前立腺肉腫

前立腺にできる悪性腫瘍と聞くと、多くの方が「腺がん」を思い浮かべるかもしれません。しかし、その中には全体のわずか0.2〜0.3%という、非常にまれな「前立腺肉腫」という病気が存在することをご存知でしょうか。腺がんとは発生する細胞が全く異なり、悪性度が高く進行が速い傾向にあるのが特徴です。

さらに厄介なことに、前立腺がんの発見で役立つPSA検査では数値が上がらないことも多く、専門家でさえ診断が難しい場合があります。お子さんに発生するケースもあり、一般的な前立腺がんの知識だけでは対応できない、未知の側面を持つ病気と言えるでしょう。

この記事では、謎の多い前立腺肉腫について、その種類や原因、注意すべき初期症状から、手術や遺伝子レベルでの最新治療まで、専門的な情報を分かりやすく解説します。ご自身や大切な人のために、正しい知識を身につけましょう。

前立腺肉腫の概要

前立腺にできる悪いできもの(悪性腫瘍)には、いくつかの種類があります。 そのほとんどは「腺がん」ですが、ごくまれに「肉腫」というタイプができます。

▼前立腺にできる悪性腫瘍の種類

  • 腺がん
  • 前立腺で精液の一部を作る「腺細胞」という細胞から発生します。
  • 前立腺にできる悪性腫瘍のうち、9割以上を占める一般的なタイプです。
  • 肉腫
  • 筋肉や血管など、体の構造を支える細胞から発生する悪性腫瘍です。
  • 前立腺の悪性腫瘍の中では0.2〜0.3%と、非常にまれなタイプです。

前立腺肉腫は、発生する細胞の種類が腺がんと全く異なるのが特徴です。 悪性度が高く、大きくなるスピードが速い傾向にあるとされています。 そのため、病気のこれからの見通し(予後)は慎重に判断する必要があります。

特にお子さんに発生することがある「横紋筋肉腫」という種類があります。 この治療法として、がんの近くに放射線を出す小さな粒を置く方法があります。 多くの研究をまとめた信頼性の高い報告では、5年後の生存率は90%を超えます。 しかし、約35%の方におしっこや生殖機能の合併症が起こるという課題もあります。

このように、前立腺肉腫は非常にまれですが、腺がんとは違う特徴を持つ病気です。

前立腺肉腫の種類

前立腺肉腫とひとことで言っても、実はいくつかの種類に分けられます。 がん細胞の見た目や性質によって分類され、どの種類かで見通しや治療法が変わります。 そのため、種類を正確に見極めることが、治療の第一歩として非常に大切です。

前立腺肉腫の細胞は、顕微鏡で見ると細長い形をしたものが多いです。 しかし、その見た目は非常にバラエティに富んでおり、専門家でも判断が難しいことがあります。 これは、正確な診断のためには詳しい検査が欠かせない理由の一つです。

主な前立腺肉腫の種類

特徴

平滑筋肉腫

内臓の壁などを作る「平滑筋」という筋肉の細胞からできる肉腫です。

横紋筋肉腫

体を動かす骨格筋のもとになる細胞からでき、お子さんに見られることもあります。

がん肉腫

がんと肉腫という、2つの悪い性質をあわせ持つ非常にまれなタイプです。

間質肉腫

組織と組織のすき間を埋めている「間質」という部分からできる肉腫です。

これらの種類を正確に診断するためには、組織の一部を採る「生検」が不可欠です。 さらに細胞を特殊な方法で染めたり、遺伝子を調べたりする検査(FISH法など)を行い、より詳しく分類することもあります。

前立腺肉腫の原因

前立腺肉腫がなぜできてしまうのか、その詳しい原因は残念ながらまだはっきりとはわかっていません。 しかし、これまでの研究から、いくつかの要因が関係している可能性が考えられています。

考えられる主な要因は、以下の2つです。

  • 過去の放射線治療
  • 他のがん治療のために、骨盤の周りに放射線を当てたことがある場合です。
  • 放射線はがん細胞を攻撃しますが、近くの正常な細胞の設計図を傷つけることがあります。
  • その傷が、長い時間を経て肉腫の発生につながる可能性が報告されています。
  • 遺伝子の変化
  • 私たちの体の設計図である「遺伝子」の変化が関係している可能性です。
  • 特に、傷ついた遺伝子を修理する働きを持つ遺伝子(BRIP1遺伝子など)が注目されています。
  • この修理機能に生まれつき変化があると、異常な細胞ができてしまい、がんになりやすいと考えられています。

前立腺肉腫は、一般的な前立腺がんと比べて若い年代で見つかることもあります。 また、肉腫には非常に多くの種類があり、顔つきがそれぞれ異なるため、原因を一つに特定するのが難しいのが現状です。

現在も世界中で遺伝子レベルでの解析が進められています。 原因が詳しく解明されれば、将来的には新しい治療法の開発につながることが期待されています。

前立腺肉腫の症状

前立腺肉腫は、大きくなるにつれて周りの臓器を圧迫し始めます。 特に、おしっこの通り道である「尿道」などが影響を受けやすいです。 その結果、おしっこに関する様々なトラブルが起こります。

報告によると、以下のような症状が比較的多くみられます。

  • 排尿困難(はいにょうこんなん)
  • おしっこが出にくい、または勢いが弱くなる症状です。(約35%)
  • 尿閉(にょうへい)
  • おしっこが全く出せなくなってしまう状態です。(約29%)
  • 頻尿(ひんにょう)
  • トイレが近くなり、何度も行きたくなります。(約18%)

病気がさらに進行すると、お腹にしこりとして触れることもあります。

特に注意が必要なのは、がんが他の場所に広がる「転移」です。 前立腺肉腫が背骨に転移すると、大変危険な状態になることがあります。 これは「転移性脊髄圧迫」と呼ばれ、医学的な緊急事態とされています。 背骨の中の大切な神経(脊髄)が、がんに押しつぶされてしまうためです。

神経のダメージを最小限にするため、すぐに治療を始める必要があります。 以下のような症状は、転移性脊髄圧迫のサインかもしれません。

▼転移性脊髄圧迫のサイン

  • 背中の強い痛み
  • 手足のしびれ
  • 手足に力が入らない

これらの症状は、前立腺肉腫以外の病気でも起こることがあります。 しかし、特に神経の症状に気づいた場合は、絶対に放置してはいけません。 自己判断せず、すぐに専門の医療機関を受診することが非常に重要です。

前立腺肉腫の検査・診断

前立腺肉腫を調べる検査は、一般的な前立腺がんとは少し違います。 前立腺がんの発見で役立つ血液検査の「PSA」という数値があります。 しかし肉腫の場合、このPSAの数値が上がらないことも多いのです。 実際に、PSAの数値が上がるのは3割程度という報告もあります。 そのため、PSAだけでは前立腺肉腫を見つけることは難しいのです。

そこで、おしっこの症状や、お尻からの診察でしこりを確認します。 その上で、次のような検査を組み合わせて総合的に判断していきます。

▼診断のための主な検査

  • 画像検査(CT・MRIなど)
  • 体の中を詳しく見る写真撮影のような検査です。
  • できものの大きさや場所、他の場所への広がりがないかを確認します。
  • これからの治療方針を決めるための、大切な地図作りになります。
  • 生検(せいけん)
  • 診断を確定させるために、最も重要な検査です。
  • 超音波で前立腺の様子を見ながら、針で組織の一部を採ります。
  • 採った組織を顕微鏡で詳しく調べ、がん細胞の顔つきを調べます。

しかし、前立腺肉腫の診断は、実はとても難しい場合があります。 なぜなら、細胞の見た目(組織像)が非常に多様なためです。 専門家でも判断に迷うことがあり、誤診につながりやすいとされます。 生検で診断がつくのは約3割で、手術後に初めて肉腫とわかることもあります。

そのため、より詳しく調べるために、特殊な検査を行うことがあります。 細胞を特別なインクで染めて種類を特定する「免疫組織化学検査」です。 さらに、細胞の設計図である遺伝子の異常を調べる「FISH法」も役立ちます。

このように、診断は泌尿器科や病理診断医など複数の専門家が協力します。 チームで慎重に診断を進め、速やかに治療計画を立てることが重要です。

前立腺肉腫の治療

前立腺肉腫には、まだ世界的に標準とされる治療法が確立されていません。 そのため、患者さん一人ひとりの年齢や体の状態、病気の進行度を考えます。 これらを総合的に判断し、最適な治療法を組み立てていく必要があります。

治療の基本となる選択肢は、主に以下の3つです。 これらを単独で行うか、複数を組み合わせて治療を進めていきます。

治療法

内容

対象となる場合(例)

手術療法

がん細胞を含んだ組織を、周りの正常な組織ごと取り除く方法です。

腫瘍が前立腺の周りにとどまっており、体力的に手術が可能な場合に行います。

放射線治療

高いエネルギーの放射線を当てて、がん細胞の設計図を壊す方法です。

年齢や他の病気で手術が難しい場合や、手術後の再発を防ぐ目的で行います。

化学療法

抗がん剤の点滴や飲み薬で、全身に広がったがん細胞を攻撃する方法です。

がんが肺などの他の臓器に転移している場合や、再発した場合に選択されます。

近年、治療法は大きく進歩しており、新しい選択肢も登場しています。 特に注目されているのが、がん細胞の設計図(遺伝子)を調べる検査です。 この検査で、がんの弱点を見つけ出し、そこを狙い撃ちする治療法です。

実際に、ある遺伝子(BRIP1遺伝子)に変化が見つかった肉腫の患者さんがいました。 その方に「オラパリブ」というお薬を使ったところ、がんが完全に消えたとの報告があります。 これは、がんの種類を問わず、遺伝子の特徴に合わせて薬を選ぶ新しい考え方です。

どの治療法が最適かは、専門家チームによる慎重な判断が欠かせません。 担当の医師とよく相談し、ご自身が納得できる治療方針を決めていきましょう。