癒着胎盤
「癒着胎盤」という診断に不安を感じている妊婦さんはいませんか。妊娠中に自覚症状がほとんどないため、予期せぬ診断に戸惑いやショックを感じるかもしれません。特に、過去の帝王切開経験があると、そのリスクは高まる可能性があります。
本記事では、癒着胎盤の概要、原因や種類、検査・診断方法、そして治療について、専門家の知見に基づき詳しく紹介します。分娩時に大量出血や子宮摘出など、母体に深刻な影響を及ぼす可能性もあるため、正確な知識を持つことは重要です。
この記事を通して癒着胎盤の正しい知識を得ることで、漠然とした不安が軽減され、医師とともに最適な分娩計画を立てるための準備が進められるでしょう。安心して出産に臨むための第一歩となる情報がここにはあります。
癒着胎盤の概要
癒着胎盤とは、出産時に胎盤が子宮の壁に異常に深く結合し、分娩の際に自然に剥がれなくなる状態です。医学的には「胎盤癒着異常」とも呼ばれています。
この胎盤の癒着にはさまざまな程度の深さがあり、これらを総称して「癒着胎盤スペクトラム」と呼びます。具体的には、次のとおり分類されます。
・子宮筋層へのわずかな付着: 胎盤が子宮の筋肉の層に軽く張り付いている
・子宮筋層への侵入: 胎盤が子宮の筋肉の層の奥深くに入り込んでいる
・子宮筋層の貫通: 胎盤が子宮の筋肉の層を突き破り、子宮の外側や膀胱などの隣接臓器にまで達している重篤な状態
癒着胎盤が発生すると、胎盤がスムーズに剥がれないため、分娩時に大量の出血や子宮の損傷など、母体に深刻な合併症を引き起こす危険性があります。場合によっては、生命に関わる事態に発展したり、子宮摘出が必要となるケースも考えられます※。
特に、過去に子宮外科手術を受けた女性は、手術による子宮内膜の損傷が原因で、癒着胎盤を含む子宮内癒着症(IUA)を発症するリスクがあることが指摘されています※。子宮内癒着症は、子宮内部に組織が異常に付着する状態で、不妊や早産、分娩時の出血など、さまざまな産科アウトカムに影響を与える可能性があります※。
そのため、妊娠中に癒着胎盤と診断された場合は、専門的な管理と出産方法について、医師と十分に話し合うことが不可欠です。
癒着胎盤の種類
癒着胎盤の種類は、胎盤が子宮の壁へ入り込む深さや、癒着する場所によって重症度が異なり、それぞれに特有のリスクを伴います。この分類は、適切な治療方針を決める上で重要な判断基準となります。
胎盤が子宮筋層へ入り込む深さによって、主に3つのタイプに分けられます。
・癒着胎盤(Placenta Accreta): 胎盤が子宮筋層の表面に異常に付着している状態です。最も軽度とされるタイプですが、自然に剥がれない場合もあります。
・嵌入胎盤(Placenta Increta): 胎盤が子宮筋層の深い部分まで入り込んでいる状態を指します。「嵌入(かんにゅう)」とは「深くはまり込む」という意味です。子宮の筋肉の層の中に、まるで根を張るように食い込んでいくイメージで、子宮壁の損傷リスクが高まります。
・穿通胎盤(Placenta Percreta): 胎盤が子宮筋層を貫通し、子宮の外側、さらには膀胱などの隣接する臓器にまで達している最も重篤な状態です。「穿通(せんつう)」とは「突き破って通じる」という意味で、極めて大量の出血や臓器損傷のリスクが高まる場合があります。
特に、以前に帝王切開などの子宮外科手術を受けた経験がある方は、その傷跡に胎盤が癒着しやすい「瘢痕(はんこん)癒着胎盤」のリスクが高まります。これは、手術によって子宮内膜が損傷し、胎盤がそこに異常に付着してしまうためと考えられています※。
過去の帝王切開の傷跡に妊娠が成立し、胎盤がその部分に癒着する「帝王切開瘢痕妊娠(CSP)」と呼ばれる状況では、非常に高い確率で瘢痕癒着胎盤を発症することが報告されています。実際に、妊娠を継続する帝王切開瘢痕妊娠の積極的な管理を行ったケースでは、約79%が瘢痕癒着胎盤となったというデータもあります※。このようなケースでは、分娩時の大量出血や、場合によっては子宮摘出が必要となる危険性が高まるとされています※。
これらの病態は、単一の疾患ではなく、「癒着胎盤スペクトラム」と呼ばれる連続した重症度の広がりを持つものとして捉えられています。つまり、軽度な付着から、生命に関わるほどの貫通まで、グラデーションのように変化する状態を指すのです。このスペクトラム全体が、不妊、早産、分娩時の異常出血、さらには子宮摘出といった、深刻な産科合併症を引き起こす可能性と強く関連していると考えられています※。
癒着胎盤の原因
癒着胎盤は、胎盤が子宮の壁に異常に深く結合し、出産時に自然に剥がれなくなる状態です。その主な原因は、過去に子宮に受けた手術の傷跡など、子宮内膜の損傷にあると考えられています。子宮内膜の損傷部分では、健康な組織とは異なる結合組織が形成されやすいため、胎盤がその部分に深く入り込み、正常に剥がれにくくなることが要因です。
特に、帝王切開を経験した方は、癒着胎盤となる可能性が高まります。帝王切開は子宮を切開する手術であり、その傷跡に胎盤が異常に付着しやすいためです。複数回帝王切開を経験している場合、そのリスクはさらに高まると言われています※。
帝王切開以外にも、子宮内膜に損傷を与えるさまざまな外科的処置が、癒着胎盤のリスクを高める原因となりえます。これらの処置は、子宮内癒着症(IUA)と呼ばれる状態を引き起こしやすく、IUAは不妊、早産、分娩時出血、さらには癒着胎盤スペクトラムなどの有害な産科合併症と関連が指摘されています※。
具体的な子宮内膜への外科的処置と、それに伴うIUA発生率は次のとおりです。
・初期妊娠喪失後の妊娠産物除去術(流産や人工妊娠中絶時の掻爬など): 約17%
・子宮鏡下筋腫切除術: 約16%
・子宮の形の異常を治すための手術(子宮形成術): 約28%
これらの手術によって子宮内膜にダメージが生じると、その後に続く妊娠で胎盤が傷ついた部分に深く根を張ってしまうことがあるのです※。
また、上記以外にも、次のような要因が癒着胎盤のリスクを高める可能性があると考えられています。
・子宮筋腫がある場合: 子宮の形状や機能に影響を与えるため
・子宮の先天的な異常がある場合: 胎盤の付着部位が正常でない可能性があるため
・高齢出産: 一般的に、妊娠合併症のリスクが高まるため
ご自身にこれらのリスク要因があるかどうかを理解することは、妊娠前から医師と適切な相談を行い、分娩計画を立てる上で非常に重要です。
癒着胎盤の症状
癒着胎盤には、妊娠中に特定の自覚症状がほとんど現れません。そのため、事前に診断されていなければ、妊娠中に癒着胎盤があることに気づくのは難しいでしょう。
ところが、分娩が始まると問題は一変します。通常の出産では胎盤が子宮の壁から自然に剥がれ落ちますが、癒着胎盤の場合は、それが叶わないという特有の症状が現れるのです。この状態が続くと、分娩時の大量出血につながる危険性が極めて高まります。
癒着胎盤は、子宮内癒着症(IUA)の一部として、妊娠や出産に深刻な影響を及ぼすことがわかっています※。IUAを有する女性では、無症状の場合や月経異常のほかに、早産や分娩時の大量出血といった合併症の報告が多いとされています※。癒着胎盤も同様に、これらの有害な産科合併症のリスクを高めるため、十分な注意が必要です。
分娩時の大量出血が進むと、貧血だけでは済みません。体内の血液が著しく失われ、生命に関わる出血性ショックや、血液が固まらなくなるDIC(播種性血管内凝固症候群)という重篤な状態を引き起こす可能性が出てきます。出血が止まらない場合、母体の命を守るために子宮を摘出する、という厳しい選択を迫られるケースも考えられます。
癒着胎盤の検査・診断
癒着胎盤の検査と診断は、妊娠中に行われる画像検査が中心ですが、最終的な確定診断は分娩時に下されることもあります。この早期かつ正確な診断は、母体の安全を守るための治療計画を立てる上で不可欠です。
妊娠中の診断
妊娠中に癒着胎盤が疑われる場合、主に画像検査を通じて診断が進められます。これらの検査は、胎盤が子宮壁にどの程度深く結合しているか、また周囲の臓器にまで影響が及んでいるかを詳しく調べるために行われます。
診断に用いられる主な画像検査は次のとおりです。
・超音波検査(エコー検査)
・胎盤が子宮筋層にどれくらい食い込んでいるか、子宮と膀胱の境界が不明瞭になっていないかなどを確認します。
・「カラードプラー超音波検査」という、血流を色で表示する特殊な方法を用いると、胎盤内の血流異常や、子宮筋層への異常な血管の侵入の有無を評価できます。
・この検査は簡便に実施できるため、スクリーニング(ふるい分け)検査として広く活用されています。
・MRI(磁気共鳴画像法)
・超音波検査だけでは診断が難しい場合や、より詳細な評価が求められる場合に実施されます。
・MRIは、胎盤、子宮筋層、そして膀胱などの周囲臓器との位置関係を立体的に把握することに優れています。
・これにより、胎盤の癒着の深さや広がり、また膀胱への浸潤(組織が深く入り込むこと)があるかどうかをより詳細に確認でき、分娩計画を立てる上で非常に重要な情報が得られます。
これらの画像検査によって癒着胎盤が「疑われる」と判断されることはありますが、画像診断だけで確定診断を下すのが難しいケースも存在します。子宮内膜の損傷が関わる疾患(子宮内癒着症など)は多岐にわたり、その病気の原因や診断、管理方法については、現在も研究が進められている分野です※。子宮内癒着症(IUA)を持つ女性の場合、無症状のこともあれば、月経異常や不妊、早産、分娩時の出血などを経験する可能性があるため、癒着胎盤の診断は、こうした多様な症状や潜在的なリスクを考慮する必要があるといえます※。そのため、最終的な確定診断には、慎重な検討と専門的な評価が求められます。
分娩時の診断
癒着胎盤の確定診断は、多くの場合、分娩時に行われます。胎児が娩出された後、通常であれば自然に剥がれ落ちるはずの胎盤が、子宮筋層に強く付着しているために剥がれてこないことで診断に至ります。
胎盤が子宮に深く結合している状態で無理に剥がそうとすると、母体に大量出血を引き起こす危険性が高まります。子宮内癒着症は、癒着胎盤スペクトラム(癒着胎盤の重症度を示す連続的な状態)の一部であり、早産や大量出血、さらには子宮摘出などの深刻な産科合併症につながる割合が高いとされています※。そのため、分娩時に癒着胎盤が判明した場合は、状況に応じて適切な処置が迅速に講じられます。
診断は、医療チームが患者さんの状態を総合的に判断し、最も安全な治療方針を決めるための重要なステップです。妊娠中から癒着胎盤の可能性が指摘された場合は、必ず専門の医療機関で十分に相談し、どのような分娩計画が最適であるかを医師と詳しく話し合っておくことをおすすめします。
癒着胎盤の治療
癒着胎盤の治療では、母体からの大量出血を防ぎ、赤ちゃんの安全を確保することが何よりも優先されます。そのため、妊娠中に癒着胎盤が診断された場合、あらかじめ時期を決めて行う計画帝王切開で赤ちゃんを取り出す方法がとられます。
治療の基本と計画帝王切開
計画帝王切開が選ばれる理由の一つは、赤ちゃんの合併症リスクを減らすためです。計画的な自然分娩と比較して、計画帝王切開は次のような新生児合併症の発生率を低く抑えることが報告されています※。
・臍帯動脈のpH低値(血液が酸性に傾く状態)
・出生時の外傷
・経管栄養(口から栄養がとれない場合の栄養法)
・低緊張
特に、単胎妊娠(赤ちゃんが一人である妊娠)の場合では、出産前後の赤ちゃんの死亡率(周産期死亡率)が有意に低いことも示されています※。
一方で、母体側への影響として、計画帝王切開は絨毛羊膜炎(子宮内の感染症)の発生は有意に少ないとされています。しかし、術後の傷の感染や、産後の回復期間が自然分娩より長くかかる可能性もあります※。
癒着の程度と子宮温存の選択
胎盤が子宮の壁に癒着している深さや範囲によって、子宮を温存する治療ができるのか、あるいは子宮を摘出する治療が必要になるのかを判断します。子宮の温存は、将来的に妊娠を希望される方にとって重要な選択肢ですが、そのリスクも十分に考慮しなければなりません。
特に、過去に帝王切開を経験されている方は、癒着胎盤のリスクが高いことが知られています※。繰り返し帝王切開を経験するほど、癒着胎盤をはじめとする将来的なリスクが懸念されるため、分娩方法の選択は慎重な検討が必要です※。
帝王切開瘢痕妊娠(CSP)と治療の難しさ
過去の帝王切開の傷跡に妊娠が成立する「帝王切開瘢痕妊娠(CSP)」と呼ばれるケースでは、癒着胎盤のリスクが非常に高まります。この状況で妊娠継続を希望し、積極的な管理を行った場合、次のような厳しい結果が報告されています※。
・約79%で瘢痕癒着胎盤を発症
・約55%で子宮摘出術が必要
・約40%で重度の出血を経験
これらのデータは、帝王切開瘢痕妊娠における癒着胎盤が、母体の生命に大きな影響を及ぼす可能性を示しています。現時点では、帝王切開瘢痕妊娠における最適な管理方法はまだ確立されておらず、さらなる研究が求められている分野です※。
専門チームによる対応と意思決定
癒着胎盤の治療は、産科医だけでなく、麻酔科医、新生児科医、そして必要に応じて泌尿器科医など、経験豊富な専門医療チームが連携して行われます。大量出血に備えるため、十分な輸血体制が整っている施設で治療を受けることが必須です。
治療の選択は、母体と赤ちゃんの状態、癒着の程度、今後の妊娠希望など、さまざまな要素を総合的に考慮して決定されます。医師から詳しい説明を受け、考えられるリスクと治療のメリット・デメリットを十分に理解した上で、ご自身やご家族と話し合い、納得できる選択をすることが大切です。










