甲状腺クリーゼ

体のエネルギー利用を活発にする「元気のアクセル」とも言える甲状腺ホルモン。もし、このアクセルが制御不能なほど踏み込まれ、体が暴走してしまったら…?それが、命の危機を意味する「甲状腺クリーゼ」です。甲状腺の機能が極度に悪化し、全身の臓器が機能不全に陥る、緊急治療が必須の危険な状態を指します。

日本での発症は年間約250人と非常にまれですが、その一方で、集中治療を行っても10人に1人が亡くなる可能性があるという深刻なデータもあります。嵐のような激しい症状が突然全身を襲う、決して軽視できない病気なのです。

この記事では、甲状腺クリーゼの具体的な症状や原因、そして命を救うための治療法について詳しく解説します。甲状腺の病気を治療中の方やそのご家族はもちろん、原因不明の体調不良に悩む方も、万が一の時に備えて正しい知識を身につけておきましょう。

甲状腺クリーゼの概要

甲状腺クリーゼは、甲状腺ホルモンが過剰になる病気が、極度に悪化した状態です。 まさに命に関わる「危機(クリーゼ)」を意味する、緊急治療が必要な病態を指します。

甲状腺ホルモンは、体のエネルギー利用を活発にする、いわば「元気のアクセル」です。 しかし、このアクセルが制御不能なほど踏み込まれ続けると、体は暴走してしまいます。 体を正常に保とうとする働き(代償機構)が、限界を超えて破綻してしまうのです。 その結果、心臓、肝臓、腎臓など、全身の臓器が正常に機能しなくなります。

甲状腺クリーゼは非常にまれな病気で、日本では年間約250人の発症と推定されます。 しかし、集中治療をしても10人に1人の方が亡くなる可能性がある、大変危険な状態です。

この病気のポイントは以下の通りです。

  • 状態 甲状腺機能亢進症が極度に悪化した、緊急治療が必要な状態です。
  • 体の中の変化 全身の臓器のバランスが崩れ、機能不全に陥ります。
  • 危険性 命に関わる深刻な病態であり、すぐに治療を開始しなければなりません。

甲状腺の病気を治療中の方や、ご家族に気になる症状があれば、ためらわずに医療機関へ相談することが何よりも重要です。

甲状腺クリーゼの種類

甲状腺クリーゼは、体の状態によって大きく2つのタイプに分けられます。 甲状腺ホルモンの量が多すぎるか、少なすぎるかで、症状は全く異なります。 しかし、どちらも体のバランスを保つ働きが破綻した、命に関わる危険な状態です。

1. ホルモンが多すぎるタイプ(甲状腺ストーム)

甲状腺機能亢進症が悪化した状態で、まさに「嵐(ストーム)」のように激しい症状が全身を襲います。 代謝や体温、心臓の働きを調整する機能が限界を超え、体が暴走します。

  • 主な症状
  • 高熱 38℃以上の高熱が出ることがあります。
  • 頻脈(ひんみゃく) 心臓が激しく拍動し、脈が1分間に130回以上になります。
  • 意識の乱れ 興奮して落ち着かなくなったり、意識がもうろうとしたりします。

2. ホルモンが少なすぎるタイプ(粘液水腫性昏睡)

甲状腺機能低下症が深刻化した状態で、甲状腺ストームとは対照的です。 体の活動が極端に低下し、全身の臓器が正常に働かなくなる多臓器不全に陥ります。 最終的に昏睡状態に至ることもある、非常に危険な状態です。

  • 主な症状
  • 低体温 体の熱を作れず、体温が著しく下がります。
  • 意識障害 意識レベルが低下し、呼びかけへの反応が鈍くなります。
  • 呼吸の低下 呼吸が浅く弱くなり、体に必要な酸素を取り込めません。

タイプ

もとになる病気

体の状態

甲状腺ストーム

甲状腺機能亢進症

全身の機能が暴走し、嵐のような激しい症状が起こる

粘液水腫性昏睡

甲状腺機能低下症

全身の機能が停止し、昏睡状態に陥ることがある

甲状腺クリーゼの原因

甲状腺クリーゼは、甲状腺ホルモンが多い状態が、ある「引き金」によって悪化して起こります。 体のバランスを保つ機能が限界を超え、崩れてしまうのです。

この引き金は、大きく2つのタイプに分けられます。 甲状腺の病気に直接関係するものと、関係しないものです。

1. 甲状腺の病気に直接関係するきっかけ

甲状腺の病気の治療が、うまくいかない場合に起こりやすくなります。

  • お薬の服用中断 最も注意が必要なきっかけです。 症状が良くなったと感じて、ご自身の判断でお薬をやめることが原因となります。
  • 甲状腺への強い刺激 甲状腺の手術や、首を強く触ることなどがきっかけになる場合があります。

2. 甲状腺とは直接関係ないきっかけ

体のほかの病気や出来事が、大きなストレスとなって引き金になります。 実際に、甲状腺クリーゼの約7割で、こうしたきっかけが見つかっています。

  • 感染症 風邪やインフルエンザ、肺炎などが最も多い原因です。 甲状腺の病気がある方は、感染症にかからないよう注意が必要です。
  • 体への大きな負担 甲状腺以外の手術や大きなケガ、妊娠や出産もきっかけになります。
  • そのほかの要因 糖尿病の悪化や、CT検査で使うヨウ素造影剤というお薬も原因となりえます。 また、強い精神的なストレスも体に大きな負担をかけます。

甲状腺の病気と診断されている方は、お薬をきちんと飲み続けることが何よりの予防になります。 また、甲状腺クリーゼで初めてバセドウ病などの病気が見つかる方も約2割いるため、原因不明の体調不良が続く場合は、早めに医療機関へご相談ください。

甲状腺クリーゼの症状

甲状腺クリーゼは、体の様々な機能が限界を超えた危険な状態です。 代謝や体温、心臓の働きを調整する機能が破綻してしまいます。 その結果、全身に嵐のような激しい症状が同時に複数現れます。

日本甲状腺学会は、診断の目安となる基準を定めています。 これから紹介する症状は、その基準にも含まれる命の危険サインです。

【中枢神経の症状(脳のオーバーヒート)】 脳が過剰なホルモンに刺激され、正常に働けなくなります。

  • 意識の乱れ 落ち着きがなく興奮したり、話のつじつまが合わなくなったりします。 幻覚が見える「せん妄」という状態に陥ることもあります。
  • 意識レベルの低下 次第に意識がもうろうとし、呼びかけへの反応が鈍くなります。 最終的には昏睡状態に至ることもあり、極めて危険です。

【全身と心臓の症状(機能の暴走)】 体のエネルギー消費が異常に高まり、心臓に大きな負担がかかります。

  • 38℃以上の高熱と大量の汗 体が熱を作りすぎてしまい、体温調節が効かなくなります。
  • 1分間に130回以上の頻脈(ひんみゃく) 心臓が必死に血液を送ろうと、異常な速さで拍動します。
  • 心不全の症状 動悸や息切れ、むくみなどが現れます。 心臓が疲れ果て、機能が低下しているサインです。

【お腹の症状(消化器の機能不全)】 肝臓などの消化器にも影響が及び、機能が低下します。

  • 吐き気や嘔吐、下痢 消化管の動きが異常になり、激しい症状を引き起こします。
  • 黄疸(おうだん) 肝臓の機能が低下し、皮膚や白目が黄色くなります。

これらの症状は、全身の臓器が機能不全に陥っている証拠です。 特にご高齢の方では、興奮などの典型的な症状が出にくいこともあります。 一つでも当てはまる場合は、ためらわず救急車を呼んでください。

甲状腺クリーゼの検査・診断

甲状腺クリーゼは命に関わるため、一刻も早い診断と治療が重要です。 医師は多様な症状から的確に診断するため、体系的な戦略で臨みます。 診断は主に、血液検査と全身の状態をみる診察の2本柱で行います。

まず診断の前提となるのが、血液検査による「甲状腺中毒症」の確認です。 血液中の甲状腺ホルモン(FT3、FT4)が異常に高いことを確かめます。 これは、体の元気のアクセルが過剰に踏まれていることの証明になります。

その上で、体に現れているSOSサインを診断基準に沿って確認します。 日本では、主に以下の5つの症状を注意深くチェックします。

  • 中枢神経の症状 落ち着きがない、意識がもうろうとする、けいれんなど、 脳が正常に機能できなくなっているサインです。
  • 38℃以上の高熱 体のエネルギーが暴走し、異常な熱を発生させている状態です。
  • 1分間に130回以上の頻脈(ひんみゃく) 心臓が限界を超えて働き、必死に血液を送っている危険なサインです。
  • 心不全の症状 激しい息切れなど、心臓が疲れ果てて悲鳴を上げている状態を指します。
  • お腹の症状 吐き気や下痢、皮膚が黄色くなる黄疸(おうだん)などが現れます。

これらの症状がいくつ当てはまるかで、診断を確定させていきます。 海外でも症状を点数で評価する方法があり、診断の助けとされています。 ただし、高齢者では興奮などの典型的な症状が出ないこともあります。

大切なのは、症状が全てそろうのを待たないことです。 甲状腺クリーゼが少しでも疑われる場合は、すぐに治療を開始します。 これが、命を救うために最も重要な判断となります。

甲状腺クリーゼの治療

甲状腺クリーゼは命に関わるため、すぐに集中治療室(ICU)での治療が始まります。 治療は時間との勝負であり、多面的かつ段階的に進めることが極めて重要です。 専門の医療チームが連携し、全身の状態を注意深く見守りながら治療を進めます。

治療の目標は、大きく分けて以下の4つの柱からなります。

  1. 甲状腺ホルモンが作られるのを抑える ホルモンを作る工場である甲状腺の働きを止めます。
  2. 体に過剰にあるホルモンの働きを弱める すでにあふれているホルモンが体に与える影響を和らげます。
  3. 弱った全身の状態を安定させる(全身管理) 体温や呼吸、心臓など、全身を支える大切な治療です。
  4. 病気を引き起こした原因を取り除く きっかけとなった感染症などを治療します。

これらの目標を達成するため、具体的には次のような治療を同時に行います。

治療の目的

具体的な治療法

ホルモンを作るのを抑える

・抗甲状腺薬(チアマゾールなど)を普段より多く使います。

・無機ヨウ素でホルモンが血液中に出るのを防ぎます。

ホルモンの働きを弱める

・β遮断薬で激しい動悸や体のふるえを和らげます。

全身の状態を支える

・副腎皮質ホルモン(ステロイド)でストレスへの抵抗力を高めます。

・点滴で水分や栄養を補給し、体を冷やしたり解熱薬を使ったりします。

原因を取り除く

・感染症が原因の場合、抗菌薬(抗生物質)を使います。

これらの治療を24~48時間行っても改善しない場合は、特別な治療を検討します。 「血漿交換療法」といい、血液中から過剰な甲状腺ホルモンを直接取り除く方法です。 お薬の副作用で治療が難しい場合や、手術の前に状態を安定させる目的でも行われます。 甲状腺クリーゼは危険な状態ですが、迅速な治療で回復を目指すことが可能です。