嚥下障害

食事中にむせたり、飲み込みにくさを感じたり。それは、誤嚥性肺炎や窒息につながる危険なサイン、「嚥下障害」かもしれません。実際に脳卒中患者の半数以上でこの障害が見られるという報告もあり、決して他人事ではないのです。

この問題は高齢者だけの話ではありません。がん治療などをきっかけに若い世代にも起こり得るうえ、公表されている情報だけでは見過ごされがちな、一人ひとりに合わせた判断が非常に重要になります。

この記事では、嚥下障害の具体的な原因やご自身でできるチェックリスト、そして最新の治療法までを詳しく解説します。大切なご家族とご自身の健康を守り、食事の喜びを取り戻すための知識を深めていきましょう。

嚥下障害の概要

食べ物を「ごっくん」と飲み込むことを嚥下(えんげ)と言います。 この当たり前の動作が、うまくできなくなる状態が嚥下障害です。

食事は、食べ物を見て、口で噛み、のどから食道へ送る一連の流れです。 この流れのどこか一つに問題が起きると、嚥下障害につながります。 命に関わる危険な状態を引き起こす可能性もあるため注意が必要です。

嚥下障害で起こりうる問題

  • 低栄養や脱水 食事量が減り、体に必要な栄養や水分が不足してしまいます。
  • 誤嚥(ごえん) 食べ物や唾液が、空気の通り道である気管に入ってしまうことです。
  • 誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん) 誤嚥した物についた細菌が原因で、肺が炎症を起こす病気です。
  • 窒息(ちっそく) 食べ物がのどに詰まり、呼吸ができなくなる非常に危険な状態です。

嚥下障害は、ご高齢の方だけの問題ではありません。 脳卒中やがんなどが原因で、若い方にも起こることがあります。

特に脳卒中後の嚥下障害は多いですが、ここで知っておくべき点があります。 脳卒中の研究では、言葉の障害(失語症)を持つ方が十分に調査されていません。 ある調査では、研究参加者のうち失語症の方はわずか1.5%でした。

このため、公表されている情報が全ての患者さんに当てはまるとは限りません。 一人ひとりの状態に合わせた丁寧な診察と判断がとても重要になります。

嚥下障害の種類

食べ物を飲み込む動作は、いくつかの段階に分かれています。 嚥下障害は、この流れのどこで問題が起きているかによって種類が異なります。

1. 準備期(せんこうき)の障害 食べ物を見て「食べ物だ」と認識し、口に運ぶまでの段階です。 認知機能が低下すると、食べ物がわからず口を開けないことがあります。

2. 口腔期(こうくうき)の障害 口の中で食べ物を噛み砕き、唾液と混ぜて飲み込みやすくします。 舌の動きなどで食べ物をまとめ、のどの奥へ送る大切な準備段階です。 歯や舌の動きが悪いと、うまくまとめられず口の中に残ってしまいます。

3. 咽頭期(いんとうき)の障害 「ごっくん」と飲み込む反射が起こり、食べ物が食道へ送られます。 この時、空気の通り道である気管に、フタが閉まる仕組みがあります。 この反射が遅れたり、フタがうまく閉まらないと誤嚥が起こります。

脳卒中後などでこの機能が弱まることがありますが、リハビリも進歩しています。 例えば、のどの感覚を呼び覚ますための弱い電気刺激を行う治療法があります。 ある研究では、筋肉を動かす強い刺激よりも、患者さんがチクチク感じる程度の 弱い刺激の方が、飲み込む機能の改善に役立つ可能性が示されました。

4. 食道期(しょくどうき)の障害 食道に入った食べ物を、筋肉の動きで胃まで運ぶ最終段階です。 食道の動きが悪いと、食べ物が胸でつかえたり、逆流したりします。

段階

主な働き

起こりうる問題の例

準備期

食べ物を認識して口に運ぶ

食べ物だとわからない、口を開けない

口腔期

噛み砕き、飲み込む準備をする

うまく噛めない、食べ物が口に残る

咽頭期

ゴクンと飲み込み、食道へ送る

むせる、誤嚥する、声がガラガラになる

食道期

食べ物を胃へ運ぶ

胸のつかえ、胃から逆流する

どの段階で問題が起きているかを知ることが、適切な対策の第一歩です。

嚥下障害の原因

食べ物や飲み物がうまく飲み込めなくなる嚥下障害の原因はさまざまです。 原因は大きく2つに分けられます。 食べ物の通り道自体に問題がある場合と、飲み込む機能に問題がある場合です。

1. 器質的な原因

口や喉、食道など、食べ物の通り道の形に物理的な問題が起きる状態です。 通り道が狭くなったり、塞がれたりすることで飲み込みにくくなります。

  • 口や喉のがんとその治療 口や喉、食道にがんができると、食べ物の通りを物理的に邪魔します。 また、頭や首のがんに対する放射線治療も、原因の一つです。 放射線治療は、口の中に強い炎症(口腔粘膜炎)を起こすことがあります。 ある研究では、この口腔粘膜炎の痛みや症状が、嚥下障害につながることが示されています。 強い痛みから、食事を飲み込むこと自体が困難になるのです。
  • 手術後の変化 がんの手術などで舌や喉の一部を切除した場合も原因となります。 食べ物をうまくまとめたり、喉の奥へ送り込んだりしにくくなります。

2. 機能的な原因

食べ物を飲み込むための筋肉や、それを動かす神経の働きが弱まる状態です。 見た目には問題がなくても、飲み込むという動作自体がうまくできません。

  • 脳や神経の病気 脳卒中は、嚥下障害の代表的な原因です。 ある報告では、脳卒中患者さんの半数以上で嚥下障害が見られます。 脳のダメージで、飲み込みを指令する神経がうまく働かなくなるためです。 その他、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)なども原因です。
  • 加齢による変化 年を重ねると全身の筋力が衰えるように、飲み込みの筋肉も弱まります。 これを「サルコペニア嚥下」と呼ぶこともあります。 また、食べ物に触れる感覚が鈍くなり、飲み込みの反応が遅れがちです。
  • 薬の副作用 一部のお薬の副作用で、口が渇いたり筋肉の動きが鈍くなったりします。 その結果、唾液が減って食べ物をまとめにくくなり、嚥下障害につながることがあります。

嚥下障害の症状

食べ物や飲み物がうまく飲み込めないとき、体はサインを出します。 ご自身やご家族に、次のような症状がないか確認してみましょう。 これらは、飲み込む力が弱っていることを示す大切なサインです。

【嚥下障害のチェックリスト】

  • 食事中によくむせる、せき込む 食べ物や飲み物が、食道ではなく空気の通り道である気管に入りかけた時に、体を守ろうとして起こる反応です。
  • 食後に声がかすれたり、ガラガラ声になったりする 飲み込んだはずの食べ物が、のどに残っているサインかもしれません。 残ったものが声帯の周りにあると、声の質が変わることがあります。
  • 食べ物が飲み込みにくい、口の中に残りやすい 舌の動きが悪かったり、のどへ送り込む力が弱まっていたりすると、食べ物をうまくまとめられず、飲み込みにくくなります。
  • 硬いものや、パサパサしたものが食べにくい 飲み込む力が弱まると、水分が少なくまとまりにくい食べ物は、特に飲み込みづらくなります。
  • 食事に時間がかかる、食事中にとても疲れる 飲み込むという動作に、多くの集中力や体力が必要になっている状態です。

また、がん治療、特に頭や首への放射線治療が原因となることもあります。 放射線治療は、口の中の粘膜に強い炎症を起こすことがあります。 これを口腔粘膜炎と呼び、強い痛みから飲み込みが困難になるのです。 ある研究では、この痛みが嚥下障害の直接的な原因になると示されています。

はっきりとした症状がなくても注意が必要です。 原因不明の体重減少や微熱が続く場合、気づかないうちに誤嚥し、誤嚥性肺炎を起こしている可能性があります。 気になるサインがあれば、早めに医療機関へご相談ください。

嚥下障害の検査・診断

「飲み込みにくい」と感じたら、まず原因を調べることが大切です。 飲み込む力(嚥下機能)がどの程度かを知ることで、適切な対策が立てられます。 検査には、簡単にできるものから、機械を使って詳しく調べるものまであります。

1. 簡単な検査(スクリーニング検査)

まず、嚥下障害の可能性があるかを調べるための簡単な検査を行います。

  • 質問票(EAT-10) 「食事中にむせますか?」など10個の質問に答えていただきます。 ご自身の困りごとを点数で評価し、嚥下障害の可能性を調べます。
  • 反復唾液嚥下テスト(RSST) 30秒間で、自分の唾液を何回「ごっくん」と飲み込めるか数えます。 飲み込む反射の力を調べるテストで、3回未満だと注意が必要です。
  • 水分嚥下試験(MWST) 少量の水を飲んでもらい、むせたり、声が変わったりしないか確認します。 飲み込んだ後にガラガラ声になるのは、水がのどに残っているサインです。

2. 詳しい検査(精密検査)

簡単な検査で問題が見つかった場合、より詳しく調べる精密検査を行います。 食べ物の動きを「見る」ことで、どこに問題があるのかを正確に突き止めます。

検査の種類

内容

嚥下内視鏡検査(VE)

鼻から細いカメラを入れ、のどの動きを直接見ます。食べ物がどこに残りやすいか、誤嚥していないかがリアルタイムでわかります。

嚥下造影検査(VF)

バリウムなどが入った食事をしながらレントゲン撮影をします。食べ物の流れを動画で確認でき、誤嚥の有無を正確に調べられます。

これらの検査は、今の状態を評価するだけでなく、将来の予測にも役立ちます。 例えば、脳卒中後の患者さんが再び口から食事を始められるか判断する際、 検査結果はとても重要な情報になります。

ある研究では、嚥下機能だけでなく、認知機能や栄養状態なども含めて 総合的に評価することが、食事再開の予測に役立つ可能性が示唆されています。 医師はこれらの検査結果を元に、一人ひとりに合った治療計画を立てていきます。

嚥下障害の治療

嚥下障害の治療目標は、安全に食事を楽しみ、十分な栄養を摂ることです。 治療は原因や症状の程度に合わせ、いくつかの方法を組み合わせて行います。 治療は主に、次の3つの柱で進められます。

  • リハビリテーション(訓練)
  • 食事内容の工夫
  • その他の治療法

1. リハビリテーション(訓練)

飲み込む力を取り戻すための練習で、専門家と一緒に行います。

  • 間接訓練 食べ物を使わずに行う、飲み込みの準備体操です。 口や舌の体操、首の運動、声を出す練習などで、飲み込みに必要な筋肉を鍛えます。
  • 直接訓練 ゼリーなど、実際に飲み込みやすい物を使って、安全に食べる練習をします。
  • 電気刺激療法 のどの筋肉に弱い電気を流し、飲み込む感覚を呼び覚ます治療法です。 ある研究では、筋肉が動くほどの強い刺激よりも効果的な方法が示されました。 患者さん自身が「チクチクする」と感じる程度の優しい刺激の方が、 飲み込む機能の改善に役立つ可能性が報告されています。

2. 食事内容の工夫

安全に食べるため、食べ物の形を工夫することも大切な治療の一つです。 まとまりやすく、のどをスムーズに通りやすい形に調整します。

  • 嚥下調整食 食べ物を細かく刻んだり、ミキサーにかけたりして、飲み込みやすくします。
  • とろみ剤 飲み物やお汁にとろみをつけることで、ゆっくりと食道へ流れるようにし、 気管に入ってしまう「誤嚥」を防ぎます。

3. その他の治療法

訓練や食事の工夫だけでは難しい場合、以下のような方法が考えられます。

  • 薬物療法・外科手術 嚥下障害の原因となっている病気がある場合に、その治療を行います。
  • 経管栄養 口から十分な栄養が摂れない場合に、チューブで胃や腸に栄養を送ります。 しかし、これが治療の終わりではありません。 経管栄養を行いながらも、再び口から食べられることを目指し訓練を続けます。 そのためには、飲み込む力だけでなく、栄養状態や意識の状態も含めて、 専門家が定期的に状態を確認し、総合的に判断することが非常に重要です。