硬膜動静脈瘻

「ドクドク」と心臓の拍動に合わせて聞こえる耳鳴り、何をしても治らない目の充血。もし、このような症状に心当たりがあれば、それは単なる不調のサインではないかもしれません。実は、脳や脊髄の血管に異常が起きる「硬膜動静脈瘻」の可能性があるのです。

この病気は、年間10万人に約0.3人という非常にまれな疾患ですが、脳を覆う膜で動脈と静脈が直接つながってしまうことで発症します。放置すると、勢いの強い血液の逆流が脳出血や手足の麻痺といった深刻な事態を引き起こすこともあります。

本記事では、この硬膜動静脈瘻の原因から具体的な症状、そして最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の状態と照らし合わせ、見過ごされがちな危険なサインに気づくための一助としてください。

硬膜動静脈瘻の概要

硬膜動静脈瘻は、脳や脊髄を覆う「硬膜」という膜で起こる病気です。 本来は別々に流れる動脈と静脈が、異常な血管で直接つながってしまいます。 これは生まれつきではなく、後からできることが多い病気として知られています。

健康な体では、血液は動脈を通って勢いよく全身に送られます。 そして役目を終えた血液は、静脈を通って静かに心臓へと戻ります。 しかしこの病気では、勢いの強い動脈の血が、圧力に弱い静脈へ流れ込みます。

その結果、静脈がこぶのように膨らんだり、血液が逆流したりします。 逆流した血液が脳や脊髄に大きな負担をかけ、様々な問題を引き起こします。 この病気は非常にまれで、年間10万人に約0.3人の割合で発生するとされます。

この病気のポイントは以下の通りです。

  • 発生する場所 脳や脊髄をおおっている「硬膜」という部分にできます。
  • 何が起きるか 動脈と静脈が、異常な血管によって直接つながってしまいます。
  • なぜ問題か 血液が逆流することで、脳や脊髄に大きな負担がかかります。

血液がどこに逆流するかで、症状の危険性が大きく変わってきます。 そのため、血液の流れ方を詳しく調べることが、治療方針を決める上で重要です。 脳だけでなく、首の付け根や脊髄にできることもあり注意が必要です。

硬膜動静脈瘻の種類

硬膜動静脈瘻は、できた場所や血液の流れ方によって種類が分かれます。 この分類は、どのような症状が起こりうるか、治療法をどう決めるか、を考える上で非常に重要です。

主に、以下の2つの観点から分類されます。

  1. 発生した場所による分類 脳を包む硬膜のどこにでもできる可能性があります。 日本人では、目の奥にある「海綿静脈洞」という場所にできることが多いとされます。 この場合、目の充血や痛みといった症状が出やすくなります。
  2. 血液の流れ方(静脈ドレナージパターン)による分類 動脈から流れ込んだ血液が、どの静脈へ向かうかは最も重要なポイントです。 血液の逆流する方向によって、病気の危険度が大きく変わります。 ある研究では、血液の流れ方が治療法を決定づけると報告されています。
  • 脳の方向へ流れるタイプ 脳の静脈へ血液が逆流するため、脳出血やけいれんを起こす危険性が高まります。
  • 脊髄の方向へ流れるタイプ 脊髄の静脈へ逆流し、手足のしびれや麻痺などの症状を引き起こしやすくなります。

まれに脊髄の硬膜にできるタイプ(脊髄硬膜動静脈瘻)もあります。 この治療法には、カテーテル治療と外科手術があります。 ある研究では、これら2つの治療法の結果は同等であると報告されています。 そのため、患者さんの状態や病気の場所を考え、より良い治療法が選択されます。

分類

特徴

主なリスクや症状

場所による分類

海綿静脈洞など、発生した場所で分類します。

目の充血、拍動性の耳鳴り、頭痛など、場所に応じた症状が出ます。

流れ方による分類

血液が脳や脊髄へ逆流するかで分類します。

脳への逆流は脳出血、脊髄への逆流は手足の麻痺などのリスクがあります。

硬膜動静脈瘻の原因

硬膜動静脈瘻がなぜできるのか、その原因は、実ははっきりとわかっていません。 生まれつきの病気ではなく、後から何らかのきっかけで発症すると考えられています。 原因が特定できないと不安に思うかもしれませんが、全く手がかりがないわけではありません。

この病気は、いくつかの要因がきっかけで起こる可能性が指摘されています。 代表的なきっかけを以下に示します。

  • 頭を強くぶつけたことがある(頭部外傷) 過去に頭に強い衝撃を受けたことが、血管の異常につながることがあります。
  • 脳の血管に血の塊が詰まる 脳静脈や静脈洞という血の通り道に、血の塊が詰まる病気が原因となる場合があります。
  • 過去に脳の手術を受けたことがある 脳の手術が、硬膜の血管に影響を与えることがあります。
  • 生活習慣に関わる病気 高血圧や動脈硬化なども、血管に負担をかけるため一因と考えられています。

これらのきっかけにより、硬膜の中で動脈と静脈が異常につながることがあります。 また、はっきりとした因果関係は不明ですが、中高年の女性に比較的多いとされます。 これはホルモンバランスの変化が関係している可能性も考えられています。

原因が特定できなくても、症状や血管の状態を詳しく検査することで治療は可能です。 そのため、原因探しに固執するより、現在の状態を正確に把握することが重要になります。

硬膜動静脈瘻の症状

硬膜動静脈瘻の症状は、異常な血管ができた場所や血液の流れ方で大きく変わります。 そのため、患者さん一人ひとりによって、現れる症状はさまざまです。 勢いの強い動脈の血液が、圧力に弱い静脈へ流れ込むことで症状が起こります。

代表的な症状には、以下のようなものがあります。 ご自身の状態と照らし合わせてみてください。

【耳や目に現れる症状】

  • 拍動性の耳鳴り 心臓の「ドクドク」という拍動と同じリズムで、「ザーザー」という音が聞こえます。
  • 目の充血やまぶたの腫れ 目の奥の静脈に血液が逆流し、うっ血することで起こります。
  • ものが二重に見える、視力低下 目の動きを調整する神経が、うっ血により圧迫されることが原因です。
  • 眼球が前に出てくる感じ 目の奥の圧力が高まることで、眼球が押し出されるように感じることがあります。

【頭や神経に現れる症状】

  • これまで経験したことのない頭痛 脳の静脈の圧力が上がり、頭痛を引き起こすことがあります。
  • けいれん発作 脳の表面に血液が逆流し、脳が異常に興奮することで起こります。
  • 手足のしびれや麻痺 脊髄の静脈に血液が逆流し、神経の働きを妨げることが原因です。
  • 認知機能の低下 物忘れがひどくなるなど、認知症のような症状が現れることもあります。

特に、血液がどの方向へ逆流するかは、症状の危険度を知る上で非常に重要です。 ある研究では、血液の逆流方向によって、起こりやすい症状が違うと報告されています。

  • 脳の方向へ血液が逆流するタイプ 脳の表面にある静脈に逆流するため、脳出血やけいれんを起こす危険性が高まります。
  • 脊髄の方向へ血液が逆流するタイプ 首から背骨の中にある静脈へ逆流し、手足の麻痺などを引き起こしやすくなります。

このように、症状は病気の危険度を知らせる大切なサインです。 気になる症状があれば、自己判断せずに専門の医療機関へ相談してください。

硬膜動静脈瘻の検査・診断

硬膜動静脈瘻が疑われる場合、まずは画像検査で脳の状態を調べます。 病気の場所や血液の流れ方を正確に把握することが、治療への第一歩です。 段階的にいくつかの検査を行い、診断を確定させていきます。

【はじめに行う主な検査】

  • MRI・MRA検査 磁石の力を使い、脳の断面図や血管の地図を作ります。 この検査で、脳の腫れや異常な血流がないかを確認します。
  • CTアンギオ検査 造影剤というお薬を注射しながらCT撮影を行います。 血管の形を3D映像のように立体的に詳しく見ることができます。

【診断を確定させるための最も重要な検査】

上記の検査で異常が見つかった場合、診断を確定するために行います。 それが「脳血管撮影検査(カテーテル検査)」です。

この検査では、足の付け根などから細い管(カテーテル)を血管へ進めます。 そして造影剤を注入し、X線で血液の流れを直接撮影します。 動脈と静脈の異常なつながりや、血流の様子を最も正確に把握できます。

この検査の最大の目的は、血液がどの静脈へ流れているかを知ることです。 ある研究では、この血液の流れ方(静脈ドレナージパターン)が、治療法を決定づける上で極めて重要であると報告されています。

検査の種類

目的

脳血管撮影検査

・カテーテルを使い、血液の流れ方を直接撮影します。

・病気の場所や血液が逆流する方向を正確に評価し、危険度を診断します。

これらの精密な検査結果をもとに、診断が確定します。 そして、患者さん一人ひとりの状態に合った治療方針を検討していきます。 正確な診断こそが、適切な治療法を選択するための礎となるのです。

硬膜動静脈瘻の治療

硬膜動静脈瘻の治療目標は、異常な血管のつながりを断ち切ることです。 そして、脳や脊髄へ逆流する血液の流れを止め、負担を取り除くことにあります。 治療法は、病気の場所や血液の流れ方、症状の重さなどを考えて慎重に選びます。

治療法を決めるときに最も重要なのが、血液の流れ方(静脈ドレナージパターン)です。 ある研究では、この血液の流れ方を詳しく調べることが、治療法を決定づける上で極めて重要であると報告されています。 流れ方によって、カテーテル治療が有効か、手術が適切かなどが決まります。

現在、中心となる治療法は主に以下の4つです。

治療法

特徴

血管内治療

・足の付け根などから細い管(カテーテル)を血管に入れます。

・異常な血管のつながりを、特殊な接着剤や金属コイルで塞ぎます。

・体への負担が比較的少ない方法です。

外科手術

・頭の骨を一部開け、異常な血管を直接目で見て処置します。

・血管をクリップで止めたり、切り離したりする方法です。

・血管内治療が難しい場合に選択されることがあります。

放射線治療

・ガンマナイフなどの放射線を病変部にあてます。

・時間をかけて異常な血管を閉じていく方法です。

・効果が出るまでに時間がかかるため、選択される場面は限られます。

経過観察

・症状が非常に軽く、危険性が低いと判断された場合の方法です。

・治療は行わず、定期的な検査で状態の変化を見ていきます。

脊髄にできた硬膜動静脈瘻を対象としたある研究では、血管内治療と外科手術の結果は、全体として同等であると報告されました。 ただし、血管内治療は外科手術の代わりとなる選択肢ですが、その長期的な効果については、現在も調査が続けられています。 どちらの治療法がより適しているかは、患者さんの状態によって異なります。 専門の医師とよく相談し、納得のいく治療法を選択することが大切です。