腹膜炎
お腹の激しい痛みや発熱、吐き気に悩んでいませんか?それは、命に関わる危険性もある「腹膜炎」のサインかもしれません。放置すると重篤な状態へ進行する恐れがあり、不安を抱えている方も多いでしょう。
この記事では、腹膜炎の概要から種類、具体的な原因、現れる症状、そして検査・診断から適切な治療法までを詳しく解説します。腹膜透析を受けている方の腹膜炎リスクに関する最新の研究結果や、小腸吻合術の安全性に関する26件の研究分析データも交えながら深掘りします。
この情報を知ることで、腹部に異常を感じた際にどうすれば良いか、適切な次の行動が見えてくるはずです。早期の診断と治療への理解を深め、自身の健康を守る一助としてください。
腹膜炎の概要
腹膜炎は、お腹の臓器を包む「腹膜(ふくまく)」という薄い膜に炎症が起こる病気です。腹膜は、胃や腸などの消化器が体内でスムーズに動けるようサポートし、臓器同士の摩擦を防ぐ重要な役割を担っています。この腹膜が、細菌感染や臓器の損傷など、何らかの原因で炎症を起こすと、強い痛み、発熱、吐き気といったつらい症状が急激に現れます。
腹膜炎は、放置すると敗血症(はいけつしょう)のような重篤な状態へ進行し、命に関わる危険性があるため、早期発見と適切な治療が求められます。特に、緊急の開腹手術で小腸を切除し、再びつなぎ合わせる「小腸吻合術(しょうちょうふんごうじゅつ)」を行う場合、縫い合わせた部分から内容物が漏れる「吻合部漏出(ふんごうぶろうしゅつ)」という重い合併症のリスクが懸念されることがあります。
これまで、腹膜炎がこの吻合部漏出の明確なリスク因子であるかについては、見解が分かれていました。しかし、26件の研究(2807人の患者)を分析したシステマティックレビューでは、腹膜炎を伴う急性期の開腹手術であっても、一次的な小腸吻合術を行うことを否定する十分なエビデンスは得られなかったと報告されています※。この結果は、腹膜炎があるからといって、必ずしも小腸の再結合を避けるべきではないという考え方を示すものです。ただし、このレビューに含まれる研究のほとんどが過去の症例を振り返る「後ろ向き研究」であり、エビデンスの質はまだ高いとは言えません。そのため、腹膜炎の状況下での小腸吻合術の安全性については、今後のさらなる研究が待たれるところです。
どのような場合であっても、腹膜炎は放置すると非常に危険な状態に陥る可能性があります。お腹に異常を感じたら、決して自己判断せず、すぐに医療機関を受診してください。
腹膜炎の種類
腹膜炎は、原因や炎症の広がり方によって、いくつかの種類に分けられます。ご自身の病状がどのタイプにあたるのかを知ることは、適切な治療方針を理解する上で役立ちます。
主に、腹膜炎は発生する原因によって、次の2つに分類できます。
一次性腹膜炎(自発性腹膜炎)
一次性腹膜炎は、お腹の中の臓器(消化管など)に穴が空いていないにもかかわらず、腹膜に炎症が起こるものです。例えば、肝硬変などの病気が原因で腹水が溜まり、その腹水に細菌が感染することで発症する場合があります。
二次性腹膜炎
二次性腹膜炎は、お腹の中の臓器に異常が起きた結果、腹膜に炎症が広がるタイプです。消化管(胃や腸など)に穴が空いたり(穿孔)、虫垂炎が破裂したりすることが主な原因となります。このほか、外傷や手術の合併症が原因となるケースもあります。
二次性腹膜炎の原因として多いのが虫垂炎や消化管の穿孔です。急性虫垂炎が疑われる場合、以前は一刻も早い手術が必要と考えられていました。しかし、フィンランドとノルウェーで行われた「PERFECT試験」と呼ばれる研究では、単純性急性虫垂炎と診断された患者さんにおいて、手術までの待機時間を24時間以内と設定した場合でも、8時間以内の待機と比較して虫垂が破れてしまう(穿孔)リスクが増加しないことが示されています※。この結果は、手術室の状況や患者さんの状態に応じて、手術のタイミングを調整する運用が可能である可能性を示唆しています。
また、二次性腹膜炎の治療では、原因となっている病変を手術で修復することが一般的です。特に小腸に問題があり、一部を切除して再びつなぎ合わせる「小腸吻合術(しょうちょうふんごうじゅつ)」を行う場合、縫い合わせた部分から内容物が漏れる「吻合部漏出(ふんごうぶろうしゅつ)」という合併症が懸念されることがあります。
これまで、腹膜炎を伴う手術で小腸吻合術を行うことが、吻合部漏出の明確なリスク因子であるかについては、意見が分かれていました。しかし、26件の研究(合計2807人の患者)を分析した「システマティックレビュー」(複数の研究を統合・分析して結論を導き出す手法)では、腹膜炎がある状態の急性期の開腹手術であっても、一次的な小腸吻合術を行うことを否定する十分なエビデンスは得られなかったと報告されています※。ただし、このレビューに含まれる研究のほとんどが、過去の症例をさかのぼって分析する「後ろ向き研究」であり、エビデンスの質はまだ高いとはいえないため、今後のさらなる研究が待たれるところです。
さらに、腹膜炎は炎症の広がり方によっても分類されます。
限局性腹膜炎
限局性腹膜炎は、炎症が腹膜の一部にとどまっている状態を指します。初期の虫垂炎による腹膜炎などがこれにあたります。炎症が限られているため、全身への影響は比較的小さい傾向にあるといえます。
汎発性腹膜炎
汎発性腹膜炎は、炎症が腹腔全体に広がっている状態です。広範囲に炎症が及ぶため、より重篤な症状を伴いやすく、全身に影響が及び、命に関わる危険性も高まります。二次性腹膜炎が進行し、この汎発性腹膜炎に移行すると、重症化する可能性が高まります。
このように、腹膜炎と一口に言っても、その種類によって原因、症状、そして治療へのアプローチが異なります。ご自身の病状や治療について不安な点があれば、担当の医師に確認するようにしましょう。
腹膜炎の原因
腹膜炎は、主に次の5つの原因によって引き起こされます。多くの場合、お腹の中の臓器に異常が生じ、炎症が腹膜に波及することで発症します。
・消化管の穿孔(せんこう): 胃や腸などの消化管に穴があく状態です。例えば、胃潰瘍や十二指腸潰瘍が進行して壁に穴があいたり、炎症を起こした虫垂が破裂したりすると、消化液や細菌が腹腔内にもれ出し、腹膜に炎症が広がります。
・急性虫垂炎(いわゆる盲腸炎)の場合、「すぐに手術しないと虫垂が破れてしまうのではないか」と心配になる方もいるかもしれません。しかし、単純性急性虫垂炎と診断されたケースでは、手術までの待機時間を24時間以内としても、8時間以内と比較して虫垂が破れる(穿孔)リスクが増えないことが示されています※。このことは、手術室の状況や患者さんの状態に合わせて、ある程度の猶予を持って手術のタイミングを調整できる可能性を示唆するものです。
・臓器の炎症が波及: 胆のう炎や膵炎、卵管炎など、腹腔内の他の臓器で発生した炎症が周囲の腹膜にまで広がり、腹膜炎を引き起こすことがあります。
・外傷や手術による影響: 交通事故などで腹部臓器が損傷した場合や、手術中に細菌が入り込んだり、手術後の縫合不全(縫い合わせた部分がうまくつながらないこと)によって消化液などがもれ出したりすることで、腹膜炎が起こる可能性があります。
・腹膜透析の合併症: 慢性腎臓病の治療法の一つである腹膜透析では、カテーテルを使って透析液を腹腔に入れるため、細菌感染が起きやすい傾向にあります。これにより腹膜炎を発症することがあります。
・腹膜透析には、少ない透析液量で徐々に透析を進める「漸増(ぜんぞう)腹膜透析」と、通常の液量を用いる「全量腹膜透析」があります。どちらの透析方法を選ぶかは患者さんの状態によって異なりますが、残された腎機能(残余腎機能)の低下速度においては、漸増腹膜透析と全量腹膜透析で大きな差がないという研究結果も報告されています※。
・その他のまれな原因: 結核菌による感染症や、特定の薬剤の副作用などが原因で腹膜炎が引き起こされるケースもあります。
このように、腹膜炎の原因は多岐にわたります。腹部に異常を感じた際は、自己判断せずに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。
腹膜炎の症状
腹膜炎の症状は、その原因や炎症の範囲によって多様ですが、腹部全体の炎症によって引き起こされる特徴的な腹部の痛みが現れることが一般的です。腹膜に炎症が起きると、体全体に影響が及び、さまざまな症状を引き起こします。
腹膜炎が疑われる際に注意すべき主な症状は、次のとおりです。
・激しいお腹の痛み: 腹膜炎で最も特徴的な症状です。炎症の初期には漠然としたお腹の違和感から始まり、時間の経過とともに痛む場所がはっきりとしてきます。これは、炎症が腹膜の広い範囲に広がり、神経が強く刺激されるためと考えられています。咳をしたり、体を動かしたりするだけでも痛みが強まる傾向があります。
・お腹が硬くなる(筋性防御): 痛みが強くなると、お腹の筋肉が反射的に強く収縮し、板のように硬く触れることがあります。これは、炎症を起こした内臓を保護しようとする体の防御反応です。
・お腹を押したときの痛みと、離したときの痛み(反跳痛): 医師がお腹を押さえた時に痛みを感じるだけでなく、押さえていた手を離した瞬間に、より強い痛みを感じる場合があります。この「反跳痛(はんちょうつう)」は、炎症を起こした腹膜が急激に引き伸ばされることで生じ、腹膜炎の重要なサインとされています。
・発熱や悪寒: 体内で炎症が起きると、免疫反応として発熱を伴うことがよくあります。高熱になると、悪寒(さむけ)を感じることもあります。
・吐き気や嘔吐: 腹膜の炎症が広がることで、消化管の動きが悪くなり(イレウス)、吐き気や嘔吐が起こりやすくなります。消化管の内容物がうまく流れなくなるため、お腹の張りを感じることもあります。
・食欲不振: 全身の炎症反応や吐き気から、食欲がなくなることも少なくありません。
特に、急性虫垂炎が進行し、虫垂に穴が開く(穿孔)ことで腹膜炎が発症するケースがあります。虫垂の穿孔は腹腔内に感染が広がる原因となり、より重篤な「汎発性腹膜炎」へ移行する危険性があるため、速やかな対応が必要です。ただし、単純な急性虫垂炎の場合、診断から手術までの待機時間が24時間以内であれば、8時間以内の待機と比べて虫垂穿孔のリスクが増加しないことが研究で示されています※。この結果は、必ずしも一刻を争う手術ではないケースもあることを示唆するものですが、腹膜炎を併発している場合はこの限りではなく、注意が必要です。
また、慢性腎臓病の治療として腹膜透析を受けている方は、透析液を腹腔内に注入するため、細菌感染による腹膜炎(腹膜透析関連腹膜炎)のリスクがあります。この場合の腹膜炎のサインは、透析液が濁る、お腹の痛み、発熱などが挙げられます。特に肝硬変を合併している患者さんでは、非肝硬変患者と比べて腹膜炎を発症するリスクがわずかに高いことが報告されています※。これは、肝硬変による免疫機能の低下が関与している可能性も考えられます。しかし、同じ研究では、肝硬変の有無に関わらず腹膜透析を受ける患者さんの死亡率に大きな差がないことも示されており、肝硬変があっても腹膜透析が有効な治療選択肢となり得ることを示唆しています※。いずれにしても、透析液に異変を感じたり、体調に変化があったりする場合は、腹膜炎のサインかもしれませんので、速やかに医療機関に連絡することが大切です。
腹膜炎の症状は急激に悪化する可能性があるため、上記のような心当たりのある症状が現れた場合は、決して自己判断せず、すぐに医療機関を受診してください。早期の診断と適切な治療が、症状の改善と重い合併症の予防につながります。
腹膜炎の検査・診断
腹膜炎の検査と診断は、症状や病歴、身体診察、そして各種検査を総合して行います。重症化するリスクの高い腹膜炎では、早期かつ正確な診断が、治療の成否を分ける重要な鍵となります。
具体的には、次の段階で診断を進めます。
・問診と身体診察
最初に、医師が患者さんの症状や病歴を詳しく聞く問診と、お腹の状態を直接確認する身体診察を行います。具体的には、痛みの始まりや性質、強さ、発熱の有無などを尋ねます。次に、お腹を触って圧痛(押すと感じる痛み)や、お腹の筋肉が板のように硬くなる「筋性防御」がないかを確認します。これらの身体所見は、腹膜炎の可能性を探る重要な手がかりです。
・血液検査
次に、血液検査で体内の炎症反応の程度を評価します。白血球の増加や、CRP(C反応性タンパク)という炎症を示す数値の上昇がないかを確認し、炎症の有無やその重さを把握します。これらの数値は、腹膜炎が進行しているかどうかを示す客観的な指標となります。
・画像検査
お腹の内部の状態を詳しく確認するために画像検査も用います。主に、腹部超音波検査やCT検査が用いられます。これらの検査によって、腹水が溜まっているか、炎症がどこまで広がっているか、そして腹膜炎の原因となっている可能性のある臓器の異常(例えば、消化管の穿孔や炎症)がないかなどを特定できます。
・腹水検査
もし腹水が溜まっている場合、その原因を詳しく調べるために腹水検査を行うことがあります。これは、細い針でお腹から腹水を少量採取し、その成分を分析したり、腹膜炎の原因菌を特定するための培養検査を行ったりするものです。この検査で細菌の種類がわかれば、最も効果的な抗菌薬(抗生物質)を選ぶことができ、より的確な治療につなげられます。
腹膜炎の原因は多様ですが、中には腹膜透析を受けている方に特有のケースもあります。腹膜透析では、お腹に留置されたカテーテルから透析液を注入するため、カテーテル関連の細菌感染によって腹膜炎が起こるリスクが考えられます。
腹膜透析に用いるカテーテルのデザイン(ストレートテールとカールテール)は、カテーテルが体内で動いたり、合併症でカテーテルを抜去する必要が生じたりするリスクに影響を与えることがわかっています。しかし、最新の研究で、このカテーテルのデザインの違いが、腹膜炎そのものの発生率、あるいはカテーテルからの漏れ、出口部感染、トンネル感染といった他の合併症の発生率には統計的に有意な差がないことが示されました。
とはいえ、カテーテル自体が感染源となる可能性は常にあります。腹膜透析を行っている方は、カテーテル周囲の清潔を保ち、透析液の濁りや、お腹の痛み、発熱などの異常に気づいたら、すぐに医療機関へ相談することが大切です。
腹膜炎の治療
腹膜炎の治療では、炎症の原因を特定し、これを取り除くこと、そして適切な抗菌薬を使うことが柱となります。原因となる病態に応じた薬物療法、手術療法、そして全身の状態を安定させるための支持療法を組み合わせ、早期に適切な治療を開始することが回復を早めるために重要です。
腹膜炎の主な治療方法は、以下のとおりです。
薬物療法
腹膜炎の薬物療法は、原因となる細菌に効果のある抗菌薬を中心に進められます。細菌の種類は、腹水検査などで特定できることがあります。特定された細菌に対し、点滴で直接体内に抗菌薬を投与したり、内服薬で対処したりします。炎症の程度や患者さんの全身状態によっては、複数の抗菌薬を併用することもあります。また、激しい痛みを和らげるための鎮痛剤や、体の免疫力をサポートする薬も使われる場合があります。
手術療法
腹膜炎の原因が、消化管の穿孔(穴が開くこと)や臓器の損傷など、外科的な処置を必要とする場合、緊急手術が選択肢になります。手術では、主に次のような処置が行われます。
・原因部位の修復: 穿孔した部位を縫い合わせたり、損傷した臓器を修復したりします。
・病巣の切除: 壊死してしまった組織や感染源となっている病変を切除します。
・腹腔内の洗浄: 感染が広がったお腹の中(腹腔内)を、生理食塩水などで丁寧に洗浄し、細菌や炎症の原因物質を取り除きます。
・ドレナージ: 術後に腹腔内に膿や体液が溜まるのを防ぐため、ドレーンと呼ばれる管を挿入し、体外へ排出します。
特に、消化管が穿孔して腹膜炎を起こしている場合、小腸の一部を切除し、再びつなぎ合わせる「吻合術(ふんごうじゅつ)」が行われることがあります。腹膜炎の状態での小腸吻合術の安全性については、これまで議論がありました。しかし、26件の研究、合計2807人の患者を分析したシステマティックレビューでは、腹膜炎を伴う緊急開腹術であっても、一度に小腸を縫い合わせる「一次小腸吻合術」を行うことを否定する十分なエビデンスは得られなかったと報告されています※。この結果は、腹膜炎があるからといって、必ずしも小腸の再結合を避けるべきではないという考え方を示すものです。
腹膜透析に関連する腹膜炎の治療と予防
腹膜透析を受けている患者さんが腹膜炎を発症した場合、カテーテルを介した抗菌薬投与やカテーテル管理が重要です。腹膜透析は、カテーテルを通じて透析液を腹腔内に注入するため、カテーテル関連の細菌感染による腹膜炎のリスクが考えられます。
このような腹膜炎の治療では、多くの場合、カテーテルを介して直接腹腔内に抗菌薬を注入します。また、カテーテル関連の合併症を防ぐためには、カテーテルの設計も重要です。例えば、ストレートテール型のカテーテルは、カールテール型のカテーテルと比較して、カテーテルが移動するリスクや、合併症のためにカテーテルを抜き取る必要が生じるリスクを減らせる可能性が示されています※。しかし、このカテーテルの設計の違いが、腹膜炎そのものの発生率、あるいはカテーテルからの漏れ、出口部感染、トンネル感染といった他の合併症の発生率に影響を与えるという統計的に有意な差は認められていません。
さらに、肝硬変を合併している末期腎不全の患者さんでは、血液透析(HD)と並んで腹膜透析(PD)も有効な治療選択肢となることがあります。大規模なシステマティックレビューとメタアナリシスによると、肝硬変がある場合でも、PD患者の死亡リスクは肝硬変がないPD患者と同等であることが示されています※。ただし、肝硬変があるPD患者では、非肝硬変患者と比較して腹膜炎を発症するリスクがわずかに高まる可能性があるため、より慎重な管理が求められるでしょう※。
腹膜炎の治療は、原因や重症度、患者さんの全身状態によって大きく異なります。主治医とよく相談し、ご自身の病状に合わせた最適な治療法を選ぶことが大切です。










