肺腺がん

肺がんと聞くと、長年の喫煙が原因の病気というイメージが強いかもしれません。しかし、日本の肺がんの約6割を占める「肺腺がん」は、タバコを吸わない方、特に女性にも多く発症する、最も身近なタイプのがんなのです。

肺腺がんの怖いところは、肺の奥深くにできるため初期症状がほとんどなく、気づきにくい点にあります。健康診断のレントゲンで偶然発見されることも少なくありません。「まさか自分が」と感じたときには、すでに進行している可能性もあるのです。

この記事では、肺腺がんの基本的な知識から、最新の研究で明らかになった原因、そして進化を続ける「オーダーメイド治療」までを詳しく解説します。ご自身や大切な人のために、正しい知識を身につけ、早期発見と適切な治療への一歩を踏み出しましょう。

肺腺がんの概要

肺がんにはいくつか種類がありますが、その中で最も多いのが「肺腺がん」です。

日本の肺がんのうち、約6割を占めているといわれています。

肺の奥深く、気管支のいちばん先にある「肺胞」という部分の細胞から発生することが多いです。

肺腺がんには、ほかの肺がんとは少し違う、いくつかの特徴があります。

・できる場所

肺の中心部から離れた「肺野(はいや)」という場所にできやすいです。

そのため、がんが小さいうちは咳や痰といった症状が出にくい傾向があります。

・タバコとの関係

喫煙は大きな原因ですが、タバコを吸わない方、特に女性にも発症することがあります。

・見つかり方

ご自身で症状に気づくことが難しいため、健康診断の胸部X線検査などで偶然発見されることも少なくありません。

最近の研究では、肺腺がんの細胞がどのようにエネルギーを作り出し、増殖するかの仕組みが詳しくわかってきました。

がん細胞は、正常な細胞とは違う特別な方法で栄養を取り込み、生き延びようとします。

この特別な栄養補給の仕組みを邪魔することで、がんの進行を抑える新しい治療法の開発が世界中で進められています。

肺腺がんの種類

「肺がん」と診断されても、実はがん細胞の顔つきや性格によって、いくつかの種類に分けられます。

敵の正体を知ることで効果的な作戦を立てるように、がんの種類を知ることは治療の第一歩です。

肺がん全体は、主に以下の4つの種類に分類されます。

種類 | 特徴

腺がん | 肺の奥にできやすく、タバコを吸わない方にも発生します。

扁平上皮がん | 肺の中心部にでき、主に喫煙と深い関わりがあります。

大細胞がん | がん細胞が大きく見え、肺の様々な場所に発生します。

小細胞がん | がん細胞が小さく、増えるスピードが速いのが特徴です。

この中で最も多い肺腺がんも、さらに細かく分類されます。

がんがどのくらい広がっているかによって、「上皮内腺癌」や「浸潤性腺癌」などに分けられます。

最近の研究では、同じ肺腺がんでも、様々な個性を持つがん細胞が混在していることがわかってきました。

これを「腫瘍細胞の不均一性」といい、がん治療を難しくさせる一因です。

特に「CKS1B+」という特殊な性質を持つがん細胞の量が、治療薬への反応や病気の進行具合を左右する可能性が示されています。

この性質を詳しく調べることで、免疫療法の効果を予測したり、患者さん一人ひとりに合った治療法を選んだりする「オーダーメイド治療」につながると期待されています。

このように、がん細胞の個性を細かく知ることが、より良い治療への鍵となるのです。

肺腺がんの原因

肺腺がんの原因は一つだけではありません。

タバコなどの生活習慣や、住んでいる環境、遺伝的な体質などが複雑に関係して発症すると考えられています。

主な原因として、以下のものが挙げられます。

・喫煙

肺がん全体の最も大きな原因であり、肺腺がんでも重要な発症要因です。タバコの煙に含まれる有害な物質が、肺の細胞を傷つけ、遺伝子に異常を起こすことがあります。ご自身が吸うだけでなく、周りの人の煙を吸う「受動喫煙」もリスクを高めることがわかっています。

・環境や職業による影響

アスベスト(石綿)やラドンといった有害物質を吸い込むことも原因となります。最近では、PM2.5などの大気汚染も肺腺がんのリスクを高めることが指摘されています。

・遺伝的な要因とがん細胞のエネルギー

ご家族に肺がんにかかった方がいる場合、発症のリスクが少し高まる可能性があります。また、EGFR遺伝子など、特定の遺伝子の異常ががんの発生に直接関わっていることもあります。

最近の研究では、がん細胞が増えるための「悪賢い仕組み」がわかってきました。

がん細胞は正常な細胞と違い、特別な方法でエネルギーを作り出し、生き延びようとします。

私たちの体には、エネルギー作りを手伝う「PGD」という物質があります。

研究により、肺腺がんの細胞ではこのPGDが異常に活発に働き、がんが増えるための栄養(糖や脂肪)を大量に作り出していることがわかりました。

さらに、PGDは細胞の「省エネモード」のスイッチ(AMPK経路)を邪魔することも突き止められています。

そのため、がん細胞はエネルギーを使い放題で増殖できるのです。

このPGDの働きを止めることが、新しい治療法の開発につながると期待されています。

肺腺がんの症状

肺腺がんは初期段階では症状がほとんどなく、静かに進行することが多い病気です。

肺の奥深く、痛みを感じる神経が少ない場所にできやすいため、サインに気づきにくいのです。

そのため健康診断などで偶然見つかることも少なくありません。

しかし、がんが大きくなったり周りに広がったりすると、体は様々なサインを出し始めます。

以下のような症状が続く場合は、注意が必要です。

肺や気管支に関する症状

肺そのものや、空気の通り道である気管支にがんが影響すると、次のような症状が出ます。

・長く続く咳や痰

風邪は治ったはずなのに、咳や痰が2週間以上続くのは注意信号です。

・血痰(けったん)

痰に血が混じる症状です。がんが血管を傷つけることで起こります。

・胸の痛み

がんが肺を包む膜や肋骨に広がると、深呼吸や咳で胸が痛むことがあります。

肺腺がんの患者さんのうち、約25〜30%が経験すると報告されています。

・息切れや呼吸困難

階段を上るなど、少しの動作で息が苦しくなります。

・声のかすれ(嗄声:させい)

声を調節する神経にがんが影響すると、声がかすれることがあります。

全身に現れる症状

がんが進行すると、体全体に影響が及び、次のような症状が見られることもあります。

・理由のない体重減少や食欲不振

・休んでも回復しないだるさ(倦怠感)

・原因がわからない発熱

これらの症状は肺腺がんだけに起こるものではありません。

しかし、複数の症状が当てはまったり、長く続いたりする場合は、自己判断せずに医療機関を受診することが早期発見につながります。

肺腺がんの検査・診断

肺腺がんが疑われる場合、がんの場所や大きさ、性質を詳しく調べる検査が必要です。

敵の正体を正確に知ることで、一人ひとりに合った最適な作戦を立てることができます。

検査は主に以下の3つのステップで進められます。

ステップ1:画像で異常な影を見つける

健康診断の胸部X線(レントゲン)検査で異常な影を指摘された場合が検査の始まりです。

より詳しく調べるために、体の断面を細かく撮影できるCT検査を行います。

CT検査では、レントゲンでは見つけにくい小さながんや、周りへの広がりも確認できます。

ステップ2:がん細胞か確かめる

画像検査で影が見つかっても、それが本当にがん細胞なのかを確定させる必要があります。

そのために、病気が疑われる場所から細胞や組織の一部を少しだけ採取して、顕微鏡で詳しく調べます。

これを「組織検査(生検)」と呼び、主に2つの方法があります。

・気管支鏡検査

口や鼻から細いカメラを入れ、気管支の中から組織を採ります。

・CTガイド下生検

CTで場所を確認しながら、体の外から細い針を刺して組織を採ります。

ステップ3:がんの「個性」を詳しく調べる

採取したがん組織を使って、がん細胞が持つ遺伝子の特徴などを詳しく調べます。

実は、同じ肺腺がんであっても、がん細胞には様々な個性(不均一性)があることがわかっています。

この個性によって、効きやすい薬の種類や、病気の進行スピードが変わってくるのです。

最近の研究では、AI(人工知能)のような技術を使い、がんの細かい性質を分析します。

これにより、今後の病状や治療の効果を予測する新しい方法の開発が進んでいます。

この詳細な検査こそが、あなたに最適な治療法を見つけるための重要な鍵となるのです。

肺腺がんの治療

肺腺がんの治療は、一つの決まった方法があるわけではありません。

がんの進行度や場所、がん細胞が持つ個性、そして患者さんご自身の体力や希望などを総合的にみて、最適な作戦を立てる「オーダーメイド治療」が基本です。

治療は、主に以下の3つの方法を単独または組み合わせて行います。

治療法の種類 | 内容

手術 | がんができた部分と周りの組織を切り取り、がんを直接取り除く方法です。比較的早期のがんに対して行われることが多い治療法です。

放射線治療 | 高いエネルギーの放射線をがん細胞に当て、がんを小さくする方法です。手術が難しい場合や、手術後の再発を防ぐ目的でも行われます。

薬物療法 | 薬の力で、全身に広がった可能性のあるがん細胞を攻撃する方法です。がんが進行している場合や、手術後の補助的な治療として行われます。

進化し続ける薬物療法

特に薬物療法は、近年の研究によって大きく進歩しています。

がん細胞の個性に合わせて、様々な種類の薬を使い分けるのが特徴です。

・細胞障害性抗がん剤

活発に分裂する細胞を攻撃する、以前からあるタイプの抗がん剤です。

・分子標的薬

がん細胞が増える原因となっている特定の遺伝子の異常を見つけ、そこをピンポイントで狙い撃ちする薬です。

・免疫チェックポイント阻害薬

がん細胞は、免疫細胞にブレーキをかけて攻撃から逃れようとします。このブレーキを外し、体が本来持つ免疫の力でがんを攻撃できるようにする薬です。

最近の研究では、同じ肺腺がんでも、がん細胞の個性(不均一性)によって免疫療法の効きやすさが違うことがわかってきました。

AIのような技術を使い、治療効果を予測する新しい指標(PIS)の開発も進められています。

これにより、免疫療法が効きやすい患者さんを事前に見極める研究が期待されています。

また、がん細胞が特別な方法で栄養を取り込み、大きくなる仕組み(代謝)も明らかになってきました。

がんの栄養補給を手伝う「PGD」という物質の働きを邪魔することで、がんの進行を抑える新しい治療法の開発も世界中で進められています。

どの治療法を選ぶかは、精密な検査結果をもとに、医師と患者さんが十分に話し合って決めていくことが何よりも大切です。