マラリア
海外渡航を控え、現地の感染症に不安を感じていませんか。マラリアは主に熱帯・亜熱帯で流行しており、2020年には世界で2億4100万人が感染し、約62万7000人が亡くなりました。日本でも輸入感染症として報告がある、決して他人事ではない病気です。
この記事では、マラリアの感染原因や症状、重症化のリスクを解説します。特に、原因となる原虫の種類によって治療法が大きく異なるため、その違いについても詳しく見ていきます。
読み進めることで、マラリアの正しい知識と具体的な予防策がわかります。渡航前の準備や、万が一の際の適切な行動を理解し、自分と大切な人を守るための備えができます。
マラリアの概要
マラリアは、マラリア原虫という病原体を保有する蚊(ハマダラカ)に刺されることで感染する病気です。
主に熱帯・亜熱帯地域で流行しており、2020年には世界で2億4100万人が感染し、約62万7000人が命を落としました。これは、約1分に1人のペースで誰かが亡くなっている計算になります。特に深刻なのは子どもへの影響で、死亡者の約8割は5歳未満の乳幼児が占めているのが現状です。
現在の日本国内にマラリアは定着していませんが、流行地から帰国した後に発症する「輸入感染症」として毎年報告されており、決して他人事ではありません。
マラリアは誰でも重症化する可能性がありますが、特に免疫機能が十分でない小さなお子さんや妊婦さん、持病のある方はリスクが高いとされています。
例えば、HIVに感染した母親から生まれたものの、自身は感染していない子ども(HEU: HIV-Exposed Uninfected)は、免疫系に特徴があると考えられています。過去には、こうした子どもたちに抗菌薬(コトリモキサゾール)を予防的に投与することで、マラリアの発症を抑えられたという報告がありました※。
しかし、より詳しい研究によると、この予防投与はマラリアの発症は抑えるものの、全体の死亡率を低下させる効果までは確認されませんでした。また、抗菌薬の長期使用による薬剤耐性のリスクも指摘されており、現在ではHIV検査体制が整っている地域において、全ての子どもに一律で予防投与を行うことは必ずしも推奨されていません※。
マラリアの種類
マラリアと一口に言っても、原因となる「マラリア原虫」は1種類ではありません。ヒトに感染するものは主に5種類あり、どの原虫に感染したかによって症状の重さや発熱のパターン、治療法が大きく異なります。
そのため、マラリアが疑われる場合は、どの種類の原虫が原因なのかを特定することが、適切な治療への第一歩となります。
ヒトへの感染が報告されている主なマラリア原虫の特徴を、下表に整理します。
原虫の種類 | 主な特徴と注意点
熱帯熱マラリア (P. falciparum) | ・最も危険なタイプ ・急速に重症化し、脳症や腎不全などを引き起こすことがある ・治療が24時間以内に開始されないと命に関わるリスクが高い
三日熱マラリア (P. vivax) | ・48時間ごとに発熱を繰り返すのが典型的 ・治療後も原虫の一部が肝臓で「休眠体」として潜伏し、数カ月~数年後に再発することがある
卵形マラリア (P. ovale) | ・症状や経過は三日熱マラリアと似ている ・三日熱マラリアと同様に、肝臓の休眠体からの再発リスクがある
四日熱マラリア (P. malariae) | ・72時間ごとに発熱を繰り返すのが特徴 ・他の種類に比べて症状は比較的軽度なことが多い
サルマラリア (二日熱マラリア P. knowlesi など) | ・もともとはサルに感染するマラリアだが、ヒトにも感染する(人獣共通感染症) ・症状の進行が速い場合があるため注意が必要
特に、三日熱マラリアと卵形マラリアで見られる「再発」は、いったん症状が治まった後、肝臓の細胞内で活動を休止していた原虫(休眠体)が再び活動を始めることで起こります。このため、症状を抑える治療だけでなく、再発を防ぐための「根治治療」が欠かせません。
このように、マラリア原虫の種類によって治療戦略は異なりますが、その治療に用いられる抗マラリア薬は、まったく別の病気の治療に応用されることもあります。
例えば、自分の免疫が誤って自身の体を攻撃してしまう自己免疫疾患の一種「全身性エリテマトーデス(SLE)」において、皮膚の血管炎を抑えるために抗マラリア薬が有効であると報告されています※。
マラリアの原因
マラリアの原因は、マラリア原虫という目に見えない小さな寄生虫です。
主な感染ルートは、この原虫を保有するハマダラカという蚊に刺されることです。蚊が人の血を吸う際、その唾液とともに原虫が血液中に侵入します。
体内に侵入した原虫は、まず肝臓の細胞にたどり着いて静かに増殖します。その後、血液中に戻ると赤血球の中に次々と感染し、赤血球を破壊しながら爆発的に数を増やしていくのです。高熱や悪寒、頭痛といったマラリア特有の症状は、この赤血球が壊されることで引き起こされます。
感染経路のほとんどは蚊を介したものですが、ごくまれに以下のような血液を介した感染も起こり得ます。
・母親から赤ちゃんへの感染(母子感染)
・輸血による感染
・汚染された注射針の使い回し
一方で、インフルエンザのように咳やくしゃみでうつることはなく、日常生活で人から人に直接感染する心配はありません。
マラリアは誰でも感染・重症化する可能性がありますが、特に免疫機能が十分でない方はリスクが高いとされています。例えば、HIVに感染している方はその一人です。こうした背景から、HIV陽性の母親から生まれた子ども(自身はHIVに感染していない)を対象に、マラリア予防策の研究が行われたこともありますが、その有効性についてはさまざまな議論があります※。
マラリアの症状
マラリアの症状は、一見すると風邪やインフルエンザによく似ていますが、その背後には赤血球が破壊されるという深刻な事態が隠れています。
蚊に刺されてから症状が出るまでの期間(潜伏期間)は、マラリア原虫の種類によって差があり、短いもので1週間、多くは1〜4週間ほどです。ただし、三日熱マララや卵形マラリアのように、原虫が肝臓で休眠するタイプでは、1年以上経ってから突然発症することもあります。
風邪と間違えやすい初期症状
マラリアの初期症状は、体内でマラリア原虫が赤血球を破壊する際に、発熱などを引き起こす物質が放出されることで現れます。
・発熱発作:悪寒や震えが来た後に40℃近い高熱が出て、数時間後に大量の汗をかいて熱が下がる、というサイクルを繰り返すのが典型的です。
・頭痛
・筋肉痛、関節痛
・吐き気、嘔吐、下痢
・体のだるさ(倦怠感)
これらの症状は、一般的な感染症と見分けるのが非常に困難です。そのため、マラリアの流行地域へ渡航した後に少しでも体調の異変を感じたら、「ただの風邪」と自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。
命に関わる重症化のサイン
特に危険な熱帯熱マラリアは、治療の開始が24時間以内にされないと、急速に重症化し、さまざまな合併症を引き起こす可能性があります。
以下のような症状は、命に関わる危険なサインです。
・意識障害・けいれん(脳症):感染した赤血球が脳の細い血管に詰まることで起こる。
・急な呼吸困難:肺に水がたまることで生じる。
・尿がほとんど出なくなる(急性腎不全):破壊された赤血球の成分などが腎臓にダメージを与える。
・皮膚や白目が黄色くなる(黄疸):赤血球の大量破壊(溶血)や肝機能障害が原因。
・重度の貧血
お子さんや妊婦さん、持病をお持ちの方など、免疫機能が十分でない方は特に重症化しやすいため、いっそうの注意が求められます。
例えば、HIVに感染している方は重症化リスクが高いことが知られており、関連して「HIV陽性の母親から生まれた子ども(自身はHIVに感染していない)」を対象とした研究も行われています。この研究では、抗菌薬の予防投与によってマラリアの発症は抑えられたものの、死亡率を下げる効果までは確認されませんでした※。
このように、マラリアは誰にとっても油断のできない病気であり、重症化を防ぐためには、何よりも早期の診断と治療開始が重要です。
マラリアの検査・診断
マラリアの診断は、血液中に潜むマラリア原虫を見つけ出す血液検査によって確定します。発熱などの症状が風邪やインフルエンザとよく似ているため、「ただの体調不良」と自己判断せずに検査を受けることが、重症化を防ぐための第一歩です。
検査では、単に感染の有無を調べるだけでなく、5種類あるマラリア原虫のうち、どのタイプが原因なのかを特定することが極めて重要になります。なぜなら、原虫の種類によって治療薬や治療法が大きく異なるからです。
マラリアの診断に用いられる主な検査方法の特徴を、下表に整理します。
検査方法 | 特徴・わかること
血液塗抹標本の顕微鏡検査 | ・採取した血液をスライドガラスに薄く塗り、染色して顕微鏡で直接観察する、最も信頼性の高い検査法です。 ・原虫の種類を特定できるほか、全赤血球のうち何%が感染しているか(感染密度)も把握できます。 ・正確な診断には、熟練した検査技師の技術が求められます。
迅速診断キット(RDT) | ・少量の血液を使い、15〜30分ほどで結果がわかる簡易検査キットです。 ・マラリア原虫が持つ特有のタンパク質(抗原)を検出します。 ・医療設備が限られる流行地でのスクリーニングや、緊急時の迅速な判断に役立ちます。
遺伝子検出法(PCR法など) | ・マラリア原虫が持つ特有の遺伝子を増幅させて検出する方法で、非常に感度が高いのが特徴です。 ・顕微鏡では見つけられないほどごく微量の原虫や、複数種類の原虫による混合感染の診断にも有用です。
このように、検査による早期発見と治療がマラリア対策の基本ですが、感染リスクが特に高い集団に対しては、発症そのものを防ぐ「予防内服」が検討されるケースもあります。
例えば、アフリカの一部で行われた研究では、HIVに感染した母親から生まれた子ども(自身はHIVに非感染)を対象に、抗菌薬を予防的に投与したところ、マラリアの発症を抑える効果が確認されました※。
しかし、この予防策は全体の死亡率を低下させるまでには至らず、抗菌薬の長期使用が薬剤耐性菌を生むリスクも指摘されています※。
最終的には、これらの検査結果や患者さんの状態を総合的に評価し、原因となっているマラリア原虫の種類を正確に突き止めた上で、最も効果的な治療を開始します。
マラリアの治療
マラリアの治療は、原因となるマラリア原虫の種類を正確に特定し、いかに早く抗マラリア薬による治療を開始できるかが予後を大きく左右します。特に危険な熱帯熱マラリアでは、治療の遅れが命取りになりかねないため、時間との戦いになります。
治療の主役となるのは「抗マラaria薬」を用いた薬物療法ですが、その戦略は原因となる原虫の種類によって大きく異なります。
マラリア原虫の種類ごとの主な治療方針は、以下のとおりです。
原虫の種類 | 治療のポイント
熱帯熱マラリア | ・最も危険なタイプで、重症化のリスクが非常に高い。 ・治療の第一選択は、作用の異なる複数の薬を組み合わせたアルテミシニン併用療法(ACT)。これにより、薬剤耐性の発生を防ぎつつ、迅速に原虫を減少させることを目指す。
三日熱マラリア 卵形マラリア | ・まず血液中の原虫を駆除し、つらい症状を抑える治療を行う。 ・その後、肝臓内で休眠している原虫(休眠体)が将来の再発を引き起こすため、それを根絶するための「根治治療」が不可欠。
四日熱マラリアなど | ・症状は比較的軽度なことが多いものの、適切な抗マラリア薬による治療が必要。
このようにマラリア治療に不可欠な抗マラリア薬ですが、まったく別の病気の治療に応用されることもあります。
例えば、免疫の異常によって全身に炎症が起こる自己免疫疾患の一種「全身性エリテマトーデス(SLE)」の患者さんにおいて、抗マラリア薬を服用していると、皮膚の血管に炎症が起きる「皮膚血管炎」の発症が抑えられる傾向にある、という研究報告があります※。これは、抗マラリア薬が持つ免疫を調整する作用によるものと考えられています。
万が一、治療の開始が遅れて意識障害や腎不全、重度の貧血といった重症化のサインが見られる場合は、迷わず入院治療が必要です。集中治療室(ICU)で、点滴から強力な抗マラリア薬を投与するとともに、呼吸や循環、腎臓の機能を支えるための全身管理(支持療法)が行われます。
マラリア流行地域から帰国後に少しでも発熱などの症状が現れた際は、決して「ただの風邪」と自己判断せず、必ず渡航歴を告げた上で速やかに専門の医療機関を受診してください。





