唾液腺腫瘍
首やあごの周りに「しこり」を感じて、不安になった経験はありませんか?それは、私たちが毎日を過ごす上で欠かせない唾液を作る「唾液腺」にできる「唾液腺腫瘍」かもしれません。この病気は、多くの場合、体に大きな影響を与えない良性のできものですが、中には「がん」である可能性もゼロではありません。特に痛みがないケースが多いため、気づかないうちに放置してしまいがちですが、早期発見がその後の治療を大きく左右します。
実は、唾液腺腫瘍は、珍しい遺伝性の病気や、他の病気が隠れていることもあります。例えば、遺伝性疾患であるBirt-Hogg-Dube症候群の患者さんの約4割に耳下腺腫瘍が見つかり、そのうち約3割が特定のタイプであることが報告されています。また、良性のワーチン腫瘍であっても、約1割のケースでリンパ腫を合併するなど、一見良性に見えるしこりの裏には、さまざまな可能性が潜んでいます。
この記事では、唾液腺腫瘍の基本から、見落としがちな症状、そして最新の検査・治療法まで、あなたが抱える疑問を解消できるよう詳しく解説します。ご自身の体のサインを見逃さず、適切な対応を考えるきっかけにしてみてください。
唾液腺腫瘍の概要
「唾液腺腫瘍(だえきせんしゅよう)」という言葉を聞いて、どんな病気だろう?と不安に思う方もいるかもしれません。 この病気は、私たちが毎日ごはんを美味しく食べたり、楽しくおしゃべりしたりするときに欠かせない「唾液(だえき)」を作る場所、「唾液腺(だえきせん)」にできる「できもの」のことです。 唾液は、お口をうるおすだけでなく、食べ物を飲み込みやすくする大切な役割をしています。
唾液を作る唾液腺は、体の色々な場所にあります。 代表的な唾液腺は次の3つです。
- 耳の下:耳下腺(じかせん)
- あごの下:顎下腺(がくかせん)
- 舌の下:舌下腺(ぜっかせん) これらの大きな唾液腺の他にも、お口の中やのどの色々な場所に、目には見えにくい小さな唾液腺がたくさんあります。
もし、これらの唾液腺のどこかに「できもの」ができると、首の周りやあごの下などに「しこり」として触れることがあります。 触ってみると「いつもと違うな」と感じることがあるかもしれません。 ほとんどの場合、この「できもの」は「良性(りょうせい)」といって、体に悪い影響を与えないものが多いです。 しかし、中には「悪性(あくせい)」、つまり「がん」である可能性もゼロではありません。 もし首やあごの周りにいつもと違うしこりを見つけたら、早めに病院を受診して、どんな種類のできものなのかを詳しく調べてもらうことがとても大切です。 気になる症状があれば、放置せずに医師に相談しましょう。
実は、とても珍しい病気の中には、唾液腺腫瘍と関係があることがわかっているものもあります。 「Birt-Hogg-Dube症候群(バートホッグデューベしょうこうぐん)」という遺伝性の病気がその一つです。 この病気は、皮膚にできものができたり、肺や腎臓に症状が出たりすることが知られています。 最近の研究では、この症候群の患者さんの約4割に、唾液腺、特に耳の下にある「耳下腺」にできものが見つかることがわかっています。 さらに、患者さんの約半数近く(約47.8%)には、お口の中にもできもの(口腔病変)が見られることがあります。 これらの唾液腺のできものの中には、「オンコサイトーマ」という特殊なタイプが多いこともわかっています。 もし、このBirt-Hogg-Dube症候群の可能性が考えられる場合には、腎臓の検査なども視野に入れて慎重に診察を進める必要があります。 病気の症状や進み方は一人ひとり違いますので、専門の医師が丁寧に診察し、患者さんに最も合った治療法を一緒に見つけていきます。
唾液腺腫瘍の種類
唾液腺にできる「できもの」には、大きく分けて二つのタイプがあります。一つは「良性(りょうせい)」、もう一つは「悪性(あくせい)」です。良性のできものは、体の元気な状態に悪い影響を与える心配が少なく、ほとんどの場合、取り除けば治ります。
たとえば、「ワーチン腫瘍(しゅよう)」という良性のできものは、耳の下にある「耳下腺(じかせん)」によくできます。このワーチン腫瘍は、とても珍しいことに、リンパ腫(しゅ)という別の病気が一緒に見つかることがあります。研究によると、ワーチン腫瘍とリンパ腫の一つである小リンパ球性リンパ腫/慢性リンパ性白血病(SLL/CLL)が同時に見つかるケースは、過去に報告されたワーチン腫瘍に合併するリンパ腫のうち、約1割(11%)ほどあることがわかっています。これは、ワーチン腫瘍がリンパ節(せん)の中にある、ちょっと変わった唾液腺の細胞からできるからではないか、と考えられています。
一方で、悪性のできものは「がん」です。唾液腺にできるがんは、さまざまな種類があります。私たち医師は、この種類を見極めるために、精密な検査を慎重に行います。
珍しいがんの例を挙げると、次のようなものがあります。
- 基底細胞腺癌(きていさいぼうせんがん)
- このがんは、唾液腺の中でも顎の下にある「顎下腺(がくかせん)」にできることは、世界的にもとても珍しいと報告されています。
- 筋上皮癌(きんじょうひがん)
- このがんは、頭や首のあたりにできること自体がまれです。
- さらに喉(のど)にできるのは、もっともっと珍しいことがわかっています。
このように、唾液腺にできる「できもの」は、良性か悪性か、そしてどの種類の腫瘍(しゅよう)なのかによって、その後の治療方法が大きく変わってきます。だからこそ、いつもと違うしこりを見つけたら、どんな種類のできものなのかを詳しく調べることがとても大切です。気になる症状があれば、放置せずに早めに医師に相談してくださいね。
唾液腺腫瘍の原因
「唾液腺に、なぜできものができるんだろう?」と、不安に感じている方もいるかもしれません。 私たち医師も、その原因がすべてはっきりわかっているわけではありません。 しかし、これまでの研究から、いくつか関係しているのではないかと考えられることがあります。
一つは、生まれつき体の設計図である「遺伝子」に、少しだけ変わった部分がある場合です。 例えば、「Birt-Hogg-Dube症候群(バートホッグデューベしょうこうぐん)」という、とても珍しい病気があります。 この病気を持つ患者さんの約4割(43.5%)に、耳の下にある「耳下腺」という唾液腺にできものが見つかることがわかっています。 その中でも、約3割(30.4%)は「オンコサイトーマ」という特殊な種類のできものです。 さらに、この病気の方は約半数近く(47.8%)に、お口の中にもできもの(口腔病変)が見られます。 Birt-Hogg-Dube症候群は、腎臓の病気とも関係があるため、もし唾液腺にできものが見つかり、この病気の可能性がある場合は、腎臓の詳しい検査も大切です。 私たちは、患者さんの体の全体を見て、必要な検査を提案します。
また、唾液腺のできものの中でも、「ワーチン腫瘍」と呼ばれるタイプでは、まれに「リンパ腫(リンパしゅ)」という血液のがんが同時に見つかることがあります。 これは、ワーチン腫瘍が、体の中で免疫に関わる「リンパ節」という場所に、本来とは違う唾液腺の細胞があることからできるのではないか、と考えられています。 過去の報告によると、ワーチン腫瘍と同時に見つかるリンパ腫のうち、約1割(11%)が「小リンパ球性リンパ腫/慢性リンパ性白血病(SLL/CLL)」という種類です。 最も多く見られるリンパ腫は、「濾胞性リンパ腫(ろほうせいリンパしゅ)」で、約3割(34%)を占めています。
このように、唾液腺のできものの原因は一つではなく、遺伝的な体質や、特定の種類の腫瘍ができる過程が関係していることがあります。 まだわからないことも多いですが、私たちは日々研究を続け、患者さんの疑問に答えられるよう努力しています。 もし、首やあごの周りにいつもと違うしこりを見つけたら、「どうしてだろう?」と悩まずに、早めに病院を受診してご相談ください。 私たちは、どんな種類のできものなのかを詳しく調べ、あなたに合った対応を一緒に考えていきます。
唾液腺腫瘍の症状
唾液腺に「できもの」ができると、どのような変化が体に現れるのでしょうか。その症状は、腫瘍ができた場所や種類によって少しずつ異なります。私たち医師が診察する中で、患者さんが最初に気づくことの多いサインについてご説明します。
多くの場合、患者さんが最初に気づくのは、耳の下、あごの下、または舌の下あたりにできる「しこり」です。このしこりは、多くの場合、痛みを感じないのが特徴です。初期の段階では、触っても小さく、やわらかいことがほとんどです。しかし、時間の経過とともにゆっくりと大きくなっていく傾向があります。ご自身で触ってみて、「いつもと違うものが触れるな」と感じたら、注意が必要です。
しこりの他にも、いくつかの症状が現れることがあります。たとえば、腫瘍ができた場所によっては、顔の動きを司る神経に影響が出ることがあります。その結果、顔の片側が麻痺したように感じたり、しびれを覚えたりすることがあります。これは、唾液腺の周りには大切な神経が走っているためです。
また、口を大きく開けにくくなったり、食べ物を飲み込みにくくなったりする方もいらっしゃいます。これは、腫瘍が大きくなることで、周りの組織を圧迫したり、動きを妨げたりするために起こります。特に、食べ物を飲み込む際に違和感がある場合は、早めの受診をおすすめします。
非常にまれなケースですが、声がかすれる「嗄声(させい)」や、喉の痛みとして症状が現れることもあります。例えば、喉の奥の方にある唾液腺にできた珍しい「筋上皮癌(きんじょうひがん)」というタイプのがんの場合、嗄声や喉の痛みが長く続くことで、病院を受診されることがあります。実際に、60歳の男性が1ヶ月続く嗄声と喉の痛みを訴え、その後に喉頭(喉の奥、声帯がある場所)に筋上皮癌が見つかったケースも報告されています。
もし、これまでお話しした「しこり」が急に大きくなったり、強い痛みを感じるようになったり、顔の麻痺が進行したりするような場合は、悪性の腫瘍である可能性も考えられます。例えば、あごの下にある「顎下腺(がくかせん)」にできる「基底細胞腺癌(きていさいぼうせんがん)」のような稀ながんであっても、最初は痛みがないしこりとして見つかることがほとんどです。このような変化に気づいたら、決して放置せず、できるだけ早く耳鼻咽喉科を受診して詳しい検査を受けることがとても大切です。早期発見が、その後の治療の選択肢を広げ、良好な経過につながります。
唾液腺腫瘍の検査・診断
唾液腺に「できもの」が見つかったとき、私たちはまずそれがどんな種類のできものなのか、そして体に悪い影響を及ぼすもの(悪性)なのか、心配の少ないもの(良性)なのかを、じっくりと調べていきます。不安な気持ちがあると思いますが、一つひとつ丁寧に検査を進めますので、ご安心ください。
最初に診る検査
診察では、まず患者さんのお話を聞き、お口の中や首のあたりを実際に手で触って確認します。この触診で、できものの場所や大きさ、硬さなどを細かく見ていきます。「いつもと違うしこりがあるな」と感じたら、早めに教えてくださいね。
次に、できものの位置や広がりを詳しく見るための画像検査を行います。主にCT検査やMRI検査といった方法です。これらの検査によって、できものが周りの大切な組織にどのくらい影響を与えているかなどを、細かく詳しく確認できます。
詳しく調べる検査
最終的に「このできものは何だろう?」という答えを出すためには、できものの一部を少しだけ取ってきて詳しく調べる**「生検(せいけん)」**という検査がとても大切です。これは、注射の針のような細いもので細胞を採取する方法などがあります。生検で取ってきた組織は、**病理検査(びょうりけんさ)**という、顕微鏡を使って細胞の形や並び方を観察する検査に回されます。細胞を詳しく見ることで、できものの種類や悪性度を判断する大切な手がかりになります。
診断の難しさと新しい技術
唾液腺のできものは、種類がとても多く、中には見た目がよく似ているものもたくさんあります。そのため、正確に診断することが難しい場合があります。私たち医師は、より正確な診断をするために、さまざまな方法を組み合わせて用いています。
診断の精度を高めるためには、次のような検査も行います。
- 免疫組織化学
- 特定の細胞成分を色で染め出し、腫瘍のタイプを特定する補助的な検査です。
- 広く使われており、信頼性も高い方法です。
- 分子プロファイリング
- できものの特性を、より小さな分子レベルで詳しく調べる検査です。
- 腫瘍がなぜできたのか、その仕組みを理解する手がかりとなり、 どのような治療が効果的かを判断する上で重要な情報をもたらします。
- 次世代シーケンシング(NGS)
- 遺伝子の情報を一度に大量に読み取る最先端の技術です。
- 免疫組織化学と組み合わせることで、診断の精度がさらに向上します。
- これまでの方法では見つけられなかった、治療法につながる「分子の変化」を 見つけ出すことにも役立ちます。
唾液腺腫瘍の診断は、その複雑さや多様性から難しい側面もありますが、これらの新しい技術を取り入れることで、より正確な診断と、患者さんに合った治療法を見つけることが可能になっています。
他の病気が隠れている可能性
とても珍しいことですが、一つの唾液腺のできものの中に、別の病気が隠れていることもあります。例えば、「ワーチン腫瘍」という良性のできものの場合、まれに「リンパ腫(リンパしゅ)」という血液のがんが一緒に見つかることがあります。針生検でワーチン腫瘍と小リンパ球性リンパ腫/慢性リンパ性白血病が同時に診断された報告もあります。これは、ワーチン腫瘍が、免疫に関わるリンパ節の中でできることがあるためと考えられています。このような複雑なケースでも、私たち医師は、最新の分子診断技術などを活用し、さまざまな情報を総合的に判断して、患者さんにとって最適な診断と治療へとつなげていきます。
唾液腺腫瘍の治療
唾液腺にできた「できもの」の治療は、その種類や大きさ、そして「悪いできもの(がん)」かどうか、患者さんの体の状態によって、一人ひとり異なります。私たち医師は、患者さんの体の状態や腫瘍の特徴をじっくりと見極め、最適な治療法を一緒に考えていきますので、ご安心ください。
まず、一番大切な治療は、手術でできものを取り除くことです。これは、できる限り悪い部分を取り除くための基本となります。しかし、できものの状態や、できた場所によっては、手術だけでは不十分な場合もあります。その際には、放射線治療や、薬を使った治療などを組み合わせて行うことがあります。
最近では、より詳しくできものの性質を調べることで、患者さんにぴったりの治療を選べるようになってきました。なぜなら、唾液腺にできるできものは種類がとても多く、それぞれ特徴が違うため、適切な診断が非常に複雑だからです。私たちは、できものの遺伝子やタンパク質の情報を細かく分析する「分子プロファイリング」という検査や、「免疫組織化学」という方法を使います。さらに、「次世代シーケンシング(NGS)」という、遺伝子情報を一度に大量に読み取る最先端の技術も活用します。これらの詳しい検査は、できものの「がんのヒミツ」を分子レベルで解明し、より正確な診断につながります。この精密な診断を行うことで、がん細胞だけを狙って攻撃する「分子標的療法」という新しい薬を使った治療法が、選べる可能性も広がってきています。
もしも、少し珍しい種類の「腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん)」というできものが、頭の骨の中や背骨の中など、手術で取り除くのが難しい場所にできてしまった場合でも、あきらめることはありません。「定位放射線手術(ていいほうしゃせんしゅじゅつ)」(SRS)という特別な放射線治療があります。この治療は、腫瘍のある場所に、ピンポイントで高い精度の放射線を集中して当てることで、周りの健康な組織への影響を最小限に抑えながら、できものの進行をしっかりとコントロールすることが期待できる高精度な治療法です。
唾液腺腫瘍の治療は日々進歩しており、私たちは患者さん一人ひとりに最適な治療方法を慎重に検討し、希望を持っていただけるよう努力しています。気になることがあれば、いつでもご相談くださいね。













