包虫症
体調不良を感じつつも原因が分からず、漠然とした不安を抱えていませんか。包虫症は、エキノコックスという寄生虫が引き起こす人獣共通感染症です。自覚症状がないまま数年から数十年にわたり進行し、他の病気の検査で偶然発見されることも少なくない病気です。
この記事では、包虫症の基本的な知識から、主に北海道で報告の多い多包虫症と世界中で見られる単包虫症の2つの病型、感染経路、主な症状、診断方法、そして外科手術や薬物療法といった具体的な治療法までを詳しく解説します。
包虫症に関する正しい知識を得ることで、漠然とした不安が軽減され、ご自身の健康を守るための早期発見と適切な医療機関への受診につながるでしょう。
包虫症は、エキノコックスという寄生虫の幼虫が体内に侵入し、肝臓や肺といった臓器に「包虫嚢胞(ほうちゅうのうほう)」という袋状の塊を作る感染症です。これは、主に犬やキツネなどの動物から人へと感染する、人獣共通感染症(動物由来感染症)の一つとされています。
この病気は、感染初期には自覚症状がほとんどなく、数年から数十年という長い時間をかけてゆっくりと進行していく特徴があります。体内に侵入したエキノコックスの幼虫は、血流に乗って肝臓に到達することが多く、そこで嚢胞を形成し始めます。肝臓以外では肺にも嚢胞ができやすく、他に脳や腎臓、骨など、全身のさまざまな臓器にも広がる可能性があります。嚢胞が少しずつ大きくなり、周囲の臓器を圧迫するようになると、その発生部位に応じた症状が初めて現れるようになります。
包虫症の治療は、主に外科手術が中心となります。場合によっては、薬物療法を組み合わせて行うこともあります。例えば、肺にできた包虫嚢胞に対する外科的治療では、従来の開胸手術(OTS)よりも、胸腔鏡を使った手術(VATS)が患者さんの負担を減らせると考えられています。VATSでは、以下の点で優位性があることが報告されています。※
・手術時間の短縮
・術中出血量の減少
・術後のドレナージ量の低減
・胸腔ドレーン抜去の早期化
・入院期間の短縮
ただし、術後の合併症発生率については、VATSの方が少ない傾向は見えるものの、統計学的な有意差までは認められていません。※また、この報告には研究結果にばらつき(高い不均一性)や偏り(バイアスリスク)があるため、臨床現場での結果の解釈には注意が必要です。より確かな結論を得るためには、今後、質の高い比較試験がさらに必要とされています。※
感染が疑われる地域に住んでいる方や、動物との接触が多い方は、早期発見と適切な治療につなげるため、特に注意が必要です。
包虫症の種類
包虫症には、おもに多包虫症(たほうちゅうしょう)と単包虫症(たんほうちゅうしょう)という、性質の異なる二つの病型があります。この二つは、原因となる寄生虫の種類、病気の進行、体に及ぼす影響がそれぞれ異なる点が特徴です。
多包虫症(多包性エキノコックス症)
多包虫症は、エキノコックス・多包条虫という寄生虫が主な原因となり、日本では北海道を中心に発生が見られる病気です。この病型は、まるで「がん」のように周囲の組織に広がりながら増殖していく特徴があります。
多包虫症の主な特徴は以下のとおりです。
項目 | 詳細
感染源 | 主に、エキノコックス・多包条虫の卵が人の口に入ることで感染します。 卵は、キツネやタヌキなどの野生動物、またはそれらの動物の糞便に触れた土や水に混じっています。
病気の広がり | ほとんどの場合、肝臓に寄生し、まるで悪性腫瘍(がん)のように周囲の組織に浸潤しながら増殖を続けます。 ゆっくりと大きくなるため、感染しても自覚症状がないまま何年も経過する場合があります。
病気の特徴 | 治療をせずに放置すると、肝臓の機能が徐々に失われるほか、肺や脳などほかの臓器にも転移することがあります。 進行すると命にかかわる危険な状態につながる可能性があります。
単包虫症(単包性エキノコックス症)
単包虫症は、世界中で幅広く見られるエキノコックス・単包条虫という寄生虫が原因となる病気です。この病型では、体内に「単一の袋状の塊(のう胞)」を作ることが特徴とされています。
単包虫症のおもな特徴は、下表にまとめました。
項目 | 詳細
感染源 | エキノコックス・単包条虫の卵が人の口に入ることで感染します。 ヒツジやウシ、ヤギ、豚などの家畜を飼育する地域で多く見られ、これら動物の糞便に触れた犬を介して感染するケースが少なくありません。
病気の広がり | 肝臓に寄生することがもっとも多いですが、肺や骨、脾臓(ひぞう)など、全身のさまざまな臓器に「単一の袋状の塊(のう胞)」を作ります。
病気の特徴と治療 | のう胞は時間をかけて大きくなり、周囲の組織を圧迫することがあります。ごくまれに、のう胞が破裂し、重篤なアレルギー反応であるアナフィラキシーショックを引き起こす場合もあります。 特に肺に寄生した場合を「肺包虫症」と呼び、外科手術が治療の選択肢の一つです。最近の研究では、従来の開胸手術(OTS)よりも胸腔鏡下手術(VATS)の方が、患者さんの負担を軽減できる可能性が報告されています※。具体的には、VATSでは、 ・手術時間の短縮 ・術中出血量の減少 ・術後の体液排出量の低減 ・胸腔ドレーン抜去の早期化 ・入院期間の短縮 といった点で優位性を示す可能性があります※。 ただし、術後の合併症発生率については、VATSのほうが少ない傾向は見られるものの、統計学的な有意差までは確認されていません※。また、研究結果のばらつきや偏りもあるため、今後のさらなる質の高い比較試験が待たれます※。
このように、多包虫症と単包虫症では、それぞれ原因となる寄生虫、病態の特性、さらには地理的な発生状況が異なります。どちらの病型においても、病気の進行をくい止めるためには、早期発見と適切な治療につなげることが重要といえます。
包虫症の原因
包虫症は、エキノコックスという寄生虫の感染が引き金となり発症します。この病気は、エキノコックスの「卵」が人の体内に侵入し、幼虫として増殖することで起こると考えられています。
感染源はどこ? 人への感染経路
包虫症の直接的な原因となるのは、エキノコックスの「卵」です。この卵は、主にキツネや犬などの動物のふん便の中に排出されます。これらの動物は、エキノコックスの成虫(大人になった寄生虫)が腸に寄生している「終宿主(しゅうしゅくしゅ)」にあたると考えられています。
人がエキノコックスに感染する主な経路は、次のようなケースが挙げられます。
・感染動物のふん便に汚染されたものを口にする
・キツネや犬などのふん便に触れた手で、そのまま食事をしてしまう。
・ふん便で汚染された土壌や水を介して、エキノコックスの卵を誤って摂取してしまう。
・山菜や家庭菜園で収穫した野菜などを十分に洗わずに食べることで、卵を口にしてしまう可能性があります。
特に、野生のキツネが生息する地域では、キツネのふん便に含まれるエキノコックスの卵が土壌や水、草木に付着している可能性を考慮する必要があります。
終宿主と中間宿主、そして人間
エキノコックスは、その一生の中で寄生する動物を変えるという、特徴的なライフサイクルを持っています。このサイクルを理解することが、感染の原因を把握する上で重要です。
エキノコックスは、主に次の二種類の動物に寄生して成長します。
宿主の種類 | 寄生するエキノコックスの形態 | 主な動物 | 役割
終宿主 | 成虫 | キツネ、犬など | 腸管に成虫が寄生し、卵を産んでふん便と一緒に排出する動物です。
中間宿主 | 幼虫(包虫嚢胞) | 野ネズミ、羊、豚、牛など | 卵を口にすることで体内で幼虫が増殖し、この幼虫がいる中間宿主が終宿主に食べられることで、終宿主への感染源となる動物です。
人間は、このエキノコックスのライフサイクルにおいて、「偶発的な中間宿主」として感染してしまうことがあります。本来、エキノコックスの幼虫は、中間宿主の体内で育ち、その中間宿主が終宿主に捕食されることで成虫へと成長するものです。しかし、人間が誤って卵を摂取してしまうと、幼虫が体内で増殖して包虫嚢胞を作り、病気を引き起こしてしまいます。人間は終宿主に食べられることがないため、エキノコックスのライフサイクルはそこで途切れるといえます。
日本国内では、特に北海道で多包虫症の報告が多く確認されています。これは、野生のキツネと人の生活圏が重なる地域で、エキノコックスの卵に接触する機会が多いことが感染リスクを高めている一因と考えられています。
包虫症の症状
包虫症は、エキノコックスという寄生虫の幼虫が体内でゆっくりと成長することで引き起こされる病気です。虫卵を摂取してから症状が現れるまでに数年から数十年の時間がかかることも珍しくありません。このため、感染の初期段階では自覚症状がほとんどなく、「気づかないうちに進行している」ケースが多いのが特徴です。他の病気の検査を受けた際に、偶然発見されることもあります。
包虫症の症状は、エキノコックスの幼虫がどの臓器に寄生し、そこで形成される「包虫嚢胞(ほうちゅうのうほう)」がどのくらい大きくなるかによって異なります。嚢胞がゆっくりと大きくなる過程で、周囲の臓器や神経を圧迫したり、その臓器の機能を妨げたりするようになり、初めて症状として現れるようになります。
主な寄生部位と、それに応じて現れる症状の例を以下に示します。
・肝臓に寄生した場合(肝包虫症)
・包虫症のなかで最も多く見られるケースです。嚢胞が小さいうちは、ほとんど症状を感じません。
・嚢胞が大きくなるにつれて、以下のような症状が現れることがあります。
・右わき腹の鈍い痛み
・お腹が張るような不快感や重苦しさ
・吐き気や食欲不振
・さらに進行し、肝臓の機能が著しく低下したり、胆管が圧迫されたりすると、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる症状)や肝機能障害が見られることがあります。
・ごく稀に、嚢胞が破裂すると、急激な腹部の激痛とともに、重篤なアレルギー反応であるアナフィラキシーショックを引き起こす危険性も指摘されています。
・肺に寄生した場合(肺包虫症)
・肝臓の次に多く見られる寄生部位です。肝臓の場合と同様に、嚢胞が小さい間は無症状で経過することがほとんどです。
・嚢胞が大きくなり、肺の組織を圧迫したり、気管支を刺激したりするようになると、以下のような症状が現れます。
・持続的な咳
・胸の痛みや不快感
・労作時の息切れ
・血の混じった痰
・これらの症状は、肺炎や気管支炎など他の呼吸器疾患と似ているため、診断が遅れることもあります。
・嚢胞が破裂すると、急性の呼吸困難や胸腔内出血といった緊急性の高い状態に陥る可能性もあります。
・その他の臓器に寄生した場合
・包虫嚢胞は、肝臓や肺以外にも、脳、骨、腎臓、脾臓など、全身のさまざまな臓器に形成される可能性があります。
・寄生した臓器の機能に応じて、以下のような症状が現れることがあります。
・脳の場合: 頭痛、めまい、てんかん発作、意識障害など
・骨の場合: 骨の痛み、病的な骨折(弱い力で骨折すること)、手足のしびれなど
・腎臓の場合: 血尿、わき腹の痛み、腎機能の低下など
・脾臓の場合: 左わき腹の痛み、お腹の張り、脾機能の異常など
気になる症状がある場合や、エキノコックス感染の可能性がある地域に住んでいる方、動物との接触が多い方は、早めに医療機関を受診し、適切な検査と診断につなげることが大切です。
包虫症の検査・診断
包虫症の診断は、自覚症状が出にくい病気であるため、問診や身体診察に加え、複数の検査を組み合わせて慎重に行われます。まずは、感染の可能性について医師と詳しく確認し、その上で画像検査や血液検査を通じて、体内にエキノコックスがいるかどうかを調べていく流れが一般的です。
診断の主な流れ
包虫症の正確な診断のために、主に次の検査を組み合わせて進めます。
・問診と身体診察
医師はまず、患者さんの海外渡航歴や、ヒツジ、ヤギ、犬といった動物との接触歴を詳しく伺います。その上で、お腹の触診で肝臓の腫れやしこりがないか、また呼吸音に異変がないかなどを診察で確認します。
・画像検査
体内にできた包虫嚢胞(袋状の塊)を、画像によって視覚的に確認する検査です。
・超音波検査(エコー)
肝臓にできた包虫嚢胞を、比較的簡単に確認できる検査です。嚢胞の大きさや内部の状態を把握するために役立ちます。
・CT検査(コンピュータ断層撮影)
肝臓や肺、腎臓など、あらゆる臓器にできた嚢胞について、位置、大きさ、数、形を詳しく調べることができます。治療方針を決める上で、非常に重要な情報が得られる検査です。
・MRI検査(磁気共鳴画像法)
CT検査で判断が難しい病変の性質を、さらに詳しく把握できる検査です。脳や脊髄に病変が疑われる場合にも行われることがあります。
・血液検査
血液中にある特定の物質を調べることで、感染の有無や程度を推測する検査です。
・血清学的検査
血液中にエキノコックスという寄生虫への抗体があるかを調べます。この検査で、体内でエキノコックスが活動しているかを判断する手がかりを得られます。ただし、過去に感染したことがある場合や、感染のごく初期には抗体が検出されない場合もあります。
・その他の血液検査
肝臓の機能に異常がないかなど、関連する他の数値も確認します。
・確定診断のための追加検査(必要に応じて)
画像検査や血液検査だけでは確定診断が難しい時に、包虫嚢胞の内容物を吸引したり、組織の一部を採取する生検を行うことがあります。ただし、この検査では嚢胞の内容物が体内に漏れ出し、重いアレルギー反応であるアナフィラキシーショックを引き起こすおそれがあります。そのため、実施する際は細心の注意を払い、万全の準備のもとで行われます。
これらの検査結果を総合的に評価し、他の病気との鑑別(区別すること)を慎重に行いながら、包虫症の診断を確定します。正確な診断があってこそ、患者さん一人ひとりに合った適切な治療方針を決めることができるため、重要な過程といえます。
包虫症の治療
包虫症の治療は、エキノコックスが寄生している臓器や病気の進行度合いによって治療法は異なりますが、主に外科手術が中心となります。手術によって、体内の包虫嚢胞(ほうちゅうのうほう)を完全に摘出することを目指します。しかし、手術だけでは病巣が取りきれない場合や、体の状態から手術が難しいケースでは、薬物療法を併用することも大切です。
外科手術
包虫症の治療では、体内にできた包虫嚢胞を安全に取り除く外科手術が主な治療法です。嚢胞がどこに寄生しているかによって、手術のアプローチも変わります。たとえば、肝臓に嚢胞がある場合は開腹手術、肺に嚢胞がある場合は開胸手術が一般的です。
近年、体への負担が少ない手術として、胸腔鏡(きょうくうきょう)や腹腔鏡(ふくくうきょう)を使った低侵襲(ていしんしゅう)手術が、適用できる症例で積極的に検討されています。特に、肺包虫症に対しては、胸腔鏡下手術(VATS)が従来の開胸手術(OTS)よりも優れている可能性が複数の研究で報告されています。※VATSのメリットとして、次の点が挙げられています。
・手術時間の短縮
・手術中の出血量の減少
・術後のドレナージ(体液排出)量の低減
・胸腔ドレーンの抜去早期化
・入院期間の短縮
ただし、術後の合併症の発生率については、VATSのほうが少ない傾向は見られるものの、統計的に明確な差があるとはいえない状況です。※また、これらの研究結果には「不均一性(研究ごとの結果にばらつきがあること)」や「バイアスリスク(研究の計画や実施方法に偏りがあり、結果がゆがむ可能性)」があるため、臨床現場でVATSを選択する際には注意が必要と考えられます。※手術法の選択にあたっては、担当医とよく相談し、ご自身の状態に最も適した方法を選ぶことが大切です。
薬物療法
外科手術が難しいケースや、手術の前後で寄生虫が体内で広がるのを抑えたり、再発を予防したりする目的で、薬物療法が行われます。主にアルベンダゾールといった駆虫薬(くちゅうやく)が使われ、包虫の増殖を抑えたり、死滅させたりする効果が期待できます。
薬物療法は手術と組み合わせて行われることが多く、治療期間は数カ月から数年にも及ぶ場合があります。自己判断で薬の服用を中断してしまうと、再発のリスクが高まります。そのため、必ず医師の指示に従い、最後までしっかりと治療を続けることが重要です。
その他の治療
非常にまれな状況ではありますが、包虫嚢胞の内容物を吸引する治療法や、その他の特殊な治療法が検討される場合もあります。これらの治療法は、嚢胞のできた部位や大きさ、数、そして患者さんの全身の状態などを総合的に評価し、最も適切な方法が選択されます。
包虫症の治療は、専門的な知識と豊富な経験が求められます。そのため、感染症の専門医や消化器外科、呼吸器外科などの専門医がいる医療機関で、診察を受けるようにしてください。










