代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)
健康診断で「肝機能の数値が高い」「脂肪肝」と指摘されたものの、自覚症状がないため放置していませんか。国内に約2,000万人いるとされる脂肪肝(MASLD)の患者のうち、約4人に1人は肝硬変や肝がんへ進行しうる「代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)」であると考えられています。
MASHの本当の怖さは肝臓だけにとどまらず、主な死亡原因が心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患である点にあります。この記事では、MASHの詳しい病態から原因、そして治療法までをわかりやすく解説します。
なぜこの病気が「沈黙の病気」として危険なのかを理解し、ご自身の状態を正しく把握することで、将来の深刻な病気を防ぐための第一歩が見えてくるはずです。
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の概要
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)は、肝臓に脂肪がたまるだけでなく、炎症や細胞の損傷を伴うことで進行する病気です。以前は「非アルコール性脂肪肝炎(NASH)」と呼ばれていましたが、病態の実態をより正確に反映するため、2023年に現在の名称へと変更されました。
この病気は、より広い概念である「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)」が進行した状態を指します。国内に約2,000万人いると推定されるMASLDの患者さんのうち、およそ4人に1人(約25%)がMASHへ進行すると考えられています。
MASHになると、肝臓の組織が硬くなる「線維化」が進みます。この線維化が重症化することで、肝硬変や肝がんといった、生命に直接関わる病気を引き起こすリスクが高まるのです。
しかし、MASHのリスクは肝臓だけにとどまりません。実は、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患(CVD)のリスクを高めることが大きな問題となっています。
実際に、MASLD患者さんの主な死亡原因は心血管疾患であり、肝臓の不調が心臓の電気的な活動に影響を及ぼすこともあります。MASLDの患者さんでは、心電図検査でQT間隔の延長(心臓の電気が元に戻るまでの時間が長くなる状態)や不整脈が見つかることも少なくありません。※
一方で、肝臓の線維化が重度になると、肝臓に関連する死亡リスクが急激に高まることも報告されています。※
このように多くのリスクを抱える病気でありながら、初期段階では自覚症状がほとんど現れません。そのため「沈黙の臓器」である肝臓の病気は、気づかないうちに進行している場合があり、早期発見・早期治療が重要です。
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の種類
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)は、より大きな病気のグループである「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)」の中に含まれる、進行した状態を指します。
同じ「肝臓に脂肪がたまる病気」でも、肝臓の状態や飲酒習慣の有無によって、主に下表の3つのタイプに分けられます。
種類 | 肝臓の状態 | 特徴・リスク
単純性脂肪肝 | 脂肪の蓄積はあるが、 炎症はほとんどない状態 | ・MASLDの初期段階にあたります。 ・この時点では、肝臓へのダメージは比較的少ないと考えられています。
MASH (代謝機能障害関連脂肪肝炎) | 脂肪の蓄積に加え、 強い炎症や細胞の損傷を伴う状態 | ・MASLDのより重症な形態です。 ・肝臓の組織を顕微鏡で見たときに、炎症(小葉性炎症)や細胞が風船のように膨らむ所見(肝細胞膨化)が確認されます。 ・放置すると肝臓が硬くなる「線維化」が進行しやすく、肝硬変や肝がんへ至るリスクが高い状態です。※
MetALD (代謝機能障害アルコール関連肝疾患) | MASLDの素因があり、 かつ一定量以上の飲酒習慣がある状態 | ・代謝の問題とアルコールの両方が肝臓にダメージを与えるため、MASHよりも速いスピードで肝硬変や肝がんへ進行する可能性があります。
このように、一口に脂肪肝といっても、その中身はさまざまです。
特に、炎症を伴う「MASH」や、アルコールの影響が加わる「MetALD」は、将来的に深刻な肝臓の病気につながるリスクが高まります。そのため、早期に適切な対応をとることが重要であり、自分の状態がどのタイプに当てはまるのかを正しく把握することが、治療の第一歩といえます。
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の原因
MASHの発症には、過食や運動不足といった生活習慣の乱れが深く関わっています。エネルギーとして使いきれなかった糖質や脂質が「中性脂肪」として肝臓に過剰に蓄積することが、すべての始まりです。
しかし、なぜ肝臓に脂肪がたまってしまうのでしょうか。その背景には、主に以下の要因が複雑に絡み合っています。
・メタボリックシンドローム(内臓脂肪型肥満)
肥満、特に内臓脂肪が増えると、脂肪細胞から放出される物質のバランスが崩れます。これにより、血糖値を下げるインスリンの働きが悪くなり(インスリン抵抗性)、肝臓での脂肪の分解が妨げられ、逆に脂肪の合成が促進されてしまいます。
・食生活の偏り
食事の内容も肝臓に直接影響を与えます。特に注意が必要なのは以下のものです。
・糖質の過剰摂取:ご飯やパン、麺類だけでなく、清涼飲料水や果物に含まれる「果糖」は、肝臓で直接中性脂肪に変換されやすいため、摂りすぎは脂肪肝の大きな原因となります。
・飽和脂肪酸の過剰摂取:肉の脂身、バター、生クリームなどに多く含まれる飽和脂肪酸も、肝臓での中性脂肪の蓄積を促します。
・遺伝的な体質とその他の要因
同じ生活習慣でも、MASHになりやすい人となりにくい人がいます。
・遺伝的要因:特定の遺伝子(PNPLA3遺伝子など)を持っていると、脂肪肝になりやすいことがわかっています。
・腸内環境の乱れ:腸内細菌のバランスが崩れると、有害物質が作られやすくなり、それが血流に乗って肝臓に届き、炎症を引き起こす一因になると考えられています。
注意すべき「痩せ型MASH」
「自分は太っていないから大丈夫」と思っていませんか?
実は、日本人ではMASH患者さんの約2割が、肥満ではない「痩せ型MASH」であると報告されています。見た目はスリムでも、筋肉量が少なく内臓脂肪がたまっていたり、糖質の多い食生活を送っていたりすると、発症のリスクは十分にあります。体型だけで安心することはできません。
このように、MASHの原因は一つではありませんが、なぜ特定の脂質が肝臓の炎症を強く引き起こすのかなど、その詳細なメカニズムについてはまだ不明な点も多く、現在も世界中で研究が進められています。※
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の症状
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の最も注意すべき点は、初期段階で自覚できる症状がほとんどないことです。肝臓はダメージを受けてもSOSのサインを出しにくいため、「沈黙の臓器」と呼ばれており、気づかないうちに病状が静かに進行していることが少なくありません。
しかし、症状がないからといって問題がないわけではありません。MASHが進行して肝臓の組織が硬くなる「線維化」が進み、肝硬変という状態に至ると、ようやく体からの危険信号として次のような症状が現れはじめます。
・全身の倦怠感(だるさ)
・食欲の低下
・むくみ(浮腫)
・お腹の張り(腹水)
・皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)
さらに、MASHの影響は肝臓だけにとどまらない点が、この病気のもう一つの怖い側面です。
実は、MASHを含むより広い概念であるMASLDの患者さんの主な死亡原因は、肝臓の病気ではなく、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患(CVD)であることがわかっています。
実際に、心電図検査を行うと、心臓の電気が元に戻るまでの時間が長くなる「QT間隔の延長」や、心房細動、心室性不整脈といった異常が見つかることも少なくありません。※
このように、症状がないからこそ「沈黙の病気」は危険といえます。健康診断などで「肝機能の数値に異常がある」と指摘された場合は、自覚症状がなくても決して放置せず、専門の医療機関を受診するようにしてください。
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の検査・診断
MASHの診断は、血液検査や画像検査を組み合わせて、肝臓の状態を多角的に評価することから始まります。自覚症状がほとんどないため、多くの方は健康診断などで「肝機能の異常」を指摘されたことをきっかけに受診されます。
検査の目的は、単に脂肪がたまっているかを見るだけではありません。
・肝臓の炎症や「線維化(せんいか)」の進行度
・心筋梗梗塞や不整脈といった心血管疾患のリスク
この2つの危険性を正確に把握することが重要です。
血液検査
採血によって、肝臓のダメージ具合や線維化の進行リスクを推定します。
・肝機能の数値(AST, ALT)
肝細胞が壊れると血液中に漏れ出す酵素の数値です。肝臓がどれだけダメージを受けているかを知るための基本的な指標となります。
・線維化マーカー(FIB-4 indexなど)
年齢、AST、ALT、そして血小板の数から、肝臓の線維化(硬さ)がどの程度進んでいるかを計算式で推定します。
この数値が基準を超えると、より詳しい検査が必要になる場合があります。
画像検査
超音波(エコー)を使って、肝臓の様子を直接目で見て評価します。
・腹部超音波(エコー)検査
肝臓に脂肪がたまると、超音波の画像では白く輝いて見えます。この検査で、脂肪蓄積の程度や肝臓の形、大きさなどを確認します。
・肝硬度測定(SWEなど)
エコーの機械を使って、肝臓の「硬さ」を数値で評価する検査です。肝生検のように体に針を刺すことなく、線維化の進行度を客観的に把握できます。
心電図検査
MASHの検査で、なぜ心臓の検査が必要なのか不思議に思うかもしれません。
実は、MASHを含むMASLDの患者さんの主な死亡原因は、肝がんや肝硬変ではなく、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患です。肝臓の状態が悪化すると、心臓の電気的な活動にまで影響を及ぼすことがあります。
そのため、心電図検査で「QT間隔の延長(心臓の電気が元に戻るまでの時間が長くなる状態)」や、心房細動・心室性不整脈といった危険な不整脈が隠れていないかを確認することが、治療方針を決めるうえで極めて重要になります。※
肝生検
上記の検査でMASHが強く疑われ、炎症や線維化の程度を正確に評価する必要がある場合、最終的な診断方法として「肝生検」が検討されます。
これは、お腹に細い針を刺して肝臓の組織を少量だけ採取し、顕微鏡で直接観察する検査です。肝細胞が風船のように膨らんでいないか、炎症がどの程度起きているかなどを詳細に確認し、確定診断につなげます。
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の治療
代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の治療は、肝臓にたまった脂肪と炎症を改善するだけでなく、命に関わる心筋梗梗塞や脳卒中のリスクを低減させるという、2つの大きな目的を持って進められます。
そのため、単に肝臓だけを診るのではなく、肝臓の線維化と心血管疾患の両方を予防するための総合的な治療戦略が不可欠です。※
治療の根幹をなすのは、あくまで「生活習慣の改善」です。その上で、併存する病気の状態や肝臓の線維化の進行度に応じて、薬物療法を組み合わせていきます。
治療の具体的な柱は、主に以下の3つです。
1. 生活習慣の改善(食事・運動療法)
2. 併存疾患の治療
3. 薬物療法
1. 生活習慣の改善:治療の土台
MASH治療で最も基本的かつ効果的な方法は、日々の食事と運動を見直すことです。目標は明確で、まずは体重の7〜10%減量を目指します。
この数値を達成することで、肝臓の脂肪量が減少し、炎症が改善に向かうことが多くの研究で示されています。
具体的な取り組みを下表に整理します。
改善項目 | 具体的な取り組み
食事療法 | ・摂取カロリーを適切に管理する ・糖質、特に清涼飲料水や果物に含まれる「果糖」を控える ・肉の脂身やバターなどに多い「飽和脂肪酸」を減らす
運動療法 | ・ウォーキングなどの有酸素運動(少し汗ばむ程度)を継続する ・筋力トレーニングを取り入れ、基礎代謝を上げる
2. 併存疾患の治療:全身のリスク管理
MASHは単独で存在する病気ではなく、多くの場合、背景に糖尿病や高血圧、脂質異常症といった生活習慣病を伴います。
これらの「心臓代謝リスク因子」を適切にコントロールすることは、MASHそのものの改善に直接つながると考えられています。※
肝臓と心臓は密接に関連しており、血糖値や血圧、脂質の管理を徹底することが、両方の臓器を守るための鍵となります。
3. 薬物療法:進行を食い止めるための選択肢
生活習慣の改善だけでは十分な効果が得られない場合や、肝臓の線維化が進行している場合には、薬物療法が検討されます。
現時点で、MASHそのものをターゲットとした標準的な保険適用薬はありません。しかし、専門家の間では、背景にある病態を改善するために、以下のような薬剤の有効性が報告されています。
・ビタミンE
抗酸化作用により、肝臓で起きている炎症を抑える効果が期待できます。
・糖尿病治療薬
糖尿病を合併している場合に用いられ、肝臓にも良い影響を与える可能性があります。
・ピオグリタゾン: インスリンの働きを良くして肝臓の脂肪を減らす作用があります。
・SGLT2阻害薬 / GLP-1受容体作動薬: 血糖コントロールだけでなく、体重減少や肝脂肪を減らす作用も報告されています。
ただし、これらの薬が肝臓の脂肪蓄積や線維化に具体的にどう影響するのか、まだ解明されていない点も多いのが現状です。※ そのため、薬物療法の選択は、専門医が患者さん一人ひとりの状態を慎重に見極めた上で判断します。
MASHの治療は、一度始めたら終わりではありません。定期的な血液検査や画像検査で治療効果を客観的に評価し、肝硬変や肝がんへの進行がないかを確認しながら、粘り強く続けていくことが何よりも大切です。










