ピロリ菌感染

胃の不調が長引き、「ピロリ菌感染かも」と不安を抱えていませんか?胃炎や胃潰瘍、さらには特定の胃がんの一因となるピロリ菌は、主に幼少期に感染すると言われています。近年は、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性ピロリ菌が増加しています。例えばアジア地域では、メトロニダゾールに対する耐性率が84%を超える報告もあり、従来の治療では効果が得にくいケースも少なくありません。

本記事では、ピロリ菌感染の概要から、体への負担が少ない検査方法、そして薬剤耐性菌に対応するための最新の除菌療法やナノテクノロジーを用いた研究動向までを解説します。

ご自身のピロリ菌の状態を正しく理解し、最適な治療選択をすることで、胃の健康を守り、今後の不安を軽減できる一助となるでしょう。

ピロリ菌感染の概要

ピロリ菌感染症は、胃の粘膜に「ヘリコバクター・ピロリ」という細菌が感染することで引き起こされる病気です。この細菌は、慢性胃炎や胃潰瘍を引き起こすだけでなく、特定の胃がん発症の主要な原因の一つとなることがわかっています。※

ピロリ菌は、主に幼少期に感染すると考えられています。一度感染すると自然に治ることはほとんどなく、多くの場合、生涯にわたって胃に住み着く特徴があります。感染が長期間続くと、胃の粘膜で炎症が起こり続け、胃の機能が低下することがあります。また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症リスクを高めるだけでなく、特定の胃がんの発症にも関与する要因となります。

近年、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性ピロリ菌が増加しています。これにより、従来の抗菌薬による除菌治療では、十分な効果が得られないケースも増えてきました。※このような状況から、従来の治療法に代わる、ナノテクノロジーなどの新たな治療アプローチが緊急に求められ、研究が進められている段階です。※そのため、ピロリ菌感染が確認された際には、その患者さんの状態や耐性の有無に合わせて、適切な検査と治療法を早期に検討することが非常に重要です。

ピロリ菌感染の種類

ピロリ菌は、一括りにはできない多様な「顔」を持っており、特に抗生物質が効きにくいタイプ(耐性菌)の存在が、治療を難しくしているのが現状です。アジア全域では、ピロリ菌の抗生物質に対する耐性が深刻化しており、従来の除菌治療の効果が低下していることが報告されています※。

ピロリ菌が「耐性」を持つというのは、細菌が薬から身を守るために、自身の設計図である「遺伝子」を変化させることです。この遺伝子の違いにより、除菌治療に用いられる特定の抗生物質が効きにくくなる「耐性菌」と呼ばれるタイプが存在します。耐性を持つピロリ菌の場合、通常の抗生物質では期待する効果が得られない可能性があるといえます。

除菌治療でよく使われる抗生物質に対し、どのような遺伝子変異によって耐性が生じ、どれくらいの割合で確認されているのかを以下の表にまとめました。

抗生物質の種類

主な耐性遺伝子変異

アジア地域での耐性率

クラリスロマイシン

A2142G、A2143G

19~34%

・遺伝子変異があると薬が効きにくい

メトロニダゾール

rdxA

東アジアで84%超

・遺伝子変異があると薬が効きにくい

アモキシシリン

pbp1A

6~34%

・遺伝子変異があると薬が効きにくい

レボフロキサシン

gyrA/B

31~66%

・遺伝子変異があると薬が効きにくい

※

さらに、ピロリ菌の耐性率は地域によって大きく異なるため、全国一律の治療方針では対応しきれない現状があります※。このため、画一的な治療ではなく、患者さん一人ひとりの体内にあるピロリ菌が持つ特徴を正確に見極め、それに合わせた「個別化医療」が不可欠と考えられています※。

当院では、最適な治療のため、患者さんから検出されたピロリ菌がどの抗生物質に耐性を持つかを確認する検査を重要視しています。また、耐性菌の動向を継続的に監視し、治療法の国際的な知見を共有していくことも、今後のピロリ菌治療における重要な課題として取り組んでいます。ご自身のピロリ菌がどのようなタイプであるかを知ることで、より効果的な治療計画を立てられるでしょう。

ピロリ菌感染の原因

ピロリ菌感染の主な原因は、口を介した感染、特に乳幼児期の家庭内感染が大半を占めています。胃の強い酸から身を守り、粘膜にしっかりと定着するピロリ菌の特殊な能力が、感染を長期化させる要因となります。

ピロリ菌が体内に入る具体的な経路は次のとおりです。

  • 口からの感染(経口感染):
  • 汚染された水や食べ物から感染する場合があります。
  • ピロリ菌を持つご家族との間で、食べ物の口移しや、スプーン・コップの共有があった場合も、感染のリスクが高まります。
  • 感染者の吐いたもの(吐しゃ物)が口に入ってしまうことでも感染に至る可能性があります。

胃に入り込んだピロリ菌は、本来、胃酸という強力な消化液にさらされます。しかし、ピロリ菌は自身が作り出すウレアーゼという酵素を使って胃の粘液中の尿素を分解し、アンモニアを発生させます。このアンモニアが胃酸を中和することで、ピロリ菌は胃の厳しい環境の中でも生き残れると考えられています。

さらに、ピロリ菌は胃の粘膜細胞に接着するための特別な「足場」を持っています。BabAやSabAと呼ばれる接着分子を利用して細胞にくっつくことで、胃の粘膜にしっかりと定着します※。これは、細胞が菌を取り込む「ジッパー型」というメカニズムだけでなく、菌の形態に合わせて細胞を巻き込むように取り込ませる「トリガー型」の侵入方法も併用していることがわかってきました※。

細胞の中に入り込んだピロリ菌は、細胞が不要なものを分解・処理する「オートファジー」という仕組みに関わる小さな袋状の構造(小胞)の中で生存し、増殖を続けます※。特にVacA(バクエー)という毒素を持つピロリ菌の株は、細胞内で排除されにくく、より長く生き延びる能力があるといえます※。

このような定着能力と細胞内での生存能力が、ピロリ菌が胃の中に長期間居座り、さまざまな胃の病気を引き起こす根本的な原因となります。

ただし、細胞内へのピロリ菌の侵入が、除菌治療の失敗にどの程度直接影響しているのか、またピロリ菌が細胞内で具体的にどれくらいの期間生存するのかなど、まだ完全に解明されていない点も多く残されています※。

日本では、公衆衛生の向上により、大人になってからの新たなピロリ菌感染は非常にまれとなり、全体的な感染者数は減少傾向にあります。

ピロリ菌感染の症状

ピロリ菌に感染しても、自覚症状がないケースや、あっても軽い胃の不快感で済むケースが少なくありません。しかし、感染が長く続くと、胃の粘膜で炎症が起こり続け、様々な症状が現れるようになります。

主な症状は次のとおりです。

  • 胃の不調: 胃もたれ、胃痛、吐き気、食欲不振などが挙げられます。これらは、ピロリ菌による慢性胃炎が進行しているサインである場合があります。
  • 潰瘍の症状: ピロリ菌感染が原因で、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になることもあります。この場合、みぞおちの痛みや胸やけ、あるいは黒い便(タール便と呼ばれる、消化管出血を示すサイン)が見られることもあります。

これらの症状だけでピロリ菌感染を特定するのは難しいものです。長引く胃の不調がある場合や、上記のような症状に心当たりがある場合は、一度医療機関で相談してみることをおすすめします。

また、ピロリ菌感染は、胃の症状にとどまらず、体の他の部位にも影響を及ぼす可能性が指摘されています。例えば、妊娠中の女性の場合、ピロリ菌感染が判明すると、以下のようなリスクが高まる可能性が示唆されています※。

  • 妊娠高血圧腎症: 妊娠中に血圧が高くなる病気です。
  • 妊娠糖尿病(GDM): 妊娠中に血糖値が高くなる状態を指します。
  • 重いつわり(妊娠悪阻): 通常のつわりよりも症状が重く、治療が必要な場合もあります。
  • 早産: 妊娠37週未満での出産です。
  • 赤ちゃんが在胎週数に対して小さく生まれる(SGA): お腹の赤ちゃんの成長が遅れている状態を指します。

ただし、これらの関連性はまだ研究段階にあり、現時点では、妊娠中に一律でピロリ菌の検査や除菌治療を行うことは推奨されていません※。ピロリ菌感染は、このように胃以外の健康にも影響を及ぼす可能性が考えられるため、もし妊娠を検討している方や妊娠中の方でご心配があれば、医師に相談することが重要です。

ピロリ菌感染の検査・診断

ピロリ菌感染の有無を正確に知ることは、胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんの早期発見と予防、そして適切な治療へとつながる重要なステップです。感染が確認されれば、どのような治療が効果的かを見極めるためにも、検査は欠かせません。

ピロリ菌の検査は、大きく分けて2つの方法があります。医師は患者さんの状態や希望を考慮し、最適な検査を提案します。

1. 内視鏡を使う検査(侵襲的検査)

内視鏡検査と同時に胃の粘膜を少量採取し、ピロリ菌の有無を調べる方法です。胃の内部を直接確認できるため、他の胃の病気も同時に診断できます。

内視鏡を使う主な検査は次のとおりです。

  • 迅速ウレアーゼ試験:
    採取した胃の組織に特殊な試薬を加えます。ピロリ菌が持つ「ウレアーゼ」という酵素が、胃の粘液中の尿素を分解してアンモニアを出すことで、試薬の色が変化します。この色の変化でピロリ菌の存在を短時間で確認できるため、即日診断に役立ちます。
  • 鏡検法(組織診断):
    採取した胃の組織を特殊な方法で染色し、顕微鏡で直接ピロリ菌がいるかどうかを確認します。胃の粘膜の状態も詳しくわかるため、ピロリ菌による炎症の程度も同時に評価できます。
  • 培養法:
    採取した胃の組織からピロリ菌を培養し、増殖させて確認する方法です。この検査では、どの種類の抗生物質がピロリ菌に効きやすいか(薬剤感受性)を詳細に調べることが可能です。

2. 内視鏡を使わない検査(非侵襲的検査)

体への負担が少なく、内視鏡検査をせずにピロリ菌の有無を調べられる方法です。

内視鏡を使わない主な検査は以下のとおりです。

  • 尿素呼気試験:
    特殊な薬(尿素)を飲んだ後、一定時間経過してから吐き出す息を集めます。ピロリ菌がいると、飲んだ尿素が体内で分解されて二酸化炭素として排出されるため、その量を測定することで感染の有無がわかります。非常に精度が高く、広く用いられている検査法です。
  • 便中抗原検査:
    便の中に含まれるピロリ菌特有のタンパク質(抗原)を検出する方法です。便を採取するだけで手軽に検査でき、お子さんの検査にも適しています。
  • 抗体検査:
    血液や尿の中に、ピロリ菌に対する「抗体」があるかどうかを調べます。抗体は、過去にピロリ菌に感染したことがあるかどうかを示すマーカーです。ただし、除菌後も抗体がしばらく体内に残る場合があるため、現在の感染状況を正確に反映しない可能性もあります。

近年、ピロリ菌の診断方法には新たな選択肢が加わりました。核酸増幅法という検査です。これはピロリ菌の遺伝子の一部を直接検出する方法で、より正確な診断につながることが期待されます※。

また、胃酸の分泌を抑える薬である**PPI(プロトンポンプ阻害薬)**を服用している場合、ピロリ菌の活動が抑えられ、検査結果が正確に出ないことがあります※。これは、PPIが胃酸を減少させることでピロリ菌が一時的に減少し、検出されにくくなるためです。ピロリ菌の検査を受ける際は、現在服用している薬について、必ず医師に伝えるようにしましょう。

これらの検査によってピロリ菌感染が確定した場合、次のステップとして除菌治療へと進みます。胃の不調が続く場合や、胃の病気のリスクが気になる場合は、早めに医療機関を受診し、適切な検査を受けることが大切です。

ピロリ菌感染の治療

ピロリ菌感染が見つかった場合、胃の中にいる菌を体から取り除く「除菌療法」が治療の中心となります。日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、慢性胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんといった病気を未然に防ぐためにも、ピロリ菌感染者全員に対して除菌治療を行う「全例除菌」が強く推奨されています※。

現在の一般的な除菌治療は、胃酸の分泌を抑える薬と2種類の抗菌薬を組み合わせた内服薬を、通常1週間にわたって服用する方法です。特に2024年改訂版のガイドラインでは、従来のプロトンポンプ阻害薬(PPI)に比べて、新しいタイプの胃酸分泌抑制薬であるP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)が、より高い除菌効果を持つことが示されています※。これは、P-CABがPPIよりも強力に胃酸の分泌を抑えることで、抗菌薬がピロリ菌に届きやすくなり、効率的に除菌できるためです。また、胃がん予防を目的とする場合、若年期からの早期除菌が有効であることも、ガイドラインで新たに明記されています※。

しかし、近年、一部のピロリ菌が抗菌薬に耐性を持つ「薬剤耐性ピロリ菌」が増加しており、従来の治療法では十分な効果が得られないケースも少なくありません。この課題に対し、薬剤を効率よく患部に届けるためのナノテクノロジーを応用した、新たな治療法の研究が進められています※。

ナノテクノロジーを用いた治療では、非常に小さなナノ粒子を活用します。このナノ粒子には、特定の標的へ薬剤を運んだり、ピロリ菌が作るバイオフィルム(菌が集まってできる膜)を破壊したり、直接菌を殺す作用を持つものがあります※。例えば、銀や金などの金属ナノ粒子は、活性酸素を発生させたり、菌の細胞膜を壊したりすることで、90%を超える高い除菌率を達成する可能性が示されています※。また、キトサンやPLGAといった高分子(高分子化合物)でできたナノ粒子は、副作用を抑えながら薬剤を効率的に患部に放出できるようになります※。複数の薬剤をナノ粒子に組み込むことで、それぞれが相乗的に働き、薬剤耐性ピロリ菌に対しても有望な代替治療法となる可能性を秘めているといえます※。

このように、ピロリ菌治療は日々進化を続けています。ご自身のピロリ菌がどのようなタイプであるか、どの薬剤に耐性を持っているかなどを医師とよく相談し、最適な治療計画を立てることが、除菌成功への鍵となります。