大動脈弁閉鎖不全症

心臓は全身に血液を送り出す大切なポンプであり、「大動脈弁」はその血液の流れを一方通行に保つ扉です。この大動脈弁がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまうのが「大動脈弁閉鎖不全症」。初期には自覚症状が少ないため気づきにくいこの病気ですが、放置すると心臓に大きな負担がかかり、やがて機能が悪化する危険性があります。

しかし、近年、胸を開かない「経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)」などの治療法が進歩しており、TAVRを受けた患者さんの1年間の死亡率は平均10.4%、on-labelデバイス使用では手技成功率97%と報告されています。

本記事では、この大動脈弁閉鎖不全症の原因から症状、そして最新の治療法までを詳しく解説。あなたの心臓を守り、より良い選択をするための情報を提供します。

大動脈弁閉鎖不全症の概要

心臓は、全身に血液を送り出す大切なポンプです。心臓の中には「大動脈弁」という扉があり、血液が逆流しないように閉じたり開いたりしています。健康な心臓では、この扉がしっかり閉まるため、血液は常に一定の方向に流れます。

ところが、大動脈弁閉鎖不全症になると、弁がうまく閉じなくなってしまいます。せっかく全身に送り出した血液の一部が、心臓の部屋(左心室)に逆戻りしてしまうのです。すると、心臓は逆流した血液と新しく送り出す血液の両方を処理しようと、必要以上にがんばらなければなりません。

このような状態が続くと、心臓には大きな負担がかかります。最初は心臓が大きくなったり、筋肉が厚くなったりして何とか対応しようとしますが、やがて心臓の働きが悪くなってしまう危険性があります。

最近では、高齢の方や手術の負担が大きい方のために、カテーテルという細い管を使った「経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)」という治療法が進歩しています。これは胸を開かずに行う治療で、私たち医師にとっても重要な選択肢です。最近の研究では、このTAVRを受けた患者さんの1年間の死亡率が平均で10.4%であると報告されています。

TAVRで使用する医療機器にはいくつかの種類があり、その種類によって手術の成功率や、術後に血液の逆流が残る割合に違いがあることがわかっています。例えば、国に認められた使い方ができる「on-label」のデバイスを使った場合、手技成功率は97%と非常に高いことが示されています。一方、そうではない「off-label」のデバイスの場合、成功率は92%から85%となります。

また、人工弁が正しい位置からずれてしまう「弁移動」や、手術後に血液の逆流が残る割合も、on-labelデバイスで低い傾向にあります。しかし、1年後の死亡率に関しては、どの種類の機器を使っても大きな差はないとされています。

この病気の治療を考える上で、心臓の血管の病気である「冠動脈疾患」がある方は、1年間の死亡率が高くなる可能性も指摘されています。これは、心臓全体の健康状態が大切であることを示しています。病気が進行する前にご自身の状態を正確に知り、適切な治療法について担当医とよく話し合うことが、心臓を守るために非常に重要です。

大動脈弁閉鎖不全症の種類

大動脈弁閉鎖不全症は、その発症の仕方によって大きく2つのタイプに分けられます。私たちはこの病気を「急性」と「慢性」という言葉で区別し、それぞれ患者さんの状態に合わせたアプローチを考えます。

急性大動脈弁閉鎖不全症

急性のタイプは、文字通り突然、大動脈弁がうまく閉じなくなる状態です。心臓に、まるで急な嵐がやってきたかのように、突然大きな負担がかかります。

この急性の状態を引き起こす原因はいくつかあります。 例えば、以下のような病気があります。

  • 感染性心内膜炎(かんせんせいしんないまくえん)
  • 細菌が心臓の弁にくっつき、弁を急に壊してしまう病気です。
  • 大動脈解離(だいどうみゃくかいり)
  • 心臓から全身へ血液を送る太い血管(大動脈)の壁が裂け、弁の機能に影響が出る病気です。

このような場合は、心臓に急激な負担がかかるため、私たち医師もすぐに治療を始めることを検討します。適切な治療を早く始めることが、患者さんの心臓を守るために非常に重要です。

慢性大動脈弁閉鎖不全症

一方、慢性のタイプは、時間をかけてゆっくりと大動脈弁の機能が悪くなっていく状態を指します。心臓が少しずつ、しかし確実に負担を抱えていくことになります。

慢性的な原因としては、以下のようなものが考えられます。

  • 生まれつきの弁の形の違い
  • もともと弁の形が普通とは異なる場合です。
  • 高血圧が長く続くこと
  • 心臓が常に高い圧力で血液を送り出すため、弁への負担が増えます。
  • 動脈硬化の進行
  • 加齢とともに血管が硬くなり、弁にも影響が出ることがあります。

初めのうちは、心臓が何とか対応しようと頑張るため、患者さん自身は特に症状を感じないことが多いです。しかし、この「がんばり」が長く続くと、心臓への負担は徐々に蓄積されていきます。やがて、息切れや疲れやすさといった症状が少しずつ現れ始めます。

治療選択と人工弁の種類

急性、慢性、どちらのタイプであっても、病状が進行し、治療が必要と判断される場合には、カテーテルという細い管を使った「経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)」のような治療法が選択されることがあります。

TAVRで使われる人工弁には、いくつかの種類があります。具体的には、バルーンで広げるタイプや、自己で広がるタイプなどがあります。最近の研究では、これらの人工弁の種類によって、治療の成績に違いがあることがわかってきました。

  • 国に認められた使い方をする人工弁(on-labelデバイス)の場合
  • 手技の成功率は97%と非常に高いことが報告されています。
  • 手術後に人工弁が正しい位置からずれてしまう「弁移動」の発生率は2%程度と低いです。
  • 中等度以上の血液の逆流が残る割合も2%程度と少ない傾向があります。
  • そうではない人工弁(off-labelデバイス)の場合
  • 手技成功率はバルーン拡張型で92%、自己拡張型で85%となります。
  • 弁移動の発生率はバルーン拡張型で7%、自己拡張型で10%と、on-labelデバイスに比べてやや高くなることがあります。
  • 中等度以上の血液の逆流が残る割合も、バルーン拡張型で4%、自己拡張型で8%と、on-labelデバイスと比較して高くなる傾向があります。

これらの違いはありますが、治療後1年間の死亡率に関しては、どの種類の人工弁を使っても大きな差はないとされています。患者さん一人ひとりの心臓の状態や、体のほかの病気の有無などを総合的に検討し、私たち医師が最適な治療法を提案します。ご自身の状態について、担当医とよく話し合うことが大切です。

大動脈弁閉鎖不全症の原因

この病気がなぜ起こるのか、患者さんが疑問に思う点です。私たち医師は、その原因を大きく2つに分けて考えます。一つは心臓の大動脈弁そのものに問題がある場合です。もう一つは大動脈の根元、つまり弁の付け根部分に問題がある場合です。

1. 大動脈弁そのものに問題がある場合

健康な弁はしなやかに開閉しますが、さまざまな理由でその動きが損なわれることがあります。例えば、年齢を重ねると弁が硬くなったり、傷んだりすることがあります。古くなった扉が動きにくくなるように、弁のしなやかさが失われてしまうことがあるのです。

また、生まれつき弁の形が普通とは違う方もいます。通常3枚ある弁が、2枚しかない「二尖弁(にせんべん)」の場合などです。過去にかかった病気、例えば「リウマチ熱」の後遺症や、心臓の弁に細菌が感染して炎症を起こす「感染性心内膜炎(かんせんせいしんないまくえん)」が原因で、弁が傷つき、うまく閉じなくなることもあります。

2. 大動脈の根元に問題がある場合

弁そのものは健康でも、弁が付いている大動脈の根元が広がってしまうことがあります。弁の付け根が広がることで、弁がしっかり閉じられなくなるのです。長年続く高血圧は、大動脈に持続的な負担をかけ、この広がりを引き起こす一因です。

さらに、「マルファン症候群」のような遺伝性の病気では、体の結合組織に異常があるために、大動脈の壁が弱くなり広がってしまうことがあります。

これらの原因は一つだけでなく、複数重なることもあります。私たちは、患者さん一人ひとりの状態を詳しく調べ、何が原因でこの病気が起きたのかを突き止めます。なぜなら、原因を特定することが、適切な治療を選ぶための大切な第一歩だからです。

さらに、心臓全体の健康状態もこの病気の経過に影響します。特に、心臓に血液を送る「冠動脈」という血管の病気(冠動脈疾患)があると、治療後の経過や1年間の死亡率が高くなる可能性が研究で指摘されています。ご自身の心臓の状態を正確に知り、原因に応じた最適な治療法を見つけることが大切です。

大動脈弁閉鎖不全症の症状

心臓の大動脈弁がうまく閉じない大動脈弁閉鎖不全症は、病気がゆっくりと進む場合、皆さんの心臓が一生懸命カバーしようと頑張ります。そのため、病気の初期には、ほとんど症状を感じないことが多くあります。まるで、少し傷んだ機械が、まだ何とか動いているような状態です。健康診断などで心臓の雑音(ざつおん)を指摘されて、初めて病気が見つかることも珍しくありません。

しかし、心臓への負担が大きくなると、少しずつ体に変化が現れ始めます。 具体的には、以下のような症状です。

  • 息切れ(いきぎれ)
  • 階段を上ったり、坂道を歩いたりする際に息が上がることが増えます。
  • 以前よりも疲れやすくなったと感じるかもしれません。
  • これらは、心臓が全身に十分な血液を送り出せなくなっているサインです。
  • 動悸(どうき)
  • ドキドキと心臓が速く打つのを感じたり、不規則な脈を感じたりすることがあります。
  • 心臓が逆流する血液を打ち消そうと、必要以上に働いている状態です。
  • 胸の違和感(むねのいわかん)
  • 胸に圧迫感や軽い痛みを感じる方もいらっしゃいます。

このような症状は、加齢によるものと間違われがちです。「年のせいかな」と思ってしまうことも少なくありませんが、実は心臓からの大切なサインかもしれません。

病気がさらに進行すると、心臓の働きが追いつかなくなり、よりはっきりとした症状が現れます。私たちはこれを「心不全(しんふぜん)」と呼びます。

  • 安静時の息苦しさ(あんせいじのいきぐるしさ)
  • 横になると息苦しくなり、体を起こさないと眠れないこともあります。
  • 夜中に息苦しさで目が覚めることもあります。
  • 胸の痛み(むねのいたみ)
  • 狭心症(きょうしんしょう)のような強い胸の痛みを伴うこともあります。
  • これは心臓の筋肉に十分な酸素が行き渡らないために起こります。
  • めまい・失神(めまい・しっしん)
  • 脳に十分な血液が届かず、ふらつきやめまいを感じることがあります。
  • ひどい場合には、意識を失って倒れてしまう失神が起こる危険性もあります。
  • むくみ
  • 特に足のむくみや体重の増加が見られることがあります。
  • 体から余分な水分をうまく排出できなくなっている状態です。

さらに、この病気をお持ちの患者さんのなかには、心臓に血液を送る血管の病気である「冠動脈疾患(かんどうみゃくしっかん)」を一緒に持っている方もいらっしゃいます。最近の研究では、冠動脈疾患がある方は、この病気の治療を受けた後の1年間の死亡率が高くなる可能性が指摘されています。

これは、心臓の弁だけでなく、心臓全体の健康状態が非常に重要であることを示しています。もし、これらの症状に心当たりがある場合は、「まさか」と思わずに、早めに医療機関を受診してください。早期に病気を見つけ、適切な対応を始めることが、皆さんの心臓を守り、安心して生活を送るために最も大切です。

大動脈弁閉鎖不全症の検査・診断

心臓の「大動脈弁閉鎖不全症(だいどうみゃくべんへいさふぜんしょう)」を正しく見つけるには、いくつかの大切な検査が必要です。体調に変化を感じたら、我慢せずに早めに病院に来てくださいね。皆さんの心臓の状態を詳しく調べることが、健康を守る第一歩です。

1. 医師による診察

まず、私たち医師が皆さんの体の様子を丁寧に確認します。これは病気のサインを見つける、最初のとても重要なステップです。

  • 問診(もんしん)
  • 「どんな症状があるのか」「いつから始まったのか」などを、詳しくお話しを聞かせていただきます。
  • 皆さんの体の変化を手がかりに、病気のヒントを探していきます。
  • 聴診(ちょうしん)
  • 胸に聴診器を当てて、心臓の音を注意深く聞きます。
  • 大動脈弁がうまく閉じないと、血液が逆流する特別な「雑音(ざつおん)」が聞こえることがあります。
  • この音は、心臓の弁に何らかの異変が起きているサインです。

2. 心臓を詳しく調べる画像検査

診察で異常のサインが見つかったら、さらに心臓を詳しく調べるための検査を行います。

  • 心電図(しんでんず)
  • 心臓が出す小さな電気の動きをグラフにして記録する検査です。
  • 心臓が疲れていないか、脈のリズムが乱れていないか(不整脈)などを確認します。
  • 胸部エックス線検査
  • 胸のレントゲン写真を撮り、心臓の大きさや形、肺に水がたまっていないかを見ます。
  • 心臓が逆流する血液の負担で、大きくなっていないかなどを確認します。
  • 心臓超音波検査(心エコー検査)
  • 音の波(超音波)を使って、心臓の中の様子を動画のように観察する、最も大切な検査です。
  • 大動脈弁の形や動き、血液がどれくらい逆流しているかを直接見ることができます。
  • この検査で、病気の「重症度(じゅうしょうど)」を正確に評価できます。
  • CT検査やMRI検査
  • 心臓や大動脈の構造をさらに詳しく立体的に見るために、これらの検査を行うことがあります。
  • 複雑な形や、心臓の周りの血管の状態などを詳しく確認できます。

3. 総合的な診断と今後の大切な視点

これらの検査で得られた情報を、私たち医師は一つにまとめて最終的な診断をします。 大動脈弁閉鎖不全症であるかどうかだけでなく、病気がどれくらい進んでいるのか、心臓全体にどれくらいの負担がかかっているのかを判断します。

特に、心臓に血液を送る「冠動脈(かんどうみゃく)」という血管の病気があるかどうかを調べることも、とても大切です。 なぜなら、研究によって冠動脈疾患がある方は、この病気の治療を受けた後の「1年間の死亡率(しぼうりつ)」が高くなることがわかっているためです。 これは、弁の状態だけでなく、心臓全体の健康状態が非常に重要であることを示しています。 ご自身の心臓の状態を正確に知り、今後の生活や治療を考える上で、この総合的な判断が不可欠です。 症状がない場合でも、健康診断で心臓の異常を指摘されたら、なるべく早く専門の医師に相談してください。 定期的に検査を受けることで、ご自身の心臓の状態を把握し、安心して過ごせるようになります。

大動脈弁閉鎖不全症の治療

心臓の「大動脈弁閉鎖不全症」は、病気の進み具合によって治療法が変わります。症状がまだ軽い場合は、すぐに治療が必要とは限りません。私たちはまず、心臓への負担が少ないかを確認し、定期的な検査で注意深く様子を見守ることがよくあります。

しかし、もし心臓への負担が大きくなり、息切れや動悸といった症状がはっきり出てきたら、治療を真剣に考える時期です。心臓がこれ以上頑張りすぎないよう、適切な治療へと進むことが大切です。

主な治療法は、大きく分けて二つの種類があります。

  • 悪くなった弁を取り替える外科手術(開胸手術)
  • 胸を開いて、人工の弁に交換する治療法です。
  • 長く安定した成績が期待できます。
  • カテーテルという細い管を使った治療(TAVR:タバー)
  • 足の付け根などから細い管(カテーテル)を入れ、人工弁を留置する方法です。
  • 胸を開く手術に比べて体への負担が少ないのが特徴です。
  • 特に高齢の方や、ほかの病気で外科手術のリスクが高い患者さんに選ばれることが増えています。

患者さんの状態を総合的に判断し、最適な治療法を提案できるよう、医師として日々努めています。

最近では、このTAVRの治療法が進歩しています。使用する人工弁には、国に認められた安全な使い方をするもの(on-labelデバイス)と、そうではない使い方をするもの(off-labelデバイス)など、いくつかの種類があります。研究によると、TAVRを受けた患者さんの1年間の死亡率は平均で10.4%であると報告されています。

人工弁の種類によって、治療の成功率や合併症の発生率に違いがあることがわかっています。

  • on-labelデバイスの場合
  • 手技成功率は97%と非常に高いです。
  • 人工弁が正しい位置からずれてしまう「弁移動」は2%程度と少ないです。
  • 治療後に血液の逆流が中程度以上残る割合も2%程度と低いです。
  • off-labelデバイスの場合
  • 手技成功率は、バルーンで広げるタイプで92%、自己で広がるタイプで85%です。
  • 弁移動の発生率は、バルーンタイプで7%、自己拡張タイプで10%と、on-labelに比べてやや高くなります。
  • 中等度以上の血液の逆流が残る割合も、バルーンタイプで4%、自己拡張タイプで8%と、高くなる傾向があります。

これらの違いはありますが、治療後1年間の死亡率に関しては、どの種類の人工弁を使っても大きな差はないとされています。ただし、人工弁がどれくらい長持ちするかなど、さらに長い期間での評価や研究が今後も必要です。

また、**心臓に血液を送る血管の病気「冠動脈疾患(かんどうみゃくしっかん)」がある方は、TAVR後の1年間の死亡率が高くなる可能性が指摘されています。**これは、弁の状態だけでなく、心臓全体の健康状態が治療の成果に大きく関わることを意味します。

どの治療法が最も適しているかは、患者さん一人ひとりの病状、心臓の形、心臓以外の持病、生活スタイルなどを総合的に検討して決める必要があります。ご自身の心臓を守るために、担当の医師と十分に話し合い、納得して治療を選択することが何よりも大切です。