虚血性視神経症

朝、目が覚めたら突然、片方の目が見えにくくなっている。しかし、痛みはまったくない。これは、目と脳をつなぐ視神経の血流が途絶える「虚血性視神経症」の典型的なサインです。痛みがないからこそ見過ごされがちですが、失明にもつながりうる危険な状態かもしれません。

この病気の9割以上は、高血圧や糖尿病といった生活習慣病が背景にあります。しかし、中には血管の炎症が原因で、緊急治療をしないと短期間でもう片方の目まで失明する危険なタイプも隠されています。原因が違えば、治療法も全く異なります。

この記事では、あなたの目を守るために知っておくべき、この病気の2つの顔と、その見分け方、そして適切な治療法について詳しく解説します。

虚血性視神経症の概要

虚血性視神経症とは、ある日突然、視界の一部が見えにくくなる病気です。 多くの場合、痛みを感じることはありません。

目と脳は、「視神経」という情報のケーブルでつながっています。 視神経も、体のほかの部分と同じように血液から栄養をもらって働きます。 この視神経へ栄養を送る血管の血流が悪くなることで発症します。

この病気は、主に2つの視点から分けられます。

  • 障害が起きる場所による分類
  • 前部虚血性視神経症(AION) 目の奥にある視神経の入り口(視神経乳頭)で血流が悪くなるタイプです。 このタイプでは、視神経がむくんで腫れるのが特徴です。
  • 後部虚血性視神経症(PION) 視神経乳頭より、さらに奥の脳に近い部分で血流が悪くなるタイプです。 目の奥を観察しても腫れが見られないため、診断が難しいこともあります。
  • 原因による分類
  • 非動脈炎性(NA-ION) 血管に炎症がないタイプで、虚血性視神経症の9割以上を占めます。 高血圧や糖尿病、動脈硬化などが背景にあることが多く、50歳以上の方に多くみられます。
  • 動脈炎性(A-ION) 「巨細胞性動脈炎」といった、血管の炎症を起こす病気が原因となるタイプです。 比較的まれですが、重い視力障害につながりやすく、70歳以上の高齢の方に多い傾向があります。

虚血性視神経症の種類

虚血性視神経症は、いくつかの種類に分けられます。 血流が悪くなる場所や、その原因によって分類します。 どのタイプかを見極めることが、適切な治療への第一歩です。

主に、次の2つの視点から種類を分けていきます。

  • 血流が悪くなる「場所」による分類
  • 病気の「原因」による分類

場所による分類:目のどこで問題が起きているか

視神経のどの部分で血流が悪くなったかで分けられます。

  • 前部虚血性視神経症(AION) 目の奥にある、視神経の入り口部分(視神経乳頭)で、 血の流れが悪くなってしまうタイプです。 このタイプでは、目の奥を観察する検査によって、 視神経が腫れている状態を直接確認できます。
  • 後部虚血性視神経症(PION) 視神経の入り口よりも、さらに奥の脳に近い部分で、 血流が悪くなるタイプです。 発症してすぐの段階では、目の検査をしても異常が見つからず、 診断が難しいこともあります。

原因による分類:なぜ血流が悪くなったか

治療方針を決める上で、こちらの分類が特に重要になります。

  • 非動脈炎性(NA-ION) 虚血性視神経症の実に9割以上を占める、最も多いタイプです。 血管の炎症ではなく、動脈硬化が主な原因です。 高血圧や糖尿病などの生活習慣病をお持ちの方や、 50歳以上の方に多く見られる傾向があります。
  • 動脈炎性(A-ION) 「巨細胞性動脈炎」という、血管自体が炎症を起こす病気が原因です。 こちらは、緊急で治療を始める必要があります。 迅速な治療ができないと、短期間で反対側の目にも影響が及び、 両目の視力を失う危険性もあるため、注意が必要です。

分類方法

種類

主な特徴

場所

前部虚血性視神経症(AION)

視神経の入り口で発症。検査で腫れを確認できる。

後部虚血性視神経症(PION)

視神経の奥で発症。すぐには異常が見つかりにくい。

原因

非動脈炎性(NA-ION)

全体の9割以上。動脈硬化など生活習慣病が関連。

動脈炎性(A-ION)

血管の炎症が原因。緊急治療が必要なタイプ。

虚血性視神経症の原因

虚血性視神経症は、目に栄養を送る血管のトラブルが原因です。 視神経への血流が悪くなることで、突然見えにくくなります。 原因によって、主に2つのタイプに分けられます。

非動脈炎性(ひどうみゃくえんせい)

この病気の9割以上を占める、最も一般的なタイプです。 血管の炎症ではなく、主に動脈硬化で血流が悪化します。

動脈硬化とは、血管が硬く、狭くなってしまう状態です。 以下の要因が重なると、発症のリスクが高まります。

  • 生活習慣病 高血圧や糖尿病、脂質異常症などがあると、 血管の壁が傷ついたり、血液が流れにくくなったりします。
  • 特定の生活習慣 喫煙は血管を収縮させ、血流を悪化させます。 また、睡眠時無呼吸症候群も危険因子の一つです。
  • その他の要因 夜間に血圧が下がりすぎることや、生まれつき視神経の出口が狭いこと、 一部の薬(ED治療薬や不整脈の薬など)も影響する場合があります。

動脈炎性(どうみゃくえんせい)

こちらは「巨細胞性動脈炎」という血管の病気が原因です。 免疫の仕組みに異常が起き、自分の血管を攻撃してしまいます。 その結果、血管に炎症が起きて血流がせき止められます。

このタイプは緊急の治療が必要で、放置は大変危険です。 すぐに治療しないと、もう片方の目にも影響が広がり、 両目の視力を失う可能性もあるため、注意が必要です。

タイプ

主な原因

ポイント

非動脈炎性

動脈硬化による血流の悪化

全体の9割以上。生活習慣病との関連が深い。

動脈炎性

巨細胞性動脈炎による血管の炎症

緊急治療が必要。高齢者に多く、重症化しやすい。

虚血性視神経症の症状

朝、目が覚めたら、突然片方の目が見えにくくなっていた。 しかし、痛みはまったくない。 この「痛みなく、突然に」が、虚血性視神経症の最も大きな特徴です。

症状は、数分から数日のとても短い時間で、急激に現れます。 具体的には、以下のような見え方の異常を感じることが多いです。

  • 急激な視力低下 片方の目の視力が、まるで段階を飛ばすようにガクンと落ちます。
  • 視野欠損(しやけっそん) 視野の上半分、あるいは下半分がカーテンで隠されたように見えなくなります。 これを「水平半盲」と呼び、この病気に特徴的な症状の一つです。

症状の程度は人によってさまざまです。 少しぼやけて見える程度の軽いものから、失明に近い深刻な状態まで幅があります。

原因によって異なる「危険なサイン」

虚血性視神経症は、原因によって症状の現れ方が少し異なります。 特に「動脈炎性」というタイプは、目の症状以外にも注意すべきサインがあります。

非動脈炎性(NA-ION)の場合

この病気の9割以上を占める、最も多いタイプです。 症状は、基本的にこれまで説明した「目の見えにくさ」に限られます。

動脈炎性(A-ION)の場合

こちらは緊急で治療が必要な、より注意すべきタイプです。 目の症状に加えて、血管の炎症が原因で次のような全身のサインが現れます。

  • こめかみを中心とした激しい頭痛
  • ものを噛むと顎が痛む、すぐに疲れる
  • 原因のわからない発熱
  • 首や肩、腕などに広がる筋肉の痛み

これらの全身症状は、一見すると目の病気とは関係ないように思えるかもしれません。 しかし、これらは治療が遅れると、もう片方の目の視力も失いかねない危険な兆候です。 もし急な見え方の異常に気づいたら、迷わず眼科を受診してください。

虚血性視神経症の検査・診断

突然の見えにくさを感じて眼科を受診した際、まず原因を突き止めるための検査を行います。 治療法が全く異なる「動脈炎性」か「非動脈炎性」かを見極めることが特に重要です。

検査は、主に目の状態を調べるものと、全身の状態を調べるものに分かれます。

目の状態を調べる検査

見え方の異常を客観的に評価し、目の奥の状態を直接観察します。

  • 視力・視野検査 どのくらい視力が落ちているか、また見える範囲(視野)に異常がないかを詳しく調べます。 視野のどこが見えにくいかを、地図のように正確に把握するための大切な検査です。
  • 眼底検査 専用の機械を使い、目の奥にある視神経の入り口(視神経乳頭)の状態を直接観察します。 この病気では、視神経乳頭が腫れていることが多く、診断の重要な手がかりとなります。

全身の状態を調べる検査

目の症状を引き起こしている根本的な原因を探るために、全身を調べます。

  • 血液検査 緊急治療が必要な「動脈炎性」を診断する上で、非常に重要な検査です。 体内の炎症の強さを示す「CRP」や「赤沈」という数値を調べます。 動脈炎性の場合、これらの数値が著しく高くなる特徴があります。
  • 画像検査(MRI・CT) 脳の腫瘍など、似たような症状を引き起こす他の病気がないかを確認します。 視神経が圧迫されていないかを調べるために行います。
  • 側頭動脈生検 「動脈炎性」の中でも「巨細胞性動脈炎」が強く疑われる場合に行うことがあります。 こめかみ付近の血管の一部を採取し、炎症の有無を顕微鏡で詳しく調べる検査です。

これらの検査結果を総合的に判断し、診断を確定します。 正確な診断が、ご自身の目を守るための適切な治療への第一歩となるのです。

虚血性視神経症の治療

虚血性視神経症の治療は、原因によって方針が大きく異なります。 そのため、まず原因がどちらのタイプなのかを正確に見極めることが、 ご自身の目を守るための、最も重要な第一歩となります。

非動脈炎性(NA-ION)の治療

こちらは全体の9割以上を占める、より一般的なタイプです。 現在の医療では、一度傷ついた視神経を直接回復させる、 確立された治療法は、残念ながらまだ見つかっていません。

そのため、治療の最大の目標は、以下の2つになります。

  • 病気の進行を食い止め、これ以上悪化させないこと
  • まだ症状が出ていない反対側の目にも発症するのを防ぐこと

具体的には、視神経への血流を悪くしている根本原因に、 一つひとつ対処していく「守りの治療」が中心となります。

主な治療内容

  • 危険因子の管理 高血圧や糖尿病、脂質異常症などの治療を徹底します。 これらの病気は、血管を傷つけ動脈硬化を進めるためです。 根本原因を管理することが、再発予防につながります。
  • 生活習慣の改善 喫煙は血管を収縮させ、血流を著しく悪化させます。 禁煙は、ご自身でできる非常に重要な治療の一つです。 また、睡眠時無呼吸症候群も危険因子となるため治療が必要です。

幸いなことに、このタイプでは約4割の方で、 ある程度の視力が自然に回復するという報告もあります。 根気強く原因の管理を続けることが大切です。

動脈炎性(A-ION)の治療

こちらは「巨細胞性動脈炎」という血管の炎症が原因です。 放置すると、短期間で反対側の目にも影響が及ぶため、 「緊急治療」が必要となる、非常に危険なタイプです。

治療の最優先の目的は、症状のない方の目を守ることです。 残念ながら、一度失われた視力を元に戻すことは困難です。 だからこそ、一刻も早い治療開始が求められます。

治療の基本は、体内で起きている強い炎症を抑え込む、 「副腎皮質ステロイド」という薬を大量に使うことです。 多くの場合、入院して点滴で集中的に投与します。

近年では、ステロイド薬と「トシリズマブ」という薬を併用し、 治療効果を高めながら、副作用を減らす方法も選択されます。

種類

主な治療法

治療の最大の目的

非動脈炎性

・高血圧、糖尿病などの管理

・禁煙などの生活習慣改善

・病状の悪化を防ぐ

・反対側の目への発症を予防する

動脈炎性

・副腎皮質ステロイドの大量投与

・生物学的製剤の併用

・症状のない方の目を守ること(最優先)

・全身の血管の炎症を鎮めること

いずれのタイプであっても、自己判断で治療を中断せず、 医師の指示に従って、粘り強く治療を続けることが重要です。