慢性腎臓病
健康診断で腎機能の低下を指摘されたものの、自覚症状がないため放置していませんか。日本の成人約8人に1人、およそ1,330万人が罹患しているとされる慢性腎臓病は、静かに進行するため「沈黙の病気」とも呼ばれています。
この記事では、慢性腎臓病の基本的な知識から、糖尿病や高血圧といった原因、そして進行を遅らせるための食事療法や薬物療法について詳しく解説します。近年わかってきた性差による影響や、新しい治療の選択肢にも触れていきます。
ご自身の腎臓の状態を正しく理解し、将来の透析や心血管疾患のリスクを減らすために今できることを知ることで、前向きに治療に取り組むための第一歩を踏み出せるはずです。
慢性腎臓病の概要
慢性腎臓病(CKD)とは、腎臓の機能が数カ月から数年かけて徐々に低下していく病気の総称です。
具体的には、尿検査の異常や画像の異常といった「腎障害」のサイン、または腎機能の指標である「eGFR」が60ml/分/1.73㎡未満に低下した状態が3カ月以上続く場合に診断されます。
「Chronic Kidney Disease」の頭文字をとってCKDとも呼ばれ、日本の成人では約8人に1人、およそ1,330万人がこの病気を抱えていると推定されています。これは、新たな「国民病」ともいえるほど身近な存在です。
この病気の最も注意すべき点は、一度失われた腎臓の機能は、基本的に元には戻らないということです。
病気が進行すると、体内の老廃物を排出できなくなる「末期腎不全」に陥り、生命を維持するためには透析療法や腎移植が必要となります。
さらに、慢性腎臓病は心筋梗塞や脳卒中といった、命に関わる心血管疾患のリスクを約3倍に高めることもわかっています。
近年、この慢性腎臓病の進行や症状の現れ方には、生物学的な性差が大きく影響することがわかってきました。
例えば、エストロゲンやテストステロンといった性ホルモンは、腎臓の血流量や老廃物をろ過する能力などを調節しており、男女で病気の経過が異なる一因と考えられています。
そのため、性別を生物学的な変数として考慮した、より個人に合わせた治療戦略の重要性が高まっています※。
しかし、慢性腎臓病は初期段階ではほとんど自覚症状がありません。
気づかないうちに静かに進行するため、「沈黙の臓器」である腎臓の病気は、健康診断での尿検査や血液検査が早期発見の唯一の手がかりとなります。健康診断で「要精密検査」や「要経過観察」と指摘された場合は、決して放置せず、お早めに専門医にご相談ください。
慢性腎臓病の種類
慢性腎臓病は、現在の腎臓の状態を正確に把握するため、「進行度」と「原因」という2つの軸で分類します。この分類によって、今後の治療方針や生活で気をつけるべき点が決まるため、ご自身の現在地を知ることは非常に重要です。
進行度は、腎臓が血液をろ過する能力を示す「eGFR(推算糸球体ろ過量)」の値に基づき、以下のステージに分けられます。値が低いほど、腎機能が低下していることを意味します。
ステージ | eGFR値(mL/分/1.73㎡) | 腎機能の状態
G1 | 90以上 | 正常または高値
G2 | 60~89 | 軽度低下
G3a | 45~59 | 軽度~中等度低下
G3b | 30~44 | 中等度~高度低下
G4 | 15~29 | 高度低下
G5 | 15未満 | 末期腎不全
もう一つの軸は、腎機能低下を引き起こしている「原因疾患」です。
日本では、透析導入に至る原因の第1位が「糖尿病性腎症」であり、慢性腎臓病や末期腎不全の主な原因となっています。
糖尿病性腎症は、糖尿病の合併症として腎臓の機能が悪化する病態です。
近年の研究で、体内の「ミネラルコルチコイド受容体(MR)」という物質が過剰に活性化すると、腎臓に炎症や線維化(組織が硬くなること)を引き起こし、病状を進行させることがわかってきました※。
このMRの働きを抑える治療薬は以前からありましたが、高カリウム血症といった副作用が課題でした。
しかし最近では、「フィネレノン」という新しいタイプの非ステロイド性MR拮抗薬が登場しています。この薬は、従来とは異なる作用でMRに働きかけるため、腎臓を保護する効果を維持しながら副作用のリスクを低減できると報告されています※。
これにより、糖尿病性腎症の進行抑制や心血管疾患のリスク低減において、治療の選択肢が広がることが期待されています。
ご自身の病気がどの段階にあり、何が原因なのかを正しく知ることが、進行を食い止め、より良い治療法を選択するための重要な出発点となります。
慢性腎臓病の原因
慢性腎臓病は、特定の1つの病気が原因で発症するわけではありません。多くの場合、私たちの生活に身近な病気が、時間をかけて腎臓の機能を静かに蝕んでいくことで発症します。
特に、以下の病気は慢性腎臓病を引き起こす代表的な原因として知られています。
・糖尿病(糖尿病性腎症)
長期間にわたる高血糖は、血液をろ過するフィルターの役割を担う腎臓の毛細血管(糸球体)を傷つけ、腎機能の低下を招きます。これは現在、日本で透析治療を始める原因の第1位となっています。
また最近では、血糖値が正常な人でも、体内で脂肪が分解されて作られる「ケトン体」という物質の血中濃度が高いと、慢性腎臓病のリスクが上昇する可能性が報告されています※。
・高血圧(腎硬化症)
血圧が高い状態が続くと、腎臓の血管に常に強い圧力がかかり、血管が硬くなる「動脈硬化」が進行します。これにより血流が悪化し、腎臓の組織が徐々に硬くなって(線維化)、機能が低下していくのが腎硬化症です。
・慢性糸球体腎炎
体の免疫システムの異常によって、血液をろ過する糸球体に慢性的な炎症が起こる病気の総称です。炎症が続くことで糸球体が壊れ、腎機能が失われていきます。
・高尿酸血症(痛風腎)
血液中の尿酸値が高い状態は、関節で結晶化して痛風発作を引き起こすだけではありません。近年の研究では、過剰な尿酸が腎臓の細胞内でエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」に酸化ストレス(サビつき)を生じさせることが指摘されています。この酸化ストレスが腎臓の細い血管を傷つけ、構造を変化させてしまうことで、腎機能低下の一因になると考えられています※。
このほかにも、脂質異常症、肥満、加齢、遺伝性の病気(多発性嚢胞腎など)、一部の鎮痛薬の長期使用なども原因となりえます。多くの場合、これらの原因が1つだけでなく、複数重なり合うことで慢性腎臓病の発症や進行につながっています。
慢性腎臓病の症状
慢性腎臓病は、初期には自覚症状がほとんど現れないため「沈黙の病気」と呼ばれます。
これは、腎臓が持つ高い予備能力のおかげで、機能が半分近くまで低下するまで、体はなんとか異常をカバーしようと頑張ってしまうためです。
しかし、腎機能の低下がさらに進むと、体にさまざまなサインが現れ始めます。
代表的な症状とその原因は、以下のとおりです。
症状 | なぜ、その症状が起こるのか?(主な原因)
むくみ(顔、手足) | ・腎臓が水分や塩分を十分に排出できないため
体がだるい、疲れやすい | ・老廃物(尿毒素)が体内にたまるため ・貧血(腎臓が作る造血ホルモンの減少)
めまい、動悸、息切れ | ・上記の貧血が進行するため
夜、何度もトイレに行く | ・尿を濃縮する力が弱まり、薄い尿が大量に作られるため
食欲がない、吐き気がする | ・尿毒素が消化器や脳に影響するため
皮膚がかゆい | ・尿毒素やリンが体内にたまるため
こうした症状の現れ方には、生物学的な性差が影響することもわかってきました。
例えば、女性ホルモン(エストロゲン)や男性ホルモン(テストステロン)は、腎臓の血流や老廃物をろ過する能力を調節しています。このため、性別によって病気の経過が異なる可能性があり、より個人に合わせた治療戦略の重要性が高まっています※。
このように、症状が現れた時点では病気がかなり進行しているケースが少なくありません。
さらに、自覚症状が全くなくても、体質的にリスクが高い場合もあります。近年の研究では、血糖値が正常な人でも、体内で脂肪が分解されて作られる「ケトン体」の血中濃度が高いと、慢性腎臓病を発症するリスクが上昇することが報告されています※。
症状がないからと安心せず、健康診断などで腎機能の異常を指摘された場合は、決して放置せずに専門医を受診することが、ご自身の腎臓を守るための最も重要な第一歩です。
慢性腎臓病の検査・診断
慢性腎臓病の診断は、健康診断でも行われる「血液検査」と「尿検査」が基本です。これらの検査で腎臓の機能低下やダメージを示す異常が3カ月以上続いている場合に、慢性腎臓病と診断されます。
診断のベースとなる、それぞれの検査で何がわかるのかを見ていきましょう。
・血液検査:腎臓の「ろ過能力」をチェック
血液中の老廃物である「血清クレアチニン」の値を測定します。クレアチニンは筋肉を動かした際に出る老廃物で、本来は腎臓でろ過されて尿中に排出される物質です。
この血清クレアチニン値と年齢、性別をもとに、腎臓が1分間にどれくらいの血液をろ過できるかを示す「eGFR(推算糸球体ろ過量)」を算出します。このeGFRの値が、現在の腎臓の働きを評価するための最も重要な指標です。
・尿検査:腎臓からの「SOSサイン」を見つける
尿の中に「たんぱく(特にアルブミン)」が漏れ出ていないかを調べます。
健康な腎臓のフィルターは、体に必要な栄養素であるたんぱく質が尿に漏れ出るのを防いでいます。しかし、腎臓がダメージを受けるとフィルターが壊れ、尿中にたんぱくが漏れ出してしまいます。
この尿たんぱくは、腎臓のダメージを示す早期のサインです。特に、慢性腎臓病の最大の原因である糖尿病を抱える方にとって、定期的なアルブミン尿検査は、腎症の進行をいち早く察知し、適切な治療を開始するために不可欠とされています※。
これらの基本的な検査に加え、腎機能が低下した原因をさらに詳しく特定するため、以下のような精密検査を行うこともあります。
検査の種類 | どのようなことを調べる検査か?
画像検査 (超音波、CTなど) | ・腎臓の大きさや形に異常がないか ・血流の状態 ・結石や腫瘍、嚢胞の有無
腎生検 | ・腎臓の組織の一部を直接採取し、顕微鏡で観察する ・慢性糸球体腎炎など、原因疾患の確定診断に用いる ・病気の勢いや重症度を評価し、治療方針を決定する
健康診断で「要精密検査」と指摘された場合は、自覚症状がなくても、これらの検査を通じて腎臓の状態を正確に把握することが、将来の腎臓を守るための第一歩となります。
慢性腎臓病の治療
慢性腎臓病の治療は、一度失われた腎機能を元に戻すことが困難なため、「残された腎機能の低下をいかに遅らせるか」が最大の目標です。心筋梗塞などの合併症を防ぎ、将来的な透析療法への移行を先延ばしにするために、病気の進行度に合わせた治療を粘り強く続けることが何よりも大切になります。
治療の土台となるのは、日々の生活習慣や食事を見直す自己管理と、それを支える薬物療法です。これらを総合的に組み合わせることで、腎臓への負担を軽減していきます。
1. 生活習慣の改善・食事療法
治療の基本であり、患者さんご自身の協力が不可欠な領域です。特に重要な項目と、その理由を以下に整理します。
取り組み | なぜ、それが必要か?(腎臓への影響)
禁煙 | ・タバコは血管を収縮させ、腎臓への血流を悪化させる ・動脈硬化を促進し、腎機能低下のスピードを速める
肥満の解消 (BMI 25未満が目安) | ・肥満は腎臓への過剰な負担となり、それ自体が腎機能低下の原因となる
適度な運動 | ・血圧や血糖値を改善し、腎臓への負担を間接的に軽くする
減塩 (1日6g未満) | ・血圧をコントロールし、腎臓の負担を直接的に減らす ・体内の余分な水分を減らし、むくみを改善する
たんぱく質の制限 | ・たんぱく質が体内で分解されると老廃物(尿毒素)が作られ、その排出が腎臓の大きな負担となるため、摂取量を調整する
カリウム・リンの制限 | ・腎機能が低下すると体外に排出しにくくなる ・カリウムの蓄積は不整脈、リンの蓄積は骨がもろくなる原因となる
これらの制限は、病気の進行度によって内容が変わるため、必ず医師や管理栄養士の指導のもとで行ってください。
2. 薬物療法
生活習慣の改善や食事療法だけではコントロールが難しい部分を、薬で補っていきます。単に症状を抑えるだけでなく、腎機能低下の原因に直接アプローチすることが目的です。
・原因疾患のコントロール
慢性腎臓病の二大原因である高血圧や糖尿病の管理が、腎臓を守るための最優先事項です。血圧を下げる薬(特にACE阻害薬やARB)は、血圧を下げるだけでなく、腎臓のフィルター(糸球体)にかかる圧力を直接下げて、腎臓を保護する働きも持っています。
・腎臓を直接保護する新しい治療選択肢
近年の研究により、腎臓を直接保護する新しいタイプの薬が登場し、治療の選択肢が広がっています。
・糖尿病が原因の場合:
糖尿病性腎症では、体内の「ミネラルコルチコイド受容体(MR)」という物質が過剰に活性化すると、腎臓に炎症や線維化(組織が硬くなること)を引き起こし、病状を悪化させることがわかっています。このMRの働きを抑える新しい非ステロイド性の薬(フィネレノンなど)は、腎臓を保護する効果を維持しつつ、従来の薬で課題だった高カリウム血症などの副作用リスクを低減できると報告されています※。
・尿酸値が高い場合:
痛風の原因として知られる高い尿酸値も、腎臓にダメージを与えます。過剰な尿酸は、腎臓の細胞内でエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」に酸化ストレス(サビつき)を生じさせます。このサビつきが腎臓の細い血管を傷つけ、構造を変化させてしまうことで、腎機能低下の一因になると考えられています※。そのため、尿酸値を適切にコントロールすることも腎臓を守る上で重要です。
これらの治療を尽くしても腎機能の低下が進み、末期腎不全(ステージG5)に至った場合は、ご自身の腎臓の代わりに老廃物を取り除く「腎代替療法」(透析療法や腎移植)を検討することになります。










