腹膜癒着
手術後、原因不明のお腹の不調や慢性的な痛みに悩んでいませんか。吐き気や便秘といった消化器症状が続くのは、もしかしたら腹膜癒着が関係しているのかもしれません。
腹膜癒着は外科手術後によくみられる合併症であり、画像診断が難しいケースも多いとされています。この記事では、腹膜癒着のメカニズム、症状、診断方法、そして重要な予防策から対処法までを詳しく解説します。
ご自身の不調への理解を深め、適切な医療機関への相談や、今後取るべき対策のヒントを得るための一歩となるでしょう。
腹膜癒着の概要
腹膜癒着は、外科手術後によくみられる合併症であり、お腹の中で臓器同士が膜によってくっついてしまう状態を指します。この癒着は、腸閉塞をはじめとする深刻な問題を引き起こす可能性がありますが、画像診断が難しいケースも少なくありません。そのため、その対応には課題が多いといえるでしょう※。
私たちのお腹にある臓器は、腹膜という薄い膜に包まれています。この腹膜は、通常は表面が滑らかで、臓器が摩擦なく自由に動けるように保護しているものです。しかし、手術で腹膜が傷ついたり、炎症が起きたりすると、傷を修復しようとする過程で一時的に組織同士がくっつきやすくなります。多くの場合、この状態は自然に解消されていきますが、一部のケースではそのまま固まってしまい、さまざまな体の不調につながることがあります。
このような術後の腹膜癒着を減らすため、世界緊急外科医会(WSES)による研究では、主に以下の3つの予防策が重要だと提示されています※。
・手術手技の向上: 手術中に止血を丁寧に行い、組織を傷つけないよう細心の注意を払うこと。
・低侵襲手術の選択: 腹腔鏡下手術(MIS)など、体への負担が少ない手術方法を可能な限り選ぶこと。
・癒着防止バリアの使用: カルボキシメチルセルロースやヒアルロン酸といった物理的・化学的なバリア材を適切に用いること。
これらの予防策が推奨されることで、手術後の患者さんの負担軽減が期待されているのです※。ご自身やご家族が手術を経験された後で、お腹の調子に異変を感じる場合は、早めに医療機関へ相談するようにしましょう。
腹膜癒着の種類
腹膜癒着は、発生原因によって主に3つのタイプに分類できます。なかでも、過去の手術が原因となる「術後癒着」が最も多くみられるタイプです。
術後癒着
術後癒着は、外科手術をきっかけとして発生する癒着です。手術中に腹膜が傷ついたり、組織に炎症が起きたりすると、体の修復機能が働き、組織同士がくっつきやすくなることで起こります。この癒着は、腸閉閉塞などの深刻な問題を引き起こすことがありますが、画像検査だけで診断するのが難しいケースも少なくありません※。
なぜ手術後に癒着が起きやすいのでしょうか。私たちのお腹にある腹膜には、傷ついた組織を修復する際に、余分な線維素(せんいそ:傷口を覆うタンパク質)を分解し、本来の滑らかな状態に戻そうとする「線維素溶解(せんいそようかい)活性」という働きが備わっています。しかし、手術による広い範囲の損傷や、感染などによってこの線維素溶解活性が十分に機能しないと、線維素が分解されずに組織が接着したまま固まってしまうことがあります。これが術後癒着のメカニズムの一つと考えられています※。
炎症性癒着
炎症性癒着は、腹膜炎や虫垂炎といったお腹の中で起こる炎症や感染が原因で生じる癒着です。腹膜が炎症を起こしてダメージを受けると、その修復過程で組織がくっつきやすくなります。炎症が治まった後も、その名残として癒着が残ることがあります。
先天性癒着
先天性癒着は、生まれつき存在している癒着で、その原因がはっきりしないことも多いタイプです。多くの場合、症状がなく生活に支障をきたすことはありません。しかし、ごくまれに臓器の動きを妨げ、問題を引き起こす可能性があります。
これらのタイプのうち、特に術後癒着は、その予防策の研究が積極的に進められています。世界緊急外科医会(WSES)の専門家パネルによるレビューでは、手術手技の向上、低侵襲手術の選択、癒着防止バリアの使用という3つの柱が、癒着予防の鍵として提示されています※。
腹膜癒着の原因
腹膜癒着は、主にお腹の手術や炎症が原因で、腹膜が損傷を受けることにより発生します。
私たちのお腹の中にある臓器は、腹膜という薄く滑らかな膜に覆われています。この腹膜があるおかげで、臓器同士が摩擦なくスムーズに動き、自由に活動できます。しかし、手術で腹部を切開したり、臓器に触れたりすることで、この腹膜が傷つくことがあります。体が傷ついた腹膜を治そうとする過程で炎症が起こり、フィブリンという物質が分泌されます。このフィブリンは、通常は傷口をふさぐ役割を果たすタンパク質ですが、過剰に分泌されたり、適切に処理されなかったりすると、本来はくっつかないはずの臓器同士や組織を接着させてしまい、癒着が発生するのです。
特に外科手術は、腹膜癒着の最も一般的な原因の一つです※。手術中に腹膜が乾燥したり、出血したり、異物が触れたりすることも、癒着を引き起こす要因となります。その背景には、手術によって腹膜の修復機能が一時的に低下することが挙げられます。
具体的に腹膜には、傷ついた組織を修復する際に、余分な線維素(せんいそ:傷口を覆うタンパク質)を分解し、本来の滑らかな状態に戻そうとする「線維素溶解(せんいそようかい)活性」という働きが備わっています。しかし、手術による広範囲の損傷や、感染などによってこの線維素溶解活性が十分に機能しないと、フィブリンが分解されずに組織が接着したまま固まってしまうことがあります。このメカニズムは、世界緊急外科医会(WSES)の専門家パネルによるレビューでも、癒着形成の病態生理として示されています※。
手術以外では、以下のような状況が腹膜の損傷を引き起こし、癒着の原因となることがあります。
・腹膜炎などの感染症: お腹の中で細菌感染などが起こり、腹膜が炎症を起こしてダメージを受ける場合。
・子宮内膜症: 本来子宮の内側にできるはずの内膜組織が、腹膜など子宮以外の場所にできて炎症を起こす場合。
・お腹への強い外傷: 事故などにより、腹部に強い衝撃を受け、腹膜や臓器が損傷する場合。
これらの原因によって腹膜が傷つき、体の修復メカニズムが適切に働かないことが、腹膜癒着を引き起こす要因と考えられます。
腹膜癒着の症状
腹膜癒着の症状は、その広がりや発生部位によってさまざまです。まったく症状が出ない方もいれば、日常生活に大きな影響を与える不調として現れることもあります。
腹膜癒着によって起こりやすい主な症状は、次のとおりです。
・慢性的なお腹の痛み: 最も多くみられる症状の一つです。体を動かしたり、食事をしたりすると、痛みの感じ方が変わることがあります。癒着によって臓器が不自然に引っ張られたり、圧迫されたりすることが、痛みの原因と考えられています。
・消化器系の不調: 吐き気や嘔吐、頑固な便秘、お腹の張りなどが多くみられます。これは、癒着が消化管の動きを物理的に妨げ、食べ物の流れが悪くなることで引き起こされます。
特に癒着が重度になると、腸が完全に塞がってしまう「腸閉塞(ちょうへいそく)」という、命にかかわる重篤な状態につながる可能性もあります※。腸閉塞が起こった場合には、以下のような症状が突然現れるため、速やかな受診が必要です。
・激しい腹痛
・繰り返す嘔吐
・おならや便がまったく出なくなる
腹膜癒着の症状は、他の病気とよく似ているため、区別がつきにくい点が特徴です。さらに、画像検査だけで確定診断が難しいケースも少なくありません。このため、原因不明のお腹の不調として、長期間悩まされる方もいるといえるでしょう※。
症状の現れ方や重症度は、患者さん一人ひとり異なります。もし、手術後に今までとは違うお腹の不調が続くようであれば、「いつものこと」と放置せず、一度専門医に相談しましょう。早期に適切な診断を受けることが、症状の改善につながる可能性があります。
腹膜癒着の検査・診断
腹膜癒着の診断は、お腹の不調を抱える患者さんにとって、ときに困難を伴います。なぜなら、癒着そのものを直接画像で確認するのが難しい場合が多いからです。そのため、医師は患者さんの症状や病歴を丹念に聞き取り、総合的な視点から診断を進めます。
診断の第一歩:詳細な問診と身体診察
まず、医師は患者さんの話に耳を傾けます。腹膜癒着の診断において、患者さんの具体的な症状や過去の病歴は、非常に重要な手がかりです。次のような情報を詳しくお伺いします。
・症状の詳細: お腹の痛みはいつから、どのような痛みか。吐き気や嘔吐、便秘、お腹の張りなど、消化器系の症状の有無や程度。
・過去の病歴: 特に、これまでお腹の手術を受けたことがあるか、その手術の種類や時期。腹膜炎や子宮内膜症などの既往歴も確認します。
・現在の生活状況: 食事内容や排便習慣、仕事や日常生活でのストレスなど。
これらの情報から、腹膜癒着が症状の原因となっている可能性を探るのが、診断の最初のステップです。
画像診断:合併症の評価と他の疾患の除外
レントゲン、CTスキャン、MRIなどの画像検査も行われます。しかし、腹膜癒着そのものをこれらの検査で鮮明に映し出すことは難しいのが現状です。これは、癒着が軟らかい組織でできており、骨や臓器のように明確なコントラストがつかないため、一般的な画像検査では判別しにくいためです※。
それでも、画像検査には次のような重要な役割があります。
・腸閉塞の有無と程度: 癒着によって腸が塞がれてしまう「腸閉塞」という重篤な合併症が起きていないか、その位置や程度を確認できます。
・他の疾患の除外: 腹痛や消化器症状の原因が、虫垂炎や婦人科疾患、悪性腫瘍など、別の病気ではないかを除外するために役立ちます。
特に、画像検査で明らかな異常が見られないにもかかわらず、お腹の不調が続く場合は、腹膜癒着を強く疑うきっかけとなることがあります。
最終的な診断:腹腔鏡検査の役割
腹膜癒着の確実な診断には、腹腔鏡を用いた検査が有効な場合があります。これは、お腹に数ミリ程度の小さな穴をいくつか開け、専用の内視鏡(腹腔鏡)を挿入して、お腹の中の臓器や癒着の様子を医師が直接目で見て確認する方法です。
腹腔鏡検査は、癒着の場所や広がり、臓器への影響などを正確に評価できるというメリットがあります。しかし、これは手術を伴う侵襲的な検査であり、すべてのケースで実施されるわけではありません。一般的には、他の検査では原因が特定できず、症状が強く、治療方針を決定するためにどうしても情報が必要な場合に検討される選択肢の一つとなります。
腹膜癒着の診断は、患者さんの訴えや身体所見、画像検査の結果などを総合的に判断し、必要に応じて腹腔鏡検査を検討するという、段階的なアプローチが取られます。もし、お腹の不調が続き、原因がはっきりしない場合は、「いつものこと」と諦めずに、粘り強く医師と相談し、適切な診断と治療への道を探ることが大切です。
腹膜癒着の治療
腹膜癒着の治療は、主に「将来的な癒着の発生を未然に防ぐ予防」と「既にできてしまった癒着による不調に対処する」という2つの柱で考えられます。特に、手術後に新たな癒着が生まれるのを防ぐことが、患者さんのその後の生活の質を守る上で非常に重要といえるでしょう。
1. 術後癒着の「予防」が最も重要
お腹の手術を受ける患者さんにとって、術後に腹膜癒着が起こることは、腸閉塞をはじめとする深刻な合併症につながる可能性があります。そのため、外科手術を行う際には、世界緊急外科医会(WSES)も、以下に示す3つの予防策を包括的に実施する「推奨パッケージ」を掲げ、癒着のリスクを最小限に抑えるよう推奨しています※。
これらの予防策は、手術中に腹膜へのダメージをできる限り抑え、体が本来持っている修復機能を最大限に生かすことを目的としています。
・手術手技の工夫
手術中に組織を丁寧に取り扱い、出血を最小限に抑え、細やかな止血を行うことで、腹膜への損傷を減らします。組織が傷ついたり、血液が腹腔内に残ったりすると、それが癒着を引き起こすきっかけになるため、医師は細心の注意を払って手術を進めます※。
・低侵襲手術の選択
体への負担が少ない腹腔鏡下手術(内視鏡を使って小さな穴から行う手術)など、低侵襲な術式を選択することも有効な予防策です。開腹手術に比べて傷が小さく、腹腔内の組織が空気に触れる時間が短いため、腹膜への刺激が少なく、癒着の発生リスクを抑えられると考えられています※。
・癒着防止材の使用
手術部位に、物理的または化学的なバリアとなる材料(癒着防止材)を適切に用いることも、癒着予防に役立ちます。これらは、手術で傷ついた組織同士が直接触れてくっつくのを防ぐ役割を果たします。
具体的には、カルボキシメチルセルロースやヒアルロン酸などが一般的に用いられますが※、近年の研究では以下のような材料も注目されています。
・Gore-Tex外科用膜: 癒着予防に良い結果が報告されています。しかし、この膜は体内で吸収されない(非吸収性)ため、将来的に再手術が必要になった際には、この膜を除去する手術が必要となり、それが新たな癒着を引き起こすリスクにもなり得ます※。
・ヒアルロン酸: 体内に存在する物質で、癒着予防に期待が持たれています。
・4DryField: 他の多くのバリア材と比較して、癒着を抑制する効果が最も高く、最大85%の改善が見られたという報告もあります※。
WSESは、これらの予防策を単独で行うのではなく、可能な限り低侵襲手術を選択し、手術手技を徹底的に遵守し、さらに適切な癒着防止材を活用するという「推奨パッケージ(Bundle)」として実践することを強く推奨しているのです※。
2. 既に発生した癒着への「対処」
残念ながら、既に形成されてしまった腹膜癒着によって、お腹の痛みや腸閉塞などの症状が現れている場合には、その症状を和らげ、患者さんの苦痛を軽減するための対処が必要になります。
・保存的治療
癒着による症状が比較的軽い場合や、一時的な腸閉塞の場合には、まず保存的治療が選択されます。これは、手術以外の方法で症状の改善を目指すものです。具体的には、消化管の負担を減らすための食事制限や絶食、水分や栄養を補給するための点滴、痛みを和らげるための鎮痛剤の投与などが行われます。多くの場合、これにより症状が落ち着き、腸の動きが回復することもあります。
・手術(癒着剥離術)
保存的治療で症状が改善しない場合や、腸閉塞が重度で生命にかかわる危険がある場合には、手術による癒着剥離術(ゆちゃくはくりじゅつ)が検討されます。この手術は、文字通り癒着している部分を剥がして、臓器が本来の動きを取り戻せるようにするものです。
しかし、この癒着剥離術には注意すべき点もあります。手術で癒着を剥がす操作自体が、再び腹膜にダメージを与え、新たな癒着を生み出すリスクを伴う可能性があるからです。そのため、手術の必要性やその後のリスクについて、担当医と十分に話し合い、納得した上で治療方針を決定することが大切です。
腹膜癒着の治療法は、患者さん一人ひとりの症状の程度、癒着の場所や広がり、そして全身の状態によって大きく異なります。お腹の不調が続き、腹膜癒着の可能性がある場合は、専門医と綿密に相談し、ご自身に最適な治療計画を見つけることが重要です。










