誤嚥性肺炎

食事中によくむせる、なんとなく元気がない。それは、単なる加齢のせいだと見過ごしていませんか?実はそのサインの裏には、高齢者の肺炎の実に7割以上を占める「誤嚥性肺炎」が隠れているかもしれません。この病気は、入院された方の約1割が命を落とすというデータもある、決して軽視できない病気です。

さらに恐ろしいのは、食事中だけでなく、睡眠中に無意識に飲み込む唾液が原因で静かに進行する「サイレント肺炎」の存在です。この記事では、気づきにくい症状から、9割以上の精度で誤嚥を発見できる可能性のある検査、そして今日から始められる予防策までを詳しく解説します。ご自身や大切なご家族を守る知識を、ぜひ手に入れてください。

誤嚥性肺炎の概要

食べ物や飲み物が食道ではなく、空気の通り道である気管に入ってしまうことを「誤嚥(ごえん)」といいます。

この誤嚥によって、口の中の細菌などが食べ物や唾液と一緒に肺へ入り込み、炎症を起こす病気が「誤嚥性肺炎」です。

特にご高齢の方に注意が必要な病気です。統計によると、高齢者に見られる肺炎のうち、実に7割以上がこの誤嚥性肺炎であると報告されています。

年齢とともに、食べ物を飲み込む力(嚥下機能)や、むせて異物を気管から出す力(咳嗽反射)は自然と弱まっていきます。そのため、誤嚥が起こりやすくなるのです。

食事中だけでなく、眠っている間に無意識のうちに唾液を誤嚥することもあります。これを「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」と呼び、自覚がないまま肺炎が進行するケースも少なくありません。

誤嚥が起きていないか調べる方法の一つとして、「頸部聴診(けいぶちょうしん)」という検査があります。これは、首に聴診器をあてて飲み込む時の音を聞く、身体に負担の少ない検査です。

近年の研究では、この頸部聴診を用いることで、9割以上の高い確率で誤嚥を発見できる可能性が示唆されています。専門家は音の違いから、目に見えない誤嚥のリスクを判断しているのです。

誤嚥性肺炎の種類

誤嚥性肺炎は、何が、いつ肺に入ってしまうかによって、大きく2つのタイプに分けられます。 一つは食事中に起こる「顕性(けんせい)誤嚥」、もう一つは寝ている間などに起こる「不顕性(ふけんせい)誤嚥」です。

1. 顕性(けんせい)誤嚥による肺炎

食事中や飲み物を飲んでいる時に、ゴホッとむせてしまう。 これは、食べ物などが誤って気管に入りかけたサインです。 このように、はっきりと「誤嚥した」とわかるのが特徴です。 若い方や体力がある方は、強い咳で異物を外に出せます。 しかし、力が弱いと出しきれず、肺炎になることがあります。

2. 不顕性(ふけんせい)誤嚥による肺炎

寝ている間に、自分の唾液が気管へ少しずつ流れ込みます。 胃から逆流したものが原因になることもあります。 はっきりしたむせがないため、本人も気づきにくいのが特徴です。 「サイレント肺炎」とも呼ばれ、静かに進行する怖い肺炎です。 ご高齢の方に見られる肺炎の多くは、このタイプと考えられています。

【表:誤嚥性肺炎の2つのタイプ】

タイプ

顕性誤嚥による肺炎

不顕性誤嚥による肺炎

原因

食べ物・飲み物

唾液・胃から逆流したもの

タイミング

食事中など、意識がある時

睡眠中など、無意識の時

サイン

むせる、咳き込むなど分かりやすい

分かりにくく、自覚症状がないことも

また、加齢だけでなく、病気や手術が原因となることもあります。 例えば、舌のがんなどで舌をすべて切除する手術を受けた場合です。 このような手術では、飲み込む機能の回復を目指します。 のどを残し、体の他の組織で舌の形を再建する方法があります。 ある研究では、この手術後に約2.8%の方が誤嚥性肺炎になったと報告されています。 手術で機能の回復が見込める一方、リスクは残るため注意が必要です。

誤嚥性肺炎の原因

誤嚥性肺炎は、たった一つの原因だけで起こるわけではありません。 飲み込む力の低下や体の抵抗力など、いくつかの原因が重なります。 パズルのピースが組み合わさるようにして、発症に至るのです。

誤嚥性肺炎を引き起こす、代表的な原因を見ていきましょう。

  • 飲み込む力(嚥下機能)の低下 年を重ねると、手足の筋肉が弱まるのと同じです。 食べ物を飲み込むための、のどの筋肉も衰えてきます。 特に、脳卒中の後遺症やパーキンソン病など、 神経や筋肉の病気がある場合は、注意が必要です。 ある研究では、パーキンソン病の方はそうでない方と比べて、 誤嚥性肺炎になる危険が3倍以上も高まると報告されています。
  • 咳で追い出す力(咳嗽反射)の低下 もし誤って気管に何かが入っても、健康なら咳で出せます。 この「むせる」という体の防御反応が弱まってしまうのです。 異物を外に出す力が弱いため、肺まで届きやすくなります。
  • お口の中の細菌 お口のケアが不十分だと、口の中に細菌がたくさん増えます。 この細菌が混じった唾液を、気づかないうちに誤嚥することで、 肺に炎症が起きてしまうことがあります。
  • 体の抵抗力(免疫力)の低下 他の病気や栄養不足で、体の抵抗力が落ちている時も危険です。 普段なら問題にならないような、ごくわずかな細菌であっても、 体が細菌に負けてしまい、肺炎を起こしやすくなります。

また、食事以外で吐いたものが気管に入ることも原因となります。 CT検査などで使う「造影剤」で吐いてしまうことを、 心配される方もいるかもしれません。 しかし、検査前に食事を抜くかどうかは、 嘔吐や誤嚥のリスクには大きく影響しないことが分かってきています。

誤嚥性肺炎の症状

誤嚥性肺炎のサインは、派手な咳や高熱だけではありません。 ご自身やご家族の「いつもと何だか違う」という気づきが、 病気の早期発見につながることがよくあります。

典型的な肺炎の症状に加えて、見逃しやすいサインも存在します。 以下のような変化がないか、注意深く観察してみましょう。

【誤嚥性肺炎の症状チェックリスト】

  • 咳や痰(たん)の変化 食事中や飲み物を飲んだ後によくむせる、声がガラガラになる。 また、細菌と体の免疫が戦った結果として、 黄色や緑色をした、粘り気の強い痰が出ることがあります。
  • 発熱 体が細菌と戦うために、38度以上の高熱が出ることがあります。 一方で、ご高齢の方でははっきりした熱は出ず、 なんとなく体が熱っぽい状態が続くことも少なくありません。
  • 呼吸の異常 肺に炎症が起きると、酸素をうまく取り込めなくなります。 そのため、息苦しさを感じたり、浅く速い呼吸になったりします。
  • 元気・食欲の低下 「なんとなく元気がない」「食欲が落ちた」 「ぼーっとしている時間が増えた」といった変化も重要なサインです。 はっきりした症状が出ないまま、静かに肺炎が進行している可能性があります。

特に、パーキンソン病や脳卒中の後遺症がある方は注意が必要です。 ある研究では、パーキンソン病の方はそうでない方と比べて、 誤嚥性肺炎になる危険性が3倍以上も高まると報告されています。

また、誤嚥性肺炎で入院した方のうち、 約10%の方が命を落とすという厳しいデータもあります。 少しでも気になる症状があれば、決して放置せず、 早めに医療機関へ相談することがご自身の体を守る上で非常に大切です。

誤嚥性肺炎の検査・診断

誤嚥性肺炎が疑われる場合、お医者さんはいくつかの検査をします。 まるで探偵が手がかりを集めるように、病気の正体を探ります。 肺の炎症の状態と、誤嚥が原因なのかを詳しく調べます。

まず基本となるのは、患者さんやご家族からのお話と診察です。 食事中のむせ、熱や咳、たんの状態などを詳しく聞きます。 そして聴診器を胸にあて、肺炎に特徴的な雑音がないか確認します。

次に、診断をよりはっきりさせるために、次のような検査をします。

  • 胸部エックス線(レントゲン)検査 肺の状態を写真で確認する、診断の基本となる検査です。 炎症によってできる、白い影(肺炎像)がないかを調べます。
  • 血液検査 体の中で、どのくらい細菌との戦いが起きているか調べます。 白血球の数やCRPという数値で、炎症の強さを判断します。

さらに、飲み込む力が弱っていないかを確認する検査もあります。 その一つが「頸部聴診(けいぶちょうしん)」という方法です。 これは、のどに聴診器をあてて、飲み込む音を聞く簡単な検査です。

ごっくんという音の異常から、誤嚥のリスクを判断します。 ある研究では、この頸部聴診を用いることで、 9割以上の高い確率で誤嚥を発見できる可能性が示されています。

また、食べ物だけでなく、ご自身の唾液が原因のことも多いです。 そのため、よだれの量なども診断の参考になる場合があります。 これらの検査結果を総合的に見て、診断を確定し治療に進みます。

誤嚥性肺炎の治療

誤嚥性肺炎の治療は、主に2つの柱で成り立っています。 一つは原因菌を退治する「治療」、もう一つは再発を防ぐ「予防」です。 一度治っても繰り返しやすい病気だからこそ、予防が非常に大切です。

治療の基本は、原因となっている細菌をやっつけることです。 抗菌薬(抗生物質)という薬を、点滴で体の中に入れるのが一般的です。 症状が重く、呼吸が苦しい場合は酸素を吸う治療も行います。

そして、治療と同じくらい重要なのが、再発を防ぐ取り組みです。 特に、お口の中をきれいに保つ「口腔ケア」が治療のカギとなります。 口の中の細菌が肺に入ることが原因のため、細菌を減らすことが大切です。

実際に、食道の手術を受ける前に口腔ケアを徹底した研究があります。 その結果、ケアをした人はしなかった人に比べて、手術後に肺炎になる危険が半分近くまで減ることが分かりました。 このことからも、お口の清潔さがいかに肺炎予防に重要か分かります。

ご自宅では、治療と並行して以下の予防策に取り組みましょう。

  • お口のケアを徹底する 毎食後と寝る前の歯みがきはもちろん、舌の掃除も行いましょう。 入れ歯を使っている方は、外してきれいに洗うことが大切です。 定期的に歯医者さんで専門的なケアを受けることも効果的です。
  • 食事の方法を工夫する 椅子に深く座り、少し前かがみの姿勢であごを引いて食べましょう。 気管の入り口が閉まり、食べ物が食道へ流れやすくなります。 食べ物は細かく刻んだり、とろみをつけたりすると飲み込みやすいです。
  • 飲み込む力を鍛える 口や舌を意識して動かす体操(嚥下体操)を習慣にしましょう。 また、お腹からしっかりと声を出す練習をすることも、 飲み込む力や、むせる力を強くするのに役立ちます。