原発性肺高血圧症

「最近、階段を上るだけで息が切れる」「立ちくらみがする」。その些細な不調、単なる疲れだと見過ごしていませんか?それは心臓に過酷な負担をかける「原発性肺高血圧症」のサインかもしれません。この病気は原因不明のまま肺の血圧だけが異常に高くなる指定難病で、特に20代から40代の女性に多く、男性の最大5倍も発症しやすいと報告されています。

かつては治療が難しいとされていましたが、近年の研究で治療法は大きく進歩しています。しかし、放置すれば命に関わることもあるため、早期発見と適切な治療が何よりも重要です。この記事では、原発性肺高血圧症の症状や原因、そして希望となる最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の体のサインを見逃さないためにも、ぜひご一読ください。

原発性肺高血圧症の概要

原発性肺高血圧症は、心臓から肺へ血液を送るための血管(肺動脈)の血圧が、原因不明のまま異常に高くなる病気です。

一般的に「高血圧」というと腕で測る血圧を指しますが、この病気では肺の中にある血管の血圧だけが高くなります。

心臓の右側の部屋(右心室)は、肺へ血液を送り出すポンプの役割を担っています。肺の血管の血圧が高くなると、右心室は通常より強い力で血液を押し出す必要が生じ、次第に疲弊してしまいます。この状態を「右心不全」と呼びます。

右心不全になると全身に十分な血液が巡らなくなり、体を動かしたときの息切れや、足のむくみといった症状が現れるのです。

この病気には、以下のような特徴があります。

  • 病気の正体 原因がはっきりしないまま、肺の血管の血圧だけが高くなる病気です。国の指定難病の一つとされています。
  • かかりやすい人 特に20代から40代の女性に多く、男性に比べて1.5倍から5倍ほど発症しやすいと報告されています。
  • 重要性 治療をしない場合の経過は決して良いものではなく、命に関わることもあります。そのため、早期発見と早期治療が非常に重要です。

かつては治療が難しい病気とされていましたが、近年は新しいお薬が開発され、治療法は大きく進歩しています。

早期に適切な治療を始めることで、病気の進行を抑え、症状を和らげることが十分に可能になってきました。

原発性肺高血圧症の種類

「肺高血圧症」と診断されても、その原因は一つではありません。 原因によって治療法が大きく変わるため、どの種類かを見極めることが非常に重要です。

現在、世界保健機関(WHO)は、原因別に大きく5つのグループに分類しています。

  • 第1群:肺動脈性肺高血圧症(PAH) 肺の細い血管そのものが硬くなったり、狭くなったりするタイプです。 原因が不明な「特発性(とくはつせい)」や、膠原病などが関連するものも含まれます。 一般的に「原発性肺高血圧症」と呼ばれていたのは、この中の特発性のものです。
  • 第2群:左心系の病気に伴う肺高血圧症 心臓の左側の部屋(左心室など)の機能が低下することが原因のタイプです。 心臓から全身へ血液を送り出す力が弱まると、その手前にある肺で血液が滞ります。 その結果、肺の血管の圧力が上がってしまいます。
  • 第3群:肺の病気や酸素不足に伴う肺高血圧症 COPD(慢性閉塞性肺疾患)など、肺自体の病気が原因で起こるタイプです。 また、体が長い間、酸素不足の状態にさらされることも原因となります。
  • 第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH) 肺の血管にできた血の塊(血栓)が溶けずに残り、血管をふさいでしまうタイプです。 このタイプは、手術やカテーテル治療が有効な場合があります。
  • 第5群:原因不明または複数の要因による肺高血圧症 血液の病気など、ほかの4つのグループには分類できない、さまざまな原因で起こります。

このように原因を正確に突き止めることが、適切な治療を選択するための第一歩なのです。

原発性肺高血圧症の原因

この病気の「原発性」とは、原因がはっきりと特定できないことを意味します。 しかし、全く手がかりがないわけではありません。

なぜ肺の血管が狭くなるのか、その根本的な仕組みはまだ研究段階にあります。 ただ、近年の研究から、発症に関連するいくつかの要因がわかってきました。

主に「特発性(とくはつせい)」と呼ばれる、明らかな原因が見つからない場合が多いです。 その上で、発症の引き金となりうる要因として、以下のようなものが挙げられます。

  • 遺伝によるもの ご家族に同じ病気の方がいる場合、遺伝子の変異が関連している可能性があります。
  • お薬や化学物質によるもの 過去に使用されていた、一部の食欲を抑えるお薬などが原因となることもあります。
  • 他の病気に伴うもの 以下のような病気が、肺高血圧症を引き起こすことがあります。
  • 膠原病(こうげんびょう)
  • 生まれつきの心臓の病気
  • 肝硬変などの肝臓の病気
  • HIV感染症

これらの原因に当てはまらない場合に、原発性肺高血圧症と診断されます。 原因が不明な中でも、関連する要因を詳しく調べることが、治療方針を決める上で非常に重要です。

原発性肺高血圧症の症状

この病気は、初期の段階では症状がほとんど現れません。 肺の血管の血圧が少しずつ上がっても、心臓が懸命に働き、体の異変をカバーしてしまうからです。

しかし、その心臓の頑張りにも限界が訪れます。 そのため、何らかの症状に気づいたときには、病気がすでにある程度進んでいることも少なくありません。

心臓が悲鳴を上げ始めたサイン(初期症状)

病気が少しずつ進むと、心臓のポンプ機能がだんだんと追いつかなくなってきます。 体を動かしたときに、次のようなサインが出始めるのが特徴です。 「以前は平気だったのに…」と感じる変化に注意しましょう。

  • 息切れや動悸 階段の上り下りや、少し歩いただけでも息が切れたり、心臓がドキドキしたりします。 これは、体に酸素を届けようと心臓が無理に頑張っているサインです。
  • 立ちくらみ・めまい 急に立ち上がったときなどに、脳への血流が一時的に不足して起こります。
  • 顔や足のむくみ 心臓のポンプ機能が弱まると、全身の血液の流れが滞ります。 その結果、水分が足などにたまってしまい、むくみとして現れるのです。
  • 体のだるさ(全身倦怠感) 全身の細胞に十分な酸素や栄養が届かず、なんとなく体がだるい感じが続きます。

無理が限界を超えたサイン(進行した症状)

さらに病状が進み、心臓への負担が限界に近づくと、よりはっきりとした危険な症状が現れます。 これらの症状は、すぐに対応が必要な場合があります。

  • 安静時の息苦しさ(呼吸困難) じっとしていても息が苦しくなります。 心臓の機能がかなり低下していることを示唆するサインです。
  • 胸の痛み 無理をしている心臓の筋肉自身に、血液が足りなくなって起こる痛みです。
  • 失神 脳への血流が著しく低下することで、意識を失ってしまいます。 これは非常に危険なサインです。
  • 血が混じった痰(たん) 肺の血管の圧力が非常に高まり、血管が傷ついて出血することで起こります。

特に、横になると咳や息苦しさがひどくなる場合は、心臓の機能が低下している重要なサインかもしれません。 これらの症状は他の病気でもみられますが、自己判断はせず、気になるサインがあればすぐに専門の医療機関を受診してください。

原発性肺高血圧症の検査・診断

この病気は、腕で血圧を測るような簡単な方法では診断できません。 心臓や肺の状態を詳しく調べるため、いくつかの検査を組み合わせて、慎重に診断を進めていきます。

まず、体への負担が少ない検査から始め、病気の可能性を探ります。

  • 胸部レントゲン写真 心臓が大きくなっていないか、形に異常がないかを確認します。
  • 心電図 心臓に負担がかかっていないかを、電気的な信号から読み取ります。
  • 血液検査 心臓が疲れているときに出る物質(BNPなど)の数値を調べます。

これらの基本的な検査で異常が見られた場合、さらに詳しい検査へと進みます。 診断の大きな手がかりとなるのが「心エコー検査」です。

心エコー検査は心臓の超音波検査で、痛みはありません。 体の表面から機械をあてるだけで、心臓の動きや血液の流れを映像で確認できます。 この検査で、肺の動脈の血圧がどのくらい高いかを「推定」することが可能です。

ただし、心エコー検査でわかるのは、あくまで「推定値」です。 正確な診断を確定させるためには、「心臓カテーテル検査」という、より精密な検査が欠かせません。

検査の種類

わかること

目的

心エコー検査

肺の血圧を「推定」する

病気の可能性をふるいにかける(スクリーニング)

心臓カテーテル検査

肺の血圧を「正確に」測定する

診断を確定し、最適な治療法を決める

心臓カテーテル検査は、診断の決め手となる最も重要な検査です。 足の付け根や首の血管から「カテーテル」という非常に細い管を入れ、肺の動脈まで届かせ、圧力を直接、正確に測ります。

この検査で、安静時の平均肺動脈圧が25mmHg以上の場合、「肺高血圧症」と診断が確定します。 診断だけでなく、どのようなお薬が効きそうか、今後の治療方針を決める上でも、この検査から得られる情報は非常に重要です。

原発性肺高血圧症の治療

この病気は、以前は有効な治療法が少ないとされていました。 しかし、近年の研究でお薬が大きく進歩し、治療成績は向上しています。 早期に適切な治療を始めることが、とても重要です。

治療の大きな目的は、次の2つです。

  • 狭くなった肺の血管を広げ、血液の流れを良くする
  • 血液を送り出す心臓の負担を軽くする

治療は一つだけではなく、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、いくつかの方法を組み合わせて行います。

お薬による治療

治療の中心となるのは、お薬を使った治療です。 肺の血管を広げることを目指し、お薬の使い方によっていくつかの種類があります。

  • 飲むお薬(内服薬) 肺の血管を広げる作用がある、複数の種類のお薬を飲みます。 病状に合わせて、これらのお薬を組み合わせて使うことが基本です。
  • 吸い込むお薬(吸入薬) 霧状にしたお薬を吸い込んで、肺の血管に直接作用させます。 これにより、効果的に血管を広げることを目指します。
  • 点滴や注射のお薬 専用の小さなポンプを使い、24時間お薬を体の中に直接入れ続けます。 持続的に作用させることで、強力に血管を広げる効果が期待できます。

お薬の治療を支える大切な方法

お薬の効果を高め、体を良い状態に保つための治療も並行して行います。

  • 酸素療法 体の中の酸素が足りなくなると、心臓はさらに無理をしてしまいます。 自宅に設置した機械を使い、鼻のチューブから酸素を吸って息苦しさを和らげます。 これにより、心臓の負担を減らすことができます。
  • 心臓を楽にする治療 体の余分な水分を尿として出すお薬(利尿薬)を使います。 また、食事の塩分や水分を調整し、心臓への負担を軽くします。
  • 血の塊を防ぐ治療 血液が固まって血管を詰まらせるのを防ぐためのお薬を使います。 血液をサラサラに保ち、血流を維持することが目的です。

これらの治療でも効果が十分でない場合には、肺の移植手術が考えられることもあります。 また、この病気は若い女性に多いことから、体の治療とあわせて、不安な気持ちに寄り添う心のケアも非常に大切になります。