オピオイド誘発性便秘症

薬

がんの痛みや長く続く痛みを和らげる「オピオイド」。この強力な鎮痛薬が、つらい便秘を引き起こすことがあるのをご存知でしょうか。ある研究では成人の約5人に1人が慢性的な痛みを抱えているとされ、痛みの治療は不可欠です。しかし、その副作用である便秘によって、かえって生活の質が落ちてしまうのは避けたいものです。

この便秘は、お薬が痛みを抑える脳だけでなく、腸の動きを直接止めてしまうために起こります。そのため、一般的な便秘薬ではなかなか改善せず、「どうして治らないのだろう」と一人で抱え込んでしまう方も少なくありません。お腹の不快感は、痛みの治療を続ける意欲さえも奪いかねない深刻な問題です。

この記事では、オピオイド誘発性便秘症の根本的な原因を解き明かし、専門的な治療法から日常生活での注意点までを詳しく解説します。痛みの治療と上手に付き合いながら、穏やかな毎日を取り戻すための一助として、ぜひご一読ください。

オピオイド誘発性便秘症の概要

オピオイド誘発性便秘症とは、痛みを和らげるお薬が原因で起こる便秘のことです。 この原因となるお薬を「オピオイド」と呼びます。

オピオイドは、がんの痛みや手術後の激しい痛みなどを抑えるために使われます。 また、他の治療では良くならない、長く続く痛みに対しても用いられることがあります。 ある研究によれば、成人の約5人に1人が慢性的な痛みに悩んでいるとされます。

ただし、オピオイドは痛みを抑える力が強い反面、安易に使われるお薬ではありません。 原則として他の治療法が優先され、それでも痛みが十分に改善しない場合に選択されます。 医師が、治療による良い効果が副作用のリスクを上回ると判断したときにだけ処方します。

オピオイドにはいくつかの副作用がありますが、中でも便秘は特に多くみられます。 痛みの治療は大切ですが、便秘で生活の質が落ちてしまうのは避けたいところです。 お腹が張って苦しい、食欲がないなどの症状は、治療を続ける上で妨げになります。 そのため、痛みの治療を安心して続けられるように、便秘の症状を管理することが重要です。

オピオイド誘発性便秘症の種類

オピオイドが原因で起こる便秘は、痛みの背景によって大きく2つに分けられます。 なぜなら、痛みの種類によってオピオイドを使う目的や考え方が異なるためです。 ご自身の状況を理解することは、適切な便秘対策を行うための第一歩になります。

  1. がんの痛みに伴うもの がんによる痛みは、生活の質(QOL)を著しく下げてしまうことがあります。 そのため、痛みを和らげる治療(緩和ケア)では、痛みの管理が優先されます。 オピオイドは痛みを抑える力が強いため、この目的で積極的に使われるお薬です。 結果として便秘は起こりやすいですが、痛みの治療を安心して続けることが大切です。
  2. がん以外の長く続く痛みに伴うもの がん以外の原因で、長い間続く痛み(慢性疼痛)に対しても使われることがあります。 しかし、この場合はオピオイドが最初の治療(第一選択)になることはありません。 まず他の鎮痛薬やリハビリなどを試し、それでも痛みが改善しない場合に検討します。 医師が治療の良い効果が副作用のリスクを上回ると判断した時にだけ処方されます。

痛みの種類は違っても、便秘が生活に与える影響は同じです。 どちらの場合でも、痛みの治療と並行して便秘の管理をすることが重要です。

分類

対象となる痛みの例

オピオイドを使う考え方

がんの痛みに伴うもの

がんそのものによる痛み<br>がん治療に伴う痛み

痛みを和らげることを優先し、積極的に使用される

がん以外の長く続く痛みに伴うもの

変形性関節症、慢性腰痛症<br>帯状疱疹後神経痛など

他の治療で効果が不十分な場合に、慎重に使用が検討される

オピオイド誘発性便秘症の原因

オピオイドは痛みを抑える大切なお薬です。 しかし、なぜ便秘という副作用が起こるのでしょうか。 その原因は、痛みを止める仕組みに隠されています。 お薬が脳だけでなく、お腹(腸)にも作用するためです。

私たちの体には「μ(ミュー)オピオイド受容体」という、痛みの信号を受け取るスイッチのようなものがあります。 このスイッチは主に脳や背骨(脊髄)にあります。 オピオイドは、このスイッチをオフにして痛みを止めます。

ところが、この痛みのスイッチは腸にもたくさんあります。 そのため、オピオイドは腸にあるスイッチもオフにします。 その結果、腸の正常な働きが抑えられてしまうのです。 具体的には、腸に次のような影響を及ぼします。

  • 腸の動きを弱める 食べ物を前に進める「ぜん動運動」が鈍くなります。 これにより、便が腸の中にとどまる時間が長くなります。
  • 便の水分を減らす 腸が便から水分を余分に吸収してしまいます。 その結果、便が硬くなり、排出しにくくなります。
  • 排便反射をにぶくする 便意を感じにくくなったり、肛門の筋肉が緩みにくくなったりして、便をスムーズに出せなくなります。

オピオイドの副作用は便秘だけではありません。 研究では、うつ病やホルモンのバランスの乱れなども報告されています。 このように体全体に影響するため、医師の管理が重要です。 痛みの治療と便秘対策を両立させることが大切になります。

オピオイド誘発性便秘症の症状

オピオイドによる便秘では、お腹のつらい症状がよく知られています。 しかし、影響はそれだけにとどまらず、心にも及ぶことがあります。 これは脳と腸が神経でつながり、互いに影響しあうためです。

まず、ご自身の状態を確認するために、お腹の症状をみてみましょう。 一つでも当てはまる場合は、医師への相談をおすすめします。

<お腹の症状チェックリスト>

  • 排便の回数が週に3回よりも少ない 腸の動きが鈍くなり、便がなかなか前に進まなくなります。
  • 便が硬くてコロコロしている 腸の中に便が長くとどまるため、水分が吸収されすぎます。
  • 強くいきまないと便が出ない 便が硬くなったり、便意を感じにくくなったりするためです。
  • 便が出た後もスッキリしない(残便感) 便を出し切ることができず、お腹に残っている感じがします。
  • お腹が張って苦しい、または痛む 便やガスがたまることで、お腹が張って不快になります。
  • 吐き気がする、食欲がない ある研究では、便秘と吐き気などの消化不良症状は、同時に起こりやすいことがわかっています。

オピオイドの影響は、このようなお腹の症状だけではありません。 研究では、副作用として便秘のほかに、うつ病なども報告されています。 不安や気分の落ち込みは便秘の症状をさらに悪化させます。 逆にお腹の不調が、心のつらさを増幅させることもあります。 このように、お腹と心がつらい症状を強めあう悪循環に陥るのが、この病気の特徴の一つです。 気になる症状があれば、どんな些細なことでも医師に伝えてください。

オピオイド誘発性便秘症の検査・診断

オピオイドが原因の便秘を診断する上で、最も大切なのは問診です。 CTなどの特別な検査機器よりも、患者さんのお話が診断の決め手になります。 いつから、どの痛み止めを使い、いつ便秘が始まったかを確認します。

オピオイドを使い始める前と後で、排便の習慣がどう変わったかが重要です。 主に、次のような点について詳しくお話をうかがいます。

<問診で確認する主な内容>

  • 排便の回数、量、硬さ お薬を飲む前と比べて、どう変化したかを確認します。
  • 排便時に強くいきむ必要があるか 便が硬くなり、出しにくくなっていないかを見ます。
  • 便が出た後もスッキリしないか(残便感) 便を出し切れず、お腹に残っている感覚の有無を確かめます。
  • お腹の張りや痛みの有無 便やガスがたまることによる、不快な症状を確認します。

これらの情報から、お薬の使用後に便秘が始まったと判断されれば診断がつきます。 しかし、診断は病名を決めるだけで終わりではありません。 安全な治療のために、もう一つ重要な確認があります。

それは、治療によって起こりうるリスクを事前に評価することです。 オピオイド誘発性便秘症の治療は、まれに腸に穴が開くことがあります。 これを「消化管穿孔(ちょうかかんせんこう)」と呼びます。 ある研究でも、便秘治療薬の使用で、この重い副作用が起こる可能性が報告されています。 そのため、治療で腸に負担がかかっても大丈夫か、あらかじめ確認するのです。

特に、次のような場合は、治療を慎重に検討する必要があります。

  • 過去に腸が詰まる病気(消化管閉塞)になったことがある
  • 最近、お腹の手術を受けたばかりである
  • 腸の壁が弱くなるような他の病気や、併用しているお薬がある

このような確認は、患者さん一人ひとりに合った安全な治療法を選ぶために不可欠です。 診断は、安全な治療への大切な第一歩なのです。

オピオイド誘発性便秘症の治療

オピオイドが原因の便秘では、まず一般的な便秘薬から試します。 しかし、この便秘は腸の動きが直接止まることが原因です。 そのため、一般的なお薬だけでは十分な効果が出ないこともあります。

その場合に、オピオイド誘発性便秘症に特化したお薬が使われます。 この治療の目的は、痛みの治療を安心して続けられるようにすることです。 便秘のつらさを取り除き、生活の質を保つことが大切になります。

専門的な治療薬:PAMORA

専門的な治療薬に「末梢性μオピオイド受容体拮抗薬(PAMORA)」があります。 これは、腸にある痛みのスイッチだけに作用するお薬です。 脳の痛みを抑える効果は邪魔せずに、腸の動きだけを元に戻します。

主なPAMORAには、次のような種類があります。

  • メチルナルトレキソン オピオイド誘発性便秘症の治療薬として、最初に承認されたお薬です。
  • ナロキセゴール
  • ナルデメジン

これらのお薬は、腸の動きを鈍くするオピオイドの作用をブロックします。 その結果、自然に近いお通じを取り戻す助けになります。

治療で最も注意すべきこと

この治療では、まれに腸に穴が開く「消化管穿孔」が起こる可能性があります。 お薬で排便が促される際、弱った腸の壁に負担がかかるためです。 米国の報告でも、便秘治療薬でこの重い副作用が起こりうることが示されています。

そのため、治療を始める前には、医師が患者さんの状態を慎重に確認します。 消化管穿孔のリスクと、治療による良い効果を天秤にかけて判断するのです。 治療開始後も、お腹の強い痛みなどがないか、注意深く様子を見守ります。

また、ある研究では、原因のオピオイドの種類で副作用が違うことも報告されています。 便秘だけでなく、眠気や吐き気の出やすさが異なることがあるのです。 便秘の治療とあわせ、痛み止めのお薬全体を考えることも大切です。 気になる症状があれば、どんなことでも医師にお伝えください。