慢性腹膜炎

原因不明のお腹の痛みや張りが続き、不安を感じていませんか。慢性腹膜炎はお腹の臓器をおおう膜に長く炎症が続く病気で、感染症だけでなく腹膜透析や肝硬変など、さまざまな要因が複雑に関わって発症します。

この記事では、慢性腹膜炎の主な種類や原因、症状について詳しく解説します。また、診断に使われる検査から、抗生物質による薬物療法や外科的処置といった治療の全体像も紹介します。

ご自身の状態を正しく理解し、どのような治療の選択肢があるのかを把握できます。今後の治療方針を医師と相談する上で、この記事が確かな知識の土台となります。

慢性腹膜炎の概要

お腹の中の臓器をおおっている「腹膜」という薄い膜に、長期間にわたって炎症がくり返し起こる病気が慢性腹膜炎です。

この腹膜は、お腹の壁の内側をおおい、胃や腸といった臓器を包み込むように存在しています。腹膜で炎症が続くと、滲出液(しんしゅつえき)と呼ばれる液体がしみ出し、お腹に水がたまる「腹水」という状態になることがあります。

炎症が腹膜の一部に限られる場合は「局所性腹膜炎」、お腹全体に広がってしまう場合は「弥漫性(びまんせい)腹膜炎」と呼ばれます。

主な原因は結核菌などの感染症ですが、それだけではありません。特に、ご自宅で透析を行う「腹膜透析」を受けている方の場合、栄養不良や、体内でごくわずかな炎症が長く続く「慢性微小炎症」といった状態が、腹膜そのものを硬くしてしまう「腹膜線維化」のリスクを高めることがわかっています※。

このように、慢性腹膜炎は単純な感染症にとどまらず、患者さんの全身状態が複雑に関わって発症する病気といえます。

慢性腹膜炎の種類

慢性腹膜炎は、何が原因で起きるかによって、主に以下の4つのタイプに分けられます。

・自発性細菌性腹膜炎

主に肝硬変などで腹水がたまっている方に起こるタイプです。肝硬変になると、腸の動きやバリア機能が弱まり、本来は腸内にとどまっているはずの細菌が、腹水の中に漏れ出して感染を引き起こすと考えられています。

・結核性腹膜炎

肺の結核だけでなく、お腹の中のリンパ節などに潜んでいた結核菌が、腹膜に広がって発症するケースです。結核菌による炎症はゆっくりと進行するため、症状がはっきりと出にくいことも特徴といえます。

・腹膜透析関連腹膜炎

ご自宅などで行う腹膜透析(PD)を受けている方に起こる腹膜炎です。透析液を交換する際に使用するカテーテル(管)の出口から、皮膚の常在菌などが侵入し、感染を引き起こします。特に、ループス腎炎などで免疫抑制療法を受けている方は、感染への抵抗力が弱まるため腹膜炎のリスクが高まります。腹膜透析は心臓への負担が少ないなどの利点もありますが、患者さん一人ひとりの感染リスクや心臓の状態、残っている腎臓の機能などを総合的に評価し、血液透析(HD)と比較しながら最適な治療法を選択することが重要です※。

・胎便性腹膜炎

生まれる前の赤ちゃんや、生まれた直後の新生児にみられる特殊な腹膜炎です。お腹の中にいる間に何らかの原因で腸に穴が開き、そこから胎便(たいべん:お母さんのお腹の中にいるときの赤ちゃんの便)が漏れ出すことで起こります。この場合、細菌感染だけでなく、胎便そのものが腹膜への強い化学的刺激となり、炎症を引き起こします。

慢性腹膜炎の原因

慢性腹膜炎は、単一の原因で起こるわけではなく、お腹の中の臓器のトラブル、細菌感染、あるいは他の病気の治療などが複雑に絡み合って発症します。

原因は多岐にわたりますが、主に以下のケースが考えられます。

1. お腹の臓器の病気から波及するケース

胃や腸といった臓器の病気が、腹膜の炎症に発展することがあります。

・消化管の穴(穿孔:せんこう)

胃潰瘍や十二指腸潰瘍、虫垂炎(盲腸)、憩室炎などが悪化して消化管の壁に穴が開くと、内容物が腹腔内へ漏れ出します。このとき、強力な消化液による化学的な刺激と、大腸菌などの細菌による感染が同時に起こり、激しい炎症を引き起こします。

・肝硬変

肝機能が低下すると、お腹に水がたまる「腹水」という状態になりがちです。これに加えて、腸のバリア機能も弱まるため、本来は腸内にとどまるはずの細菌が腹水の中へ侵入し、そこで増殖することで腹膜炎(自発性細菌性腹膜炎)を発症することがあります。

2. 感染症が直接の原因となるケース

他の臓器の病気がなくても、特定の病原体が腹膜に感染することがあります。

・結核性腹膜炎

肺やリンパ節などに潜んでいた結核菌が、体の免疫力が低下したタイミングなどで活動を再開し、腹膜に広がって炎症を起こすタイプです。炎症はゆっくりと進行するため、症状がはっきりと出にくいことも少なくありません。

3. 特定の病気や治療が関連するケース

他の病気の治療などが、意図せず腹膜炎の引き金になることがあります。

・腹膜透析(PD)

ご自宅で行う腹膜透析では、透析液を交換するカテーテルの出口から皮膚の細菌が侵入し、感染性の腹膜炎を起こすことが最も一般的です。

しかし、リスクは感染だけではありません。高齢であることや栄養不良、体内でごくわずかな炎症が長く続く「慢性微小炎症」、腸内細菌叢の乱れといった、感染以外の要因も腹膜の状態に影響し、腹膜炎のリスクを高めることがわかっています※。

・免疫抑制療法

ループス腎炎などの自己免疫疾患の治療では、体の過剰な免疫反応を抑えるために免疫抑制剤を使います。この治療は病気の活動性を抑えるのに不可欠ですが、同時に体全体の抵抗力(免疫力)を低下させるため、腹膜炎をはじめとするさまざまな感染症にかかりやすくなる可能性があります※。

・その他の原因

このほか、分娩や流産後の感染、卵巣の病気といった婦人科系のトラブルや、お腹の手術・けががきっかけで腹腔内に細菌が入り込み、炎症につながることもあります。

慢性腹膜炎の症状

慢性腹膜炎の症状は、原因によって現れ方が異なりますが、基本的にはお腹の痛みや張り、原因不明の発熱といったサインがみられます。結核性腹膜炎のように炎症がゆっくり進むタイプでは、はっきりとした症状が出にくいため注意が必要です。

具体的には、以下のようなお腹の不調や全身症状がみられます。

お腹にあらわれる症状

・お腹の特定の場所、あるいは全体に続く鈍い痛み

・お腹がパンパンに張る感じ(腹部膨満感)

・お腹を押したときの痛み(圧痛)

・押した手を急に離したときに響くような強い痛み(反跳痛)

全身にあらわれる症状

・微熱が続く、あるいは悪寒をともなう高熱

・吐き気や嘔吐

・食欲不振

腹膜透析を受けている方の場合、お腹から出した透析液の濁りは細菌感染を示す重要なサインです。特に、ループス腎炎などで免疫抑制療法を受けている方は感染への抵抗力が弱く、腹膜炎のリスクが高まるため、いつもと違う症状には細心の注意を払う必要があります※。

また、お腹の張りは単なる炎症のサインとは限りません。体液が過剰にたまったり、それによって腹圧が上がったりすることも原因となりえ、こうした状態が腹膜そのものに悪影響を及ぼす可能性も指摘されています※。

もし症状が進行し、意識がもうろうとする、呼吸が苦しくなる、血圧が急に下がるなどの変化が見られた場合、命に関わる危険な状態(敗血症性ショックなど)に陥る可能性があります。「いつもと違う」と感じたら、決して自己判断で様子を見たりせず、ただちに医療機関を受診してください。

慢性腹膜炎の検査・診断

慢性腹膜炎の診断では、症状の裏に隠された原因を正確に突き止め、一人ひとりに合った治療法を選ぶために、問診や身体診察に加えて複数の検査を組み合わせて慎重に進めます。

具体的な検査の内容は、以下のとおりです。

・身体診察

まず、医師がお腹に直接触れて、痛む場所やその強さ、お腹の筋肉の緊張具合などを丁寧に確認します。特に、お腹を押した手を急に離したときに響くような鋭い痛み(反跳痛)は、炎症が腹膜全体に広がっていることを示す重要なサインとなります。

・血液検査

体の中でどの程度の炎症が起きているかを、客観的な数値で評価するために行われます。主に、体内に細菌などが侵入すると増加する「白血球数」や、炎症の強さを反映する「CRP」という項目の値を測定します。

・画像診断

お腹の中の状態を詳しく可視化するために、腹部CT検査が極めて有効です。この検査によって、腹水の量や広がり、膿のたまり(膿瘍)の有無などを確認できます。さらに、胃や腸に穴が開いている(穿孔)といった、炎症を引き起こしている根本的な原因の特定にもつながります。

・腹水検査

診断を確定させる目的で、お腹に細い針を刺して腹水を少量だけ採取し、その成分を詳細に分析します。腹水の中に細菌がいるかどうか、いる場合はどの種類の細菌かを特定するための培養検査は、適切な抗生物質を選ぶ上で欠かせません。

これらの確立された検査法に加え、将来的にはより体に負担の少ない新しい診断アプローチも期待されています。

その一つが、腹水などに含まれる「細胞外小胞(EV)」という、細胞から放出される微小なカプセルのような物質を分析する方法です。この細胞外小胞は、細胞間の情報伝達を担っており、腹膜の炎症や線維化(組織が硬くなること)の進行度を反映する重要な情報を持っていると考えられています※。

この技術が実用化すれば、体を傷つけることなく腹膜の状態を詳しく把握できるようになるかもしれません。特に腹膜透析を受けている方にとって、合併症である腹膜線維化の兆候を早期に発見するための、新たな診断指標としての応用が研究されています※。

慢性腹膜炎の治療

慢性腹膜炎の治療は、まず炎症の火種となっている原因を取り除くことを最優先とします。その上で、感染を抑える薬物療法や外科的な処置、そして体全体の回復を支える全身管理を組み合わせて、総合的にアプローチするのが基本です。

治療の具体的な方針は、患者さんの状態や腹膜炎の原因に応じて、主に以下の4つの柱で組み立てられます。

治療の柱 | 主な目的 | 具体的な治療内容

原因療法 | 炎症の根本を断つ | ・胃や腸の穴をふさぐ手術 ・感染の原因となっている臓器の切除

薬物療法 | 細菌の増殖を抑える | ・原因菌に合わせた抗生物質の点滴 ・結核が原因の場合、抗結核薬による長期治療

外科的処置 | 腹腔内の環境を整える | ・お腹にたまった膿を管で排出(ドレナージ) ・腹腔内を生理食塩水などで洗浄

全身管理 | 回復力を高める | ・脱水や電解質バランスを整える点滴 ・栄養状態を改善するための栄養サポート

特に、腹膜透析を長期間続けている方にとって、炎症の繰り返しによって腹膜が硬く、厚くなってしまう「腹膜線維化」は、透析治療を続ける上での大きな課題です。

この腹膜線維化に対して、新たな診断・治療の鍵として「細胞外小胞(EV)」という物質が世界中で研究されています。

細胞外小胞は、細胞同士が情報をやり取りするために放出する、微小なカプセルのような物質です。この中には、腹膜の健康状態や炎症の度合い、そして線維化の進行具合を反映する重要な情報が含まれていると考えられています※。

この特性を活かし、将来的には次のような応用が期待されています。

・体に負担の少ない診断法として

腹水に含まれる細胞外小胞を分析することで、体を傷つけることなく腹膜の状態を詳しく把握できる「低侵襲バイオマーカー(指標)」としての活用が期待されます※。

・新たな治療戦略として

細胞外小胞を標的にして、線維化を引き起こす細胞間の情報伝達をブロックするような、新しい治療薬の開発も進められています※。

もちろん、これらの技術が実際の医療現場で使われるようになるまでには、製造方法の確立や長期的な安全性の確認など、乗り越えるべき課題も残されています※。しかし、腹膜線維化という大きな壁を乗り越えるための、希望ある一歩といえるでしょう。