偶発性低体温症

冬の寒い日や水辺でのレジャーで、体がブルブルと震えた経験は誰にでもあるでしょう。しかし、その震えが止まった時、「寒さに慣れた」と安心するのは危険なサインかもしれません。偶発性低体温症は、冬山での遭難だけでなく、泥酔や持病の悪化など、日常生活の思わぬきっかけで誰にでも起こりうる、命に関わる状態です。

体の中心の温度が35℃以下に低下すると、体は深刻なダメージを受け、特に心臓は危険に晒されます。日本の研究では、偶発性低体温症の患者さんの半数以上(53.1%)で心臓が冷えていることを示す異常な波形が確認され、約5人に1人(21.2%)は危険な不整脈を起こしていました。

この記事では、偶発性低体温症の正しい知識と、見過ごしてはならない体からのSOSサインについて詳しく解説します。自分や大切な人の命を守るために、その症状と原因を深く理解していきましょう。

偶発性低体温症の概要

偶発性低体温症は、思いがけない事故や病気などが原因で、体の中心の温度(深部体温)が35℃以下に下がってしまう状態を指します。

私たちの体は常に熱を作り、体温を一定に保っています。しかし、寒い環境にいたり、体が濡れたりすると、熱がどんどん奪われてしまいます。このとき、体が作る熱よりも失う熱が多くなると、偶発性低体温症が起こります。

偶発性低体温症には、次の3つの特徴があります。

  • 体の中心の温度が35℃未満になる状態 正常な平熱よりも低い状態が続きます。
  • 予期せぬアクシデントが原因で発生する 冬山の遭難だけでなく、泥酔や持病の悪化なども原因になります。
  • 誰にでも起こる可能性がある 高齢者や子どもだけでなく、健康な大人でも条件がそろえば発症します。

体温が低下すると、体の様々な機能に影響が出ます。特に心臓は体温低下に敏感で、注意深く観察する必要があります。

日本の463人の患者さんを対象にした研究では、心電図検査で次のような異常が見られました。

  • Osborn波(オズボーン波) 半数以上(53.1%)の方に見られた、心臓の筋肉が冷えているサインです。
  • 心房細動 約5人に1人(21.2%)の方に見られた不整脈の一種です。 心臓が不規則に震え、うまく血液を送り出せなくなります。

これらの異常は、体温が低くなるほど現れやすくなる傾向があります。軽度の低体温でも心臓に異常が見られることがあるため、油断はできません。

偶発性低体温症の種類

偶発性低体温症は、体の中心の温度(深部体温)によって、重症度が大きく3つの段階に分けられます。

体温が下がるにつれて、体は様々なSOSサインを出します。このサインを見逃さないことが、命を救うためにとても大切です。

重症度

深部体温の目安

体の主なサイン

軽度

35℃~32℃

体が熱を作ろうと、ブルブルと震える(シバリング)

中等度

32℃~28℃

震えが止まり、意識がぼんやりしてくる

高度

28℃未満

意識がなくなり、心臓が止まる危険がある

軽度(深部体温:35℃~32℃)

体が「寒い!」と感じて、熱を作るために筋肉を震わせます。これを「シバリング」と呼び、体が体温を上げようと頑張っている証拠です。

この段階では意識は比較的はっきりしていますが、的確な判断がしにくくなり、自分で自分の危険に気づけないこともあります。

中等度(深部体温:32℃~28℃)

体が熱を作るエネルギーを使い果たし、震えが止まります。これは回復したのではなく、体がSOSを出すのを諦め始めた危険なサインです。

意識がもうろうとし始め、呼びかけへの反応も鈍くなります。筋肉はこわばり、脈拍や呼吸の数も少なくなってきます。

高度(深部体温:28℃未満)

意識を完全に失い、呼びかけても反応しない昏睡状態に陥ります。心臓の機能が著しく低下し、心停止に至る危険が非常に高い状態です。

くも膜下出血という病気の方を対象とした研究ですが、体温が36℃を下回るだけで、その後の経過が悪くなることが報告されています。

軽度の低体温症であっても、決して油断してはいけないことがわかります。

偶発性低体温症の原因

偶発性低体温症は、体が作る熱よりも、外へ逃げていく熱が多くなることで起こります。私たちの体温を一定に保つためのバランスが、何らかの理由で崩れてしまうのです。

原因は一つだけでなく、いくつかの要因が重なって起こることがほとんどです。主な原因は、大きく4つのパターンに分けられます。

  • 寒い環境にいること 冬山での遭難や水難事故だけでなく、お酒に酔ったまま寒い屋外で寝てしまうなど、身近な状況でも起こります。
  • 体内で熱を作る力が弱まること 栄養が足りていなかったり、疲れがたまっていたりすると、熱を作るエネルギーが不足します。甲状腺の病気など、体の代謝が落ちる病気も原因になります。
  • 体から熱が逃げやすくなること 広い範囲のやけどや、一部の皮膚の病気があると、皮膚のバリア機能が失われ、体内の熱が外へ逃げやすくなります。
  • 体温を調節する司令塔の不調 脳は体温を調節する司令塔の役割を担っています。しかし、脳の病気やけが、薬やお酒の影響で、この司令塔がうまく機能しなくなることがあります。

特に、くも膜下出血のような重い脳の病気では、体温を調節する中枢がダメージを受けることがあります。

ある研究では、くも膜下出血の患者さんで体温が36℃を下回ると、その後の経過が悪くなる危険性が約3.8倍も高まることが示されました。これは、低体温がもとの病気の回復を妨げる危険があることを意味します。

このように、偶発性低体温症は冬山など特別な場所だけでなく、ご自宅での転倒や持病の悪化など、日常生活の中でも起こりうるのです。

偶発性低体温症の症状

偶発性低体温症のサインは、体の中心の温度が下がるにつれて変化します。 一見、ただ眠っているだけのように見えても、実は命の危険が迫っていることも。 体が発するSOSサインを、重症度ごとに見ていきましょう。

重症度(深部体温)

体からのSOSサイン

軽度(35~32℃)

・ブルブルと体が震える(シバリング)

・皮膚が青白くなる

・的確な判断がしにくくなる

中等度(32~28℃)

・震えが止まる(※危険なサイン)

・意識がもうろうとする

・ろれつが回らなくなる

高度(28℃未満)

・呼びかけに反応しない(昏睡)

・筋肉が硬くなる

・心臓が止まる危険性が高まる

特に、低体温は心臓の働きに深刻な影響を与えます。 体が冷えると、心臓を動かす電気信号に異常が起きやすくなるのです。 日本の463人の患者さんを対象にした研究では、次のような結果が報告されました。

  • 心房細動 約5人に1人(21.2%)に見られた不整脈の一種です。 心臓が不規則に震えて、うまく血液を送れなくなります。
  • Osborn波(オズボーン波) 半数以上(53.1%)に見られた、心臓の筋肉が冷えていることを示すサインです。
  • QT延長 約半数(48.8%)に見られました。 心臓が一度動いた後、次の動きに備えるまでの回復が遅れる状態です。

これらの心電図の異常は、体温が低いほど現れやすくなります。 しかし、この研究では軽度の低体温症でも見られることがわかっています。 症状が軽くても、決して油断はできないのです。

症状はゆっくりと悪化していくため、本人自身が危険に気づかないことも多いです。 「なんだか様子がおかしい」と周りの人が気づいたときには、すぐに助けを呼んでください。

偶発性低体温症の検査・診断

偶発性低体温症が疑われるとき、正確な診断が命を救う鍵です。 見た目や意識の状態だけでは、体の危険な状態はわかりません。 医療機関では専門的な検査で、体のSOSサインを正確に捉えます。

体の芯の温度を測る「深部体温測定」

まず、体の中心の温度である「深部体温」を正確に測ります。 家庭用の体温計で脇の下の温度を測っても、本当の冷えはわかりません。 これは、体の表面と、命に関わる内臓の温度が違うからです。

そのため、専用の体温計を使い、体の奥の温度を直接測定します。

  • 測定する場所 直腸や食道、膀胱など、体の中心に近い場所で測ります。
  • 診断の基準 この深部体温が35℃未満の場合、偶発性低体温症と診断されます。

心臓の悲鳴を聞く「心電図検査」

次に、心臓の状態を調べる心電図検査が非常に重要です。 体温が下がると、心臓を動かす電気信号に異常が起きやすいからです。 これは、命に直結する危険な不整脈の前触れとなることがあります。

日本の患者さん463人を対象にした研究では、次のような結果でした。

心電図の主な異常

見られた割合

わかりやすい解説

Osborn波(オズボーン波)

53.1%(半数以上)

心臓の筋肉が冷えていることを示す、特徴的なサインです。

QT延長

48.8%(約半数)

心臓が一度拍動した後、次の拍動に備える回復が遅れている状態です。

心房細動

21.2%(約5人に1人)

心臓が小刻みに震え、うまく血液を送り出せなくなる不整脈です。

この研究から、軽度の低体温でも心臓に異常が現れるとわかります。 体温が下がるほど、これらの異常が起こる危険は高まっていきます。

全身の状態を調べるその他の検査

体の状態をより詳しく調べるために、他の検査も行います。 低体温が全身にどんな影響を与えているかを確認するためです。

  • 血液検査 筋肉のダメージや、腎臓・肝臓の機能低下がないか調べます。 また、血糖値や電解質のバランスなども確認します。
  • 画像検査(レントゲン、CTなど) 低体温の原因になったケガ(頭をぶつけたなど)がないか調べます。 また、体の抵抗力が落ちて起こる肺炎などがないかも確認します。

診断で最も大切なこと

偶発性低体温症の診断で、私たちが最も気をつけていることがあります。 それは、安易に「もう助からない」と判断しないことです。

極度に体温が下がると、脈や呼吸がほとんど感じられなくなります。 瞳孔が開いて、一見すると亡くなっているように見えることもあります。 しかし、これは低体温によるもので、体を温めれば回復する可能性があります。 だからこそ、専門家による慎重な診断と治療がとても重要なのです。

偶発性低体温症の治療

偶発性低体温症の治療で最も大切なのは、体を安全に温めることです。 これを「復温(ふくおん)」と呼びますが、ただ温めれば良いわけではありません。

体温が下がった体、特に心臓は、ちょっとした刺激にとても弱くなっています。 体をむやみに動かさず、慎重に治療を進めることが命を救う鍵になります。

治療は、体の冷え具合に合わせて、いくつかの方法を組み合わせて行います。

  • 体の外から温める方法(外部復温法) 乾いた毛布や電気毛布で体をやさしく包み、熱が逃げないようにします。 温かい空気を送る専用のマットで体を覆うこともあります。
  • 体の中から温める方法(内部復温法) 体の芯まで冷え切っている場合に、より効果的な方法です。 38℃前後に温めた点滴で、血管の中から直接体を温めます。 温かい洗浄液で胃や膀胱の中を洗い、内側から温めることもあります。

心臓が止まりそうな重症の場合には、特別な医療機器を用いることもあります。 「体外循環装置(ECMOやPCPS)」という機械で血液を一度体の外へ取り出し、 直接温めてから体に戻す方法で、より安全かつ確実に体を温められます。

このように、偶発性低体温症では体を「温める」ことが治療の基本です。 しかし、医療には全く逆の治療法も存在します。 それは、脳を守るためにあえて体を少し冷やす「治療的低体温療法」です。

例えば、生まれた直後に脳がダメージを受けた赤ちゃんに使われることがあります。 軽度の脳の障害でも、将来の言葉の発達などに影響が出る可能性があるからです。 この治療は脳の活動を少しお休みさせ、回復を助ける目的で行われます。 体温の管理は、体の状態に応じて慎重に行う、とても重要な医療なのです。