遺伝子治療

もし、体の「設計図」を直接書き換えることで、病気を根本から治せる医療があるとしたらどうでしょうか。それを実現するのが、近年目覚ましい進歩を遂げている「遺伝子治療」です。これは、病気の原因となる遺伝子そのものに働きかける、まさに次世代の医療技術と言えます。

最新の遺伝子解析技術により、ある目の病気では約5~7割の患者さんで原因が特定できるようになりました。治療法も進化しており、体外で細胞を処置する方法では、ある研究で90%という高い効果が報告されるなど、これまで諦めかけていた病気にも希望の光が見えています。

本記事では、そんな遺伝子治療の仕組みから対象となる病気、最新の研究動向までを詳しく解説します。ご自身の、あるいは大切な人の未来を変えるかもしれない、その可能性に触れてみてください。

遺伝子治療の概要

遺伝子治療とは、病気の原因となる遺伝子に働きかける治療法です。 私たちの体は、遺伝子という「体の設計図」をもとに作られています。

この設計図に間違いがあると、うまく体を作れずに病気になります。 遺伝子治療は、その設計図の間違いを直接直す新しい医療技術です。

治療の方法には、大きく分けて2つのやり方があります。

  • 体の外で治す方法(ex vivo) 一度、患者さんの細胞を体の外へ取り出します。 体の外で遺伝子を直し、元気になった細胞を体に戻す方法です。
  • 体の中で治す方法(in vivo) 遺伝子を治すための薬を、注射などで直接体の中に入れる方法です。

治療するには、まず設計図のどこが間違っているかを知る必要があります。 最近は「次世代シーケンシング」という、遺伝子を詳しく調べる技術が進歩しました。

ある研究では、遺伝子が原因の目の病気を持つ人の約5~7割で、 この検査によって原因の遺伝子が見つかったと報告されています。

遺伝子治療は、今まで治すのが難しかった病気の希望の光です。 アメリカや中国を中心に、世界中で新しい薬の開発が進んでいます。 ただし、安全に治療を行うための研究も、とても慎重に行われています。

遺伝子治療の種類

遺伝子治療の方法は、体の「中で行うか」「外で行うか」で、 大きく2つの種類に分けられます。

1. 体の中で直接治す方法(in vivo治療)

「in vivo」とは、ラテン語で「体の中」という意味です。 病気を治す遺伝子を乗せた「運び屋」を、注射などで直接体に入れます。 体の中の目標とする細胞に、遺伝子を届ける治療法です。

2. 体の外で細胞を元気にする方法(ex vivo治療)

「ex vivo」は「体の外」という意味を持ちます。 この方法は「遺伝子細胞治療」とも呼ばれています。

まず患者さんの体から細胞を取り出し、体の外で遺伝子を入れます。 そして、元気になった細胞を培養して増やし、再び体の中に戻すのです。

ある研究では、この2つの方法を比べています。 背骨の手術で骨がくっつく割合を調べたところ、以下のような結果でした。

治療法

骨がくっついた割合

in vivo 治療

42%

ex vivo 治療

90%

この研究では、体の外で処置する方が高い効果を示しました。 このように、病気の種類によって治療法を使い分けます。

また、遺伝子を運ぶ「運び屋」にも種類があります。 ウイルスの力を利用する他に、「リポソーム」という人工の膜も使われます。 ある卵巣がんの研究では、このリポソームを用いた遺伝子治療で、 がんを小さくする効果が期待できると報告されています。

リポソームにも種類があり、病気や目的に合わせて、 より効果的なものが選ばれ、世界中で開発が進んでいます。

遺伝子治療の原因

遺伝子治療は、病気の根本的な原因に直接働きかける治療法です。 その原因の多くは、体の設計図である「遺伝子」の変化にあります。

遺伝子に変化が起きる理由は、主に2つのパターンに分けられます。

1. 生まれつき遺伝子に変化がある

ご両親から受け継いだ遺伝子にもともと変化があり、病気を引き起こします。 これは「遺伝性疾患」や「先天性疾患」とも呼ばれるものです。

私たちの体は、遺伝子の情報をもとに作られるタンパク質でできています。 設計図に間違いがあると、必要なタンパク質が作れなかったりします。 または、形が違うタンパク質が作られ、病気の原因となるのです。

2. 生まれた後に遺伝子に変化が起こる

生活習慣やウイルス感染、特定の化学物質や紫外線などの影響が考えられます。 もともと正常だった遺伝子が後から傷つき、変化してしまう病気です。 代表的なものに「がん」があります。

また、遺伝子の異常が直接の原因ではない病気もあります。 例えば、膝の痛みを引き起こす「ホッファ脂肪体症候群」です。

ある研究では、この病気になりやすい人には骨格的な特徴があるとされます。 膝のお皿の位置が高いなど、生まれ持った体のつくりが関係するのです。 このような病気にも、将来的に遺伝子治療が応用できると期待されています。

遺伝子治療の症状

遺伝子治療は、病気を治すための「方法」の名前です。 そのため、治療自体に特有の症状があるわけではありません。

遺伝子治療が目指すのは、遺伝子の働きが原因で起こる、 様々な病気のつらい症状を和らげることです。 どのような症状が治療の対象になるかは、病気の種類で異なります。

遺伝子治療が対象とする症状の例

遺伝子治療の研究は、次のような症状を持つ病気に対して進んでいます。

対象となる病気(例)

主な症状

Leber遺伝性視神経症

急にものが見えにくくなる、視力が低下する

膝の痛みを生じさせる一部の病気<br>(ホッファ脂肪体症候群など)

膝の痛みや腫れ<br>※将来的に遺伝子治療が役立つ可能性が研究されています

特定の血液の病気

貧血になったり、出血が止まりにくくなったりする

一部のがん

がん細胞が増えることで起こる、様々な症状

治療にともなって現れることのある症状

どのような治療にも言えることですが、副作用の可能性があります。 遺伝子治療でも、治療の過程で一時的に何らかの症状が出ることがあります。

例えば、急に視力が下がる病気に対する遺伝子治療の研究報告があります。 その報告では、治療薬を注射した目の約7割の方に軽い炎症がみられました。 しかし、その多くは目薬を使うことで対応できる軽度なものでした。

この研究では、全身に影響するような重い問題は報告されていません。 このように、遺伝子治療は病気の症状を改善するために行われます。 治療法や病気によって現れる症状は様々なので、医師の説明が大切です。

遺伝子治療の検査・診断

遺伝子治療は、誰でもすぐに受けられるわけではありません。 まず、病気の本当の原因が「遺伝子」にあるのかを確かめる必要があります。 体の設計図のどこが間違っているのかを、正確に見つける検査から始まります。

そのために行われるのが「遺伝子検査」という、とても大切な検査です。 主に、腕などから血液を少し採って、その中に含まれる遺伝子を詳しく調べます。

最近では「次世代シーケンシング(NGS)」という技術が活躍しています。 これは、たくさんの遺伝子を一度にまとめて解析できる、とても強力な機械です。

しかし、この強力な機械を使っても、原因が100%見つかるわけではありません。 ある研究の報告では、遺伝性が原因の目の病気(遺伝性網膜疾患)の場合、 NGSで原因がわかる確率は、およそ5割から7割ほどとされています。

  • 遺伝子検査の役割 治療の目標となる遺伝子の間違いを、正確に見つけ出します。
  • 次世代シーケンシング(NGS) たくさんの遺伝子を一度に調べ、効率よく原因を探す技術です。

検査で原因となる遺伝子の変化が見つかった人が、治療の候補になります。 例えば、急に視力が落ちる「レーバー遺伝性視神経症」という病気があります。

この病気は、ある特定の遺伝子の変化が原因だとわかっています。 実際の研究でも、その遺伝子の変化を持つことが確認された人が、 治療の対象となっていました。

このように、ご自身の病気が遺伝子治療の対象になるかを知るためには、 まず専門の病院で相談し、詳しい検査を受けることが第一歩となります。

遺伝子治療の治療

遺伝子治療の進め方は、病気の種類や体の状態に応じて決まります。 主に、体の「中で直接治す」か「外で元気にさせるか」の2通りです。

  1. in vivo(インビボ)治療 遺伝子を治す薬を、注射などで直接体の中に入れる方法です。
  2. ex vivo(エクスビボ)治療 一度体から細胞を取り出し、体の外で遺伝子を組み込みます。 そして、元気になった細胞を培養して増やし、体に戻す方法です。

どちらの方法でも、遺伝子を正確に届ける「運び屋」が重要です。 ウイルスの力を借りるほか、「リポソーム」という人工のカプセルも使われます。

現在、世界中で様々な病気への遺伝子治療が研究されています。

対象となる病気(例)

どんな治療が研究されている?

整形外科の病気<br>(背骨の手術)

骨の成長を助ける遺伝子を使い、手術した骨がくっつくのを助けます。ある動物での研究では、体の外で細胞を元気にするex vivo治療で、骨がくっつく確率が90%に向上しました。体の中で直接治すin vivo治療の42%と比べて、高い効果が報告されています。

遺伝性の目の病気<br>(レーバー遺伝性視神経症)

急に見えにくくなる病気です。原因遺伝子の働きを補う薬を目に注射します。ある臨床試験では、治療を受けた人の視力が改善したと報告されました。ただし、治療した目の約7割の方に軽い炎症がみられましたが、これは目薬で対応できるものでした。

がん治療<br>(卵巣がん)

がんを抑える遺伝子を「リポソーム」という運び屋に乗せて届けます。リポソームには種類があり、より確実にがんに届くよう開発が進んでいます。研究では、この方法でがんを小さくしたり、生存期間を延ばしたりする効果が期待されています。

このように遺伝子治療は、幅広い分野で期待される新しい治療法です。 しかし、まだ研究中のものも多く、安全性を高める研究が慎重に進められています。 治療を考える際は、期待できる効果と体の反応について医師とよく相談することが大切です。