肝性脳症
「最近、物忘れがひどくなった」「性格が変わった気がする」。ご自身やご家族に起きたそんな変化、もしかしたら肝臓の機能低下が引き起こす「肝性脳症」という病気のサインかもしれません。
肝性脳症とは、肝臓で処理しきれなかったアンモニアなどの有害物質が血液に乗って脳に達し、その正常な働きを妨げてしまう状態です。初期段階では自覚しにくく、気づかぬうちに仕事の効率低下や運転ミスにつながる危険性もあります。
ある治療後に発症した場合、2年以上の長期的な視点では命のリスクを高める可能性が、3,000人以上を対象とした研究で報告されています。この記事では、肝性脳症の原因から見逃しやすいサイン、そして最新の治療法までを詳しく解説します。
肝性脳症の概要
肝性脳症は、肝臓の機能が大きく低下することが原因で、 脳の働きにまで影響が及んでしまう状態を指します。
私たちの体にある肝臓は、とても重要な働きをしています。 食事からとったタンパク質が分解される際に生まれる、 アンモニアなどの有害な物質を無害なものに変えるのです。 しかし肝硬変などで肝臓の働きが著しく悪化してしまうと、 この有害物質をきちんと処理できなくなります。
その結果、分解されなかったアンモニアなどが血液に乗り、 全身をめぐって脳にまで達してしまいます。 そして、脳の正常な働きをじゃましてしまうのです。
肝硬変の治療の一つに、TIPS(ティップス)という、 門脈という血管の圧力を下げるための処置があります。 ある研究では、このTIPSの後に肝性脳症が起こった場合、 短期的な生命への影響は少ないものの、長期的には 命に関わるリスクが高まる可能性が報告されました。 そのため、治療後も一人ひとりの状態に合わせた、 継続的な観察がとても大切になります。
肝性脳症のポイントは以下のとおりです。
- 原因 肝臓の機能が低下すること
- 仕組み 分解されなかったアンモニアなどの有害物質が 脳に影響をおよぼすこと
- 症状 注意力の低下や性格の変化、 意識の障害など、症状の幅が広いこと
- 注意点 治療後も注意深い経過観察が 重要になることがあること
このように、肝性脳症は肝臓の病気と深く関わっています。 軽い症状では気づきにくいこともあるため注意が必要です。
肝性脳症の種類
肝性脳症は、症状のはっきりとした現れ方によって、 大きく2つの種類に分けられます。
ご自身やご家族がどの状態にあるかを知ることが、 適切な対応をとるための第一歩になります。
顕性(けんせい)肝性脳症
「顕性」とは、症状がはっきりと目に見える状態です。 意識がもうろうとしたり、時間や場所がわからなくなるなど、 周りの人が見て「いつもと違う」と気づくことができます。
肝硬変の治療の一つであるTIPS(ティップス)という、 肝臓の血管の圧力を下げる処置の後に、 この顕性肝性脳症が起こることもあります。
中国で行われた3,000人以上を対象とした研究では、 TIPS後に顕性肝性脳症を発症した場合、 1年以内の短期的な生命への影響は少ないとされました。 しかし、2年以上の長い目で見ると、 命に関わる危険性を高める可能性が報告されています。 そのため、治療後も継続的な観察がとても重要です。
不顕性(ふけんせい)肝性脳症
「不顕性」とは、症状がはっきりと現れていない状態です。 「潜在性(せんざいせい)肝性脳症」とも呼ばれます。
日常生活ではほとんど症状に気づかれません。 しかし、専門的な検査を行うと、注意力や集中力など、 脳の機能に軽い異常が見つかります。 ご本人もご家族も気づかないうちに、車の運転ミスや、 仕事の効率低下を招いていることがあるため注意が必要です。
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種類 |
症状の現れ方 |
特徴 |
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顕性肝性脳症 |
周囲から見てわかる<br>はっきりとした症状 |
・意識の乱れや異常な行動など<br>・治療後に起こることもあり<br> 長期的な注意が必要 |
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不顕性肝性脳症 |
日常生活では気づきにくい<br>軽い症状 |
・専門的な検査でわかる注意力の低下など<br>・自覚しにくく、見過ごされやすい |
このように肝性脳症には、見た目ではわからない段階もあります。 少しでも気になる変化があれば、専門の医療機関にご相談ください。
肝性脳症の原因
肝性脳症は、肝臓の機能が大きく下がることが原因で起こります。 肝臓は体内の「化学工場」として、有害な物質を分解します。 しかし、この工場の働きが衰えると問題が生じるのです。
主な原因物質は、食事でとったタンパク質が腸で分解される際に 発生する「アンモニア」です。
- 健康な肝臓の場合 腸から吸収されたアンモニアを、 毒性のない物質に作り変えてくれます。
- 機能が低下した肝臓の場合 アンモニアを処理できず、血液中にあふれ出します。
このアンモニアが血液に乗り、脳に運ばれることで、 脳の正常な働きが妨げられてしまうのです。
また、肝硬変などで肝臓が硬くなると、 血液が肝臓を通りにくくなります。 すると、肝臓を迂回する「シャント」という血管ができ、 有害物質が解毒されずに直接脳へ届いてしまいます。
肝臓の機能が低下しているだけでは症状が出ないこともありますが、 以下のような「引き金」によって急に発症・悪化することがあります。
- 感染症 風邪や肺炎などにかかると、体の負担が増えて 脳症が起こりやすくなります。 特にアルコール性肝炎の患者さんでは、 予防的な抗生物質の使用が感染症だけでなく、 肝性脳症の発症率も下げたという研究報告があります。
- 便秘 腸内に便がたまると、アンモニアの産生が増加します。 毎日の排便コントロールが大切です。
- 薬の影響 睡眠薬や一部の痛み止め、利尿薬などが きっかけになることがあります。
- 食事 肉や魚などのタンパク質を一度にたくさん食べ過ぎると、 アンモニアが増えやすくなります。
- 脱水や出血 体の水分が不足したり出血したりすると、 肝臓への負担が増加します。
肝性脳症の症状
肝性脳症の症状は、ごく軽いものから命に関わる重いものまで、 その程度はさまざまです。
初期の段階では本人も周囲も気づきにくいため、 ささいな変化を見逃さないことが大切になります。 症状は、脳の機能がどれくらい低下しているかによって、 いくつかの段階(昏睡度)に分けられます。
肝性脳症の主な症状と重症度
症状の重症度は、一般的に以下の5段階で評価されます。 ご自身やご家族がどの段階に近いか、確認してみましょう。
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昏睡度 |
主な症状の例 |
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I |
・睡眠リズムが乱れる(昼夜逆転)<br>・気分が落ち込む、または怒りっぽくなる<br>・集中力や注意力が散漫になる |
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II |
・時間や場所がわからなくなる(見当識障害)<br>・簡単な計算や字を書くことが難しい<br>・羽ばたき振戦(※)が現れる |
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III |
・ほとんど眠っているが、呼びかけると目を覚ます<br>・興奮したり、異常な行動をとったりすることがある |
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IV |
・呼びかけに反応せず、つねるなどの強い痛み刺激で<br> かろうじて反応する |
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V |
・どんな刺激にもまったく反応しない深い昏睡状態 |
(※)羽ばたき振戦 両腕を前にまっすぐ伸ばしたときに、 鳥が羽ばたくように手が不規則にガクンガクンと震える、 肝性脳症に特徴的な症状です。
注意すべき背景と症状
肝性脳症は、もともとある他の病気が背景にある場合や、 その治療が発症に関わることがあります。
- アルコール性肝炎と感染症 アルコール性肝炎の患者さんがステロイド治療を受ける際は、 特に感染症に注意が必要です。 ある研究では、予防的に抗生物質を使用することで、 感染症だけでなく肝性脳症の発症率も 低下したと報告されました。
- 2型糖尿病との関連 2型糖尿病を合併している場合、適切な血糖管理が重要です。 GLP-1受容体作動薬という糖尿病治療薬が、 肝性脳症のリスクを低減させる可能性が あるという研究報告も出ています。
初期症状は、うつ病や認知症と間違われることもあります。 「最近、性格が変わった」「物忘れがひどくなった」など、 ご家族が「いつもと違う」と感じたら、 それは肝性脳症のサインかもしれません。 少しでも気になる変化があれば、早めに専門医へご相談ください。
肝性脳症の検査・診断
肝性脳症の診断は、一つの検査だけで決まるものではありません。 ご本人やご家族のお話、医師の診察、そしていくつかの検査結果を、 パズルのピースを組み合わせるようにして総合的に判断します。
まず、ご家族から普段の様子と違う点がないか伺います。 「昼夜が逆転した」「最近怒りっぽくなった」などの変化は、 診断の重要な手がかりになります。 診察では、肝性脳症に特徴的な「羽ばたき振戦」という、 鳥が羽ばたくような手の震えが出ていないかも確認します。
診断をより確かなものにするため、次のような検査を行います。
- 血液検査 血液中のアンモニアの量を調べます。 アンモニアは体に有害な物質で、肝臓で分解されます。 肝臓の働きが悪いと数値が高くなりますが、 症状の重さと必ずしも一致しないため、 あくまで診断材料の一つとして扱います。
- 精神神経機能検査 脳の働きを客観的に評価する簡単なテストです。 例えば、紙に書かれた数字を順番に線で結んだり、 文字の色を答えたりするテストがあります。
- 画像検査・その他の検査 脳の活動状態を調べる脳波検査や、 他の病気の可能性をなくすために、 頭のCTやMRI検査を行うこともあります。
最近では、将来のリスクを予測する研究も進んでいます。 例えば、MRIで肝臓の硬さを測るMREという検査があります。 ある研究では、このMREの結果と年齢、血液検査の数値 (アルブミン、AST、血小板など)を組み合わせることで、 将来、肝性脳症を含む深刻な状態になる危険性を、 より正確に予測できる可能性が示されました。
このように、さまざまな検査を組み合わせることで、 正確な診断と、その方に合った治療方針の決定につなげます。
肝性脳症の治療
肝性脳症の治療は、脳の働きをじゃましている原因物質、 特にアンモニアを体の中から減らすことが基本です。 一つの方法だけでなく、いくつかの治療を組み合わせます。
きっかけ(誘因)を取り除く
まず、肝性脳症を引き起こす「きっかけ」をなくします。 便秘や感染症、一部の薬などが引き金になるため、 原因を特定し、それに対処することが治療の第一歩です。
例えば、アルコールが原因の肝炎で治療を受けている場合、 感染症が肝性脳症のきっかけになりやすいです。 ある研究では、予防的に抗生物質を使うことで、 感染症だけでなく、肝性脳症が起こる確率も 下がったと報告されています。
お薬による治療
主に3種類のお薬を使い、アンモニアを減らしていきます。
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薬の種類 |
主な働き |
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合成二糖類製剤 |
・腸内環境を整えてアンモニアの発生と吸収を抑える<br>・便通を良くしてアンモニアを体の外へ出す |
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難吸収性抗菌薬 |
・腸の中でアンモニアを作り出す悪い細菌を減らす |
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分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤 |
・崩れたアミノ酸のバランスを整える<br>・アンモニアを無害な物質に変えるのを助ける |
その他の治療と注意点
他の病気が関係している場合、その治療も大切です。 例えば、2型糖尿病をお持ちの方では、 ある種の糖尿病治療薬(GLP-1受容体作動薬)が、 肝性脳症を含む肝臓の病気の悪化を 防ぐ可能性が研究で示されています。
また、肝臓の処置(TIPS)の後に脳症が起こることもあります。 この場合、すぐに命に関わることは少ないものの、 長い目で見ると注意深い管理が必要です。 治療後も継続的な観察と、一人ひとりに合った対応が大切になります。
症状が良くなっても、治療を続ける必要がある場合が多いです。 医師とよく相談しながら、根気強く治療を進めましょう。










