無芽胞嫌気性菌感染症

原因不明の発熱や体の痛み、いつもと違う分泌物の臭いなど、不調を感じていませんか?体の中に潜む「常在菌」が、時に深刻な感染症を引き起こすことがあります。

この記事では、酸素が苦手な「無芽胞嫌気性菌」による感染症に焦点を当てます。その原因や、感染する部位によって現れる多様な症状、診断・治療方法まで詳しく解説します。

ご自身の症状や体調不良の原因に気づくきっかけとなり、早期の医療機関受診や適切な治療へと繋げるための一助となるでしょう。

無芽胞嫌気性菌感染症の概要

無芽胞嫌気性菌感染症は、酸素が乏しい環境で生きる細菌による感染症です。これらの菌は、私たちの体にとって身近な存在である「常在菌」であることがほとんどで、普段は病気を引き起こしません。しかし、体の状態が変化することで、時に深刻な感染症へと発展する場合があります。

なぜ常在菌が病原性を持つようになるかというと、次のようなきっかけが考えられています。

・大きなけがや手術

・糖尿病などの持病による免疫力の低下

・本来いるべきではない体の深い部分への菌の侵入

このような状況下で、普段は無害な菌が病原性を発揮し、体に悪影響を及ぼすと考えられています。

代表的な無芽胞嫌気性菌の一つに、「クロストリディオイデス・ディフィシル」があります。この菌はグラム陽性(細菌を染色する検査で特定の染料に染まる性質)で、酸素を嫌う嫌気性菌の一種です。口からの摂取や排泄物を介した感染経路(経口・糞便経路)で消化管に定着し、感染症を引き起こすことがわかっています※。

特に、炎症性腸疾患(IBD)と呼ばれる難病を抱える患者さんの場合、この菌が消化管に定着する割合が高く、感染症を発症するリスクも一般の人に比べて高い傾向にあると考えられています。さらに、一度感染すると症状が再発しやすいという臨床的な特徴も指摘されています※。

無芽胞嫌気性菌感染症は、発熱や局所の痛み、腫れなど、感染する部位によって多様な症状を現します。これらの感染症は診断が難しいケースも少なくありません。特に、炎症性腸疾患(IBD)の患者さんがクロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI)にかかった場合、症状が複雑になり、診断の確定がより困難になることが大きな課題とされています※。そのため、適切な治療へと繋げるためには、医師による慎重な判断が不可欠です。

無芽胞嫌気性菌感染症の種類

無芽胞嫌気性菌感染症は、酸素を嫌うさまざまな細菌によって引き起こされ、その種類によって感染する体の部位や引き起こす病気、症状が大きく異なります。

これらの菌は、普段から私たちの体の中に住んでいる常在菌の一部ですが、体の状態が変化することで病気を引き起こすことがあります。代表的な菌種とその特徴を下表にまとめました。

菌種 | 特徴・感染経路 | 引き起こす病気 | なぜ感染しやすいか、重症化しやすいか

クロストリディオイデス・ディフィシル | グラム陽性菌の一種で、口から摂取したり、排泄物を介したりして消化管に定着します(経口・糞便経路)。 特に抗生物質の使用で腸内細菌のバランスが崩れた際に増殖しやすい菌です。 | ・抗生物質関連下痢症 ・偽膜性大腸炎(重症化すると命にかかわることもあります) | 炎症性腸疾患(IBD)を抱える患者さんの場合、この菌が腸に定着する割合が一般の方より高く、感染症にかかるリスクや再発するリスクも高い傾向にあります※。これは、IBD患者さんの腸では炎症が起きやすく、免疫の状態が変化しているためと考えられます。

パスツレラ・ムルトシダ カプノサイトファーガ・カニモルサス | 犬や猫といった動物の口の中にいる常在菌です。動物に咬まれたり、引っ掻かれたりした傷口から人の体内に入り込み感染します。 | ・蜂巣炎(皮膚の下の組織に細菌が広がる炎症) ・膿瘍(膿がたまること) ・壊死性軟部組織感染症(組織が死んでしまう重篤な感染症) ・敗血症(全身に細菌が広がる命にかかわる状態) ・髄膜炎(脳や脊髄を覆う膜の炎症) | 傷口が深く、細菌が酸素の少ない深い組織にまで到達すると、これらの菌が増殖しやすくなります。また、免疫力が低下している人や高齢者では、感染が重症化しやすい傾向が見られます※。

このように、無芽胞嫌気性菌の種類は多岐にわたり、それぞれが異なる感染経路や特徴を持っています。そのため、適切な治療へとつなげるためには、どの菌が原因で症状が出ているのかを正確に特定することが欠かせません。

無芽胞嫌気性菌感染症の原因

無芽胞嫌気性菌感染症は、私たちの体内にいつもいる常在菌が、あるきっかけで悪さをしてしまうことで発症します。酸素が苦手なこれらの菌が、どうして体に悪さをするのでしょうか。それは、普段は私たちと共存している「常在菌」である彼らが、特定の状況下で悪玉菌へと豹変してしまうからです。

具体的には、次のような状況で無芽胞嫌気性菌が異常に増え、感染症を引き起こすと考えられています。

体のバリア機能が壊れるとき

皮膚や粘膜など、体の表面にある「バリア」が損傷すると、通常は届かない体の深い部分に菌が侵入しやすくなります。酸素の少ない体の奥深くは、嫌気性菌にとって絶好の増殖場所となるのです。

・外傷や手術

事故によるケガや手術によって、皮膚や粘膜に傷ができると、菌が体内に侵入する入り口ができてしまいます。また、手術によって一時的に血流が悪くなったり、組織が酸素不足になったりする環境も、嫌気性菌の増殖を促す原因となることがあります。

・動物による咬傷(こうしょう)

犬や猫に咬まれた傷は、特に注意が必要です。動物の口の中にはさまざまな細菌(常在菌)がいるため、咬傷によって複数の種類の菌が同時に体内に侵入し、「多菌種感染」と呼ばれる状態になることがあります。この中には無芽胞嫌気性菌も含まれており、特に「パスツレラ・ムルトシダ」や「カプノサイトファーガ・カニモルサス」といった菌が原因で、深刻な感染症につながる可能性が指摘されています。例えば、咬まれた部分が腫れて熱を持つ「蜂巣炎(ほうそうえん)」や、膿がたまる「膿瘍(のうよう)」だけでなく、組織が壊死する「壊死性軟部組織感染症」、全身に菌が広がる危険な状態「敗血症」、さらには脳や脊髄を覆う膜に炎症が起きる「髄膜炎」といった重篤な全身性疾患へと進行するリスクがあるのです※。

免疫力が低下しているとき

私たちの体には、細菌の増殖を抑え、病気から身を守る「免疫」という機能が備わっています。しかし、この免疫力が低下すると、普段は問題を起こさない無芽胞嫌気性菌でも、増殖を抑えきれずに感染症を発症する可能性が高まります。

高齢者や、糖尿病などの持病がある方、ステロイドなどの特定の薬を服用している方などは、免疫力が低下しやすい傾向にあります。

特定の病気があるとき

一部の消化器系の病気がある場合、特定の無芽胞嫌気性菌による感染症のリスクが高まります。

・炎症性腸疾患(IBD)

潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患(IBD)をお持ちの患者さんは、「クロストリディオイデス・ディフィシル」というグラム陽性の嫌気性菌による感染症(CDI)のリスクが高いことで知られています。この菌は、口や排泄物を介して感染し、腸の中で増えて病気を引き起こします。IBDの患者さんの場合、一般の方と比較してこの菌が腸に定着する割合が高く、一度感染すると再発を繰り返しやすいという特徴があります※。これは、IBDによって腸の環境が変化し、免疫の状態も影響を受けているためと考えられます。しかし、IBD患者さんにおけるCDIの診断は、症状が複雑なため確定が難しいケースが多く、医師による慎重な判断が求められます※。

体の常在菌のバランスが崩れるとき

私たちの腸には、さまざまな種類の細菌がバランスを取りながら共存しています。これを「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と呼びます。

・抗菌薬の使用

風邪や他の感染症の治療のために抗菌薬を服用すると、病原菌だけでなく、腸内の良い働きをする常在菌まで一緒に死滅させてしまうことがあります。その結果、普段は少数派である無芽胞嫌気性菌が、他の菌が減った隙に過剰に増殖し、感染症を引き起こしてしまうケースがあるのです。

これらの原因は、一つだけで起きることもあれば、複数組み合わさることで、無芽胞嫌気性菌感染症が発症しやすくなると考えられています。

無芽胞嫌気性菌感染症の症状

無芽胞嫌気性菌感染症の症状は、菌が感染した体の部位や原因となる菌の種類によって多岐にわたりますが、進行すると全身に影響がおよび、命にかかわる重篤な状態に至ることもあります。主な症状は以下のとおりです。

局所的な症状

感染が起こった場所では、次のような炎症反応や感染のサインが見られます。

・痛み・腫れ・赤み: 感染部位が炎症を起こしている典型的な兆候です。

・悪臭を伴う分泌物: 嫌気性菌は特徴的な臭気を伴うガスを生成することがあるため、膿などに悪臭が混じることがあります。

・発熱: 感染に対する体の防御反応として発熱を伴うことがよくあります。

これらの症状に加え、感染した場所によっては特徴的な病気を引き起こすことがあります。

感染部位と原因菌による症状

無芽胞嫌気性菌が体に侵入し、酸素の少ない環境で増殖すると、全身のさまざまな場所で病気を引き起こします。

・動物咬傷(こうしょう)による感染

犬や猫に咬まれたり引っ掻かれたりした傷口から、動物の口の中にいる常在菌である「パスツレラ・ムルトシダ」や「カプノサイトファーガ・カニモルサス」といった無芽胞嫌気性菌が侵入すると、深刻な感染症につながることがわかっています。傷口は単なる外傷にとどまらず、酸素の少ない体内の深い組織で菌が増殖し、次のような病態を引き起こす可能性があります。

・蜂窩織炎(ほうかしきえん): 皮膚の下の組織に細菌が広がり、広範囲にわたって腫れ、痛み、赤みが現れる炎症です。

・膿瘍(のうよう): 感染部位に膿がたまり、腫れて痛みを伴います。

・壊死性軟部組織感染症: 進行が速く、皮膚や筋肉などの軟部組織が死んでしまう(壊死する)重篤な感染症で、緊急の治療が必要です。

・全身性の重篤な疾患: 菌が血液中に入り込むと、全身に広がり「敗血症」という命にかかわる状態になることがあります。さらに、脳や脊髄を覆う膜に炎症が起きる「髄膜炎」といった重い病気へと進展するリスクも指摘されています※。

・消化管での感染

消化管内で「クロストリディオイデス・ディフィシル」という無芽胞嫌気性菌が異常に増殖すると、激しい下痢、腹痛、発熱といった症状が現れます。これは、この菌が腸内で毒素を産生することで腸の粘膜に炎症を引き起こすためです。特に、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患(IBD)をお持ちの方の場合、この菌による感染症(CDI)にかかりやすい傾向にあります。しかし、IBD患者さんでは、CDIの症状がIBD自体の症状(下痢、腹痛など)と非常に似ているため、どちらの病状が悪化しているのか判断が難しいケースが少なくありません。この症状の複雑さが、適切な診断を困難にする大きな課題とされています※。

これらの症状は、感染した部位や体の状態によって多様に現れます。体調に異変を感じた際は、自己判断せずに速やかに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが重要です。

無芽胞嫌気性菌感染症の検査・診断

無芽胞嫌気性菌感染症の診断は、感染部位や症状の観察に加え、特徴的な細菌の性質を踏まえた専門的な検査が必要です。酸素が苦手な嫌気性菌は、一般的な細菌とは異なり、診断には専門的な知識と技術が求められます。

検査の主な流れ

無芽胞嫌気性菌感染症が疑われる場合、主に次の流れで検査が進められます。

・検体採取

感染が疑われる場所から検体を採取する際は、空気に触れないよう細心の注意を払います。これは、嫌気性菌が酸素に触れると死んでしまうためです。正確な検査のためには、膿や組織の一部などを、酸素に触れさせずに採取する専門的な手技が不可欠です。

・培養検査

採取した検体は、酸素のない環境(嫌気的環境)で培養されます。これにより、酸素が苦手な嫌気性菌だけを増殖させ、特定の菌種を突き止めることができるのです。しかし、この培養には通常数日から一週間程度の時間が必要で、診断までに時間を要する場合があります。

・遺伝子検査

近年では、培養検査に比べて迅速に菌を特定できる遺伝子検査も活用されています。これは、菌の遺伝子情報を直接検出する方法であり、早期の診断と適切な治療選択に役立つ可能性があります。

診断の難しさ

無芽胞嫌気性菌感染症は、他の一般的な細菌感染症とよく似た症状を示すため、診断が難しいケースが少なくありません。特に、複数の種類の菌が同時に感染している場合や、患者さんの持病が複雑な場合は、診断の確定がより困難になります。

例えば、犬に咬まれた傷からの感染を考えてみましょう。この場合、「パスツレラ・ムルトシダ」や「カプノサイトファーガ・カニモルサス」といった嫌気性菌だけでなく、さまざまな種類の菌が同時に感染する「多菌種感染」のリスクがあります。多菌種感染とは、複数の種類の細菌が同時に原因となって感染症を引き起こしている状態を指します。このようなケースでは、感染部位の適切な処置と同時に、重症化を防ぐためにどの菌が原因かを迅速に診断することが非常に重要です。なぜなら、犬咬傷は単なる外傷にとどまらず、蜂巣炎(皮膚の下の組織に細菌が広がる炎症)、膿瘍(膿がたまること)、壊死性軟部組織感染症(組織が死んでしまう重篤な感染症)、さらには全身に菌が広がる敗血症や髄膜炎といった命にかかわる重篤な疾患へと進展する可能性があるからです※。

また、炎症性腸疾患(IBD)の患者さんが「クロストリディオイデス・ディフィシル」という嫌気性菌に感染した場合も、診断の難しさが際立ちます。もともとのIBDによる症状(下痢や腹痛など)と、この菌による感染症(CDI)の症状が非常に似ているため、どちらの病状が悪化しているのかを区別することが極めて難しいのです※。IBD患者さんは一般の方と比較して、この菌が腸に定着しやすく、一度感染すると再発を繰り返しやすいという特徴もあります※。このような複雑な状況では、最終的に医師が患者さんの状態を総合的に判断し、慎重に診断を進めることが求められます。

症状に心当たりがある場合や、診断が難しいと感じる場合は、自己判断せずに速やかに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。

無芽胞嫌気性菌感染症の治療

無芽胞嫌気性菌感染症の治療は、感染を起こしている菌の種類や病気の重さ、患者さんの状態に合わせて多角的に進めます。これらの菌は、時に重篤な感染症を引き起こし、命にかかわることもあるため、正確な診断と速やかな治療開始が何よりも大切です。

特に、グラム陽性の嫌気性菌であるクロストリディオイデス・ディフィシルによる感染症(CDI)は、口や排泄物を介して消化管に定着し、感染を引き起こすことがあります。炎症性腸疾患(IBD)をお持ちの患者さんの場合、一般の方と比較してこの菌が腸に定着しやすいだけでなく、感染リスクや治療後の再発リスクも高い傾向にあります ※。また、IBDの症状とCDIの症状が似ているため、診断が非常に難しく、専門医による慎重な判断が求められることが多いのです ※。

無芽胞嫌気性菌感染症の治療は、次の3つの柱が中心となります。

・抗菌薬による治療

嫌気性菌に特異的に効果を示す抗菌薬を使用します。菌が特定できた場合はその菌に最も効く薬を、菌の特定が難しい場合や複数の菌による感染が疑われる場合は、幅広い菌に有効な抗菌薬を選ぶこともあります。治療期間は、感染の部位や病状の重さによって変わります。

抗菌薬は、医師の指示に従い、正しく服用することが重要です。自己判断で薬の服用を中断してしまうと、効果が不十分になるだけでなく、薬が効きにくい「薬剤耐性菌」が発生する原因にもなるため注意が必要です。

・外科的処置

感染によって膿がたまっている状態(膿瘍)や、組織が死んでしまっている部分(壊死組織)がある場合は、外科的な処置が必要になることがあります。膿を体外に出したり、感染した組織を取り除いたりすることで、菌の増殖源をなくし、病状の悪化を防ぎます。

例えば、犬に咬まれた傷から生じる感染症では、皮膚の表面だけでなく、深い組織にまで菌が入り込んでいるケースがあります。この場合、パスツレラ・ムルトシダやカプノサイトファーガ・カニモルサスといった嫌気性菌を含む、複数の細菌による「多菌種感染」がよく見られます ※。このような感染は、蜂巣炎(皮膚の下の組織に細菌が広がる炎症)や膿瘍にとどまらず、進行が速く組織が壊死する重篤な壊死性軟部組織感染症、さらには全身に菌が広がる敗血症や髄膜炎といった命にかかわる状態へとつながるリスクがあります ※。そのため、抗菌薬での治療と並行して、傷口の適切な管理や外科的な介入を速やかに行うことが、治療を成功させる上で非常に重要になります ※。

・支持療法

感染症によって体の負担が大きい場合や、全身の状態が悪化している場合には、体の回復をサポートする治療も同時に行います。具体的には、脱水を防ぐための水分補給、栄養状態を改善するための栄養補給、そして痛みを和らげるためのケアなどが含まれます。これらの支持療法は、患者さんが治療に耐え、回復に向かうための土台作りとなります。