インスリノーマ
原因不明の強い空腹感や冷や汗、集中力の低下。それは単なる疲れではないかもしれません。これらの症状は、血糖値を下げるインスリンを過剰に作り出す『インスリノーマ』という、まれな腫瘍が原因の可能性があります。
発生頻度は100万人に1〜4人とまれですが、深刻な低血糖を引き起こし、意識障害やけいれんを招くことも。症状がうつ病やてんかんと似ているため診断が難しく、低血糖を避けようと食事を繰り返すことで体重が急増するケースもあります。
この記事では、インスリノーマの正体から原因、発見率の高い最新の検査法、治療について詳しく解説します。原因不明の体調不良にお悩みの方は、ご自身の症状と照らし合わせてみてください。
インスリノーマの概要
インスリノーマとは、血糖値を下げるホルモンである 「インスリン」を、過剰に作り出す腫瘍のことです。
私たちの体は通常、食事などで血糖値が上がると、 すい臓からインスリンを分泌して血糖値を下げます。 しかし、この腫瘍があると体の状態とは無関係に、 インスリンが分泌され続け、低血糖を引き起こします。
腫瘍のほとんどは、インスリンを作る「すい臓」にできます。 しかし、ごくまれにすい臓以外の場所にできることもあり、 これを「異所性(いしょせい)インスリノーマ」と呼びます。
研究報告によれば、十二指腸や胃、女性の卵巣や 子宮頸部など、様々な場所にできることがわかっています。 このため、診断が難しくなることも少なくありません。
インスリノーマには、以下のような特徴があります。
- 性質 腫瘍の多く(80〜90%)は良性です。
- 発生頻度 100万人に1〜4人ほどと、比較的まれな病気です。
- 性別 やや女性に多く見られる傾向があります。
低血糖は意識を失うなど危険な状態につながるため、 原因不明の症状があれば、早めに受診することが大切です。
インスリノーマの種類
インスリノーマは、いくつかのポイントで種類が分かれます。 主に「性質」「できる場所」「数」の3つが基準です。 これらの違いによって、治療の方針も変わってきます。 そのため、どの種類か正確に知ることがとても重要です。
1. 性質による分類
できもの(腫瘍)が、おとなしいかどうかの違いです。
- 良性(りょうせい) ほとんど(約80~90%)がこの良性のタイプです。 できた場所から他の部分へ広がることはありません。
- 悪性(あくせい) ごく一部(約5%)ですが、悪性の場合もあります。 他の臓器に広がる(転移する)可能性があるものです。
2. できる場所による分類
インスリンを作る、すい臓にできるかどうかがポイントです。
- 膵内(すいない)インスリノーマ ほとんどは、すい臓の中にできるこのタイプです。
- 異所性(いしょせい)インスリノーマ ごくまれですが、すい臓以外の場所にできるものです。 十二指腸や胃、女性の卵巣などにできることがあります。 ある研究報告では、このタイプは女性に多いとされます。 低血糖だけでなく、お腹の痛みで気づかれることもあります。
3. 数による分類
できものが1つか、複数あるかの違いです。
- 単発性(たんぱつせい) できものが1つだけできるタイプです。
- 多発性(たはつせい) 複数のできものが同時にできるタイプです。 遺伝的な病気が背景にあることも考えられます。
これらの分類を、以下の表にまとめました。
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分類のポイント |
種類 |
特徴 |
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性質 |
良性 |
約80~90%を占め、他の場所に広がらない。 |
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悪性 |
約5%とまれだが、他の場所に広がる可能性がある。 |
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場所 |
膵内 |
ほとんどのケースで、すい臓の中にできる。 |
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異所性 |
まれにすい臓以外(胃、腸、卵巣など)にできる。 |
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数 |
単発性 |
できものが1つだけできる。 |
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多発性 |
複数のできものができ、遺伝が関係することも。 |
インスリノーマの原因
インスリノーマができる明確な原因は、実はまだ多くが解明されていません。 ほとんどのケースは、遺伝とは関係なく偶然に発生すると考えられています。
私たちのすい臓には、インスリンを作る「β細胞」という細胞があります。 このβ細胞が、何らかのきっかけで腫瘍に変化することが病気の始まりです。 原因の多くは、後天的に起こる遺伝子の変化だと考えられています。 これを「体細胞変異(たいさいぼうへんい)」と呼びます。 体の設計図である遺伝子の一部が、後から書き換わるような状態です。
ただし、ごく一部では遺伝が関係する病気の一症状として現れることがあります。
- 多発性内分泌腺腫症1型(MEN1) インスリノーマを発症する方の約1割は、 この病気が背景にあるとされています。 体の様々な場所に腫瘍ができやすくなる遺伝性の病気です。
- その他の病気 まれに、神経線維腫症1型や結節性硬化症といった、 体に腫瘍ができやすい他の病気の一環として発症する例も報告されています。
このように、ほとんどは偶然発生するものですが、遺伝的な背景も考慮します。 ご家族に似たような病気の方がいる場合は、医師に伝えることが大切です。
インスリノーマの症状
インスリノーマによって現れる症状の多くは、 血液中の糖分が異常に少なくなる「低血糖」が原因です。
私たちの体は血糖値が下がると、正常に戻そうと働きます。 しかし、この腫瘍があるとインスリノーマからインスリンが出続け、 血糖値が危険なレベルまで下がってしまうのです。 症状は、主に2つのタイプに分けられます。
体からの警告サイン(自律神経症状)
まず、体が血糖値の低下を感知して出す警告サインです。 これは、体を守るための緊急信号と考えることができます。
- 強い空腹感
- 冷や汗をかく
- 心臓がドキドキする(動悸)
- 手や指がふるえる
- 理由のない不安感や吐き気
これらの症状は、比較的、低血糖の初期に現れやすいです。
脳のエネルギー不足による症状(中枢神経症状)
脳はブドウ糖を主なエネルギー源として活動しています。 低血糖で脳へのエネルギー供給が滞ると、様々な不調が起こります。
- 頭痛や目のかすみ、ものが二重に見える
- 集中力の低下、普段と違う言動や錯乱
- 強い眠気、意識がもうろうとする
さらに症状が進むと、他の病気と間違われるような、 深刻な神経症状が現れることもあり注意が必要です。
- てんかんのような、けいれん発作
- 脳卒中のような、手足の麻痺
- うつ病と似た、気分の落ち込みや意欲の低下
- 一時的に記憶がなくなる(健忘症)
その他の特徴的なサイン
低血糖以外にも、診断の手がかりとなるサインがあります。
- 体重の大きな変化 低血糖の不快感を和らげるため、無意識に甘いものなどを 食べ過ぎてしまい、体重が急激に増えることがあります。 ある報告では、2年間で37kg増加した例もあります。
- お腹の痛み ごくまれに、すい臓以外の場所に腫瘍ができる 「異所性インスリノーマ」というタイプがあります。 この場合、低血糖ではなくお腹の痛みで気づかれることもあります。
これらの症状は、特に空腹時や運動後、早朝に現れやすいのが特徴です。 もし当てはまる症状があれば、早めに医療機関を受診してください。
インスリノーマの検査・診断
インスリノーマが疑われる場合、2つの大きな謎を解きます。 1つ目は「症状の原因が本当にインスリノーマか」。 2つ目は「もしそうなら、腫瘍はどこにあるか」です。 この謎を解くため、段階的に検査を進めていきます。
ステップ1:血液検査で証拠を探す(機能診断)
まず、症状がインスリノーマによるものか確かめます。 そのために「絶食試験」という検査を行うことがあります。 これは、わざと食事をしない時間を作り、体の反応を見る検査です。
健康な人なら、血糖値が下がるとインスリンも止まります。 しかし、インスリノーマがあると血糖値が低くても、 インスリンが過剰に出続けるという異常が起こります。 この決定的な証拠を、血液検査で突き止めるのです。
ステップ2:画像検査で隠れ場所を特定(局在診断)
血液検査でインスリノーマの存在が濃厚になったら、 次に腫瘍の隠れ場所を特定する画像検査に進みます。
- 超音波内視鏡検査(EUS) 胃カメラの先に超音波装置をつけ、胃の中から すい臓を詳しく観察し、腫瘍を探します。
- 造影CT検査・MRI検査 造影剤という薬を使い、腫瘍の場所や大きさを よりはっきりと写真に写し出します。
より専門的な検査
これらの検査でも腫瘍が見つからないこともあります。 その際は、さらに専門的な検査で探します。 近年では、新しい検査法も診断に役立っています。
ある研究報告によると、「Exendin-4機能画像診断」は、 従来の検査で見つけにくい腫瘍の発見にとても有効です。 この検査は、腫瘍だけにくっつく特殊な目印を使い、 PET/CTなどの装置で隠れた腫瘍を光らせて見つけます。 その発見率は95%以上と非常に高いことがわかっています。
このほか、血管に細い管を入れる専門的な検査など、 複数の方法を組み合わせて、正確な診断を目指します。
インスリノーマの治療
インスリノーマの治療は、低血糖の根本原因をなくすことが目標です。 腫瘍の状態や患者さん一人ひとりの体の状態に合わせて、 いくつかの方法の中から最も良い治療を選んでいきます。
手術で原因を取り除く治療
インスリノーマ治療の基本は、手術で腫瘍を取り除くことです。 原因である腫瘍を摘出することで、インスリンの異常な分泌が止まります。 これにより、つらい低血糖症状の根本的な改善が期待できます。
手術中の血糖値の管理は、安全のためにとても重要です。 手術前後の血糖値が不安定になると、体に負担がかかり、 術後に別の問題(合併症)が起こるリスクが高まります。 そのため、手術の際は「持続的血糖モニタリング(CGM)」 という方法が役立ちます。これは体に小さなセンサーをつけ、 24時間ずっと血糖値を測り続ける仕組みです。
このCGMを使うことで、低血糖や高血糖をすばやく見つけ、 すぐに対応できるようになります。 手術室の特別な環境(低温や電気メスの影響など)により、 一時的に測定の精度に影響が出ることも報告されています。 しかし、その精度は手術が終われば回復することがほとんどです。
手術以外の治療
体の状態などから手術が難しい場合や、腫瘍が他の場所に 広がっている(転移している)場合には、お薬などを使います。
- お薬による治療(薬物療法)
- 低血糖を抑える薬 ジアゾキシドなどのお薬を使い、インスリンの働きを抑え、 血糖値が下がりすぎるのを防ぎます。
- 腫瘍の成長を抑える薬 手術で腫瘍を取りきれない場合や転移がある場合には、 化学療法などのお薬で腫瘍が大きくなるのを抑えます。
- その他の治療法 腫瘍が肝臓に転移した場合などには、 肝動脈塞栓術(かんどうみゃくそくせんじゅつ)という 治療が選ばれることもあります。 これは、腫瘍に栄養を送る血管をふさぎ、 腫瘍を「兵糧攻め」にするような方法です。
どの治療法が最適かは、患者さんの状態によって異なります。 担当の医師とよく相談し、納得して治療を進めることが大切です。










