多発性内分泌腺腫症
体の様々な場所に、原因不明の不調が時間をおいて現れていませんか?もしご家族に同じような症状の方がいるなら、それは「多発性内分泌腺腫症(MEN)」という遺伝性の病気が隠れているサインかもしれません。この病気は、体の設計図である遺伝子の変化が原因で、ホルモンを作る複数の臓器に腫瘍ができてしまうという特徴を持っています。
一見すると無関係に思える不調が、実は一つの病気で繋がっている可能性があるのです。この記事では、診断が難しいとされる多発性内分泌腺腫症について、その原因となる遺伝子の働きからタイプ別の症状、そして最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身と大切なご家族の健康を守るため、正しい知識を身につけましょう。
多発性内分泌腺腫症の概要
多発性内分泌腺腫症は、MEN(メン)ともよばれる病気です。
ホルモンを作る「内分泌腺」という体の様々な場所に、
複数の腫瘍(できもの)ができてしまう遺伝性の病気です。
この病気には、いくつかの特徴があります。
・複数の場所に腫瘍ができる
一つの臓器だけでなく、脳の下垂体や甲状腺など、
複数の内分泌腺に腫瘍ができることがあります。
・遺伝が関係する
ご家族に同じ病気の方がいる場合があり、
遺伝子の変異が原因となって発症します。
・腫瘍ができる時期が違う
それぞれの臓器に腫瘍ができるタイミングは、
同じ人でも異なり、別々の時期に現れます。
病気の原因の一つに「メニン」というタンパク質の異常があります。
メニンは、細胞が正常に働くための司令塔のような存在です。
細胞の活動のアクセル役とブレーキ役の両方を調整しています。
メニンは、体の状態を一定に保つために欠かせない物質です。
しかし、遺伝子の変化でメニンがうまく機能しなくなると、
細胞が異常に増えるのを止められなくなり、腫瘍ができるのです。
多発性内分泌腺腫症の種類
多発性内分泌腺腫症は、腫瘍ができる場所の組み合わせで、
いくつかの種類(タイプ)に分けられます。
主に「MEN1型」「MEN2型」「MEN4型」の3つに分類されます。
タイプによって治療方針が異なるため、
どのタイプかを正確に診断することがとても重要です。
種類 | 主に腫瘍ができる場所
MEN1型 | ・副甲状腺 ・膵臓(すいぞう)や十二指腸 ・下垂体(かすいたい)
MEN2A型 | ・甲状腺(こうじょうせん) ・副腎(ふくじん) ・副甲状腺
MEN2B型 | ・甲状腺 ・副腎 ・唇や舌、まぶたの粘膜、消化管の神経
MEN4型 | MEN1型と似た場所に腫瘍ができる
MEN1型
MEN1型は、遺伝子の働きを調整する「メニン」という、
タンパク質の異常によって引き起こされます。
メニンは、細胞の働きを活発にするアクセル役と、
暴走を抑えるブレーキ役の両方を担う司令塔のような存在です。
この司令塔の機能に異常が起きることで、
細胞が増えすぎるのを止められなくなり、腫瘍が発生します。
MEN2型(2A型・2B型)
MEN2型は、甲状腺に「髄様癌(ずいようがん)」が、
できることが大きな特徴で、さらに2つのタイプに分かれます。
・MEN2A型
甲状腺や副腎のほかに、副甲状腺にも腫瘍ができやすいです。
・MEN2B型
唇や舌の粘膜、消化管に神経の腫瘍ができるのが特徴です。
このように、タイプごとに注意すべき点が異なります。
ご自身の体の状態を正しく理解することが治療への第一歩です。
多発性内分泌腺腫症の原因
この病気は、私たちの体の設計図である「遺伝子」に、
生まれつき何らかの変化があることで起こる遺伝性の病気です。
そのため、ご家族に同じ病気の方がいる場合があります。
原因となる遺伝子の違いによって、病気のタイプが分かれます。
・MEN1型
11番染色体にあるMEN1遺伝子の変化が原因です。
この遺伝子は、「メニン」というタンパク質の設計図です。
メニンは、遺伝子のスイッチを調節する司令塔の役割を持ちます。
細胞の働きを活発にするアクセル役と、暴走を抑えるブレーキ役の
両方を担い、体の状態を一定に保つために欠かせません。
この司令塔がうまく機能しないと、細胞が増えすぎて腫瘍になります。
・MEN2型(2A型・2B型)
10番染色体にあるRETという遺伝子の変化が原因です。
この遺伝子は、細胞の成長などに関わる信号を送る役割があり、
変化が起こると、細胞が増え続けるスイッチが入ったままになります。
・MEN4型
MEN1やRETとは別の、CDKN1B遺伝子の変化が原因です。
この遺伝子は細胞が増えるのを防ぐブレーキ役の設計図です。
このブレーキがうまく働かないと、やはり腫瘍ができやすくなります。
原因となる遺伝子を、以下の表にまとめました。
病気のタイプ | 主な原因遺伝子 | 遺伝子の場所(染色体)
MEN 1型 | MEN1 遺伝子 | 11番
MEN 2A型 | RET 遺伝子 | 10番
MEN 2B型 | RET 遺伝子 | 10番
MEN 4型 | CDKN1B 遺伝子 | 12番
どの遺伝子に変化があるかで、病気のタイプや症状の出方が変わります。
ご自身のタイプを知ることは、ご家族の健康を考える上でも大切です。
多発性内分泌腺腫症の症状
多発性内分泌腺腫症の症状は、腫瘍がどの臓器にできるかで全く異なります。
私たちの体は、ホルモンの量をちょうど良い状態に保つ仕組みを持っています。
メニンのような司令塔が、遺伝子のスイッチを適切に調節しているからです。
この司令塔がうまく機能しないと、ホルモンが過剰に作られすぎてしまい、
体に様々なサインとして症状が現れるのです。
MEN1型の主な症状
MEN1型は、主に3つの場所に症状が出やすいことが知られています。
特に副甲状腺の異常は、MEN1型の方の80%以上に見られる症状です。
影響を受ける臓器 | 主な症状
副甲状腺 | ・腎臓に石ができ、背中に激痛が走る(尿路結石) ・骨がもろくなる、骨の痛み ・疲れやすい、食欲がない
膵臓・十二指腸 | ・薬が効きにくい胃潰瘍や、しつこい胸やけ ・急な空腹感や冷や汗、意識が遠のく(低血糖) ・水のようなひどい下痢
下垂体 | ・(女性で)月経が止まる、母乳が出る ・手足やあご、額が大きくなる ・視野が狭くなり、ものが見えにくくなる
これらの症状は、一つずつ、または複数同時に現れることもあります。
時間をかけてゆっくり進行するため、気づかれにくいのが特徴です。
MEN2型の主な症状
MEN2型では、甲状腺に「髄様(ずいよう)がん」ができることが特徴です。
症状の組み合わせで、さらに2つのタイプに分かれます。
▼MEN2A型
甲状腺の症状に加えて、副腎や副甲状腺にも腫瘍ができることがあります。
・甲状腺髄様がん
首のしこり、声のかすれ、ものが飲み込みにくいなど。
・褐色細胞腫(かっしょくさいぼうしゅ)
副腎にできる腫瘍で、急に血圧が上がります。
激しい頭痛や動悸、大量の汗などの発作が起こります。
・副甲状腺の機能亢進
MEN1型と同様の症状が出ますが、比較的軽いことが多いです。
▼MEN2B型
MEN2A型と同じ症状に加え、子どもの頃からわかる特徴的な見た目が現れます。
そのため、小児期に病気が見つかることも少なくありません。
・唇や舌が厚くなる、まぶたに小さなこぶができる
・手足が長く、すらりと痩せた体つきになる
一つ一つの症状は、他の病気と間違われることもあります。
複数の症状が時間をあけて現れる場合は、この病気の可能性も考えられます。
多発性内分泌腺腫症の検査・診断
この病気の診断は、いくつかの検査を組み合わせて慎重に行います。
まず、症状やご家族のことなど、詳しいお話を聞くことから始まります。
その上でホルモンの値を調べ、体の内部を画像で確認していきます。
最終的に遺伝子を調べることで、診断を確定させることが多いです。
詳しいお話を聞く「問診」は、診断のとても重要な手がかりです。
特に、薬が効きにくい胃潰瘍などの症状がある場合は、
MEN1型の可能性も考え、ご家族の病歴も詳しくお伺いします。
お話をもとに、疑わしい場所を調べるための検査を進めます。
主な検査には、以下のようなものがあります。
・血液検査・尿検査
ホルモンの量を測り、どの臓器に異常があるか調べます。
例えば、血液中のカルシウム濃度が高い場合は、
副甲状腺の異常を疑うきっかけになります。
・画像検査
CTやMRI、超音波(エコー)検査などを使います。
腫瘍が「どこに」「どのくらいの大きさで」あるのかを、
体の内部を画像で見て具体的に確認するための検査です。
診断をはっきりさせるために、遺伝子検査は非常に重要です。
血液を採って、病気の原因となる遺伝子に変化がないかを調べます。
・MEN1型
メニンというタンパク質の設計図である遺伝子を調べます。
メニンは、他の遺伝子のスイッチ役を担う司令塔です。
細胞の活動のアクセル役とブレーキ役の両方を調整しています。
この司令塔の機能に異常が起きると、細胞が増えすぎてしまい、
腫瘍ができてしまう原因となるのです。
・MEN2型
RET遺伝子という、細胞が増える合図を出す遺伝子を調べます。
この遺伝子検査は、ご自身の診断を確定させるだけではありません。
ご家族が同じ体質を持つ可能性を知るための大切な情報になります。
症状が出る前に対応を始められるため、とても有益な検査です。
診断後は、専門家と相談できる遺伝カウンセリングも受けられます。
多発性内分泌腺腫症の治療
この病気を根本的に治す方法は、まだ見つかっていません。
しかし、それぞれの臓器にできた腫瘍に対応する治療はあります。
治療の目的は主に、以下の2つです。
・手術で腫瘍を取り除くこと
・お薬でホルモンの量を正常に近づけること
病気のタイプや症状、腫瘍の性質などを総合的に判断し、
一人ひとりに合った治療計画を立てていきます。
手術による治療
腫瘍を取り除くための、最も基本的な治療法が手術です。
どの臓器に腫瘍ができたかによって、手術の方法も変わります。
病気のタイプ | 主な腫瘍と手術
MEN1型 | ・副甲状腺 4つある腺をすべて取り、その一部を腕などに移植します。 これはホルモンをゼロにせず、体の機能を保つためです。 ・膵臓(すいぞう)・十二指腸 がんになる可能性もあるため、手術で取り除くことが重要です。
MEN2型 | ・甲状腺 甲状腺にできる「髄様がん」を防ぐことが最優先です。 遺伝子検査で将来がんになるリスクが高いとわかれば、 症状が出る前に甲状腺をすべて取る手術が勧められます。
特にMEN2型では、がんになる前の「予防的な手術」が、
その後の健康を守るために非常に有効な選択肢となります。
お薬による治療
手術が難しい場合や、手術後もホルモンの値が高い場合には、
お薬を使って症状をコントロールする治療が行われます。
ホルモンが作られすぎるのを抑えるお薬や、
腫瘍が大きくなるスピードをゆるやかにするお薬などがあります。
新しい治療法の研究
最近では、MEN1型の原因である「メニン」というタンパク質に、
注目した新しい治療法の研究が進められています。
メニンは、細胞の活動を調整する司令塔のような存在です。
この司令塔の異常な働きを邪魔する「メニン阻害剤」という、
新しいタイプのお薬の開発が進められているのです。
このお薬は、もともと血液のがんである白血病の治療を、
目的として研究されていました。
メニンの複雑な働きを抑えることで、腫瘍が増えるのを止め、
病気の進行を抑える効果が期待されています。
将来、MEN1型の新しい治療の選択肢になる可能性があります。
治療法は患者さん一人ひとりの状態によって大きく異なるため、
専門の医師とよく相談しながら進めていくことが大切です。













