腹部外傷
交通事故や転倒で腹部に強い衝撃を受けた際、見た目に異常がなくても「もし内臓が傷ついていたら」と不安を感じることはありませんか。腹部外傷は、外からわかりにくい内部損傷が、命に関わる深刻な状態を引き起こす可能性があり、早期の発見と対応が重要です。
この記事では、腹部外傷の概要から、交通事故が約6割(59.3%)、転倒が約2割(23.4%)を占める主な原因、種類、特徴的な症状、そして検査・診断・治療方法までを詳しく解説します。意識レベルの低下(GCS14点以下)や全身の重症度(ISS24点以上)が死亡率に影響する因子として報告されています。
腹部外傷に関する正しい知識を深めることで、ご自身や大切な人が適切なタイミングで医療機関を受診する判断ができるようになり、重篤な状態を回避できるでしょう。
腹部外傷の概要
腹部外傷は、外からお腹に強い衝撃が加わることで、お腹の中にある大切な臓器や血管が傷ついてしまう状態です。見た目は軽傷に見えても、内臓の損傷や大量の出血が起きている可能性があり、命に関わることも少なくありません。そのため、腹部に強い衝撃を受けた場合は、見た目に異常がなくても速やかに医療機関を受診することが大切です。
腹部外傷の主な原因は、交通事故や転倒などによる強い衝撃です。特に、交通事故が59.3%、転倒が23.4%と報告されており、これらの原因が多くの腹部外傷につながっていることがわかります※。
腹部外傷では、早期の対応が命を救う上で極めて重要です。なぜなら、患者さんの命に関わるリスクを高める特定の要因が明らかになっているからです。最近の研究では、腹部外傷患者さんの死亡率に影響を与える重要な予測因子として、以下の点が挙げられています※。
・年齢: 54歳以上
・意識レベルの低下: GCS(Glasgow Coma Scale)という意識の状態を示す指標が14点以下(健康な人は15点満点です)
・全身の損傷の重症度: ISS(Injury Severity Score)という全身の外傷の重症度を示す指標が24点以上
・ショック状態: ショック指数という、血圧と心拍数から算出される指標が1.08以上
これらの因子の中でも、意識レベルを示すGCSは、死亡率の予測において特に高い関連性を示すと報告されています※。GCSは、意識の状態を評価するための世界共通の指標で、点数が低いほど意識レベルが低下していることを意味します。また、ISSは、体のさまざまな部位の損傷の程度を点数化し、全身の外傷の重症度を示す指標です。
さらに、血液検査の結果も予後(病気の今後の見通し)と関連することがわかっています。肝臓酵素(ALT、AST)、乳酸、クレアチニンという項目が高い値を示す場合は、予後不良と関連するとされています※。これらは、臓器の損傷や体内の代謝異常を示すサインとなることがあります。
これらの情報から、腹部外傷がいかに迅速な診断と適切な治療を必要とするかがわかります。異常を感じた場合は、すぐに医療機関を受診しましょう。
腹部外傷の種類
腹部外傷は、外見上の傷の有無によって「鈍的(どんてき)腹部外傷」と「開放性(かいほうせい)腹部外傷」の2種類に分類されます。この分類は、損傷のメカニズムや、診断・治療のアプローチに大きな違いをもたらします。
鈍的腹部外傷
鈍的腹部外傷は、身体の外側に傷がなくても、腹部への強い衝撃によって内臓や血管が損傷するタイプです。交通事故、高所からの転落、スポーツ中の衝突などが主な原因となります。
このタイプの外傷は、外見からは重症度が判断しにくく、発見が遅れることがあります。特に、以下のようなケースでは、症状を適切に伝えられない、あるいは症状がはっきりと現れない場合があるため、注意が必要です。
・高齢者(54歳以上)
・意識レベルの低下(GCSという意識の状態を示す指標が14点以下)
これらは、腹部外傷患者さんの死亡率に影響を与える重要な予測因子ともされています※。
また、目に見えない内部損傷の重症度を把握する手がかりとして、血液検査の結果も参考になります。肝臓酵素(ALT、AST)、乳酸、クレアチニンといった項目が高い値を示すと、臓器損傷の程度が大きく、予後不良と関連する可能性が指摘されています※。
開放性腹部外傷
一方、開放性腹部外傷は、刃物による刺し傷や銃創のように、腹壁が貫通して腹腔内の臓器が直接損傷を受けるタイプです。この場合、外見から損傷の程度がわかりやすく、また外部からの細菌感染のリスクも高まります。
どちらのタイプの腹部外傷も、命に関わる可能性があるため、速やかな診断と適切な治療が不可欠です。
腹部外傷の原因
腹部に外傷を負う原因は、どれも「お腹に強い衝撃が加わる」ことに集約されます。日常生活で起こりうるものから、命に関わる大きな事故まで、その状況は実にさまざまです。
腹部外傷の主な原因としては、交通事故や転倒が挙げられます。ある研究では、腹部外傷の約6割が交通事故(59.3%)、約2割が転倒(23.4%)によるものと報告されています※。
なぜ、これらが腹部に強い衝撃をもたらしやすいのでしょうか。
・交通事故: 車の衝突時にハンドルやダッシュボード、あるいはシートベルトによってお腹が強く圧迫されることがあります。高速での衝突では、想像以上の力が腹部にかかり、内臓が損傷するリスクがあります。
・転倒: 高い場所からの転落だけでなく、平坦な場所での転倒でも、お腹を地面や突起物に打ち付けて内臓に損傷を負う可能性があります。特に、高齢者は骨折だけでなく内臓損傷のリスクも高まるため注意が必要です。
これら以外にも、次のような状況で腹部外傷は発生します。
・スポーツによるもの: サッカーやラグビーなどのコンタクトスポーツでは、選手同士の衝突や、地面への激しい転倒によって腹部に直接的な打撃を受けることがあります。
・高所からの落下: はしごや高所作業からの転落時、腹部が地面や障害物に強く打ちつけられることで、内部の臓器が損傷する可能性があります。
・暴力行為: 殴る・蹴るといった直接的な暴行により、腹部に強い力が加わることで内臓が傷つくことがあります。
・自然災害: 地震による建物の倒壊や、台風での飛来物によって、腹部が圧迫されたり、衝突したりすることもあります。
・貫通性外傷: 刃物による刺し傷や、銃器による銃創のように、腹壁を貫いて直接お腹の中の臓器が傷つけられるケースです。これは、外部から目に見える大きな傷を伴うのが特徴です。
どんな状況であれ、腹部に強い衝撃が加わった場合は、見た目に異常がなくても内臓が損傷している可能性があります。早期に適切な処置を受けるためにも、速やかに医療機関を受診することが大切です。
腹部外傷の症状
腹部外傷の症状は、目に見える傷の有無や程度にかかわらず、重篤な状態を示すものまで多岐にわたります。外から見て軽微な打撲に見えても、お腹の中では命に関わる損傷が進行している可能性も十分にあります。
具体的には、以下のような症状が現れる可能性があります。
・痛み: お腹の一部が痛む、またはお腹全体が痛むなど、その程度も動けないほどの激痛から我慢できる程度の軽いものまでさまざまです。痛みの原因は、臓器そのものの損傷や出血、炎症などと考えられます。
・腹部の張り・硬さ: お腹が張って苦しい、または触ると板のように硬く感じる場合があります。これは、お腹の中で出血がたまっていたり、内臓の炎症が広がっていたりするサインと考えられます。
・吐き気・嘔吐: 強い衝撃を受けた後、吐き気を感じたり、実際に吐いてしまったりすることがあります。
・消化器系の変化: 胃や食道からの出血がある場合は、血液が混じった吐物(吐血)がみられることがあります。また、腸からの出血であれば、黒っぽい便(タール便)として現れることもあります。腎臓や膀胱の損傷により尿に血が混じる(血尿)ケースも考えられます。
・意識の変化: ぼんやりする、呼びかけへの反応が鈍くなる、意識が混濁する、といった意識レベルの低下がみられることがあります。特に、GCS(Glasgow Coma Scale)と呼ばれる意識の状態を示す世界共通の指標で14点以下の場合、死亡率の予測において関連性が高いと報告されています※。
・ショック症状: 顔色が青白い、冷や汗をかく、手足が冷たい、脈が速くなる(頻脈)、血圧が下がるなどの症状は、大量出血などにより全身の血液循環が危機的な状態に陥っているサインです。これは緊急性の高い重篤な状態といえるでしょう。
患者さんご自身では気づきにくい体内の変化として、血液検査では肝臓酵素(ALT、AST)、乳酸、クレアチニンといった項目が高い値を示すと、予後不良と関連することが指摘されています※。これらは、臓器の損傷や体内の代謝異常を示す重要な手がかりとなります。
上記のような症状が一つでも現れた場合、また症状の程度にかかわらず、腹部に強い衝撃を受けた際は、速やかに医療機関を受診することが極めて重要です。見た目の変化だけで判断せず、専門家による迅速な診察と適切な処置を受けるようにしましょう。
腹部外傷の検査・診断
腹部外傷の検査・診断は、目に見えない体の内部で起きている損傷の全容を明らかにし、一刻を争う患者さんの命を救うために欠かせません。迅速で正確な評価が、その後の治療の成否を左右するといっても過言ではないでしょう。
まず、救急外来に運ばれた患者さんに対して、医師は次のような診察から、緊急性や損傷の重症度を判断していきます。
・身体診察:
・意識レベルの確認(GCS): 呼びかけへの反応や、目を開けるかどうかなどで意識の状態を評価します。GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)という意識の状態を示す指標が14点以下の場合、死亡率予測において高い関連性を示すことが報告されています※。意識が低下していると、自身の痛みをうまく伝えられないため、医師はより慎重に診察を進めます。
・バイタルサインの測定: 血圧、脈拍、呼吸数、体温などを測定し、体全体の状況を把握します。特に血圧が低い、脈拍が速いといったショック状態の兆候がないかを確認します。ショック指数(心拍数と収縮期血圧から算出される指標)が1.08以上の場合、死亡率が高い傾向にあるとされています※。
・腹部の触診・視診: お腹のどこが痛いか、張っているか、硬いか、外見上の傷があるかなどを丁寧に確認します。
これらの初期評価と並行して、あるいはその後、損傷部位や出血の有無、内臓の具体的な状態を詳しく調べるために、さまざまな検査が組み合わせて行われます。
検査の種類と目的
検査の種類 | 目的とわかること
超音波検査(エコー) | ・リアルタイムで腹腔内に出血が溜まっていないかを確認できます。・肝臓、脾臓、腎臓などの実質臓器の損傷を迅速に評価できます。・ベッドサイドで簡単に行えるため、緊急性の高い状況で患者さんの移動負担を減らしながら、素早く重症度を判断できるでしょう。
CT検査 | ・内臓の損傷部位や損傷の程度、出血量などをミリ単位でより詳細に把握できます。・例えば、肝臓のどの部分がどれくらいの深さで裂けているか、腸管に穴が開いていないかなどを詳しく調べられます。・骨盤骨折や胸部外傷など、他の外傷を合併している可能性のある多発外傷の患者さん(研究対象の693例中にも多発外傷患者が含まれる※)にとって、全身の状態を総合的に評価するために非常に有用です。
血液検査 | ・体の内部で何が起こっているかを知る重要な手がかりとなります。・肝機能(ALT、AST)、腎機能(クレアチニン)、全身の組織への酸素供給の状態(乳酸)などを詳しく調べます。これらの数値が基準値よりも高い場合、臓器の損傷が進んでいることや、体内の代謝異常が起きていることを示し、予後(病気の今後の見通し)不良と関連することが報告されています※。・貧血の有無や炎症の程度も確認できます。
これらの検査結果と臨床的な所見を総合的に評価し、患者さん一人ひとりの状態に応じた最適な治療方針が立てられます。特に、54歳以上の高齢者は、腹部外傷による死亡率が高い傾向にあるという報告もあります※。医師は、年齢、意識レベル(GCS)、外傷の重症度を示すISS(Injury Severity Score)、ショック指数といった複数の因子を考慮して、リスクを慎重に見極めています。
GCSは意識レベルの指標、ISSは全身の外傷重症度を示す指標です。これらの指標や血液検査結果を総合的に判断することで、救急部門での意思決定がより正確に行われると考えられています※。
腹部外傷の治療
腹部外傷の治療は、損傷の重症度や種類によって選択肢が異なり、患者さんの命を守り、その後の生活を支える上で非常に重要です。治療の主な目標は、出血を止め、傷ついた臓器を保護し、感染を防ぎ、機能回復を目指すこと。患者さんの状態や損傷の程度に応じて、大きく分けて手術をしない「保存的治療」と「外科的治療」が選択されます。
保存的治療
保存的治療は、損傷が軽度で、患者さんの状態が安定している場合に選択されます。これは、自然治癒を促す治療法であり、多くの場合、入院して安静を保ちながら、点滴で水分や栄養を補給し、必要に応じて鎮痛剤や抗菌薬などの薬剤を使用します。治療中は、損傷部位の状態を慎重に確認するため、定期的に超音波検査やCT検査などの画像検査を行います。これにより、出血が増えていないか、臓器の損傷が悪化していないかなどをリアルタイムで把握し、状態の変化に迅速に対応できる体制がとられます。
外科的治療
外科的治療は、出血が止まらない場合や、臓器の損傷が重篤な場合、あるいは消化管に穴が開き感染のリスクが高い場合に必要となります。
手術の種類は、損傷した臓器やその範囲によって異なり、以下の方法が挙げられます。
・開腹手術: お腹を大きく開いて直接損傷部位を確認し、止血や臓器の修復を行います。大量出血時や広範囲な損傷がある場合など、緊急性が高い状況で選択されることが多い方法です。
・腹腔鏡手術: お腹に小さな穴をいくつか開け、そこから内視鏡(腹腔鏡)や手術器具を挿入して行う手術です。患者さんへの負担が少なく、術後の回復が早いという利点がありますが、適用できるケースは限られます。
手術では、出血している血管を結んだり、破れた臓器(肝臓、脾臓、腸管など)を縫合したりします。場合によっては、損傷が激しい臓器の一部を切除することもあります。
腹部外傷の治療方針を決める上では、患者さんの状態を正確に評価することが極めて重要です。緊急性の判断や、リスクを事前に把握するためには、年齢、意識レベル、外傷の重症度、ショック状態を示す指標が重要な予測因子となります※。
具体的には、54歳以上の年齢、意識の状態を示す指標であるGCS(Glasgow Coma Scale)が14点以下(健康な人は15点満点です)、全身の外傷の重症度を示す指標であるISS(Injury Severity Score)が24点以上、そして血圧と心拍数から算出されるショック指数が1.08以上の場合、死亡率が高くなる独立した予測因子として報告されています※。これらの因子の中でも、意識レベルを示すGCSは死亡率予測において最も高い関連性を示すことが報告されています※。
医師は、これらの客観的な指標と臨床的な所見を総合的に判断し、一人ひとりの患者さんに最適な治療法を選択します。これにより、リスクを最小限に抑え、患者さんの予後(病気の今後の見通し)を改善することが期待できるでしょう。
治療後も、合併症の予防や機能回復のためのリハビリテーションなど、継続的なケアが回復への大切な鍵となります。





