歯髄炎

夜中に突然、ズキズキと脈打つような歯の痛みで眠れなくなった経験はありませんか?その耐えがたい痛みは、歯の神経が悲鳴を上げている危険なサイン、「歯髄炎」かもしれません。

歯髄炎は、放置すると神経が死んでしまい、歯の寿命を縮めてしまう恐れがあります。しかし、炎症の段階によっては、神経を残せる可能性も十分にあります。実際、ある研究では適切な処置により、1年後も85%の歯の神経が生き残ったと報告されています。

この記事では、歯髄炎の痛みの正体から、神経を残せるかどうかの見極め方、そして成功率90%以上を誇る最新の治療法までを詳しく解説します。手遅れになる前に、ご自身の歯を守るための正しい知識を身につけましょう。

歯髄炎の概要

歯髄炎(しずいえん)とは、歯の内部にある「歯髄」という組織が炎症を起こす病気です。 歯髄は「歯の神経」とも呼ばれ、血管や神経が集まっています。

歯は、硬いエナメル質と象牙質で守られており、歯髄は普段、外部からの刺激を受けません。 しかし、虫歯が深くなったり、歯が折れたりして細菌が侵入すると、歯髄が炎症を起こします。

私たちの体は、細菌が入ってくると体を守るために「免疫」という仕組みが働きます。 これは、体の中のパトロール隊が、連絡を取り合いながら細菌と戦う防御反応のことです。 この戦いが「炎症」であり、痛みや腫れといった症状を引き起こします。

しかし、この戦いが激しくなりすぎると、歯髄の組織が元に戻れないほど傷ついてしまいます。 炎症をそのままにしておくと、歯髄が死んでしまう「歯髄壊死(しずいえし)」に進むこともあります。 そうなると、歯の神経を取り除く「根管治療」が必要になり、歯の寿命にも影響が出かねません。 ご自身の歯を長く使うためにも、早めに歯科医院を受診することがとても大切です。

歯髄炎の種類

歯髄炎は、歯の神経が元の元気な状態に戻れるかどうかで、大きく2つのタイプに分けられます。

それは「可逆性歯髄炎(かぎゃくせいしずいえん)」と「不可逆性歯髄炎(ふかぎゃくせいしずいえん)」です。 どちらのタイプかによって、治療の方法が大きく変わってきます。

可逆性歯髄炎

炎症がまだ軽く、原因を取り除けば歯の神経が回復する可能性のある状態です。 歯の神経がまだ元気に頑張っている段階、とイメージすると分かりやすいでしょう。

冷たいものを飲むと一瞬だけ「キーン」としみるのが特徴で、原因の刺激がなくなると痛みはすぐに消えます。 原因となる虫歯などをきちんと治療すれば、歯の神経を残せる可能性が高いです。

実際に、歯にひびが入ったことが原因の可逆性歯髄炎でも、適切な処置で1年後に85%の歯の神経が生き残ったという研究報告もあります。 海外の調査では、可逆性歯髄炎の症状がある場合、半数以上の歯科医師が神経を残す治療を検討するという結果も出ています。

不可逆性歯髄炎

炎症が進んでしまい、歯の神経が元には戻れないほど弱ってしまった状態です。 何もしなくてもズキズキと脈打つように痛む(自発痛)のが特徴です。

温かいもので痛みが強くなったり、夜に痛みがひどくなったりすることも少なくありません。 この段階になると、残念ながら歯の神経を取り除く治療(抜髄)が必要になることがほとんどです。

歯科医師への調査でも、不可逆性歯髄炎と診断されると、ほとんどの医師が神経を抜く治療を選択するというデータがあります。

種類

歯の神経の状態

どんな痛み?

どうやって治す?

可逆性歯髄炎

まだ元気で回復できる

冷たいものが一瞬しみる

原因を取り除き、神経を残す

不可逆性歯髄炎

弱って回復できない

何もしなくてもズキズキ痛む

神経を取り除く治療が必要

また、痛みの出方によって、急に激しい痛みが出る「急性歯髄炎」と、弱い痛みが続いたり痛んだり治まったりする「慢性歯髄炎」に分けることもあります。

歯髄炎の原因

歯の神経である「歯髄」は、硬いエナメル質や象牙質に守られています。 しかし、何らかの理由でこの守りが破られると、歯髄に炎症が起こります。

歯髄炎の主な原因は、口の中にいる細菌が歯の内部に侵入することです。 その侵入経路として、最も多いのが「虫歯」によるものです。

虫歯による細菌の侵入

歯髄炎のほとんどは、治療せずに放置された虫歯が原因で起こります。 虫歯菌が作り出す酸によって歯に穴が開き、歯髄にまで到達してしまうのです。

歯髄に細菌が侵入すると、私たちの体は「免疫」という防御システムを作動させます。 これは、体を守るパトロール隊が、細菌と戦うための防御反応のことです。 この戦いそのものが「炎症」であり、痛みなどの症状を引き起こします。

しかし、この戦いが激しくなりすぎると、歯髄の組織が元に戻れないほど傷つきます。 炎症を放置すると歯髄が死んでしまうこともあるため、早期の治療が重要です。

虫歯以外の原因

虫歯以外にも、以下のようなことが歯髄炎の原因となる場合があります。

原因

説明

歯のけが(外傷)

転倒や衝突で歯が折れたり、ひびが入ったりすると、その隙間から細菌が侵入することがあります。

治療による刺激

虫歯治療で歯を削る際の熱や振動が刺激となり、一時的に歯髄が炎症を起こすことがあります。

歯ぎしり・食いしばり

歯に継続的に強い力がかかると、歯髄がダメージを受けて炎症を起こすことがあります。

重度の歯周病

歯周病が進行すると、歯の根の先端から細菌が歯髄に入り込んでしまうことがあります。

このように、歯髄炎の原因は一つではありません。 しかし、どの原因であっても、歯の内部で炎症が起きている状態は危険です。 歯を守るためにも、異変を感じたらすぐに歯科医院へ相談しましょう。

歯髄炎の症状

歯髄炎のサインで最も分かりやすいのは、なんといっても「歯の痛み」です。 「ズキズキ」「ジンジン」と、心臓の拍動に合わせて脈打つように痛むのが特徴です。

この痛みは、歯の神経(歯髄)に侵入した細菌と、体を守るための免疫が戦っている証拠です。 免疫の細胞は、細菌と戦う仲間を呼ぶために様々な合図となる物質を出します。 この物質が、痛みを引き起こす信号にもなってしまうのです。

特に歯は硬い組織で覆われているため、中で炎症が起きて腫れると逃げ場がありません。 腫れて高まった圧力が神経を強く圧迫するため、激しい痛みを感じるようになります。

歯髄炎の進行度による症状の違い

歯髄炎の症状は、炎症がどのくらい進んでいるかによって大きく変わります。 ご自身の症状がどちらに近いか、チェックしてみてください。

炎症の段階

主な症状

初期の炎症

(可逆性歯髄炎)

・冷たいものが一瞬だけ「キーン」としみる

・原因の刺激がなくなれば、すぐに痛みはおさまる

進行した炎症

(不可逆性歯髄炎)

・何もしなくてもズキズキと激しく痛む(自発痛)

・温かいもので痛みが強くなる、または長引く

・夜、布団に入ると痛みがひどくなり眠れない

・市販の痛み止めが効きにくいことがある

炎症の初期段階であれば、痛みは一時的で、すぐに治まることがほとんどです。 しかし炎症が進むと、何もしなくても続く激しい痛みに変わっていきます。

特に、お風呂に入ったり布団に入ったりして体が温まると痛みが強くなる傾向があります。 これは、血の巡りが良くなることで、歯の中の圧力がさらに高まるためです。

もし、あれほどひどかった痛みが急にスッと消えたら、それは治ったわけではありません。 神経が完全に死んでしまい、痛みを感じなくなった「歯髄壊死(しずいえし)」の可能性があります。

神経が死んでも細菌はいなくなるわけではなく、放置すれば歯の根の先にまで感染が広がります。 そうなるとさらに治療が大変になるため、痛みの有無にかかわらず早めに歯科医院を受診しましょう。

歯髄炎の検査・診断

歯医者さんは、歯が痛いというお話だけで歯髄炎の診断はしません。 歯の神経が今どんな状態なのかを正確に知るために、いくつかの検査を行います。 まるで探偵が手がかりを集めるように、様々な方法で歯の状態を調べるのです。

主な検査方法は、以下のとおりです。

  • 問診 「いつから痛い?」「どんな時に痛む?」など、 症状について詳しくお話をうかがいます。
  • 視診 虫歯の穴がないか、歯の色が変わっていないか、 歯ぐきが腫れていないかなどを目で見て確認します。
  • 打診(だしん) 器具で歯を優しくコンコンと叩きます。 その響きや痛みの有無で炎症の広がりを調べます。
  • 温度診(おんどしん) 冷たい水などを歯に当てて、神経がどう反応するか、 その元気度をチェックします。
  • レントゲン検査 目では見えない歯の中や、歯の根っこの周りの骨の状態を、 写真に撮って詳しく確認します。
  • 電気歯髄診(でんきしずいしん) とても弱い電気を歯に流します。 神経が反応するかどうかで、生きているか調べます。

これらの検査結果をパズルのように組み合わせて、総合的に診断します。 歯の神経がまだ元気で回復できる状態なのかを判断するのです。 あるいは、元には戻れないほど弱ってしまっているのかを見極めます。

以前は、神経が元に戻れないと診断されると、神経を全て取る治療が一般的でした。 しかし最近では、神経の状態によっては、一部を残す治療も選択肢になります。 海外の研究では、この方法が神経を全て取る治療と同じくらいの成功率であることや、治療後の痛みが少ない可能性も報告されています。

正確な診断は、あなたの歯にとって最適な治療法を選ぶための大切な第一歩です。

歯髄炎の治療

歯髄炎の治療法は、歯の神経(歯髄)がまだ元気な状態に戻れるかで決まります。 治療の目標は、つらい痛みを取り除き、ご自身の歯をできるだけ長く守ることです。

治療法は、大きく分けて「神経を残す治療」と「神経を取り除く治療」の2つです。

歯の神経を残す治療(歯髄温存療法)

炎症がまだ軽く、神経が回復する見込みがある場合(可逆性歯髄炎)に行われます。 虫歯の部分だけを慎重に取り除き、神経を守るためのお薬を詰める方法が中心です。

この方法は「直接歯髄覆罩術(ちょくせつしずいふくとうじゅつ)」と呼ばれます。 スペインで行われた歯科医師への調査では、症状のない歯髄炎に対して8割以上の医師がこの方法を選択すると回答しています。 神経を残すことで、歯の寿命を延ばすことにつながります。

歯の神経を取り除く治療

炎症が進み、神経が元には戻れない状態(不可逆性歯髄炎)では、神経を取り除く治療が必要です。 この治療には、主に2つの方法があります。

治療法の種類

内容

歯髄断髄法(しずいだんずいほう)

歯の頭の部分にある、細菌に感染した神経だけを取り除き、根っこの部分の健康な神経は残す方法です。

根管治療(こんかんちりょう)

歯の根の中にある神経をすべて取り除き、管の中をきれいに消毒してからお薬を詰める方法です。

最近の研究では、この2つの治療法の成功率はどちらも90%以上と高く、大きな差はないと報告されています。 また、歯髄断髄法の方が、治療後の痛みが少なく、治療時間や費用を抑えられる傾向があることも分かってきました。

治療の痛みを和らげる工夫

歯髄炎の炎症が強いと、麻酔が効きにくいことがあります。 そのため、治療の前に痛み止めのお薬を飲んでいただくことがあります。

ある研究では、イブプロフェンという痛み止めを治療の1時間前に飲むことで、麻酔が効く確率が46.7%から73.3%へと大きく向上したと報告されました。 治療中や治療後の痛みを和らげる効果も期待できます。

どの治療法が最適かは、歯の状態によって異なります。 歯科医師とよく相談して、ご自身に合った治療法を選びましょう。