肺吸虫症

キャンプで捕まえたサワガニや、ジビエ料理で人気のイノシシ肉。これらの身近な食材をきっかけに、「寄生虫」が体内に侵入し、深刻な病気を引き起こす可能性があることをご存知でしょうか。

その病気の名は「肺吸虫症」。長く続く咳や血の混じった痰が特徴で、その症状が肺結核や肺がんと酷似しているため、診断が非常に難しいことで知られています。

日本では年間数十人ほどの報告ですが、気づかないうちに感染している可能性も否定できません。この記事では、意外なところに潜む肺吸虫症の正体について、その原因から見逃しやすい症状、最新の治療法までを詳しく解説します。

肺吸虫症の概要

肺吸虫症とは、「肺吸虫」という寄生虫が体内に侵入することで起こる病気です。

この寄生虫は、加熱が不十分な淡水産のカニやイノシシの肉などにひそんでいます。

  • 淡水産のカニ サワガニ、モクズガニなど
  • イノシシの肉

主な症状は、長く続く咳や血の混じった痰、胸の痛みなどがあげられます。これらの症状は、肺結核や肺がんといった、他の呼吸器の病気とよく似ています。そのため、一般的な呼吸器の病気と間違われやすく、診断が難しいことがあります。

日本では年間数十人ほどの報告ですが、世界に目を向けると状況は異なります。特に東南アジアではより一般的な感染症で、「顧みられない熱帯病」の一つとされています。適切な薬による治療で改善が期待できるため、気になる症状があればご相談ください。

肺吸虫症の種類

肺吸虫症とひとくちに言っても、原因となる肺吸虫には世界中に多くの種類がいます。人に感染することがわかっているものだけでも、7種類以上が報告されています。

日本で主に感染がみられるのは、以下の2種類です。

  • 宮崎肺吸虫(みやざきはいきゅうちゅう)
  • ウェステルマン肺吸虫(うぇすてるまんはいきゅうちゅう)

この2つの肺吸虫は性質が異なり、体の中での過ごし方も違います。さらに、ウェステルマン肺吸虫には遺伝子のタイプが違う「2倍体」と「3倍体」という仲間がいることが知られています。

種類

主な特徴

宮崎肺吸虫

人の体内では、肺の中を動き回ることが多いとされています。

ウェステルマン肺吸虫

肺の中に袋のような部屋(虫嚢)を作り、その中にとどまることが多いです。

海外に目を向けると、地域によって感染しやすい肺吸虫の種類は異なります。例えば、東南アジアでは「パラゴニムス・ヘテロトレムス」という種類の研究が多く行われています。

肺吸虫症は咳や胸の痛みなど、他の呼吸器の病気と症状が似ているため、診断が難しいことがあります。そのため、血液検査などでより正確に診断するための研究(免疫診断学)が、近年世界中で注目されています。このように、肺吸虫症の研究を前に進めるためには、国をこえた協力がとても重要だと考えられています。

肺吸虫症の原因

肺吸虫症は、「肺吸虫」という寄生虫の幼虫がひそむ食べ物を、加熱が不十分な状態で食べることで感染します。

感染のきっかけとなる食べ物は、主に以下の通りです。

  • 淡水産のカニやザリガニ サワガニやモクズガニ、アメリカザリガニなどが含まれます。
  • イノシシの肉 生食(刺身など)は特に注意が必要です。

これらの食材を調理したまな板や包丁を介して、他の食べ物に幼虫が付着し、それを口にすることでも感染します。

肺吸虫の幼虫は、川にすむ貝類からサワガニなどに移ります。そして、そのカニをイノシシなどが食べることで、イノシシの筋肉にも幼虫がひそむことがあるのです。人がこれらの食材を食べると、幼虫が体内に侵入します。わずか1匹の幼虫(メタセルカリア)でも感染が成立し、病気を引き起こす可能性があります。

世界的に見ると、東南アジアでは「Paragonimus heterotremus」という種類の肺吸虫による感染症が多く報告されています。肺吸虫症は診断が難しいため、近年では血液で調べる「免疫診断学」といった新しい検査法の研究が進んでいます。このような研究を進めるためには、国をこえた協力が非常に重要です。

肺吸虫症の症状

肺吸虫が体内に入っても、すぐに症状が現れるわけではありません。症状は、虫の成長段階や体のどこにいるかによって変化します。

1. 感染初期の症状(幼虫が体内を移動する時期)

幼虫は口から入ると、腸の壁を通り抜けて肺を目指す旅を始めます。この時期には、以下のような症状が出ることがあります。

  • 下痢
  • 腹痛
  • 発熱
  • じんましん

また、寄生虫へのアレルギー反応として「レフラー症候群」という一時的な肺炎のような状態になることも。血液検査をすると、アレルギー反応で増える白血球(好酸球)の数値が高くなります。

2. 肺に症状が現れる時期(成虫が肺に寄生する時期)

幼虫が肺にたどり着き成虫になると、呼吸に関する症状が出始めます。これらの症状は肺結核や肺がんと似ているため、注意が必要です。

  • 長く続く咳
  • 血が混じった痰(血痰)
  • 胸の痛み
  • 息切れや呼吸困難
  • ゼーゼーという呼吸音(喘鳴)

特にウェステルマン肺吸虫の場合、魚の腸のような特徴的な血痰が出ることがあります。また、肺に穴が開く「自然気胸」や、胸に水がたまる「胸水貯留」を起こすこともあります。

3. 肺以外の場所に症状が現れる場合

ごくまれに、肺吸虫が脳などの肺以外の場所に迷い込むことがあります。これを「異所寄生」と呼び、寄生した場所によって様々な症状を引き起こします。

  • 脳に寄生した場合(脳肺吸虫症)
  • 頭痛、吐き気、けいれん、手足のまひなど、脳腫瘍に似た重い症状が出ることがあります。

感染しても症状が軽い、あるいは全く出ないことも珍しくありません。そのため、気づかないうちに感染している可能性も考えられます。

肺吸虫症の検査・診断

肺吸虫症は、咳や血痰など他の呼吸器の病気と症状がよく似ています。 そのため、診断を確定するにはいくつかの検査を組み合わせることが重要です。 サワガニやイノシシの肉を食べた経験などの問診も、診断の大きな助けになります。

主な検査には、以下のものがあります。

  • 寄生虫検査(虫の卵を探す検査) たんや便を顕微鏡で詳しく調べて、肺吸虫の卵がいないかを探します。 卵が見つかれば、肺吸虫症であることの確実な証拠になります。 しかし、いつも卵が見つかるわけではないため、他の検査も必要です。
  • 血液検査(体の反応を調べる検査) 人の体は、寄生虫のような異物が入ると「抗体」という物質を作ります。 この抗体があるかどうかを血液で調べることで、感染の可能性を探ります。 近年、このような体の免疫反応を利用した診断方法(免疫診断学)が注目されています。
  • 画像検査(体の中を写真で見る検査) 胸のレントゲン検査やCT検査で、肺に影ができていないかなどを確認します。 もし脳への寄生が疑われる場合は、MRIという検査でより詳しく調べます。 体を傷つけることなく、中の様子を知ることができる大切な検査です。

これらの検査結果と、症状や食生活の情報を総合的にみて診断します。 問診、血液検査、画像検査を組み合わせることが、正確な診断には不可欠です。 適切な治療をできるだけ早く始めることで、回復が大きく期待できます。

肺吸虫症の治療

肺吸虫症の治療は、体の中にいる寄生虫を退治する「薬物療法」が基本です。 しかし、寄生している場所や症状によっては、手術が必要になることもあります。

治療の中心となるのは、「プラジカンテル」という寄生虫を駆除するためのお薬です。 このお薬を飲むことで、体の中にいる肺吸虫をマヒさせたり、死滅させたりする効果が期待できます。

とくに脳に寄生している場合は、薬で虫を退治する際に体が強く反応し、炎症が起こることがあります。 その炎症を抑えるために、「コルチコステロイド(ステロイド薬)」を一緒に使うことがあります。 このように、メインの治療を助け、体の負担を軽くする治療を「支持療法」と呼びます。

お薬での治療が難しい場合や、次のような症状がある場合には手術を検討します。

  • 虫を直接取り出す手術
  • 皮膚の下にしこりができたり、脳に袋のようなものができたりした場合、手術で取り除くことがあります。
  • 合併症への対応
  • 肺に穴が開いて空気がもれる「気胸」になった場合、胸に管を入れて空気を抜く処置などを行います。
  • 脳の治療
  • 脳への寄生によって重い症状が出ている場合は、手術が必要になることもあります。

治療法は、患者さん一人ひとりの状態に合わせて慎重に判断されます。