バルサルバ洞動脈瘤

心臓に、ある日突然破裂しうる「こぶ」ができる病気をご存じでしょうか。「バルサルバ洞動脈瘤」は、一般の発生率が約0.09%と非常にまれですが、破裂するまでほとんど症状がなく、静かに進行するという恐ろしい特徴を持っています。

ひとたびこぶが破裂すれば、突然の胸痛や呼吸困難を引き起こし、命を脅かす緊急事態に陥ります。特に男性に多く(男女比4:1)、気づかないうちに進行するこの「静かなる時限爆弾」は、なぜ作られてしまうのでしょうか。

この記事では、バルサルバ洞動脈瘤の原因から症状、そして外科手術やカテーテルを用いた最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の健康を守るための知識を深めましょう。

バルサルバ洞動脈瘤の概要

バルサルバ洞動脈瘤とは、心臓の出口にある血管にこぶができる病気です。 心臓から全身へ血液を送る、最も太い大動脈の付け根の部分に発生します。

心臓の大動脈の根元には、血液の逆流を防ぐための扉(大動脈弁)があります。 そのすぐ上には「バルサルバ洞」と呼ばれる、3つの小さなくぼみが存在します。

  • バルサルバ洞とは?
  • 心臓の大動脈の付け根にある、3つの小さなくぼみのことです。
  • 血液が逆流しないように働く大動脈弁の真上に位置します。
  • 右冠動脈洞・左冠動脈洞・無冠動脈洞の3つに分かれています。

このバルサルバ洞の壁は、本来なら弾力があり、強い血圧に耐えられます。 しかし、生まれつき壁が弱いなどの原因で、この弾力性が失われることがあります。 その結果、血液の圧力に耐えきれず、壁の一部が風船のように膨らむのです。

この病気は非常にまれで、一般の方では約0.09%の割合と報告されています。 しかし、生まれつき心臓の病気を持つ方では、最大で3.5%に見られます。 また、男性に多く見られる傾向があり、男女比は4:1とされています。

バルサルバ洞動脈瘤の種類

バルサルバ洞動脈瘤は、こぶができる場所によって種類が分けられます。 心臓のどの部分にこぶができるかで、症状や治療法が大きく変わるのです。 そのため、種類を正確に知ることが、治療の第一歩として非常に大切です。

こぶができる可能性があるのは、バルサルバ洞にある以下の3つのポケットです。

  • 右冠動脈洞(うかんどうみゃくどう)
  • 左冠動脈洞(さかんどうみゃくどう)
  • 無冠動脈洞(むかんどうみゃくどう)

この病気のほとんどは生まれつきのもので、発生する場所には偏りが見られます。 それぞれの場所からの発生割合と、こぶが飛び出しやすい場所は以下の通りです。

発生場所

発生する割合(およそ)

こぶが飛び出しやすい場所

右冠動脈洞

約70%

右心室(心臓の右下の部屋)

無冠動脈洞

約29%

右心房(心臓の右上の部屋)や右心室

左冠動脈洞

ごくまれ

–

このように、ほとんどのこぶは右冠動脈洞と無冠動脈洞から発生します。 できたこぶは、心臓の別の部屋に向かって風船のようにふくらんでいくのです。

また、この病気がある方は、他の心臓の病気を一緒に持っていることがあります。 特に「心室中隔欠損症」という、心臓の壁に穴があいている病気は重要です。 右冠動脈洞からこぶができた方の約半数に、この病気が見られるとされます。

バルサルバ洞動脈瘤の原因

バルサルバ洞動脈瘤ができる原因は、主に2つに分けられます。 生まれつき心臓の構造に原因がある場合と、後から病気などで発症する場合です。 しかし、そのほとんどは生まれつきの原因によるものと考えられています。

生まれつきの原因(先天性)

主な原因は、生まれつき大動脈の壁の一部が弱いことです。 お母さんのお腹の中で心臓が作られる過程で、壁の一部がうまく形成されないのです。

大動脈の壁には、血圧の力に耐えるための「弾性板(だんせいばん)」という組織があります。 この弾性板が生まれつき弱いため、血液の圧力に負けて風船のように膨らむのです。 特に、体の組織が弱くなる以下のような病気と関連があることも知られています。

  • マルファン症候群
  • 全身の骨や血管などの組織が、生まれつき弱くなってしまう病気です。
  • エーラス・ダンロス症候群
  • 皮膚や関節がとても柔らかく、血管ももろくなってしまう病気です。
  • 心室中隔欠損症などの心臓の病気
  • 心臓の壁に穴が開いているなど、他の心臓の病気と一緒に見つかることもあります。

生まれた後の原因(後天性)

こちらはまれなケースですが、生まれた後に病気やけがが原因となることもあります。 何らかの理由で、もともと正常だった大動脈の壁が後から弱くなってしまうのです。

主な後天性の原因

具体的な病気や状態

感染症

梅毒、結核、細菌が心臓につく心内膜炎など

血管の病気

大動脈炎症候群、ベーチェット病など

その他

動脈硬化、胸に強い衝撃を受けるけがなど

このように原因はさまざまですが、多くは生まれつきの体の特徴によるものです。 近年、衛生環境の向上などにより、感染症が原因となるケースは減ってきています。

バルサルバ洞動脈瘤の症状

バルサルバ洞にできたこぶの症状は、こぶが破裂する前と後で大きく異なります。 こぶが破裂するまではほとんど症状がなく、静かに進行するのがこの病気の特徴です。

こぶが破裂する前の症状

こぶがあるだけでは、心臓のポンプ機能に大きな影響はありません。 そのため、ほとんどの場合は無症状で、日常生活を問題なく送れます。 健康診断や他の病気の検査を受けた際に、偶然発見されることが少なくありません。

しかし、こぶが時間をかけて大きくなると、心臓の周りの組織を圧迫し始めます。 その結果、まれに以下のようなサインが出ることがあります。

  • 動悸
  • 心臓がドキドキと不規則に、または力強く打つように感じます。
  • 息切れ
  • 以前は平気だった坂道や階段で、息が苦しくなることがあります。
  • 胸の圧迫感
  • 胸のあたりが重苦しい、締め付けられるような感覚です。

こぶが破裂した後の症状

大動脈の強い血圧に耐えきれずこぶが破裂すると、症状は突然現れます。 破れた穴から大動脈の血液が、心臓の別の部屋へ流れ込んでしまうためです。 主に右心室や右心房という部屋に血液がなだれ込み、心臓は急に大忙しになります。

この状態を「急性心不全」と呼び、命に関わる緊急事態です。 次のような症状が突然現れた場合は、迷わず救急車を呼んでください。

  • 突然の激しい胸の痛み
  • 急に息ができなくなるような呼吸困難
  • これまでにないほど強い動悸

破れた穴の大きさで症状の強さは変わり、軽い息切れ程度で済むこともあります。 しかし、ショック状態に陥るほど重篤になる危険性も十分にあるのです。

バルサルバ洞動脈瘤の検査・診断

この病気は、こぶが破裂するまではほとんど症状が出ないのが特徴です。 そのため、健康診断などで偶然見つかることも少なくありません。 もし、突然の胸の痛みや息切れで病院に来られた場合は、まず丁寧にお話を聞き、診察から始めます。

医師は聴診器を胸にあて、心臓の音を注意深く聴きます。 こぶが破裂していると、「ゴォー」というような途切れのない特徴的な心臓の雑音が聞こえることがあります。 これを「連続性雑音」と呼び、診断の重要な手がかりになります。

中心となる検査

診断のために、まずおこなわれるのが心臓の超音波検査です。 体に負担の少ない検査で、心臓の動きをリアルタイムで見ることができます。

  • 経胸壁心エコー検査(心臓の超音波検査) 胸にゼリーをぬり、体の表面から心臓を観察します。 この検査で、こぶが「吹き流し(windsock deformity)」のように見える特徴的な形が確認できれば、診断がほぼ確定します。
  • 経食道心エコー検査 より詳しく調べるために、胃カメラのような細い管を口から入れて食道の側から心臓を見ることもあります。 体の内側から見るため、より鮮明な画像が得られます。

その他の詳しい検査

心臓の状態をより詳しく調べ、治療の方針を決めるために、以下のような検査を組み合わせることがあります。

検査の種類

どのようなことを調べるか

胸部X線検査

心臓の大きさや形、肺に水がたまっていないかなどを確認します。

心電図検査

心臓の電気信号を記録し、心臓にどれくらい負担がかかっているかを調べます。

CT検査

こぶの正確な大きさや位置を3D画像で立体的に確認でき、手術の計画に役立ちます。

心臓カテーテル検査

腕や足の付け根から細い管を心臓まで入れ、血圧や血液中の酸素の量を直接測る精密検査です。

これらの検査結果を総合的に見て、バルサルバ洞動脈瘤の診断を確定します。 同時に、大動脈弁の状態や、他の心臓の病気がないかも調べ、一人ひとりに合った治療計画を立てていきます。

バルサルバ洞動脈瘤の治療

この病気が見つかった場合、こぶが破裂する危険があるため治療がすすめられます。 破裂すると命に関わるため、血液の漏れが少量でも手術が必要になることが多いです。 治療の大きな目的は、心不全や感染症といった危険な状態を防ぐことです。

こぶが破裂して心臓に大きな負担がかかっている場合は、まずはお薬を使います。 お薬で心臓の働きを助けて状態を安定させてから、治療の計画を立てるのです。 しかし、お薬の効果が十分でない重症の場合は、緊急で治療を行うこともあります。

治療法には、主に次の2つの選択肢があります。

  • 外科手術 胸を開いて心臓を直接見ながら、こぶを切り取ります。 そして、人工の布(パッチ)をあてて穴をふさぐ方法です。 これが基本的な治療法となり、大動脈弁の修理を同時に行うこともあります。
  • カテーテル治療 体への負担が少ない治療法で、近年進歩が著しい方法です。 足の付け根の血管から細い管(カテーテル)を心臓まで進めます。 そして、こぶの穴を特殊な器具でふさぎます。

どちらの治療法が最適かは、こぶの大きさや形、場所によって変わります。 また、患者さんご自身の体の状態も考慮して、総合的に判断することが大切です。 まずは担当の医師と治療方針について、しっかりと話し合いましょう。