MRSA

私たちの皮膚や鼻の中に普段から住んでいる常在菌が、ひとたび姿を変えると、多くの薬が効かない危険な存在になることをご存知でしょうか。それが、多剤耐性菌として知られる「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)」です。

普段は無害ですが、体の抵抗力が落ちた高齢者や赤ちゃんが感染すると、肺炎や敗血症といった命に関わる病気を引き起こすことがあります。特に院内感染の主な原因菌とされ、ある研究では新生児集中治療室のベッド周りの16.6%から検出されたという報告もあり、知らないうちに感染が広がる危険性をはらんでいます。

この記事では、MRSAの種類や原因、そして意外と知られていない治療の判断基準について詳しく解説します。ご自身や大切な家族を守るために、その正体と正しい対処法を知っておきましょう。

MRSAの概要

MRSA(エムアールエスエー)とは、薬が効きにくくなった特別な細菌で、「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」の略称です。

もともとは「黄色ブドウ球菌」という、ごく普通の常在菌です。 私たちの鼻の中や皮膚などに普段から住んでいて、健康な時には特に問題を起こしません。

しかし、この菌が薬への耐性を持つとMRSAに変化します。 多くの抗生物質(細菌を退治する薬)が効きにくくなるため、「多剤耐性菌」とも呼ばれ、治療が難しくなります。

健康な方は、MRSAを持っていても症状が出ないことがほとんどです。 ですが、体の抵抗力が弱っていると、時に重い感染症を引き起こすため注意が必要です。

  • ご高齢の方
  • 生まれたばかりの赤ちゃん
  • 大きな手術を受けた後の方

上記のような方がMRSAに感染すると、肺炎や敗血症など命に関わる病気になることがあります。

MRSAは抗菌薬がよく使われる病院内で見つかりやすく、「院内感染」の主な原因菌として知られています。 ある研究では、新生児集中治療室(NICU)で、どこにMRSAがいるのかを調べました。

  • 新生児のお母さん 調査対象のうち、2.1%の方からMRSAが検出されました。
  • 医療スタッフ お医者さんや看護師さんの9.5%が保菌していました。
  • ベッド周りの環境 ベッドなど周辺環境の16.6%から見つかっています。

この研究結果は、MRSAが人の出入りがある場所に存在し、知らないうちに感染を広げる危険性を示しています。

MRSAの種類

MRSAは、どこで感染したかによって、主に2つの種類に分けられます。 なぜなら、種類によって菌の性質や効きやすい薬が違うからです。 この違いを知ることは、適切な治療のために非常に重要です。

1. 院内感染型MRSA(HA-MRSA)

病院や介護施設などの医療機関で感染することが多いタイプです。 体の抵抗力が落ちている方が、かかりやすいという特徴があります。

  • かかりやすい方
  • 長期間入院している方
  • 大きな手術を受けた後の方
  • 体に管(カテーテル)を入れている方
  • 透析治療を受けている方

肺炎や血液の感染症(敗血症)など、体の奥で重い病気を引き起こすことがあります。 ある日本の研究では、人工呼吸器を使う方の肺炎の原因を調べました。 その結果、MRSAは原因菌の12.0%を占めていたことが報告されています。 これは緑膿菌(29.2%)に次いで2番目に多い数字です。

2. 市中感染型MRSA(CA-MRSA)

病院の外、つまり普段の生活の場で感染するタイプです。 院内感染型とは違い、健康な子どもや若い世代にも感染します。

主な特徴は、皮膚やその下の軟らかい組織に感染しやすいことです。 例えば、おできや、子どもに多い「とびひ」などが代表的です。 学校やスポーツチームなど、人と人が密に接する環境で、集団的に発生することもあります。

種類

院内感染型MRSA (HA-MRSA)

市中感染型MRSA (CA-MRSA)

主な感染場所

病院・介護施設など

学校・家庭・スポーツ施設など

かかりやすい人

抵抗力が低下した方

健康な子どもや若者

主な症状

肺炎、敗血症などの重い病気

皮膚のできもの、とびひなど

MRSAの原因

MRSAは、もともと私たちの皮膚や鼻の中にいる常在菌です。 「黄色ブドウ球菌」という、ごくありふれた菌が原因となります。 健康な時は無害ですが、あるきっかけで薬に強い菌へと変化します。

その最大の原因は、抗生物質(抗菌薬)の不適切な使用です。 風邪などで抗生物質を使いすぎると、菌が生き残る術を学びます。 薬を無効化する特別な能力を身につけ、耐性菌へと変わるのです。

MRSAは「mecA」という遺伝子を持ち、薬の攻撃を回避します。 このため、多くの抗生物質が効きにくくなってしまいます。 では、どのような場合にMRSAを保菌しやすくなるのでしょうか。

ある研究では、MRSA保菌のリスク因子がいくつか報告されています。

  • 過去の入院歴 病院は薬が多く使われるため、耐性菌が生まれやすい環境です。
  • 最近の抗生物質の使用 薬に触れる機会が多いほど、菌が耐性を持つ可能性は高まります。
  • ご高齢の方 体の抵抗力が弱まっていると、菌を保菌しやすくなります。

MRSAの主な感染経路は、菌との接触による「接触感染」です。 菌を持つ人の手や、菌が付着したドアノブなどに触れると感染します。 特に体の抵抗力が落ちている方は、注意深い感染対策が重要です。

MRSAの症状

MRSAは健康な方の体にいても、普段は何も症状を起こしません。 しかし、体の抵抗力が落ちた時などに症状が現れます。 感染した場所によって、症状の現れ方が大きく異なります。

皮膚や軟らかい組織の症状

最もよく見られるのは、皮膚やその下の組織での感染症です。 見た目は普通の「おでき」と変わらないことも多く、注意が必要です。

  • おでき、とびひ 毛穴の奥が赤く腫れて膿を持ったり、水ぶくれができたりします。
  • 蜂窩織炎(ほうかしきえん) 皮膚の広い範囲が赤く硬く腫れ、熱っぽさや痛みを伴います。
  • 手術後の傷の化膿 手術した部分が感染し、赤く腫れたり膿が出たりします。

全身に広がる重い症状

特に抵抗力が落ちていると、菌が体の奥深くに侵入します。 肺炎や敗血症など、命に関わる重い病気を引き起こすため危険です。

  • 肺炎 咳や痰、息苦しさ、高熱などの症状が出ます。
  • 敗血症 菌が血液に入り全身に広がる状態です。血圧が下がるなど命に関わります。
  • 骨髄炎、関節炎 骨や関節で激しい痛みや腫れ、発熱が起こります。

最近の研究では、MRSAが出す小さなカプセルのような物質が、体に影響を与える可能性が示されています。 この物質により、アレルギーに似た体の反応が引き起こされることもわかってきました。 このように症状は多岐にわたるため、気になる場合は早めに医療機関へご相談ください。

MRSAの検査・診断

MRSAの感染が疑われる場合、まず原因菌を特定する検査を行います。 症状が出ている場所から、痰や鼻の粘液、血液、傷口の膿などを採取します。 そして、その中にMRSAがいるかどうかを詳しく調べていきます。

MRSAを調べる検査は、主に次の2つのステップで進められます。

  • 培養検査 採取した検体を、菌が育ちやすい特別な環境で増やします。 これにより、症状の原因がMRSAかどうかを確実に診断できます。
  • 薬剤感受性試験 培養検査でMRSAが見つかった場合に、どの薬が効くかを調べる検査です。 多くの薬が効きにくいMRSAに対し、最適な治療薬を選ぶために不可欠です。

実際の診療では、検査と並行して、問診から感染のリスクを予測します。 研究により、MRSAを持っている可能性が高い方の特徴がわかっています。

  • 過去に入院したことがある
  • 最近、抗生物質(細菌を倒す薬)を使ったことがある
  • 年齢や性別などもリスクに関わる

このような情報は、MRSA感染を診断する上で重要な手がかりとなります。

また、検査でMRSAが見つかっても、すぐに治療が必要とは限りません。 なぜなら、MRSAは健康な人の体にいても悪さをしないことがあるからです。

ある研究では、肺炎の患者さんの痰からMRSAが見つかっても、 すぐに抗MRSA薬を使わなかった場合と死亡率が変わらなかったと報告されています。 このことは、菌の存在が必ずしも病気の直接の原因ではないことを示します。

そのため医師は、検査結果だけでなく、症状の重さや全身の状態を総合的に判断します。 そして、本当にMRSAに対する治療が必要かどうかを慎重に見極めるのです。

MRSAの治療

MRSAの治療は、感染した場所や症状の重さで大きく異なります。 多くの薬が効きにくい「多剤耐性菌」のため、治療は慎重に進めます。 基本はMRSAに効果のある抗菌薬(抗MRSA薬)による治療です。

しかし、MRSAが体から見つかっても、すぐに薬を使わないことがあります。 「菌がいるのに治療しないの?」と、不安に思うかもしれません。 これには、ちゃんとした医学的な理由があります。

ある研究では、肺炎の患者さんの痰からMRSAが見つかっても、 すぐに抗MRSA薬を使わなかった場合と死亡率が変わらなかったと報告されています。 このことは、MRSAがいても、必ずしも悪さをしていない可能性を示します。

また別の研究でも、入院中の肺炎に対し、最初からMRSAを想定した治療をしても、 死亡率の改善にはつながらない可能性が指摘されています。 そのため医師は、菌の存在だけでなく、症状や重症度を総合的に判断します。

MRSAの治療では、主に以下のような薬が使われます。

  • バンコマイシン(VCM)
  • リネゾリド(LZD)
  • テイコプラニン(TEIC)

どの薬を選ぶかは、菌の種類や薬の効果を確かめてから決めます。 また皮膚に膿がたまっている場合は、薬と併せて膿を出す処置も重要です。 このように、一人ひとりの状態に合わせた最適な治療法を選択します。