もし、ある日突然、眠りたくても全く眠ることができなくなってしまったら…。そんな想像を絶する状態に陥る、世界でも極めて稀な病気が「致死性家族性不眠症」です。原因は「プリオン」と呼ばれる特殊なたんぱく質。この異常なたんぱく質が脳に蓄積し、眠りを司る神経細胞を少しずつ破壊していきます。
一度発症すると症状は進行し、残念ながら現在の医学では根本的な治療法が見つかっていません。この記事では、謎に包まれた致死性家族性不眠症の正体に迫ります。その恐ろしい症状はどのように進むのか、原因となるプリオンの仕組み、そして希望の光となる最新の治療研究について、詳しく解説していきます。
致死性家族性不眠症の概要
致死性家族性不眠症は、眠りたくても全く眠れなくなってしまう、世界でも非常に珍しい病気の一つです。
原因は、「プリオン」と呼ばれる特殊なたんぱく質にあります。私たちの体にある正常なプリオンが、何かのきっかけで異常な形に変わってしまうのです。この異常なプリオンが脳にたまり、神経の細胞を少しずつ壊していく病気を「プリオン病」と呼びます。
致死性家族性不眠症は、主に遺伝によって起こるプリオン病です。この病気の主な特徴を、分かりやすくまとめてみましょう。
- 原因となるもの 異常な形に変わった「プリオン」というたんぱく質です。
- ダメージを受ける場所 主に脳の中でも、眠りなどをコントロールする「視床(ししょう)」という部分です。
- 一番つらい症状 だんだんと眠ることができなくなる、進行性の不眠です。
- 今のところの治療 残念ながら、病気を根本から治す方法はまだ見つかっていません。
脳の「視床」は、眠りのスイッチのような大切な役割を担っています。この病気では視床が主に壊されてしまうため、深刻な不眠の症状があらわれます。病気が進むと、体の動きをうまく調節できなくなったり、物事を考える力が落ちたりもします。
現在、症状を和らげる治療が中心となりますが、世界中の研究者たちが、この難しい病気の治療法を見つけるために研究を進めています。
致死性家族性不眠症の種類
致死性不眠症は、病気が起こる原因によって、大きく2つの種類に分けられます。遺伝が関係するかどうか、という点が大きな違いになります。
家族性致死性不眠症(FFI)
- 特徴 親から子へと、病気の原因が受けつがれることがあるタイプです。
- 原因 私たちの体の設計図である遺伝子に、生まれつき変化があるために起こります。
孤発性(こはつせい)致死性不眠症(SFI)
- 特徴 遺伝とは関係なく、ある日突然、病気が始まってしまうタイプです。
- 原因 なぜ異常なプリオンができてしまうのか、詳しい原因はまだ分かっていません。
プリオン病という大きな病気のグループは、原因によって3つに分類されます。遺伝によって起こる「遺伝性」、突然起こる「散発性」、そして外からうつる「獲得性」です。致死性不眠症は、このうち「遺伝性」と「散発性」の2つにあてはまります。
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種類
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正式な名前
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遺伝との関係
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原因
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家族性
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家族性致死性不眠症(FFI)
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あり
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遺伝子の生まれつきの変化
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孤発性
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孤発性致死性不眠症(SFI)
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なし
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遺伝子の変化はなく、原因は不明
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致死性家族性不眠症の原因
致死性家族性不眠症の原因は、「プリオン」という特殊なたんぱく質です。私たちの体には、もともと「正常プリオンたんぱく質」が存在しています。このたんぱく質は、ふだんは細胞が増えるのを助けるなど、体の中で大切な役割を果たしています。
しかし、この正常プリオンたんぱく質が、何かのきっかけで異常な立体構造に変わってしまうことがあります。これが病気の直接の原因となる「異常プリオンたんぱく質」です。
異常な形に変わってしまう主な原因は、プリオンの設計図である遺伝子(PRNP遺伝子)に、生まれつき変化があることです。この遺伝子の変化があると、異常プリオンたんぱく質が作られやすくなり、病気を発症します。
また、異常な形に変わるプロセスには、体の外から取り入れる物質が関わる可能性も研究されています。
- 亜鉛などの金属イオン 体に必要なミネラルである亜鉛などが、正常プリオンと結合することがあります。この結合が、たんぱく質の構造を不安定にし、異常な形への変化や、たんぱく質同士が集まって塊になることを促すと考えられています。
一度できた異常プリオンたんぱく質は、近くにある正常プリオンたんぱく質に次々と影響を与え、同じように異常な形に変えてしまいます。
こうして増えた異常プリオンは、細胞の骨格を支える「アクチン」という別のたんぱく質が作るトンネルのような構造を利用して、隣の細胞へと広がっていく可能性も指摘されています。
このようにして異常プリオンが脳に蓄積し、神経細胞の働きを邪魔することで、深刻な症状を引き起こすのです。
致死性家族性不眠症の症状
致死性家族性不眠症の症状は、人によって少しずつ違います。しかし、多くの場合、病気はゆっくりと進んでいくのが特徴です。
病気の進み方は、大きく4つのステップに分けられることがあります。どのステップがどれくらいの期間続くかは、人によって異なります。
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進行ステップ
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主な症状
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続く期間の目安
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ステップ1
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・だんだん眠れなくなり、その状態がひどくなる
・突然、強い不安や恐怖を感じることがある
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約4ヶ月
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ステップ2
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・実際にはないものが見えたり聞こえたりする(幻覚)
・不安や恐怖がさらに強くなる
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約5ヶ月
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ステップ3
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・全く眠ることができなくなってしまう
・ごはんを食べていても、急に体重が減ってしまう
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約3ヶ月
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ステップ4
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・物事を考える力が落ち、周りのことに反応しなくなる
・最終的には、眠ったままのような状態になる
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約6ヶ月
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眠れなくなるという主な症状のほかに、体には次のような変化があらわれることがあります。
- 自律神経の乱れ 汗を異常にかく、血圧や心拍数が上がるなど、体の調節機能がうまく働かなくなります。
- 運動の異常 筋肉がピクピクけいれんしたり、こわばったりします。また、バランスがとりにくく、歩きにくくなることもあります。
- その他の症状 便秘になりやすくなることも、よく見られる症状の一つです。
なぜ、これほど多様な症状があらわれるのでしょうか。近年の研究で、その仕組みが少しずつわかってきました。
原因である異常プリオンは、神経細胞の骨格を支える「アクチン」というたんぱく質の働きを乱します。細胞の骨組みが壊れると、神経細胞は正常に機能できなくなり、情報伝達がうまくいかなくなります。
さらに、異常プリオンは細胞同士をつなぐトンネルのような構造を利用して、隣の細胞へと広がっていくことも指摘されています。これにより脳のダメージが広がり、症状が進行していくと考えられています。
致死性家族性不眠症の検査・診断
この病気の診断は、パズルのピースを組み合わせるように、いくつかの検査を総合して慎重に行われます。急に物忘れがひどくなったり、体のバランスがとりにくくなったり、そして深刻な不眠が見られたりする場合に、この病気の可能性を考えます。
診断のために行われる主な検査を、下の表にまとめてみましょう。
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検査の種類
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何を調べるか
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この病気での特徴
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多導睡眠ポリグラフ検査
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寝ている間の脳の波や体の動きを記録し、睡眠の質を詳しく調べます。
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眠りのリズムが、完全に壊れてしまっている様子が確認されます。
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PET(ペット)検査
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脳がどれだけエネルギーを使っているかを色で見る検査です。
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眠りをコントロールする「視床」という部分の活動が、弱まっていることが特徴です。
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遺伝子検査
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ご家族に同じ病気の方がいる場合に行う血液検査です。
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病気の原因となる遺伝子の変化を見つけることで、確定診断につながります。
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一方で、一般的な脳の検査であるMRIや、背中からお水を採る脳脊髄液検査では、この病気に特徴的な変化が見られないことが多く、診断の決め手にはなりにくいのが現状です。
しかし、診断技術は日々進歩しています。将来的には、「金ナノ粒子」という、とても小さな金の粒を使った新しい診断方法が期待されています。金ナノ粒子は、脳を守るための大切なバリア(血液脳関門)を通り抜けることができるため、プリオン病の診断を大きく変える可能性があります。
致死性家族性不眠症の治療
残念ながら、今のところ、この病気を根本から治す方法は見つかっていません。 そのため治療は、今あらわれている症状を和らげる対症療法が中心になります。 患者さんが少しでも楽に過ごせる時間を作ることを、一番の目標とします。
具体的には、以下のようなケアを組み合わせて行います。
- 睡眠のサポート 眠りやすくするためのお薬を試みますが、効果が長く続かないことも多いのが現状です。
- 心のケア 強い不安や恐怖、幻覚といった精神的な症状を和らげるためのサポートを行います。
- 体の症状のケア 血圧や心拍数の変動、汗をたくさんかくなど、体にあらわれる症状を軽くする処置をします。
しかし、世界中の研究者たちが、新しい治療法を見つけるための研究を続けています。 病気の原因である「異常プリオンたんぱく質」が増えるのを抑える治療法の開発が進んでいます。 例えば、体の中で異常プリオンが作られるのを止める(ノックダウンする)方法などが考えられています。
また、薬を脳に届けるための技術研究も、未来の治療にとって非常に重要です。 脳には「血液脳関門」という、悪いものが簡単に入れないようにするバリアがあります。 この大切なバリアが、治療の薬が脳に届くのを邪魔してしまうことがあるのです。 そこで、「金ナノ粒子」という非常に小さな金の粒を運び屋として使い、薬を脳の中まで効率よく届ける新しい技術の研究が進められています。 これらの研究が、将来的な治療法の確立につながることが強く期待されています。