甲状腺疾患

「なぜか疲れやすい」「食事量は変わらないのに体重が増減する」。そんな原因不明の不調を、年のせいや体質のせいだと諦めていませんか。そのサインは、実はのどぼとけの下にある蝶のような形をした小さな臓器「甲状腺」が発しているのかもしれません。

甲状腺は元気の源となるホルモンを分泌し、そのバランスが崩れると心と体に大きな影響を及ぼします。ホルモンが過剰になれば動悸や体重減少が、逆に不足すれば無気力やむくみが生じるなど、症状は様々です。ある研究では、飲用水の成分が発症リスクに関わる可能性も示唆されています。

この記事では、バセドウ病や橋本病に代表される甲状腺疾患の原因から、ご自身で気づける症状のチェックリスト、最新の治療法までを詳しく解説します。あなたの不調の本当の理由を見つけるために、ぜひ読み進めてみてください。

甲状腺疾患の概要

のどぼとけのすぐ下には、蝶が羽を広げたような形の臓器があります。 この「甲状腺」は、体の新陳代謝を活発にする役割を担っています。

甲状腺は「甲状腺ホルモン」という、いわば元気の源を作っています。 このホルモンの量が多すぎたり少なすぎたりすると、不調が現れます。 これをまとめて「甲状腺疾患」と呼び、主に以下の状態があります。

  • 甲状腺機能亢進症 元気の源であるホルモンが、過剰に作られる状態です。
  • 甲状腺機能低下症 ホルモンが十分に作られず、元気が出にくくなる状態です。
  • 甲状腺の形の異常 甲状腺自体が腫れたり(甲状腺腫)、しこりができたり(甲状腺結節)します。

甲状腺の病気は、体質だけでなく生活環境も影響を与えます。 ある研究では、飲用水中のフッ化物という物質が関係する可能性が示されました。 フッ化物濃度が高いと、甲状腺機能低下症のリスクが高まるかもしれません。 これは、脳から甲状腺への命令信号(TSH)に影響するためと考えられています。

このように、甲状腺の病気は誰にでも起こりうる身近なものです。

甲状腺疾患の種類

甲状腺の病気は、大きく2つのタイプに分けられます。 甲状腺ホルモンの「量」に異常が起きるタイプと、 甲状腺の「形」に異常が起きるタイプです。

1. ホルモンの量の異常

元気の源である甲状腺ホルモンの分泌量が変わる病気です。 体のアクセルとブレーキに例えると分かりやすいでしょう。

  • 甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう) アクセルを踏みすぎた状態で、新陳代謝が過剰になります。 代表的な病気は「バセドウ病」です。 落ち着きがなくなったり、動悸や体重減少がみられます。
  • 甲状腺機能低下症(こうじょうせんきのうていかしょう) ブレーキがかかった状態で、新陳代謝が低下します。 代表的な病気は「橋本病」です。 疲れやすさやむくみ、寒がりなどの症状が現れます。

近年、腸内環境と甲状腺の関連性が研究されています。 しかし、プロバイオティクスなどのサプリメントが、 甲状腺機能自体を改善するという証拠はまだ不十分です。 ただし、低下症に伴う便秘の改善には役立つ可能性があります。

2. 甲状腺の形の異常

甲状腺そのものの形が変わってしまう病気です。

  • 甲状腺結節(こうじょうせんけっせつ) 甲状腺の中に「しこり」ができる状態です。 ほとんどは良性ですが、一部に悪性のもの(甲状腺がん)が 含まれるため、見つかった場合は検査が必要です。
  • 甲状腺腫(こうじょうせんしゅ) 甲状腺全体が腫れあがった状態を指します。 ホルモンの量に異常がない場合もあれば、 機能亢進症や機能低下症を伴う場合もあります。

病気の種類

どんな状態?

代表的な病気

甲状腺機能亢進症

ホルモンが多すぎる

(アクセル全開)

バセドウ病

甲状腺機能低下症

ホルモンが少なすぎる

(ブレーキ状態)

橋本病

甲状腺結節

甲状腺にしこりができる

甲状腺腺腫など

甲状腺腫

甲状腺が全体的に腫れる

単純性甲状腺腫など

甲状腺疾患の原因

甲状腺の病気がなぜ起こるのか、その原因は一つではありません。 いくつかの要因が、複雑に絡み合って発症すると考えられています。 主な原因は「自己免疫」ですが、生活環境なども影響します。

1. 免疫システムの異常(自己免疫)

最も多い原因は、体を守る「免疫」の働きに異常が起きることです。 本来は体を守るはずの免疫が、誤って自分の甲状腺を攻撃します。 これを「自己免疫疾患」と呼び、主に2つのタイプがあります。

  • バセドウ病 免疫が甲状腺を過剰に刺激し、ホルモンが作られすぎます。
  • 橋本病 免疫が甲状腺の組織を壊し、ホルモンが作られにくくなります。

2. 環境や生活習慣の要因

生まれ持った体質だけでなく、生活の中の要因も関係します。 特に、以下の要素が甲状腺の働きに影響を与えることがあります。

要因

内容

ヨウ素の摂取量

ホルモンの材料ですが、多すぎても少なすぎても不調の原因になります。

フッ化物

高濃度のフッ化物にさらされると、甲状腺機能低下症のリスクが高まる可能性があります。ある研究では、飲用水のフッ化物濃度が高いと、脳からの命令信号(TSH)が増加することが示されました。

腸内環境

近年、腸と甲状腺の関連も指摘されています。しかし、プロバイオティクス等が甲状腺機能自体を改善するという証拠は、まだ十分ではありません。ただし、機能低下症に伴う便秘の改善には役立つ可能性があります。

3. その他の原因

上記以外にも、次のようなことが発症のきっかけになる場合があります。

  • 遺伝的な体質(家族に同じ病気の人がいる)
  • 強いストレス
  • ウイルス感染
  • 妊娠や出産
  • 一部の薬の副作用

甲状腺疾患の症状

甲状腺ホルモンのバランスが崩れると、心と体に様々なサインが出ます。 ホルモンが多すぎても少なすぎても不調の原因となり、症状は正反対です。 ご自身の変化に気づき、当てはまるものがないか確認してみましょう。

甲状腺ホルモンが多すぎる場合(甲状腺機能亢進症)

体が常にアクセル全開の状態で、エネルギーを過剰に消費しています。 新陳代謝が活発になりすぎるため、以下のような症状が見られます。

  • 動悸・頻脈 安静時でも心臓がドキドキし、脈が速くなります。
  • 発汗・暑がり じっとしていても汗ばむほど、異常に暑く感じます。
  • 体重減少 食欲は旺盛でよく食べるのに、なぜか体重が減っていきます。
  • 手のふるえ 細かい作業がしにくくなり、字が震えてしまうこともあります。
  • 精神的な変化 イライラしやすく、怒りっぽくなったり、落ち着きがなくなります。
  • 疲労感 体は常に全力疾走しているため、ひどい倦怠感に襲われます。

甲状腺ホルモンが少なすぎる場合(甲状腺機能低下症)

体が省エネモードになり、エネルギーをうまく作れない状態です。 新陳代謝が低下するため、心身ともに活動が鈍くなります。

  • 寒がり・冷え 熱をうまく作れず、他の人より極端に寒さを感じます。
  • 体重増加 食事量は変わらない、むしろ減っているのに体重が増加します。
  • むくみ 顔や手足がむくみ、朝起きると顔がパンパンに感じられます。
  • 脱毛・薄毛 髪全体が薄くなるほか、眉毛の外側が抜けることもあります。
  • 無気力・眠気 何事にもやる気が出ず、日中でも強い眠気を感じます。
  • 便秘 腸の動きが鈍くなり、頑固な便秘に悩まされることがあります。

この機能低下症に伴う便秘には、腸内環境が関わることもあります。 ある研究では、プロバイオティクスが便秘改善に役立つ可能性が示されました。 ただし、甲状腺の機能自体を直接良くする効果は確認されていません。

これらの症状はゆっくり進行するため、年のせいや疲れだと思われがちです。 一つでも気になる症状があれば、専門の医療機関に相談しましょう。

甲状腺疾患の検査・診断

甲状腺の病気が疑われる場合、いくつかの検査を組み合わせて診断します。 まず、患者さんから症状やこれまでの病歴をうかがう「問診」が大切です。

ある研究では、患者さんご自身の申告の信頼性が分析されました。 その結果、甲状腺疾患のような内分泌系の病気は、 他の病気に比べて、自己申告の信頼性が高いことが示されています。 つまり、患者さんのお話が診断の大きな手がかりになるのです。

問診に続いて、主に次のような客観的な検査で詳しく調べていきます。

  • 血液検査 甲状腺の「働き」を調べるための基本的な検査です。
  • 甲状腺ホルモン(FT3, FT4) 血液中の元気の源である、ホルモンの量を直接はかります。
  • 甲状腺刺激ホルモン(TSH) 脳から出る、甲状腺への「働け」という命令の強さを調べます。
  • 自己抗体(TRAb, TPOAbなど) 自分の甲状腺を誤って攻撃する物質がないかを確認します。
  • 超音波(エコー)検査 首にゼリーをぬり、超音波で甲状腺の「形」を画像で確認します。 痛みはなく、甲状腺の大きさやしこりの有無、性質を調べられます。

これらの検査で異常が見つかった場合、さらに詳しい検査を追加します。 例えば、しこりの細胞を細い針で採って調べる「穿刺吸引細胞診」です。 これらの結果を総合的に見て、診断を確定していきます。

甲状腺疾患の治療

甲状腺の病気の治療法は、種類や状態、年齢などを考えて決まります。 主に3つの方法があり、患者さん一人ひとりに合った治療法を選びます。

  • お薬による治療(内服治療)
  • 放射性ヨウ素治療(アイソトープ治療)
  • 手術

それぞれの治療法を、詳しく見ていきましょう。

お薬による治療

多くの甲状腺の病気は、まずお薬を使って治療を始めます。 病気の種類によって、使うお薬の役割は正反対です。

  • 甲状腺ホルモンが多すぎる場合(機能亢進症) ホルモンが過剰に作られるのを抑える「抗甲状腺薬」を飲みます。 体のアクセルを少し緩めてあげるイメージの治療です。
  • 甲状腺ホルモンが少なすぎる場合(機能低下症) 足りない分のホルモンを補う「甲状腺ホルモン薬」を飲みます。 体に元気の源を直接届ける、とてもシンプルな治療です。

どちらの治療でも、定期的な血液検査でホルモンの量を確認します。 その結果を見ながら、お薬の量を細かく調整していくことが大切です。

放射性ヨウ素治療

主に、甲状腺機能亢進症の治療で選択されることがあります。 これは、甲状腺がホルモンの材料としてヨウ素を取り込む性質を利用します。

放射線を出すヨウ素が入ったカプセルを飲むだけの治療です。 ヨウ素が甲状腺に集まり、ごく弱い放射線で細胞の働きを弱めます。 これにより、過剰なホルモン作りを抑えることができます。

手術

薬での治療が難しい場合や、甲状腺が大きく腫れている場合に手術を考えます。 また、しこりが悪性(がん)の可能性がある場合も手術の対象です。 手術では、甲状腺の一部または全部を取り除きます。

手術後の痛みについて、心配される方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、近年は痛みを和らげるための工夫が進んでいます。 ある研究では、手術した傷口に直接、局所麻酔薬をしみ込ませる方法(創部浸潤)の有効性が示されました。 この方法によって手術後の痛みが軽くなり、痛み止めの使用量も減らせることがわかっています。

どの治療法を選ぶかは、病状や生活スタイルによっても異なります。 担当の医師とよく相談し、納得できる治療法を選びましょう。