慢性心不全
階段を上るだけで息が切れる、夕方になると足がむくむ。こうした症状を「歳のせい」だと諦めていませんか。それは心臓のポンプ機能が徐々に低下する「慢性心不全」のサインである可能性があります。
この記事では、慢性心不全がなぜ起こるのか、そしてどのような治療法があるのかを解説します。心不全患者の約半数を占めるとされるタイプがあることや、生活で気をつけるべき点など、病気と向き合うための具体的な知識がわかります。
ご自身の状態と照らし合わせながら読み進めることで、病気への理解が深まり、治療の選択肢が見えてきます。不安を和らげ、これからの生活の質を保ちながら病気と長く付き合っていくための、次の一歩を見つけるヒントになるはずです。
慢性心不全の概要
慢性心不全とは、心臓のポンプ機能が徐々に低下し、全身の臓器へ十分な血液を送り出せなくなった結果、息切れやむくみなどの症状が慢性的に現れる状態を指します。
高血圧や心筋梗塞、弁膜症といった、さまざまな心臓の病気が長い時間をかけて進行した末にたどり着く状態であるため、「心臓病の終着駅」と表現されることもあります。
心臓に負担がかかり続けると、体は心臓の働きを助けようとして「神経体液性因子」と呼ばれるホルモンなどを過剰に分泌します。しかし皮肉なことに、この体の防御反応が、かえって心臓にさらなる負担をかけ、病状を悪化させる悪循環を生んでしまうと考えられています。
そのため治療では、症状を和らげるだけでなく、この悪循環を断ち切って病気の進行を穏やかにし、生活の質(QOL)を保ちながら病気と長く付き合っていくことが目標になります。
近年では、患者さん一人ひとりに寄り添うケアの重要性が増しています。スウェーデンで行われた研究では、デジタル機器や計画的な電話サポートを用いた「患者中心のケア」が、生活の質を高めるだけでなく、入院を減らす上でも効果的であったと報告されています※。
慢性心不全の種類
慢性心不全は、心臓のどの機能が低下しているかによって、大きく2つのタイプに分類されます。ご自身の心不全がどちらのタイプかを正しく診断することは、適切な治療法を選択する上で欠かせません。
心臓は、力強く収縮して血液を全身に送り出し(収縮機能)、しなやかに拡張して血液を取り込む(拡張機能)というポンプ運動を繰り返しています。このどちらの機能に問題が生じているかによって、タイプが分かれるのです。
それぞれの特徴を、下表に整理します。
分類 | 収縮不全(HFrEF) | 拡張不全(HFpEF)
ポンプ機能の問題点 | 血液を送り出す「収縮する力」が弱い状態 | 血液を取り込むために「しなやかに広がる力」が弱い状態(心臓の壁が硬くなっている)
主な原因 | ・心筋梗塞 ・心筋症 | ・加齢 ・長期間の高血圧
特徴 | ・心臓から送り出される血液量が不足する ・心エコー検査で左室駆出率(LVEF)の低下がみられる | ・心不全患者さんの約半数を占めるといわれる ・高齢の女性に多く、糖尿病や腎臓病などを合併しやすい
この2つのタイプを見分けるために不可欠なのが、心エコー(心臓超音波)検査です。
この検査では、心臓の動きを直接観察し、特に「左室駆出率(LVEF)」という指標を測定します。LVEFとは、心臓が収縮した際に、左心室(血液を全身に送り出す部屋)の中の血液をどれだけの割合(%)で送り出せたかを示す数値で、心臓のポンプ機能の目安となります。
このLVEFが低下している場合を「収縮不全(HFrEF)」、LVEFは保たれている(正常範囲内である)にもかかわらず心不全の症状が出ている場合を「拡張不全(HFpEF)」と診断します。
収縮不全と拡張不全では、効果が期待できる薬の種類が異なるため、この分類は治療の第一歩として非常に重要です。医師はタイプを正確に診断した上で、患者さん一人ひとりの状態に合わせた治療計画を立てていきます。
慢性心不全の原因
慢性心不全は、単独の病気ではなく、心臓に負担をかけるさまざまな病気が長い年月をかけて進行した結果、たどり着く状態です。まさに「心臓病の終着駅」ともいえる病態であり、その原因は多岐にわたります。
なかでも、心筋梗塞に代表される「虚血性心疾患」と「高血圧」が、2大原因として多くの割合を占めているのが実情です。
主な原因となる病気について、なぜ心臓のポンプ機能を低下させてしまうのか、その仕組みとともに見ていきましょう。
・虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症など)
心臓自身に血液を送る血管(冠動脈)が動脈硬化で狭くなったり、詰まったりする病気です。心臓の筋肉(心筋)に十分な酸素や栄養が届かなくなり、心筋細胞が壊死(えし)したり、動きが悪くなったりするため、心臓のポンプ機能が直接的に低下します。
・高血圧
血圧が高い状態が続くと、心臓は常に強い圧力に逆らって血液を全身に送り出さなければなりません。この「常に筋トレをしている」ような状態が続くと、心臓の壁は次第に分厚く硬くなります(心肥大)。その結果、心臓がしなやかに広がれなくなり、血液を十分に取り込めなくなる「拡張不全」を引き起こすことがあります。
・心臓弁膜症
心臓の部屋を仕切り、血液の逆流を防いでいる「弁」に異常が起こる病気です。弁がうまく開かない(狭窄)、あるいは完全に閉じない(閉鎖不全)といった状態になると、血液の流れが滞ったり逆流したりします。これにより心臓に余計な負担がかかり続け、ポンプ機能の低下につながります。
・心筋症
冠動脈や弁膜症、高血圧といった明確な原因がないにもかかわらず、心臓の筋肉そのものに異常が起こる病気の総称です。心筋の収縮する力が弱まったり、心臓の壁が異常に厚くなったりします。
・不整脈
脈のリズムが乱れると、心臓の効率的なポンプ運動が妨げられます。特に「心房細動」というタイプの不整脈は、心拍が不規則かつ速くなることで心臓を疲弊させ、心不全の重要な原因の一つと考えられています※。
・その他の原因
上記のほかにも、以下のような病気が心不全の原因となる場合があります。
・糖尿病:動脈硬化を進め、虚血性心疾患のリスクを高めます。
・腎臓病:体内の水分や塩分の調節がうまくいかなくなり、心臓への負担が増加します。
・先天性の心臓の病気
・甲状腺の病気
これらの病気が一つ、あるいは複数重なり合うことで心臓への負担が蓄積し、やがて慢性心不全の状態に至ると考えられています。
慢性心不全の症状
慢性心不全の症状は、心臓のポンプ機能が弱まることで生じる「血行不良」と「うっ血(血液の滞り)」が、全身にさまざまなサインとなって現れるものです。
これらの症状は、加齢による変化と勘違いされやすいですが、心臓からのSOSサインである可能性があります。症状がなぜ起こるのか、その仕組みとともに見ていきましょう。
息切れ・呼吸困難
心臓から血液を送り出す力が弱まると、血液が心臓に戻りきれずに肺で滞ってしまいます。これを「肺うっ血」と呼び、肺が水浸しに近い状態になることで、息切れや呼吸困難が起こります。
・労作時息切れ
坂道や階段を上るなど、体に少し負荷がかかっただけで息が切れます。
・夜間の息苦しさ・咳
就寝中など、横になると上半身へ戻る血液量が増え、肺のうっ血が強まります。その結果、咳が出たり、息苦しくて目が覚めたりすることがあります。体を起こすと楽になるのが特徴です。
むくみ(浮腫)・体重増加
全身の血流が滞る「体うっ血」や、腎臓への血流低下が主な原因です。体内の水分や塩分の排出がうまくいかなくなり、体に余分な水分が溜まってしまいます。
・足のむくみ
夕方になると靴がきつくなる、足のすねを指で押すとへこみがしばらく戻らない、靴下の跡がくっきり残る、といったサインが現れます。
・急な体重増加
食事量は変わらないのに、1週間で2〜3kg体重が増えた場合、脂肪ではなく体内に溜まった水分の可能性があります。
疲れやすさ・だるさ(易疲労感)
心臓のポンプ機能が低下すると、全身の筋肉や臓器に必要な酸素や栄養素が十分に行き渡らなくなります。この「エネルギー不足」の状態が、少し動いただけでも強い疲労感やだるさを感じる原因です。
その他のサイン
血行不良やうっ血は、ほかにも以下のような症状を引き起こすことがあります。
症状 | なぜ起こるのか
動悸 | ・心臓が血液を補おうと無理に働く ・不整脈を合併している
食欲がない | ・胃や腸がうっ血して働きが鈍くなる
手足が冷たい | ・体の末端まで血液が届きにくくなる
尿の量が減る | ・腎臓への血流が減り、尿が作られにくくなる
これらの症状は「歳のせい」と見過ごされがちですが、心不全の悪化を示す重要なサインです。ご自身の体調変化にいち早く気づき、適切な治療や日々の管理に取り組むことが、症状を和らげて生活の質を保ち、入院のリスクを減らすことにつながると報告されています※。
慢性心不全の検査・診断
慢性心不全の診断は、単一の検査で決まるものではなく、患者さんからお聞きする症状、医師の診察、そして複数の検査結果をパズルのピースのように組み合わせて、総合的に判断します。
まずは問診で「階段を上ると息が切れる」「足がむくむ」といった症状を詳しくお伺いし、聴診で心臓の雑音や呼吸音の異常がないかを確認します。その上で、心臓の状態を客観的に評価するため、主に以下の検査を進めていきます。
・胸部レントゲン検査
心臓のシルエットが拡大していないか、また肺に血液が滞って水が溜まっていないか(肺うっ血)を画像で確認します。心臓への負担の度合いを視覚的に捉えるための基本的な検査です。
・心電図検査
心臓が動く際に生じる微弱な電気信号を波形として記録します。これにより、心臓のリズムが乱れる不整脈や、心筋に十分な血液が届いていない虚血状態の有無などを調べることが可能です。
・血液検査
心臓に負担がかかると、心室から「BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)」というホルモンが分泌されます。このBNPの血中濃度を測定することで、心不全の有無や重症度を客観的な数値で評価できます。
・心エコー検査(心臓超音波検査)
診断の要となる、非常に重要な検査です。超音波を用いて、心臓の大きさや壁の厚さ、弁の動き、そして血液を送り出すポンプ機能をリアルタイムの映像で直接観察します。この検査により、心臓のポンプ機能がどの程度低下しているかを示す「左室駆出率(LVEF)」がわかり、「収縮不全」と「拡張不全」のどちらのタイプかを正確に判断できます。
これらの検査から得られた情報を総合的に分析し、心不全の有無だけでなく、その背景にある原因は何か、どの程度の重症度なのかを突き止めます。
また、診断と並行して、現在治療中の他の病気や服用されているお薬についても詳しく確認します。なぜなら、心不全の治療薬が他の病状に影響を与えたり、その逆のケースも考えられたりするため、一人ひとりの状態に合わせた安全な治療計画を立てる上で欠かせない情報だからです。
慢性心不全の治療
慢性心不全の治療は、息切れやむくみといったつらい症状を和らげて日々の生活の質を高めること、そして病気の進行そのものを穏やかにし、心臓とより長く付き合っていくこと(生命予後の改善)を目標とします。
治療は一つの方法に頼るのではなく、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、以下の3つのアプローチを組み合わせて進めていくのが基本です。
・薬物療法
・生活習慣の改善と原因疾患の治療
・非薬物療法
薬物療法
心不全の状態では、心臓を守ろうとする体の防御反応(交感神経やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系といったホルモンの過剰分泌)が、かえって心臓を疲弊させる悪循環を生んでいます。
薬物療法は、この悪循環を断ち切り、心臓の負担を軽くするために行われます。主に使われるお薬には、それぞれ以下のような大切な役割があります。
薬の種類 | 主な役割
ACE阻害薬・ARB | ・悪循環の原因となるホルモン(アンジオテンシンⅡ)の働きをブロック ・血管を広げて心臓が血液を送り出す際の負担を軽減
β遮断薬 | ・心臓を興奮させる交感神経の働きを抑え、心臓を「休ませる」 ・長期的に心臓を保護し、予後を改善する効果が期待できる
利尿薬 | ・体内の余分な水分や塩分を尿として排出し、息苦しさやむくみを改善
抗アルドステロン薬(MRA) | ・心臓や血管が硬くなる「線維化」を進めるホルモンを抑え、心機能の低下を防ぐ
なかでもβ遮断薬は、心臓を保護する上で重要な役割を担います。
ただし、非心臓手術を受ける患者さんを対象とした研究では、β遮断薬の使用が脳卒中のリスクをわずかに高める可能性が報告されました。しかし、同じ研究の中で、もともと慢性心不全の持病がある患者さんに限っては、死亡率を下げるという良い効果も示唆されています※。
血圧が下がりすぎたり、脈がゆっくりになったりする副作用も報告されているため、医師が患者さん一人ひとりの状態を慎重に見極めながら使用することが何よりも大切です※。
生活習慣の改善と原因疾患の治療
薬物療法と並行して、すべての治療の土台となるのが生活習慣の見直しです。
塩分や水分の過剰な摂取は、体内に水分を溜め込み心臓に直接負担をかけるため、医師の指導のもとで適切な制限が求められます。
また、心不全の原因となっている高血圧や虚血性心疾患、弁膜症などの治療をきちんと行うことが、根本的な負担軽減につながります。
非薬物療法
お薬による治療で効果が不十分な場合や、特定の状態の患者さんには、以下のような専門的な治療も検討されます。
・心臓再同期療法(CRT)
特殊なペースメーカーを植え込み、心臓の収縮するタイミングのズレを補正することで、ポンプ機能を効率化する治療です。
・運動療法
医師の管理のもとで行う適切な運動は、心臓の機能を高め、生活の質を向上させることがわかっています。
・外科治療
原因となっている弁膜症を手術で治したり、冠動脈バイパス術で血流を改善させたりします。最終的な選択肢として、心臓移植が行われることもあります。
これらの治療法を適切に組み合わせ、根気強く向き合っていくことが、慢性心不全とのより良い共存につながります。









