腹膜がん
お腹の張りや痛み、食欲不振が続いているものの、「歳のせいかな」「ストレスかな」と、つい見過ごしていませんか? 腹膜がんは、胃や腸を包む膜に発生するがんで、初期症状がほとんどなく、発見が遅れることも少なくありません。
進行してから見つかるケースが多く、治療は手術や抗がん剤が中心となりますが、近年は分子標的薬の併用で無増悪生存期間が約2倍延長される可能性(化学療法単独12.3カ月に対し22.6カ月)や、体への負担が少ない新たな免疫療法の研究も進められています。この記事では、腹膜がんの概要から種類、症状、最新の治療法までを詳しく解説します。
ご自身の症状や状況と照らし合わせながら読み進めることで、早期発見や適切な治療選択に向けた一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。
腹膜がんの概要
腹膜がんは、胃や腸、肝臓といったお腹の臓器を包み込んでいる「腹膜」に発生するがんです。初期の段階では自覚症状がほとんど現れないため、発見が遅れてしまうケースも少なくありません。
そのため、病状が進行してから見つかることも多く、治療は手術や抗がん剤が中心となりますが、新たな治療法の研究も活発に進められています。たとえば、再発した卵巣がんや原発性腹膜がんの患者さんに対する治療として、免疫細胞を活性化させるMVA-5T4ワクチンという免疫療法が研究されています。このワクチンは体への負担が少ないとされ、次の治療が必要になるまでの期間(臨床介入までの期間)を遅らせる可能性が報告されています※。
また、進行した原発性腹膜がんの最初の治療(一次治療)では、抗がん剤治療に「ベバシズマブ」という分子標的薬を組み合わせる方法が有効であることが報告されています。この併用療法により、病気の進行を抑える期間(無増悪生存期間)が、抗がん剤単独の場合と比較して有意に長くなることが示されており、治療選択肢の一つとして期待されています※。
腹膜がんの種類
腹膜がんは、がんの発生源によって「原発性腹膜がん」と「続発性腹膜がん」の大きく2つに分けられます。この区別は、治療方針を立てる上で非常に重要となります。
原発性腹膜がん
原発性腹膜がんは、腹膜そのものから発生するがんです。細胞の性質や遺伝子レベルでの特徴が卵巣がんと酷似していることが知られています。そのため、病理検査の結果も卵巣がんと判別が難しい場合が多く、治療の進め方も卵巣がんの診療ガイドラインに準じて行われることが一般的です。
進行した原発性腹膜がんの一次治療に関する国際的な臨床試験では、化学療法に分子標的薬である「ベバシズマブ」を併用することで、病気の進行を抑える期間(無増悪生存期間: PFS)が有意に延長される可能性が示されました。具体的には、ベバシズマブを併用した場合のPFS中央値は22.6カ月であったのに対し、化学療法単独では12.3カ月と、倍近い期間がんの進行を遅らせることが期待できるという結果です※。この併用療法は、進行した原発性腹膜がんの有効な治療選択肢の一つとして確立されつつあります。
続発性腹膜がん
続発性腹膜がんは、体の他の臓器、例えば胃がん、大腸がん、膵臓がん、胆道がん、卵巣がんといったがんが進行し、腹膜に転移することで発生します。この場合、腹膜がんの治療は、転移してきた元のがんの種類(これを原発巣と呼びます)によって大きく異なります。それぞれの原発巣に応じた専門的な治療が選択され、治療方針や薬剤も、もともとのがんの種類に合わせて決定されます。
また、再発した卵巣がんや原発性腹膜がんの患者さんに対する新たな治療法の研究も進められています。例えば、MVA-5T4というワクチンを用いた免疫療法は、直接的にがんの進行を抑制する効果(25週時点の進行率の改善)は明確ではありませんでした。しかし、このワクチンを投与された患者さんでは、次の治療が必要になるまでの期間(臨床介入までの期間)が、投与しなかった場合と比較して延長される可能性が示唆されています。この治療法は体への負担が少ないという特徴も報告されており、今後の研究が期待される分野です※。
このように、腹膜がんの種類によって、その性質や最適な治療法、そして治療の見通しは大きく変わります。ご自身の腹膜がんがどちらのタイプに当てはまるのかを正確に把握することが、適切な治療を選択するための第一歩となります。
腹膜がんの原因
腹膜がんが発生する背景には、大きく分けて二つの原因が考えられます。一つは腹膜自体からがんが発生するケース、もう一つは体の他の臓器から転移するケースです。
多く見られるのは「二次性腹膜がん」、あるいは「転移性腹膜がん」と呼ばれるタイプです。これは、胃がん、大腸がん、卵巣がんといった体の他の臓器で発生したがんが進行し、がん細胞が腹膜に散らばって付着・増殖することで生じます。もともとの臓器のがんが進行した結果、腹膜にも病変が広がった状態といえます。
一方、腹膜の表面を覆う細胞から直接発生するのが「原発性腹膜がん」です。このタイプは、卵巣がんや卵管がんと同じ細胞学的特徴を持つことが多く、病理検査でも区別がつきにくい場合があるほど、密接な関連性があります。
そのため、治療の進め方も卵巣がんの診療ガイドラインに準じることが一般的です。実際、進行した原発性腹膜がんの治療法を評価する臨床試験では、卵巣がんや卵管がんの患者さんと共に治療効果が検証されることも多くあります。例えば、新規診断されたステージIII/IV期の上皮性卵巣がん、卵管がん、または原発性腹膜がんの患者さんを対象としたある臨床試験では、化学療法に分子標的薬であるベバシズマブを併用することで、病気の進行を抑える期間(無増悪生存期間)が、化学療法単独と比較して有意に延長する可能性が示されています※。具体的には、ベバシズマブ併用群では無増悪生存期間の中央値が22.6カ月であったのに対し、化学療法単独群では12.3カ月でした。この結果は、進行した原発性腹膜がんの治療選択肢として、ベバシズマブの併用が有効であることを示唆しています※。
原発性腹膜がんが発生する具体的なメカニズムはまだすべてが解明されていませんが、遺伝的な要因や、腹膜の慢性的な炎症などが関与している可能性が考えられています。
腹膜がんの症状
腹膜がんの症状は、病気の進行度合いによって大きく異なります。特に初期段階では自覚症状が乏しいため、気づかないうちに進行してしまうケースも少なくありません。しかし、病状が進むと特徴的な症状が現れるようになります。
お腹に現れる症状は、以下のとおりです。
・お腹が張る、膨らむ
・腹水がたまる:腹膜がんが進行すると、お腹の中に水がたまることがあります。これによりウエストが大きくなったり、体重が増えたりすることもあるでしょう。たまった腹水が周囲の臓器を圧迫するため、お腹の膨満感や苦しさ、息苦しさを感じるようになります。
・食欲不振、吐き気、お腹の痛み
・便秘や下痢、腸閉塞のような症状:がんの広がりにより、腸の動きが妨げられることで生じます。
全身に現れる症状としては、次のものが挙げられます。
・全身の倦怠感、疲れやすさ
・体重減少
・貧血
特に、卵巣がんや腹膜がんの患者さんでは、一次化学療法中やその後にかけて、筋力が落ちたり、必要な栄養が不足したりすることが頻繁に認められています。これはフレイル(虚弱)や生活の質の低下、そしてがんによる疲労に繋がりやすい状態です。これらの症状は、適切な対策を講じなければ、さらに悪化し、治療の継続そのものにも影響を与えかねません※。
このような状況を改善するため、海外では、運動療法や栄養管理を組み合わせたアプリベースの支援プログラム開発など、多角的なアプローチによる研究も進められています※。これは、身体機能の維持だけでなく、患者さんの全体的な生活の質を高めることを目指すものです。
上記のような症状は、腹膜がんだけでなく他の病気でも見られることがあります。そのため、気になる症状が続く場合は、自己判断せずに、早めに医療機関を受診し医師に相談することが重要です。
腹膜がんの検査・診断
腹膜がんは、初期段階では特徴的な症状が乏しく、診断が難しいがんです。そのため、疑いがある場合には複数の検査を組み合わせ、総合的な視点から診断を進めることが重要になります。
診断の流れと主な検査
腹膜がんの診断は、まず医師による問診と身体診察から始まります。患者さんの症状やこれまでの病歴、生活習慣などを詳しく確認し、その情報をもとに、次のような検査を進めていくのが一般的です。
1. 画像検査
CT、MRI、PET-CTなどの画像診断は、がんの広がりや転移の有無、腹水の量などを確認するために不可欠です。これらの検査では、がんが発生している場所や大きさ、周辺の臓器への影響などを視覚的に捉え、治療方針を検討するための大切な情報が得られます。
2. 血液検査
血液検査では、腫瘍マーカー(特にCA125など)の数値や貧血の有無、炎症の程度などを調べます。腫瘍マーカーは、がんの存在を示唆したり、治療効果の判定を補助したりする役割があります。ただし、腫瘍マーカーの数値が高くても必ずしもがんとは限らず、また正常値であってもがんが存在する可能性もあるため、これだけで確定診断には至らない点に注意が必要です。胃がんや大腸がんからの転移が疑われる場合には、CA19-9などの他の腫瘍マーカーも測定することがあります。
3. 腹水検査(細胞診)
腹膜がんが進行すると、お腹の中に腹水がたまることがあります。腹水が貯留している場合には、採取した腹水にがん細胞が含まれているかどうかを顕微鏡で詳しく調べます。この検査でがん細胞が確認されれば、腹膜がんの診断に大きく近づきます。
4. 病理組織検査(生検)
腹膜がんの確定診断には、がん組織の一部を採取して詳しく調べる病理検査が必須です。組織の採取は、腹腔鏡検査や開腹手術の際に直接行われることが多くあります。採取したがん組織は、病理医によってがんの種類や悪性度などが特定され、最終的な診断が下されることになります。
減量手術における最新の取り組み
腹膜がんの治療では、進行している場合、がんを取り除く減量手術が選択されることがあります。この手術で腸管を切除し、再度つなぎ合わせる「吻合(ふんごう)術」が行われる際には、術後の合併症を防ぐために、吻合部の血流状態を詳細に評価することが非常に重要です。
腸の吻合部における合併症、特に「吻合部漏出」は、手術後に感染症を引き起こしたり、回復を遅らせたりする重大なリスクとなります。このリスクを軽減するため、近年では「近赤外線血管造影(NIR)」という新しい技術を用いた研究が進められています。
NIRは、蛍光色素であるインドシアニングリーンを体内に注入し、近赤外線カメラを使って血流をリアルタイムで可視化する技術です。これにより、肉眼では判断が難しい吻合部の血流状態を詳細に把握できるようになります。
現在、卵巣がん、卵管がん、または原発性腹膜がんの減量手術で直腸S状結腸切除を伴う患者さんを対象に、NIRの有効性を検証する多施設共同無作為化比較対照試験(ARIA II)が計画されています。この研究では、NIRを使用することで、術後30日以内の骨盤合併症(骨盤膿瘍、吻合部漏出、感染症など)の発生率が減少するかどうかを評価しています※。
NIR技術の導入は、術後の骨盤合併症、特に吻合部漏出のリスクを下げ、患者さんの安全性を高める可能性が期待されています。この研究の結果は2027年第4四半期に発表される予定であり、今後の腹膜がん治療の安全性向上に貢献することが見込まれるでしょう※。
腹膜がんの治療
腹膜がんの治療は、患者さんの病状や進行度、がんの種類(原発性か続発性か)によって、複数の治療法を組み合わせて進められます。治療の主な目的は、がんの進行を抑え、それに伴う症状を和らげ、患者さんができる限り質の高い生活を送れるようにすることです。
治療は大きく分けて、がんを取り除くための「手術」、がん細胞の増殖を抑える「薬物療法」、そして体の免疫力を利用する「免疫療法」があります。また、治療に伴う体の負担を和らげる「支持療法」も重要です。
手術と薬物療法
がんが腹膜全体に広がっている場合でも、まずは可能な限りがん組織を取り除く「減量手術」が検討されます。手術でがんを減らした後には、残ったがん細胞の増殖を抑えるための薬物療法が行われるのが一般的です。
薬物療法では、「抗がん剤」を用いた化学療法が治療の中心となります。さらに、がん細胞に特有の分子を標的とする「分子標的薬」も、治療効果を高めるために併用されることがあります。
特に、進行した原発性腹膜がんの治療では、化学療法に分子標的薬である「ベバシズマブ」を組み合わせる方法が有効であることが複数の研究で示されています。新規に診断されたステージIII/IV期の腹膜がん患者さんを対象とした臨床試験では、ベバシズマブを化学療法と併用した場合、病気の進行を抑える期間(無増悪生存期間: PFS)の中央値が22.6カ月であったのに対し、化学療法単独では12.3カ月でした。これは、ベバシズマブの併用が病気の進行を約2倍近く遅らせる可能性を示唆するものです※。グレード3/4の重い副作用は併用群で多くみられましたが、ベバシズマブでよく知られている副作用の範囲内であり、全体として中国の卵巣がん患者におけるベバシズマブ+CP療法を一次治療として支持する根拠となっています※。
免疫療法
近年、免疫療法も腹膜がんの治療選択肢の一つとして研究が進められています。特に、再発した無症候性の腹膜がん患者さんにおいては、特定のワクチンを用いた免疫療法が注目されています。
「MVA-5T4ワクチン」を用いたフェーズII試験では、このワクチンが25週時点の疾患進行率を直接的に改善する効果は認められませんでした。しかし、MVA-5T4ワクチンを投与された患者さんの多くは、次の治療が必要になるまでの期間(臨床介入までの期間)が、ワクチンを投与しなかった患者さんと比較して延長される可能性が示されています。具体的には、ワクチン投与群で7.6カ月、非投与群で5.6カ月と、2カ月ほどの延長が見られました※。このワクチンは忍容性(体への負担)も良好であったと報告されており※、今後のさらなる研究が期待されています。
支持療法(運動・栄養プログラム)
腹膜がんの治療中は、がんそのものや治療による副作用で、体力が低下したり、栄養状態が悪くなったりすることが珍しくありません。このような筋力低下や栄養失調は、「フレイル(虚弱)」や「健康関連QoL(生活の質)の低下」、さらには「がんによる疲労」につながることがわかっています※。これらの症状は、放っておくと治療の継続を難しくしてしまう可能性もあります。
そこで、患者さんの身体機能を維持し、生活の質を向上させるための「支持療法」も重要視されています。海外では、アプリを活用した運動や栄養プログラムの有効性を検証する研究も進められています。例えば、「BENITA」という運動・栄養プログラムは、卵巣がん、卵管がん、または腹膜がんの患者さんが一次化学療法中およびその後における身体パフォーマンスの改善を目指しています。このプログラムでは、患者さんの身体機能の客観的な指標である「6分間歩行テスト」の変化を主要な評価項目としており、その成功は、患者さんの身体的自立の促進や、ひいては診療ガイドラインへの組み込みを通じて治療成果に大きく貢献することが期待されています※。
ご自身の病状やライフスタイルに合った治療法を見つけるためには、主治医とよく相談し、納得した上で治療を進めることが何よりも大切です。










