偽膜性腸炎
抗菌薬を飲んだ後の激しい下痢や腹痛に、不安を感じていませんか。偽膜性腸炎は、治療をしても最大で3分の1の患者さんが再発を繰り返すと報告されており、そのしつこさに悩む方は少なくありません。
この記事では、偽膜性腸炎がなぜ起こるのか、その原因から症状、検査方法までを詳しく解説します。さらに、再発の連鎖を断ち切るための糞便微生物叢移植(FMT)といった新しい治療の選択肢についても紹介します。
ご自身の状況と照らし合わせることで、病気への理解を深め、主治医と相談する上での指針が得られます。つらい症状を乗り越え、適切な治療を選択するための次の一歩が見えてくるはずです。
偽膜性腸炎の概要
偽膜性腸炎は、主に抗菌薬(抗生物質)の使用をきっかけに、大腸に炎症が起きる病気です。
原因となるのは「クロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)」という細菌で、この菌が腸内で異常増殖することから「CDI(シー・ディー・アイ)」とも呼ばれています。
私たちの腸内には、多種多様な細菌がバランスを保ちながら共存しています。しかし、抗菌薬の使用によって病原菌だけでなく腸内の良い細菌まで死滅すると、抗菌薬が効きにくいクロストリディオイデス・ディフィシル菌だけが生き残り、毒素を出しながら爆発的に増殖します。この毒素が大腸の粘膜を直接傷つけることで、激しい炎症が引き起こされるのです。
このとき、炎症を起こした大腸の粘膜には、白血球の死骸や膿、壊れた粘膜細胞などが混じり合った、黄白色の膜のようなものがこびりつきます。これが「偽膜(ぎまく)」の正体です。
偽膜性腸炎は、医療機関内で起こる感染症としては最も一般的なものの一つとされています。
この病気の最も厄介な点は、一度治療しても再発しやすいことです。標準的な抗菌薬による治療を終えた後でも、最大で3分の1もの患者さんが再発を繰り返すことが報告されています※。
そのため、適切な診断と治療はもちろんのこと、いかに再発を防ぐかという点が治療における重要なカギとなります。
偽膜性腸炎の種類
偽膜性腸炎は、その原因や感染が起きた場所によって、いくつかの種類に分けられます。
そもそも「偽膜性腸炎」という病名は、大腸の粘膜に「偽膜」という黄白色の膜状の付着物ができる“状態”を指す言葉です。原因は一つではありませんが、その大半は「クロストリディオイデス・ディフィシル菌」の感染によるものだとわかっています。
この菌による感染症は、さらに感染した場所によって「院内感染型」と「市中獲得型」の2つに大別されます。
種類 | 主な特徴
院内感染型 | ・病院への入院中や介護施設への入所中に発症するケース ・高齢の方や、他の病気で免疫力が低下している方に多く見られます。
市中獲得型 | ・医療機関との明確な接点がないまま、日常生活の中で発症するケース ・近年報告が増えており、比較的若い方にも起こりえます。
このように分類するのは、患者さんの背景や重症化のリスクを把握し、適切な治療方針を立てる上で重要だからです。
なお、まれではありますが、自己免疫の異常や腸への血流低下(虚血)、あるいは他の細菌やウイルスが原因で偽膜が形成されることもあります。
さまざまな原因の中でも、クロストリディオイデス・ディフィシル菌による感染症は特に再発しやすいという厄介な特徴を持っています。標準的な抗菌薬治療を終えても、最大で3分の1もの患者さんが再発を繰り返すことが報告されており、治療における大きな課題となっています※。
偽膜性腸炎の原因
偽膜性腸炎の直接的な原因は、抗菌薬(抗生物質)の使用によって腸内細菌のバランスが崩壊し、「クロストリディオイデス・ディフィシル菌(C. difficile)」が異常増殖することです。
もともと私たちの腸内には、このC.ディフィシル菌も少数ながら存在しています。しかし、多種多様な腸内細菌がお互いを牽制しあう「腸内フローラ」のバランスが保たれている限り、悪さをすることはありません。
ところが、何らかの感染症治療のために抗菌薬を服用すると、標的の病原菌だけでなく、腸内にいる多くの細菌まで死滅してしまいます。
C.ディフィシル菌は、抗菌薬が効きにくい「芽胞(がほう)」という硬い殻のような構造を作る能力があります。そのため、他の菌がいなくなった腸内で生き残り、独占的に増殖を開始します。
増殖したC.ディフィシル菌は、「毒素A(腸毒素)」と「毒素B(細胞毒素)」という2種類の強力な毒素を放出。これらの毒素が、大腸の粘膜を直接傷つけることで、激しい炎症や下痢を引き起こすのです。
この感染症の最も厄介な点は、一度治療しても再発しやすいことです。標準的な抗菌薬による治療を終えても、最大で3分の1もの患者さんが再発を繰り返すことが報告されており、治療における大きな課題となっています※。
抗菌薬の使用が最大の引き金ではありますが、以下のような要因が重なると、発症のリスクはさらに高まります。
リスク因子 | なぜリスクが高まるのか
特定の抗菌薬の使用 (ペニシリン系、セファロスポリン系、クリンダマイシンなど) | ・広範囲の腸内細菌を殺菌するため、C.ディフィシル菌が繁殖しやすい「空き地」を作ってしまいます。
65歳以上の高齢 | ・加齢に伴い、腸内細菌の多様性が失われたり、免疫力が低下したりするためと考えられています。
入院中・施設入所中 | ・抗菌薬を使用する機会が多く、また環境中に存在するC.ディフィシル菌の芽胞に接触するリスクが高まります。
免疫力の低下 (免疫抑制剤や抗がん剤の使用など) | ・体の抵抗力が落ちることで、C.ディフィシル菌の増殖を抑えきれなくなる可能性があります。
胃酸を抑える薬の服用 (プロトンポンプ阻害薬など) | ・胃酸は口から入る細菌に対する重要なバリアです。このバリア機能が弱まると、C.ディフィシル菌が腸まで生きて到達しやすくなります。
他の腸の病気 (炎症性腸疾患、大腸がんなど) | ・腸の粘膜がもともと弱っていたり、腸内環境が乱れていたりすることが影響します。
偽膜性腸炎の症状
偽膜性腸炎の最も特徴的な症状は、抗菌薬(抗生物質)の使用をきっかけとして始まる、水のような下痢と腹痛です。
これは、C.ディフィシル菌が作り出す毒素が、大腸の粘膜を直接攻撃して激しい炎症を起こすために生じます。毒素によって腸の粘膜が傷つけられると、腸からの水分吸収がうまくいかなくなり、逆に腸液が過剰に分泌されることで、滝のような下痢が引き起こされるのです。
症状が現れるタイミングは人それぞれで、抗菌薬を飲み始めて1〜2日で起こることもあれば、服用を終えてから数週間経って、忘れたころに発症する場合もあります。
多くは軽症から中等症の範囲に収まりますが、見過ごすと命に関わる状態に悪化する可能性もあるため、どのような症状が出るのかを知っておくことが重要です。
偽膜性腸炎で見られる症状を、重症度別に下表にまとめました。
症状のレベル | 具体的な症状
主な症状 (軽症~中等症) | ・1日に何度もトイレに駆け込む水様性の下痢 ・粘液や血液が混じった便(粘血便) ・お腹がキリキリと痛む、しめつけられるような腹痛 ・38℃前後の発熱
注意すべき重症化のサイン | ・ぐったりして起き上がれないほどの強い倦怠感 ・脈が速くなり、血圧が下がる ・お腹がパンパンに張って硬くなる ・意識がもうろうとする
特に高齢の方や他の病気で体力が落ちている方は、激しい下痢による脱水症状や電解質(体内のミネラル)のバランス異常を起こしやすくなります。
さらに重症化すると、腸の動きが完全に止まってしまう「腸閉塞」や、腸が異常に膨れ上がる「中毒性巨大結腸症」、さらには腸に穴が開く「腸穿孔」といった、緊急手術が必要となる深刻な合併症を引き起こすこともあります。
抗菌薬を飲んだ後にいつもと違う激しい下痢や腹痛が続く場合は、自己判断で様子を見ずに、速やかに医療機関を受診してください。
偽膜性腸炎の検査・診断
偽膜性腸炎の診断は、抗菌薬の使用歴や症状を詳しくお伺いする問診から始まり、便検査や内視鏡検査などを組み合わせて総合的に判断します。
抗菌薬を飲んだ後に激しい下痢が続くといった典型的なエピソードがある場合、まず偽膜性腸炎を疑い、診断を確定させるために以下の検査を進めていきます。
検査の種類 | 検査の目的とわかること
問診 | ・いつから、どのような症状があるか ・最近、抗菌薬を服用したか(薬の種類や期間) ・入院歴や、他に治療中の病気がないか これらの情報から、偽膜性腸炎を発症するリスクがどの程度あるかを評価します。
便検査 | ・診断の要となる最も重要な検査です。 ・便の中に原因菌(C.ディフィシル)や、菌が作り出す毒素が存在するかを調べます。 ・菌の遺伝子を検出する「核酸増幅試験(NAAT)」や、毒素そのものを調べる「酵素免疫測定法(EIA)」など、複数の方法を組み合わせて診断の精度を高めます。
血液検査 | ・体内で起きている炎症の強さ(白血球数など)を数値で評価します。 ・激しい下痢による脱水が腎臓に負担をかけていないか(クレアチニン値など)を確認します。 ・これらの結果は、病気の重症度を客観的に判断し、治療方針を決めるための重要な指標となります。
内視鏡検査 (大腸カメラ) | ・肛門から内視鏡(カメラ)を挿入し、大腸粘膜の状態を直接目で見て観察する検査です。 ・病名の由来である「偽膜」という、特徴的な黄白色の苔のような付着物が確認されれば、診断はより確実なものになります。
画像検査 (X線・CT) | ・重症化が疑われるケースで行われます。 ・腸が異常に膨れ上がる「中毒性巨大結腸症」や、腸に穴が開いてしまう「腸穿孔」といった、命に関わる合併症が起きていないかを調べるために行います。
偽膜性腸炎は、標準的な治療を行っても3分の1近くの患者さんで再発を繰り返すことが報告されており、非常に厄介な病気といえます※。
だからこそ、これらの検査を通して原因を正確に突き止め、全身の状態をきちんと評価することが、適切な治療を選択し、つらい症状の再発を防ぐための大切な第一歩となるのです。
偽膜性腸炎の治療
偽膜性腸炎の治療は、まず原因となった抗菌薬(抗生物質)を中止することから始まります。その上で、異常増殖した原因菌を叩くための薬物療法と、激しい下痢で弱った体を支える支持療法を組み合わせて進めるのが基本です。
治療の大きな流れは、以下のようになります。
治療の段階 | 具体的な治療内容 | 目的・解説
原因の除去 | ・原因となった抗菌薬の中止 | ・C.ディフィシル菌が増殖するきっかけを断ち切る、最も重要な第一歩です。
薬物療法 | ・メトロニダゾール:軽症~中等症 ・バンコマイシン:重症例や再発例 ・フィダキソマイシン:強力な選択肢 | ・腸内で増えすぎたC.ディフィシル菌に有効な抗菌薬を使い、菌を直接攻撃します。
支持療法 | ・点滴による水分・電解質の補給 | ・激しい下痢による脱水や栄養状態の悪化を防ぎ、体の回復を支えます。
再発時の治療 | ・糞便微生物叢移植(FMT) ・経口微生物叢製剤 | ・抗菌薬だけでは難しい「腸内環境の正常化」を目指し、再発の連鎖を断ち切ります。
外科手術 | ・大腸切除術 | ・腸に穴が開くなど、命の危険が迫る重篤な合併症が起きた場合の最終手段です。
治療の要は「再発の連鎖を断ち切ること」
この病気の最も厄介な点は、一度治療しても再発しやすいことです。標準的な抗菌薬による治療を終えた後でも、最大で3分の1もの患者さんが再発を繰り返すことが報告されており、治療における大きな課題となっています※。
これは、抗菌薬でC.ディフィシル菌を叩いても、荒れ果てた腸内環境(腸内フローラ)が元に戻らない限り、わずかに残った菌が再び増殖してしまうためです。
この再発の悪循環を断ち切るために、近年、新しい治療法が注目されています。
・糞便微生物叢移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)
健康な人の便に含まれる多種多様な腸内細菌を、内視鏡などを使って患者さんの腸に移植する治療法です。乱れた腸内環境を健康な状態にリセットし、C.ディフィシル菌が再び増えにくい環境を作り出します。
・経口微生物叢製剤(Fecal microbiota, live-jslm: RBL)
健康な人の便から精製した微生物をカプセルに詰めた、新しいタイプの経口薬です。抗菌薬治療の後にこの薬を服用することで、CDIの再発を予防する一貫した有効性が複数の研究で示されています※。
どの治療法を選択するかは、患者さんの重症度や年齢、再発の回数などを総合的に評価し、慎重に決定されます。つらい下痢を繰り返し、生活に大きな支障が出ている場合は、主治医とよく相談し、これらの新しい治療法も選択肢として検討することが重要です。










