拡張型心筋症

「最近、疲れやすい」「階段を上るだけで息が切れる」。そんな日常に潜む些細な不調、もしかしたら心臓が発する危険なSOSサインかもしれません。心臓の筋肉が弱り、まるで風船のようにふくらんでしまう指定難病「拡張型心筋症」。国内に患者が約2万人いるこの病気は、男性が女性の約2.6倍かかりやすいと報告されています。

原因はウイルス感染や遺伝など様々ですが、特定できないケースも少なくありません。放置すれば命に関わる不整脈や心不全につながる恐れもあります。この記事では、拡張型心筋症の初期症状から原因、そして最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の体からのサインを見逃さず、正しい知識で向き合うための一歩としましょう。

拡張型心筋症の概要

心臓は、全身に血液を送り出す大切なポンプです。 拡張型心筋症は、このポンプの役割を担う心臓の筋肉(心筋)に問題が起こり、力が弱くなってしまう病気です。

とくに、血液を全身に送り出す「左心室」という部屋が、まるで風船のように大きくふくらんでしまうのが特徴です。 その結果、血液をうまく送り出せない「心不全」や、命に関わる危険な「不整脈」を引き起こすことがあります。

この病気は、原因がはっきりしなかったり、治療が難しかったりするため、国の「指定難病」の一つになっています。

項目

特徴

患者さんの数

約2万人の方がこの病気で医療的なサポートを受けています(令和4年度)。

かかりやすい年齢

60歳前後が最も多いですが、お子さんからご高齢の方まで、どの年代でも発症する可能性があります。

性別による差

男性は女性の約2.6倍かかりやすいと報告されています。

高血圧や心筋梗塞などが原因で、心臓の機能が低下することも少なくありません。 しかし拡張型心筋症は、そういった明らかな原因が見つからないものを指します。

体はすべてつながっており、一見心臓とは関係なさそうな病気が、心臓に影響を及ぼすこともあります。 例えば、筋肉のエネルギー代謝に異常が起こる病気(マッカードル病など)の患者さんでは、心臓の病気を合併しやすいことが研究で示唆されています。 これは、体のエネルギーを作る仕組みの異常が、心臓の働きにも影響を与える可能性を示しています。 このように、心臓の健康は体全体の健康と深く関わっているのです。

拡張型心筋症の種類

ひとくちに拡張型心筋症といっても、実はいくつかの種類があります。 原因がはっきりしているかどうかで、大きく2つに分けられるのです。 心臓の状態は似ていても、その背景によって呼び方が変わります。

特定心筋症(二次性心筋症)

心臓の機能が低下した原因が、他の病気などではっきりしているものです。 拡張型心筋症の診断では、まずこれらの原因がないかを調べます。 原因の例としては、以下のようなものがあります。

  • 心臓や血管の問題 高血圧、心筋梗塞、心臓の弁の不具合など。
  • 外部からの影響 ウイルス感染、アルコールの多飲、一部の薬剤の影響、 妊娠や出産がきっかけになることもあります。
  • 全身の病気 体のエネルギーを作る仕組みの異常(代謝性疾患)など。

特に、筋肉のエネルギー代謝に異常が起きる病気では注意が必要です。 ある研究では、マッカードル病という病気の患者さんの3割以上で、 心臓の血管の病気が見つかったと報告されています。 このように、心臓以外の病気が根本的な原因となることがあるのです。

特発性(とっぱつせい)拡張型心筋症

さまざまな検査をしても、はっきりとした原因が見つからないものです。 「特発性」とは、医学の世界で「原因がよくわからない」という意味です。 特定心筋症の可能性をすべて除外した上で、最終的に診断されます。

拡張型心筋症の原因

拡張型心筋症の根本的な原因は、まだ全て解明されていません。 原因が特定できない「特発性(とっぱつせい)」が多いのが現状です。

しかし、さまざまな研究から、いくつかの要因が関わっていると考えられています。 原因は一つではなく、複数の要素が複雑に絡み合って発症するのです。

主な原因として、以下のものが挙げられます。

  • ウイルス感染 風邪などをひきおこすウイルスが、心臓の筋肉に感染することがあります。 心筋炎(しんきんえん)という炎症が、発症の引き金になる場合があります。
  • 遺伝的な要因 ご家族に同じ病気の方がいる場合、遺伝的な要因が考えられます。 原因の20%から35%は、遺伝が関係すると報告されています。 心臓の筋肉を作るタンパク質の、設計図(遺伝子)の変化が背景にあります。
  • 免疫の異常 本来は体を守るはずの免疫システムが、自分を攻撃することがあります。 誤って自分の心臓の筋肉を攻撃する「自己免疫」も原因の一つです。
  • その他の要因 体のエネルギー代謝に関わる病気も、心臓に影響を及ぼすことがあります。 ある研究では、筋肉のエネルギー代謝に異常がある「マッカードル病」の患者さんで、心臓の血管の病気が比較的多く見られたと報告されています。 このように、体のエネルギーを作る仕組みの異常が、心臓の働きを弱めることがあるのです。 その他、一部の薬剤やアルコールの多量摂取、妊娠や出産がきっかけになることもあります。

拡張型心筋症の症状

拡張型心筋症は、心臓の力が少しずつ弱まる病気です。 そのため、病気の初めの段階では症状がないこともあります。 しかし、体はSOSのサインを出しています。

ご自身の体調をチェックしてみましょう。

【初期にあらわれやすいSOSサイン】

  • 息切れ・疲れやすさ 心臓のポンプ機能が弱まると、全身に酸素が届きにくくなります。 そのため、階段や坂道で息が切れたり、疲れやすさを感じます。
  • 動悸 弱った働きを補おうとしたり、不整脈が起きたりします。 その結果、「ドキドキ」という動悸を感じることがあります。
  • むくみ 体の水分がうまく外に出せなくなり、足や顔がむくみます。 特に、すねを指で押したときに跡が残るのが特徴です。

【進行するとあらわれるSOSサイン】

病気が進むと、よりはっきりとした症状が出てきます。

  • 安静時の呼吸困難 じっとしていても息苦しくなります。 夜、横になると咳が出て眠れないこともあります。
  • 胸の痛み 拡張型心筋症の患者さんの一部には、胸の痛みが出ることがあります。 しかし、胸の痛みは心臓の血管の病気(冠動脈疾患)でも起こります。 筋肉のエネルギーを作る仕組みに異常がある病気(マッカードル病)では、 約3人に1人が冠動脈疾患を合併したという研究報告もあります。 気になる症状があれば、原因を特定することがとても重要です。
  • 不整脈による症状 危険な不整脈が起きると、めまいや失神につながることがあります。
  • 血栓症 心臓の中でできた血の塊(血栓)が脳に飛ぶと、 脳梗塞を引き起こす危険性があります。

これらの症状は、一つだけではなく複数が重なることもあります。 気になるサインがあれば、自己判断せず専門の医療機関へ相談しましょう。

拡張型心筋症の検査・診断

拡張型心筋症の診断は、まず丁寧な問診から始まります。 症状や生活習慣などを詳しくお伺いし、原因を探ります。 その後、心臓の状態を正確に知るため、検査を組み合わせます。 似た症状を起こす他の病気でないかを見分けることも大切です。

主な検査方法

診断や心臓の状態を評価するため、以下のような検査を行います。

  • 血液検査 心臓に負担がかかると増えるホルモン(BNPなど)を測ります。 この数値で、心不全の程度を知ることができます。 特にNT-proBNPという値は、将来の脳卒中の危険度を予測する、 参考にもなることが研究でわかっています。
  • 心電図検査 心臓の電気的な活動を記録して、不整脈の有無を調べます。 「P波」という波形の異常なども、心臓の状態を評価する手がかりです。
  • 胸部X線検査 レントゲン写真を撮り、心臓が大きくなっていないかを確認します。 肺に水がたまっていないか(肺うっ血)も画像でわかります。
  • 心エコー検査(心臓超音波検査) 超音波で心臓の動きやポンプ機能をリアルタイムで観察します。 心臓の部屋の大きさ、特に「左心房」の大きさも、 病状を知るための重要な指標の一つです。
  • 心臓MRI検査 心臓の筋肉の状態を、より詳しく見ることができる精密検査です。 特に「遅延ガドリニウム増強」という方法で、心筋の“傷跡”を見つけます。 この傷跡の有無は、将来の危険な不整脈のリスクを予測します。 突然死を防ぐ植込み型除細動器(ICD)が必要か判断する重要な材料です。

これらの検査で診断が難しい場合、心臓カテーテル検査なども行います。

拡張型心筋症の治療

拡張型心筋症の治療は、弱った心臓をいたわり、負担を軽くすることが基本です。 症状を和らげ、病気の進行をできるだけ遅らせることを目指します。 治療の柱は、生活習慣の見直しと、お薬による治療です。 患者さん一人ひとりの状態に合わせて、治療法を組み合わせていきます。

お薬による治療(薬物療法)

心臓の働きを助け、負担を減らすため、さまざまなお薬を使います。 複数の研究結果をまとめた分析でも、お薬をうまく組み合わせることで、 心臓の機能改善が期待できると報告されています。

  • 心臓を守り、負担を軽くするお薬 心臓を落ち着かせ、負担を減らす治療の中心となるお薬です。 中でもβ遮断薬の「カルベジロール」というお薬は、 弱った心臓のポンプ機能の改善に役立つことがわかっています。 また、血管を広げて血圧を下げ、心臓の仕事を楽にするお薬も使います。
  • 心拍数を調整するお薬 「イバブラジン」などのお薬は、心臓の鼓動をゆっくりにします。 心臓を休ませるだけでなく、心臓が大きくなるのを抑える働きも、 研究で報告されています。
  • 症状を和らげるお薬 体の余分な水分を尿として出し、むくみや息苦しさを改善します。 また、心臓の中に血の塊(血栓)ができるのを防ぐお薬も重要です。

お薬以外の治療(非薬物療法)

お薬だけでは症状のコントロールが難しい場合、以下の治療も考えます。

  • 心臓再同期療法(CRT) 心臓の動きのズレを整える、特殊なペースメーカー治療です。 この治療がとてもよく効いて心臓の機能が大きく回復した場合、 将来的にお薬を減らせる可能性について、現在も研究が進んでいます。
  • 植込み型除細動器(ICD) 命にかかわる危険な不整脈が起きたときに、 電気ショックで心臓のリズムを元に戻す、お守りのような装置です。
  • 心臓移植・補助人工心臓 病気が非常に進行し、他の治療法では効果が見られない場合の、 最終的な選択肢として考えられます。

これらの治療法の中から、ご自身の状態に合った最適な方法を、 医師と相談しながら決めていくことがとても大切です。