イヌ糸状虫症
「フィラリア症」は、犬を飼っている方なら一度は耳にしたことがある病気でしょう。しかし、その原因である寄生虫が、ごくまれに私たち人間にも感染する可能性があることは、あまり知られていないかもしれません。
この病気は、身近な蚊が運ぶ「イヌ糸状虫」によって引き起こされます。犬の体内では心臓や肺の血管にすみつき、成虫は30cmもの細長いそうめん状になることも。命に関わる深刻な事態を招く一方で、感染初期は症状が出にくく、発見が遅れがちです。
近年の研究では、地球温暖化の影響で感染地域が世界的に拡大しており、もはや他人事とは言えません。本記事では、イヌ糸状虫症の正しい知識と対策を解説します。大切なペットとご自身の健康を守るため、ぜひ最後までお読みください。
イヌ糸状虫症の概要
イヌ糸状虫症は、一般的に「フィラリア症」とも呼ばれます。 蚊が運んでくる「イヌ糸状虫」という寄生虫が原因の病気です。 この寄生虫は、主に犬の心臓や肺の血管にすみつきます。
成虫になると、メスは30cmほどの細長いそうめんのようになります。 心臓や血管に多数の成虫が寄生すると、命に関わることもあります。 感染するのは犬だけでなく、ネコやイタチも含まれます。 そして、ごくまれですが、私たち人も感染することが報告されています。
以前は、この病気は一部の暖かい地域に限られていました。 しかし最近では、感染が確認される地域が世界的に広がっています。 ヨーロッパの研究では、地球温暖化などの影響が指摘されています。 人や物の移動が活発になり、病気を運ぶ蚊の生息域が拡大したためです。 動物だけでなく、人の健康にとっても注意が必要な病気になっています。
この病気は、感染してもすぐには症状が出にくいのが特徴です。 気づいたときには、病気がかなり進んでいるケースも少なくありません。 しかし、イヌ糸状虫症は適切な対策によって防ぐことが可能です。 そのため、病気の仕組みを正しく理解し、予防に取り組むことが大切です。
イヌ糸状虫症の種類
イヌ糸状虫症は、原因となる寄生虫の種類で特徴が異なります。 どちらの種類も蚊によって病気が運ばれる点は同じです。 しかし、体の中のどこに寄生するか、どの動物に多いかが違います。
代表的な種類として、主に以下の2つが知られています。
- ディロフィラリア・イミティス(Dirofilaria immitis) 一般的に「犬のフィラリア症」としてよく知られるタイプです。 成虫は、主に犬の心臓や肺につながる大切な血管にすみつきます。 犬での感染報告がほとんどですが、猫に感染することもあります。 海外の研究では、より広い範囲の野生動物での感染も確認済みです。
- ディロフィラリア・レペンス(Dirofilaria repens) 主に皮膚の下にすみつき、炎症によるしこりを作るタイプです。 ヨーロッパの研究では、この種類は人での感染報告が多いとされます。
近年、地球温暖化などの影響で、蚊の生息地が広がっています。 それに伴い、イヌ糸状虫症の感染地域も世界的に拡大傾向です。 以前は南ヨーロッパが中心でしたが、今では中欧や東欧でも見られます。
このように、イヌ糸状虫症は決して犬だけの病気ではありません。 種類ごとの特徴を知り、人にも関係がある病気だと理解することが大切です。
イヌ糸状虫症の原因
イヌ糸状虫症は、蚊が運んでくる寄生虫によって起こる病気です。 目に見えないほど小さな虫の幼虫が、蚊を介して体に入ります。 この病気がどのように広がるのか、その仕組みを見ていきましょう。
感染は、主に以下の3つのステップで成立します。
- 蚊が病気の動物の血を吸う 感染した犬の血液中には、イヌ糸状虫の赤ちゃんがいます。 蚊がこの犬の血を吸うと、虫の赤ちゃんも一緒に体内へ入ります。
- 蚊のお腹の中で成長する 蚊の体内に入った赤ちゃんは、感染力を持つ幼虫へと成長します。 この成長には、一定の気温が必要とされています。
- 蚊が人や他の動物を刺す 成長した幼虫を持つ蚊が人や犬を刺した時に、その傷口から幼虫が侵入します。
この病気を運ぶ蚊は、決して特別な種類ではありません。 海外の研究では、アカイエカやヒトスジシマカなどが原因とされています。 私たちの身近にいる蚊が、病気を広げる役割を担っているのです。
人の体は、この虫が成虫になるのに適した環境ではありません。 そのため、体内に入った幼虫は、多くの場合成長できずに死にます。 しかし、まれに肺などへ移動し、体が異物と判断して炎症を起こします。 その結果、「肉芽腫(にくげしゅ)」と呼ばれるこぶを作ることがあります。
イヌ糸状虫症の症状
イヌ糸状虫症は、犬だけでなく私たち人にも感染することがあります。 感染してもすぐには症状が出ないことが多く、気づきにくいのが特徴です。 人と犬では症状の現れ方が大きく異なるため、それぞれ見ていきましょう。
ヒトに現れる症状
人の体は、この寄生虫が成虫になるのに適した環境ではありません。 そのため体内に入った幼虫の多くは、成長できずに死んでしまいます。 このため、感染しても症状が出ないまま自然に治ることがほとんどです。
会社の健康診断や、ほかの病気で受けた胸のレントゲン検査がきっかけで、 肺にできた影として偶然見つかることが少なくありません。 もし症状が出るとすれば、肺に関わるものが中心となります。
- 主な症状の例
- なかなか治らない咳や痰(たん)
- 胸の痛みや違和感
- 息切れ、呼吸がしづらい感じ
- 血が混じった痰が出ること
- 原因のわからない発熱やだるさ
まれですが、幼虫が肺以外の場所へ移動することもあります。 目や脳、皮膚の下などに移動し、しこりを作るなどの症状が出ます。 ヨーロッパの研究では、特に人では皮膚に症状が出るタイプが多いとされます。
イヌに現れる症状
この病気の主なすみかとなる犬の場合、症状はゆっくりと進行します。 感染してすぐは症状が出ないため、飼い主さんが気づきにくい病気です。 ペットの小さな変化を見逃さないよう、日頃の観察がとても大切です。
|
進行度 |
主な症状 |
|
初期<br>(感染から半年ほど) |
ほとんど症状は見られません。 |
|
中期<br>(感染から1年前後) |
・乾いたコンコンという咳が続く<br> ・疲れやすくなり、散歩を嫌がる<br> ・食欲が落ちて元気がなくなってくる |
|
重症期<br>(感染から数年後) |
・激しい咳や、苦しそうな呼吸<br> ・心臓の働きが悪くなり、お腹に水がたまる(腹水)<br> ・赤い尿(血色素尿)が出る<br> ・突然ぐったりして倒れる(失神) |
このように、人と犬では症状の現れ方が大きく異なります。 犬の場合は、症状が出たときには病気がかなり進んでいることが多いです。 人の場合も症状が出にくいため、この病気の存在を知っておくことが重要です。
イヌ糸状虫症の検査・診断
人のイヌ糸状虫症は、咳などの症状が出ないことがほとんどです。 そのため、健康診断や他の病気で受けた胸のレントゲン検査で、 肺にできた丸い影として偶然見つかるケースが少なくありません。
この影は、肺がんなど他の病気の可能性も考えられます。 影の正体を正確に見分けるため、以下の検査を組み合わせて、 慎重に診断を進めていくことがとても重要になります。
- 画像検査(レントゲン・CT検査) まずはレントゲンやCTを使い、肺にできた影の様子を調べます。 影の大きさや形、場所などを詳しく確認するための検査です。
- 組織の検査(生検) 画像検査だけでは診断が難しい場合に、最終確認として行います。 口や鼻から細いカメラを入れたり、体の外から針を刺したりして、 影の部分の組織を少しだけ採り、顕微鏡で直接観察します。
- 血液検査 診断のヒントを得るために、血液検査を行うこともあります。 寄生虫に対する体の防御反応(抗体)がないかを調べます。
近年、この病気の感染地域が世界的に広がっていることがわかっています。 ヨーロッパの研究では、昔は南の地域に限られていたこの病気が、 今では中欧や東欧にまで拡大していることが報告されています。 そのため、原因不明の肺の影が見つかった際は、この病気の可能性も考え、 しっかりと検査をしていくことが大切です。
イヌ糸状虫症の治療
イヌ糸状虫症の治療は、人か犬かによって大きく異なります。 人の体と犬の体で、寄生虫の育ち方が違うためです。 それぞれの治療法を、詳しく見ていきましょう。
人の場合:基本は自然に治るのを待つ
人の体は、イヌ糸状虫が大人になるのに適した場所ではありません。 そのため、体内に入った幼虫の多くは成長できずに死んでしまいます。 特別な治療をしなくても、自然にいなくなることがほとんどです。
肺に虫の死骸が原因で「肉芽腫(にくげしゅ)」というこぶができても、 多くは時間とともに小さくなるため、手術をせずに様子を見ます。
ただし、以下のような場合は手術でこぶを取り除くこともあります。
- なかなか治らない咳や胸の痛みといった症状が続く場合
- 肺がんなど、他の病気ではないことを確かめる必要がある場合
手術は、つらい症状を和らげたり、病気を正確に診断したりします。
犬の場合:進行度によって治療が変わる
犬の体は、この寄生虫にとって居心地がよく、成虫まで育ちます。 そのため治療が必要ですが、病気の進み具合で方法が大きく変わります。
|
症状の重さ |
主な治療法 |
|
軽症<br>(症状なし〜軽い咳) |
・成虫をやっつける薬を投与する<br> ・死んだ虫が血管に詰まるのを防ぐため、安静にする(運動制限) |
|
重症<br>(呼吸が苦しい、血尿など) |
・手術で心臓や血管にいる虫を直接取り出す<br> ・心臓の働きを助ける薬などを使う<br> ・絶対安静で体を休ませる |
犬の治療は体に大きな負担がかかり、時間も費用もかかります。 だからこそ、何よりも「予防」が一番大切なのです。
近年のヨーロッパの研究では、地球温暖化などの影響が指摘されています。 昔は南の地域に限られていたこの病気が、中欧や東欧まで拡大中です。 これは、動物と人の両方にとって、注意が必要な状況を示しています。 大切なペットと私たち自身の健康を守るため、予防を徹底しましょう。









