広範脊柱管狭窄症

長引く手足のしびれや歩きにくさ、その原因は腰だけだと思っていませんか?もしかすると、背骨の中の神経の通り道が、首や腰など広い範囲で狭くなる「広範脊柱管狭窄症」かもしれません。

この病気は、厚生労働省によって「指定難病」とされており、国内の患者数は5,125人(令和2年度)と報告されています。特に60代以上の男性に多く見られ、原因が一つではないため、専門家による慎重な診断が不可欠です。

この記事では、診断が難しい広範脊柱管狭窄症について、その原因から症状、最新の治療法までを詳しく解説します。体の不調だけでなく心にも影響を及ぼすこの病気と、どうすれば上手く付き合っていけるのか。そのヒントを探ります。

広範脊柱管狭窄症の概要

背骨の中には、脳からの命令を全身に伝える、とても大切な神経が通るトンネル(脊柱管)があります。

この神経の通り道が、加齢などの影響で広い範囲にわたって狭くなってしまうのが、広範脊柱管狭窄症です。人の背骨は首、胸、腰の3つの部分から成り立っており、この病気では、これらのうち2か所以上で神経が圧迫されてしまいます。

この病気は、厚生労働省によって「指定難病」の一つとされています。令和2年度の報告では、日本国内に5,125人の患者さんがいることがわかっています。男女比は2:1で男性に多く、特に60代以降の方によく見られる傾向があります。

単に手足のしびれや痛みといった身体的な症状だけが問題ではありません。思うように体を動かせないことから、絶望感や強い不安を抱えたり、社会的に孤立してしまったりと、心にも大きな負担がかかることがあります。しかし、適切な治療やリハビリを行うことで、症状と上手く付き合っていくことは可能です。

広範脊柱管狭窄症の種類

この病気は、神経の通り道である脊柱管が狭くなる場所によって、いくつかの種類に分けられます。

私たちの背骨は、大きく3つの部分からできています。

  • 頸椎(けいつい) 首の部分です。
  • 胸椎(きょうつい) 背中の部分です。
  • 腰椎(ようつい) 腰の部分です。

広範脊柱管狭窄症は、これらのうち2つ以上の場所で神経が圧迫される病気です。どの部分が狭くなるかによって、症状の出方や治療の方針も変わってきます。

狭窄が起こる場所の組み合わせ

特徴

頸椎と腰椎の組み合わせ

最も多く、全体の約7割を占めます。首と腰は特によく動かすため、負担がかかりやすいのが理由です。手足のしびれなど、上半身と下半身の両方に症状が出やすいです。

頸椎と胸椎の組み合わせ

手の使いにくさに加え、胴体や足にも症状が出ることがあります。

胸椎と腰椎の組み合わせ

足の症状が中心ですが、背中や胸の周りにも痛みやしびれが出ることがあります。

3か所すべての組み合わせ

頸椎、胸椎、腰椎のすべてが狭くなるタイプです。症状がより広い範囲に及ぶ可能性があります。

このように、どのタイプかを見極めることが非常に重要です。例えば、腰の狭窄が主な原因で歩きにくくなっている場合、手術が治療の選択肢となることがあります。

手術では、神経への圧迫を取り除く「減圧術」が基本です。最近では、体への負担をできるだけ抑える「低侵襲手術」も、痛みを和らげ機能を改善する方法として注目されています。どの手術が最も適しているかについては、現在も様々な角度から研究が進められています。

広範脊柱管狭窄症の原因

この病気の「これ」という、たった一つの原因は不明です。 いくつかの要因が、まるでパズルのピースのように組み合わさり、 長い時間をかけて発症に至ると考えられています。

主な要因は、大きく分けて以下の3つです。

  • 生まれつきの要因 もともと神経の通り道(脊柱管)が狭い体質の方がいます。 これは、病気が起こりやすい背景の一つとされています。
  • 年齢を重ねることによる変化 加齢は、背骨に変化をもたらす最も大きな要因です。 ・骨のクッションである椎間板がすり減って、つぶれたりする。 ・背骨を支える黄色靭帯などが分厚くなり、内側から圧迫する。 ・骨が変形して、とげ(骨棘)ができることがある。
  • 生活の中での物理的な負担 長年のお仕事や生活習慣、姿勢の癖なども無関係ではありません。 背骨に負担がかかり続けることで、上記の変化を早めます。

これらの要因が影響し合うことで、神経の通り道が狭まります。 研究では、特に重度の狭窄や、複数箇所に狭窄が見られる場合、 MRI検査で神経が通常とは違う形に映ることがあります。 この所見は、手術後の経過を考える上でも重要視されています。

このように原因が複合的であるため、 MRIなどの画像検査の結果と症状を照らし合わせ、 専門医が慎重に診断することが何よりも大切です。 現在のところ、遺伝が直接関与するという明確な証拠はありません。

広範脊柱管狭窄症の症状

この病気の症状は、神経が圧迫される場所によって変わります。 主に「首」「胸や腰」、そして「全身」に関わるものがあります。

首(頸椎)の神経が圧迫される場合

手や腕にしびれや痛みが出ることがあります。 また、手の細かい動きが難しくなるのも特徴です。 これを「巧緻(こうち)運動障害」と呼びます。

  • 字がうまく書けなくなった 以前より字が乱れる、震えるなど。
  • お箸がうまく使えない 食べ物をポロポロと落としてしまう。
  • シャツのボタンがかけづらい 指先が思うように動かず、時間がかかる。

胸や腰(胸椎・腰椎)の神経が圧迫される場合

足や腰のしびれや痛みが主な症状です。 特に特徴的なのが「間欠跛行(かんけつはこう)」です。

間欠跛行とは? 少し歩くと足が痛くなったり、しびれたりして歩けません。 しかし、椅子に座るなど前かがみで休むと症状が和らぎます。 そして、また歩けるようになる、という状態を繰り返します。

全身に関わる見過ごせない症状

圧迫される場所に関わらず、次のような症状も現れます。 これらは生活の質に大きく関わる、とても重要なサインです。

  • 排尿・排便のトラブル 尿が出にくくなったり、逆に漏らしたりします。 便秘になるなど、お通じの悩みも出ます。
  • 性機能への影響 あまり語られませんが、痛みやしびれは性生活に影響します。 これも生活の質を考える上で大切な問題です。
  • 心のつらさ 絶え間ない痛みや体の不自由さは、心にも影響します。 強い不安や絶望感、社会からの孤立感を抱える方もいます。

これらの症状は良くなったり悪くなったりを繰り返すことが多いです。 しかし、全体としてはゆっくりと進行していく傾向にあります。 転倒などささいなきっかけで、急に症状が悪化することもあります。 気になるサインがあれば、早めに専門医へ相談しましょう。

広範脊柱管狭窄症の検査・診断

この病気の診断は、パズルを解くように丁寧に進められます。 患者さんのお話、体の状態、そして画像の結果を組み合わせます。

まず、問診で症状について詳しくお伺いします。 いつから、どこが、どのように痛むのかなどを確認します。 次に、実際に体を動かしたり感覚を確かめる診察を行います。

そして、体の内部の状態を詳しく調べるために、 以下のような画像検査を使い分け、総合的に判断します。

  • MRI検査 神経や椎間板など、軟らかい組織を見るのに最も適した検査です。 神経がどれだけ圧迫されているかを鮮明に映し出します。
  • CT検査 骨の形や変形を、立体的に詳しく見るのが得意な検査です。 骨のトゲが神経の通り道を邪魔していないかなどを評価します。
  • レントゲン(X線)検査 背骨全体の並びや骨の変形を大まかに確認する基本の検査です。

ただし、これらの画像検査で狭い部分が見つかっても、 それだけで診断が確定するわけではありません。 画像の結果と、患者さんに出ている症状が一致することが重要です。

実は、MRI画像の解釈は、非常に専門的な知識と経験が必要です。 例えば「神経根沈降徴候」という、神経の状態を示すサインがあります。 このサインの正しい見分け方は、専門家の間でも議論になるほどです。 海外の研究では、このサインの定義が誤って使われている論文も、 少なくないことが指摘されており、診断の難しさがうかがえます。

そのため、経験豊富な医師が症状と画像の情報を丁寧に見比べ、 以下の項目を総合的に評価して、最終的な診断を下します。

  • 手足のしびれや痛み、歩行障害などの神経症状があること
  • 首・胸・腰のうち、2か所以上で神経の通り道が狭いと画像で確認できること
  • 画像で確認された狭い場所と、現れている症状に関連があること

広範脊柱管狭窄症の治療

この病気の治療は、症状や生活への影響を考え、二つの方法から選びます。 手術をしない「保存的治療」と、手術で治す「手術治療」です。

基本となるのは、手術をしない保存的治療から始めることです。 最近の研究では、薬だけに頼らない治療法が第一の選択肢とされます。 運動療法や生活習慣の指導など、総合的なアプローチが重要です。

保存的治療(手術をしない方法)

神経の圧迫を直接取り除くわけではありません。 しかし、症状を和らげ、日常生活を送りやすくする目的があります。

  • 薬物療法 痛みや炎症を抑える薬や、神経の周りの血流を良くする薬を使います。 また、神経の過敏さを抑え、しびれや痛みを和らげる薬もあります。
  • リハビリテーション 専門家の指導のもとで、筋力トレーニングやストレッチを行います。 背骨を支える筋肉を鍛え、体の機能を維持・改善させます。
  • 神経ブロック注射 痛みが特に強い場合に行うことがあります。 痛みの原因となっている神経の近くに、直接麻酔の薬を注射します。
  • 装具療法 コルセットなどを使い、背骨を安定させます。 これにより、神経への負担を一時的に軽くすることができます。

手術治療

これらの保存的治療で症状が良くならない場合に手術を考えます。 特に、以下のような症状は、手術を検討する大切なサインです。

  • 足に力が入らず、歩くのが非常に困難になった
  • 排尿や排便がうまくいかなくなった

手術の基本は、神経の圧迫を取り除く「減圧術」です。 最近では、体への負担がより少ない「低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)」も選択肢です。 この方法は、痛みの軽減と機能改善に有効な場合があるとされます。

手術には、背骨を金属で固定する「固定術」を追加することもあります。 しかし、減圧術だけで十分か、固定術まで必要かは専門家の間でも議論が続いています。 どの治療法を選ぶかは、効果や費用対効果も含めて、医師と十分に相談することが何よりも重要です。