低ホスファターゼ症

「虫歯でもないのに子どもの乳歯が抜けた」「原因不明の骨の痛みが続く」。一見すると関係なさそうなこれらの症状は、実は「低ホスファターゼ症」という一つの病気のサインかもしれません。

これは、骨や歯を丈夫にする酵素が生まれつきうまく働かない遺伝性の病気で、重い症状が現れるのは15万人に1人ともいわれる希少な疾患です。骨がもろくなるだけでなく、歯のトラブルが初期症状として現れることも大きな特徴です。

かつては症状を和らげる治療が中心でしたが、近年では原因に直接働きかける治療法も登場しています。この記事では、低ホスファターゼ症の症状から最新の治療法までを詳しく解説します。

低ホスファターゼ症の概要

低ホスファターゼ症は、骨や歯を丈夫にするために欠かせない酵素「アルカリホスファターゼ(ALP)」が、生まれつきうまく働かない遺伝性の病気です。

私たちの体は、カルシウムやリンといったミネラルのバランスを保ち、骨や歯を硬く丈夫にする「石灰化」を行っています。これは、骨や歯をコンクリートのように固める大切な働きです。

この石灰化を邪魔する「ピロリン酸」という物質があります。アルカリホスファターゼは、このピロリン酸を分解し、石灰化をスムーズに進める役割を担っています。

しかし、低ホスファターゼ症ではこの酵素が少ないため、ピロリン酸が体にたまってしまいます。その結果、全身の骨や歯の石灰化がうまく進まなくなります。

この病気の主な特徴は、骨と歯に現れます。

  • 骨が弱くなる 骨の石灰化が進まず、骨が変形したり、軽い衝撃で骨折しやすくなったりします。
  • 歯のトラブルが起きる 特に、歯の根をあごの骨に固定する「セメント質」がうまく作られません。 そのため、虫歯でもないのに乳歯が早く抜けてしまうことがあります。

重い症状が出る方は15万人に1人程度とされています。以前は症状を和らげる治療が中心でしたが、近年では不足した酵素を補う治療法も登場しています。

低ホスファターゼ症の種類

低ホスファターゼ症は、症状があらわれる年齢や重さによって、いくつかの種類(病型)に分けられます。同じ病気でも、症状が非常に軽い方から重い方まで、人によって現れ方が大きく異なるのが特徴です。

発症した時期をもとに、大きく以下の5つの種類に分類されます。ご自身の状態がどのタイプに近いかを知ることは、今後の見通しを立てる上で大切です。

種類(病型)

主な特徴

周産期重症型

生まれる前から骨がうまく作られず、命に関わることもある最も重いタイプです。

乳児型

生後6か月までに、骨が弱くなる「くる病」のような骨の変形や成長の遅れがみられます。

小児型

歩き始める頃から、O脚などの骨の変形や骨折、乳歯が早く抜ける症状がみられます。

成人型

大人になってから、理由のない足の骨折や骨の痛みなどで気づかれることが多いです。

歯限局型

骨の症状はほとんどなく、乳歯が早く抜けるなど歯の症状が中心となります。

この病気はリン酸やピロリン酸といったミネラルの代謝異常が原因です。ミネラルのバランスは、骨だけでなく歯を丈夫にすることにも深く関わっています。

そのため、骨には目立った症状がなくても、歯にだけ症状が現れる「歯限局型」というタイプが存在するのです。これは、歯の低石灰化、つまり歯が十分に硬くなれない状態が起きるためです。

このように、症状の現れ方は非常に多様です。骨折や骨の変形だけでなく、原因不明の歯のトラブルも、この病気を見つけるための大切なサインになることがあります。

低ホスファターゼ症の原因

低ホスファターゼ症は、遺伝子の変化によって起こる生まれつきの病気です。私たちの体を作る設計図である「ALPL遺伝子」に変化があることが原因です。

このALPL遺伝子は、骨や歯を丈夫にする「アルカリホスファターゼ(ALP)」という酵素を作る役割を持っています。遺伝子に変化があると、この酵素が十分に作られなかったり、作られても正常に働かなかったりします。

アルカリホスファターゼがうまく働かないと、骨や歯が硬くなる「石灰化」を邪魔するピロリン酸という物質が体内にたまります。その結果、骨だけでなく歯の石灰化も不十分になり、歯がもろくなる原因にもなります。

この病気の遺伝の仕方には、主に2つのパターンがあります。

  • 常染色体潜性遺伝 ご両親がそれぞれ変化のある遺伝子を1つずつ持っていて、その両方をお子さんが受け継いだ場合に発症します。重い症状が出やすいとされています。
  • 常染色体顕性遺伝 ご両親のどちらかから変化のある遺伝子を1つ受け継ぐだけで発症します。比較的軽い症状のことが多いです。

このように原因は遺伝子にあるとわかっています。しかし、なぜ人によって症状の重さに大きな違いが出るのかについては、まだ完全には解明されていません。

低ホスファターゼ症の症状

低ホスファターゼ症の症状は、いつ発症するか、どのくらい重いかによって一人ひとり大きく異なります。骨や歯の材料となるミネラルのバランスが崩れることが原因で、全身にさまざまなサインとして現れます。

特に特徴的なのは、骨と歯にあらわれる症状です。

骨の症状

骨を丈夫にする「石灰化」がうまく進まないため、骨が弱くもろくなってしまいます。

  • 骨折しやすい 軽い衝撃でも骨折してしまうことがあります。特に大人になってから、理由もなく足の骨にひびが入ることもあります。
  • 骨の変形 O脚(おーきゃく)やX脚(えっくすきゃく)のように、足の骨が曲がってしまうことがあります。
  • 骨の痛み 原因がはっきりしない骨の痛みを感じることがあります。
  • 成長への影響 身長が思うように伸びない、低身長になることがあります。

歯の症状

骨だけでなく、歯の健康にも大きな影響が出ることがこの病気の特徴です。歯も骨と同じようにミネラルによって硬く作られますが、この働きが不十分になる「歯の低石灰化」が起こります。

特に、歯の根をあごの骨にしっかり固定するための「セメント質」がうまく作られません。その結果、虫歯ではないのに、まだ抜ける時期ではない乳歯が自然に抜けてしまうことがあります。

全身の症状

骨や歯以外にも、体のさまざまな部分に症状が出ることがあります。

  • 筋肉や関節の症状 筋肉の力が弱くなったり、筋肉痛や関節の痛みを感じたりします。
  • 成長や発達の問題 体重がなかなか増えない、食が細いといったことがあります。
  • けいれん 特に重いタイプでは、ビタミンB6がうまく使えなくなり、けいれんを起こすことがあります。

生まれたばかりの赤ちゃんでは、胸の骨が十分に発達せず呼吸が苦しくなることもあります。一方で、大人になって健康診断の血液検査で、偶然アルカリホスファターゼ(ALP)の値が低いことから見つかる方もいます。

低ホスファターゼ症の検査・診断

低ホスファターゼ症が疑われる場合、いくつかの検査を組み合わせて慎重に診断を進めます。骨だけでなく、歯の状態も診断の重要な手がかりになるのがこの病気の特徴です。

主な検査には、以下の4つがあります。

  • 画像検査(レントゲン検査) 骨の硬さや形を、レントゲン写真を使って詳しく確認します。 骨が十分に硬くなっているか(石灰化)、特徴的な変形がないかを調べます。
  • 血液検査 骨や歯を丈夫にするために大切な「アルカリホスファターゼ(ALP)」の値を調べます。 この病気では、ALPの値が年齢の基準よりも低くなることが大きな特徴です。
  • 尿検査 尿の中に「ホスホエタノールアミン」という物質が増えていないか調べます。 ALPがうまく働かないとこの物質が増えるため、診断の参考になります。
  • 遺伝子検査 他の検査でこの病気の可能性が高い場合に行う、いわば最終確認の検査です。 原因となる遺伝子(ALPL遺伝子)を調べることで、診断を確定します。

診断のポイント

医師は、これらの検査結果と症状を総合的に見て診断を確定します。特に、以下の点が重要な手がかりとなります。

診断のポイント

具体的な内容

主な症状

・骨が十分に硬くなっていない(骨の低石灰化)

・虫歯でもないのに4歳より前に乳歯が抜ける

主な検査結果

・血液中のアルカリホスファターゼ(ALP)の値が低い

参考になる情報

・けいれん

・手足の変形

・尿や血液中の特定の物質が増えている

この病気は、骨の症状は目立たなくても、歯にだけ症状が現れることがあります。リン酸やピロリン酸といったミネラルのバランスの乱れが、歯が硬くなる過程(歯の低石灰化)にも影響を与えるためです。

そのため、原因がわからない歯のトラブルも、病気を発見するための大切なサインになることがあります。

低ホスファターゼ症の治療

低ホスファターゼ症の治療は、近年大きく進歩しました。以前は症状を和らげる方法が中心でしたが、現在は原因に直接働きかける治療が可能です。

治療の柱は、体内で足りなくなった酵素を薬で補う「酵素補充療法」です。

酵素補充療法

2015年に日本で使えるようになったお薬(アスホターゼアルファ)を使用します。週に3回から6回、ご自宅などで皮ふの下に注射して酵素を補います。

この治療は、骨や歯が硬くなる「石灰化」を助けることを目的としています。骨が丈夫になり、骨折のリスクを減らす効果が期待できます。また、運動する機能の改善も報告されています。

その他の治療法

酵素補充療法とあわせて、それぞれの症状に応じた治療も大切です。患者さんの状態に合わせて、以下のような治療を組み合わせて行います。

治療の対象となる症状

具体的な治療法

けいれん

ビタミンB6を補うお薬を使います。

骨の痛み

痛みを和らげるお薬を使います。

呼吸が苦しい場合

人工呼吸器などで呼吸を助けます。

歯の健康を守るための治療

この病気は、骨だけでなく歯の健康にも影響を与えます。ミネラルのバランスが乱れることで、歯が十分に硬くなれない「歯の低石灰化」が起こるためです。

酵素補充療法は、骨だけでなく歯やその周りの組織の状態を改善する可能性も示されています。そのため、定期的な歯科での管理が非常に重要です。

必要に応じて、お子さん用の入れ歯(小児義歯)を使うこともあります。このように、お口の健康を守ることも、大切な治療の一つです。