胃肉腫が疑われる場合、いくつかの検査を組み合わせます。 診断の中心になるのは、胃カメラとも呼ばれる「内視鏡検査」です。
口や鼻から細いカメラを入れ、胃の中を直接すみずみまで観察します。 モニターに映し出された映像で、腫瘍があるか、どのくらいの大きさかなどを確認します。
そして診断を確定させるために、最も重要なのが「病理検査」です。 胃カメラの際に、疑わしい部分の組織をほんの少しだけつまみ取ります。 この組織を顕微鏡で詳しく調べ、細胞が悪性かどうかを判断するのです。
ただ、胃肉腫は胃の粘膜の下に隠れてできることがあり、見つけにくい場合があります。 そこで、より正確に診断するために、検査の技術も進化しています。
最近の研究では、新しい内視鏡技術の有効性が示されています。 「TXI」という、組織の色や表面のわずかな凹凸を強調して映し出す技術です。 16,000人以上を対象とした複数の研究を分析した結果が報告されています。 それによると、このTXIは従来の胃カメラに比べ、病気を見つけ出す確率が約1.8倍高くなりました。 このような技術のおかげで、より早期の発見が期待できるようになっています。
さらに、腫瘍の広がりや他の場所への転移がないかを確認する検査も行います。
- 内視鏡エコー検査(EUS) 胃カメラの先端から超音波を出し、腫瘍が胃の壁のどの深さまで達しているか調べます。
- CT検査 体の輪切り画像を撮影し、腫瘍の正確な位置や周りの臓器への影響、転移の有無を確認します。
これらの検査結果を総合的に判断し、最終的な診断を下します。 そして、患者さん一人ひとりに最も適した治療方針を慎重に決めていきます。
胃肉腫の治療
胃肉腫の治療は、肉腫の種類や進行度によって方法が大きく変わります。 そのため、治療の前にはどの種類の肉腫なのかを正確に調べることが大切です。
治療方針は、主に肉腫の種類によって決まります。
|
肉腫の種類
|
主な治療法
|
|
悪性リンパ腫
|
・抗がん剤を使った化学療法<br>・放射線治療<br>・ピロリ菌の除菌治療(MALTリンパ腫の場合)
|
|
平滑筋肉腫やGIST
|
・手術による腫瘍の切除<br>・分子標的薬という特殊な薬を使った治療
|
悪性リンパ腫は、血液のがんの仲間でもあるため、体全体に作用する抗がん剤や放射線での治療が中心です。 特に「MALTリンパ腫」という種類では、原因であるピロリ菌を取り除く「除菌治療」だけで、がんが小さくなることもあります。
一方、平滑筋肉腫やGISTは、かたまりを作るタイプのがんです。 このため、手術で腫瘍を取り除くことが治療の基本となります。 幸い、周りのリンパ節に転移しにくい性質があるため、胃を部分的に切除し、できるだけ胃を残す手術が多く選ばれます。
また、最近の研究では、私たちの体に備わっている「体内時計(概日リズム)」が、がんの進行や治療効果に影響を与える可能性が指摘されています。 体内時計は、昼に活動し夜に休むという体のリズムを刻む機能です。 このリズムが乱れると、がん細胞の増殖を手助けしたり、薬への抵抗性を生んだりすることがわかってきました。 将来的には、体内時計のリズムに合わせて薬を投与するなど、より効果的な治療法の開発が期待されています。
どの治療法を選ぶかは、患者さん一人ひとりの状態をみて慎重に判断します。 担当の医師と十分に話し合い、納得のいく治療法を選んでいきましょう。