慢性硬膜下血腫

ご家族の物忘れや意欲の低下を見て、「年のせいだろうか」「認知症かもしれない」と不安に感じていませんか。その変化は、数カ月前のささいな頭部打撲が原因で起こる「慢性硬膜下血腫」のサインである可能性があります。

この病気は世界で年間10万人あたり1.7~20.6人が発症すると報告されており、特に高齢者に多く見られます。この記事では、認知症と間違われやすい慢性硬膜下血腫の原因、特徴的な症状、検査から治療法までを詳しく解説します。

読み進めることで、ご家族の変化を見極める知識が得られ、早期発見と適切な治療への第一歩につながります。気になる症状の原因を正しく理解し、今後の対応を考えるための参考にしてください。

慢性硬膜下血腫の概要

慢性硬膜下血腫とは、頭を打ったことなどをきっかけに、脳を覆う膜(硬膜)と脳の表面との間に、じわじわと血液がたまって血の塊(血腫)ができてしまう病気です。

血液は非常にゆっくりとたまっていくため、頭を打ってから症状が出るまでには3週間から数カ月かかるのが特徴といえます。そのため、ご本人もご家族も原因となった出来事を忘れてしまった頃に、異変に気づくケースが多く見られます。

血腫が大きくなるにつれて脳が圧迫され、物忘れや意欲の低下といった症状が徐々に出てきます。この変化が緩やかであるため、ご家族からは「年だから仕方ない」「認知症かもしれない」と思われ、発見が遅れることもあります。

実際、世界的には年間10万人あたり1.7~20.6人ほどが発症すると報告されており、特に高齢の方に多く見られる病気です。

一方で、この病気は高齢者特有のものではありません。まれに小児で発症するケース(小児慢性硬膜下血腫)も報告されており、その原因としては、頭部の外傷のほか、水頭症の治療(脳室腹腔シャント術)の経歴や、血液が固まりにくい病気などが関係していると考えられています※。

しかし、慢性硬膜下血腫は、早期に診断して血腫を取り除くことで、劇的な症状の改善が期待できる病気でもあります。気になる症状があれば、ためらわずに専門医へご相談ください。

慢性硬膜下血腫の種類

硬膜下血腫は、頭を打ってから症状が現れるまでの時間経過によって、大きく「急性」「亜急性」「慢性」の3種類に分けられます。

この分類は、出血の勢いや治療の緊急度を見極めるうえで重要な指標です。それぞれの特徴は、下表のとおりです。

種類 | 症状が出るまでの期間 | 主な出血源 | 特徴

急性硬膜下血腫 | 3日以内 | 脳表の動脈や太い静脈 | ・交通事故や転落など、強い衝撃で発症 ・急激に意識障害などが現れ、命に関わる

亜急性硬膜下血腫 | 3日~3週間 | 急性と慢性の中間 | ・急性と慢性の中間のスピードで症状が進行

慢性硬膜下血腫 | 3週間以上 | 脳と硬膜をつなぐ細い血管 (橋静脈) | ・軽い頭部打撲がきっかけ ・数週間~数カ月かけてゆっくり血腫が大きくなる

この記事で扱う「慢性硬膜下血腫」は、その名の通り、非常にゆっくりと時間をかけて進行するのが特徴です。

一方で「急性」硬膜下血腫は、強い衝撃で脳表面の太い血管が傷つき、一気に出血する状態を指します。急速に脳が圧迫され命に関わるため、一刻を争う緊急手術が必要です。

これに対し、慢性硬膜下血腫の原因となるのは、脳と硬膜をつなぐ「橋静脈(きょうじょうみゃく)」という細い血管からの、じわじわとした出血と考えられています。

特にご高齢の方では、加齢に伴い脳が少しずつ縮む(脳萎縮)ため、この橋静脈が常に引き伸ばされ、張りつめた状態にあります。そのため、ご本人も覚えていないほどの軽い衝撃でも血管が切れやすくなっているのです。

出血のスピードが緩やかであるため、血腫が脳を圧迫し始めるまでに3週間以上の時間がかかります。この「時間のズレ」こそが、原因となった出来事を忘れさせ、発見を遅らせる大きな要因といえるでしょう。

ただし、まれに小児で発症するケースもあり、その原因として水頭症の治療歴などが関係している可能性も報告されています※。

慢性硬膜下血腫の原因

慢性硬膜下血腫の引き金として最も多いのは頭部への衝撃ですが、必ずしも強いものとは限りません。ご本人が覚えていないほどのささいな出来事が、数カ月後の異変につながることも珍しくないのです。

特にご高齢の方では、加齢に伴い脳が少しずつ縮む「脳萎縮」という変化が起きます。脳が縮むと、脳と頭蓋骨の間にすき間が生まれ、そこを橋渡しするように走っている「橋静脈」という細い血管が常に引き伸ばされ、張りつめた状態になります。

そのため、タンスに頭をぶつける、転んでしりもちをつくといった日常のささいな衝撃でも、この張りつめた血管が切れやすくなり、じわじわとした出血が始まってしまうのです。

また、頭部への直接的な衝撃以外にも、以下のような要因が発症のリスクを高めることがわかっています。

・お薬の影響

血液をサラサラにするお薬(抗血小板薬のアスピリンやクロピドグレル、抗凝固薬のワルファリンなど)を服用中の方は、出血が止まりにくいため血腫が大きくなりやすい傾向があります。

・長年の飲酒習慣

アルコールを分解する肝臓は、血液を固める成分(凝固因子)も作っています。長期間の多量飲酒で肝機能が低下すると、この凝固因子が十分に作られず、出血しやすい状態になる可能性があります。

・病気や手術の経歴

生まれつき血が固まりにくい病気(血液凝固障害)をお持ちの方や、水頭症の治療で脳室腹腔シャント術を受けたことがある方も、リスク要因として報告されています※。

・日常のささいな動作

激しい咳やくしゃみ、排便時のいきみなどで頭の中の圧力(頭蓋内圧)が急に上がることも、まれに出血の引き金になることがあります。

これらの要因が複雑に絡み合うため、はっきりとした頭部外傷の記憶がなくても発症するケースは少なくありません。「いつ、どこで頭を打ったか思い出せない」という場合でも、この病気の可能性は十分に考えられるのです。

慢性硬膜下血腫の症状

慢性硬膜下血腫の症状は、たまった血腫が脳を圧迫する場所と大きさによって決まります。頭を打ってから数週間~数カ月かけてゆっくりと現れるため、「年のせい」「認知症かもしれない」と見過ごされやすいのが大きな特徴です。

具体的には、以下の3つのタイプの症状がみられます。

・頭蓋内圧が高まることによる症状

血腫が大きくなり、限られた頭蓋骨のスペースの中で脳全体が圧迫されることで生じます。

・持続的な頭痛(特に朝、起床時に強い)

・吐き気、嘔吐

・なんとなく活気がない、ぼーっとする

・認知機能や精神面への影響

思考や判断、記憶などをつかさどる「前頭葉(ぜんとうよう)」や「側頭葉(そくとうよう)」が圧迫されることで起こります。「治る認知症」とも呼ばれるゆえんです。

・物忘れがひどくなる(特に最近の出来事を思い出せない)

・意欲がなくなり、自発的に動こうとしない

・計算や判断がうまくできない

・急に怒りっぽくなるなどの性格の変化

・体の動きに関する症状(局所神経症状)

血腫が脳の特定の場所を圧迫し、その部分が担っていた機能が失われることで現れます。

・片方の手足に力が入らない、しびれる(片麻痺)

・ろれつが回らない、言葉が出にくい

・歩行がおぼつかなくなり、ふらつく

これらの症状は、必ずしもすべてが現れるわけではありません。また、一日の中でも症状が良くなったり悪くなったりを繰り返す「症状の波動性」も、この病気の特徴の一つです。

「昨日は歩きにくそうだったのに、今日は普通に歩いているから大丈夫だろう」といった自己判断が、発見を遅らせる原因になることも少なくありません。

ご家族から見て「以前と何か違う」と感じる変化があれば、たとえ本人が症状を訴えていなくても、一度専門の医療機関に相談することが早期発見・治療につながります。

慢性硬膜下血腫の検査・診断

慢性硬膜下血腫が疑われる場合、診断の決め手となるのは頭部CTやMRIといった画像検査です。脳の中を画像で直接確認することで、症状の原因となっている血腫の有無、大きさ、場所を正確に突き止められます。

物忘れや歩行障害といった症状から、ご本人やご家族は「認知症かもしれない」と不安に思われるかもしれませんが、まずは脳の状態を客観的に評価することが、正しい治療への第一歩となります。

【主な検査方法】

・頭部CT検査

診断の要となる、最も標準的な検査です。X線を使って脳を輪切りにした画像を撮影し、脳の表面に三日月状に広がった血腫の影を探します。

時間の経った古い血腫は、CT画像では黒っぽい影(低密度影)として写ることが多いため、比較的容易に診断できます。検査時間も数分と短く、多くの医療機関で迅速に行えるのが特徴です。

・頭部MRI検査

CT検査だけでは血腫が見えにくい場合や、より詳しい情報を得るために行われる検査です。強力な磁石と電波を使って、脳の状態をさらに鮮明に描き出します。

例えば、血腫ができてからそれほど時間が経っていない場合、CT画像では脳と同じような色合い(等密度)に写ってしまい、判断が難しいことがあります。

このようなケースでも、MRI検査であれば血腫をはっきりと捉えることができ、血腫がいつ頃できたのか(新鮮度)まで詳しく評価できるのが大きな強みです。

これらの画像検査によって診断が確定すると、血腫の大きさや患者さんの症状の程度に応じて、治療方針を総合的に判断します。

血腫が小さく症状も軽い場合は、お薬を使いながら慎重に経過を見ることもありますが、多くは手術で血腫を取り除く治療が選択されます。

近年では、血腫を排出した後の管(ドレーン)の留置場所を工夫することで、合併症を減らし、より安全な治療を目指す研究も進められています※。

また、手術で症状が改善した後に、できるだけ早く元の生活に戻れるよう、早期からリハビリテーションを開始することの重要性も指摘されています※。

慢性硬膜下血腫の治療

慢性硬膜下血腫の治療は、脳を圧迫している血腫の大きさと、それによって引き起こされている症状の程度によって、大きく2つのアプローチに分けられます。

多くの場合は手術で溜まった血液を取り除くことで劇的な改善が期待できますが、血腫が小さく症状も軽い場合は、手術をしない「保存的治療」が選択されることもあります。

血腫が大きく、物忘れや手足の麻痺といった症状がはっきりと出ている場合は、手術による治療が第一の選択肢です。

主な手術は「穿頭血腫除去術(せんとうけっしゅじょきょじゅつ)」と呼ばれるもので、多くは局所麻酔で行われます。頭の骨に1円玉ほどの小さな穴を開け、そこから細い管(カテーテル)を挿入し、溜まった血液を洗い流す、比較的からだへの負担が少ない手術です。

手術のあと、再び血液が溜まるのを防ぐために「ドレーン」という排液用の管を数日間留置します。このドレーンを頭蓋骨の内側(硬膜下)に置くか、外側(骨膜下/頭皮下)に置くかについては、どちらがより優れているか議論がありました。しかし、複数の臨床研究を統合・解析した最近の報告によると、どちらの方法でも再発率や合併症のリスクに大きな差はないとされています※。

一方で、血腫が小さく、症状が頭痛のみなど軽い場合には、手術をせずに慎重に経過を見る「保存的治療」が選ばれます。

具体的には、出血の原因となりうる血液をサラサラにする薬(抗血小板薬や抗凝固薬)を中止し、定期的にCT検査で血腫の大きさを確認します。場合によっては、血腫の吸収を促したり炎症を抑えたりする作用を期待して、薬物療法が行われることもあります。

どちらの治療法を選ぶにせよ、治療後の回復過程ではリハビリテーションが重要な役割を果たします。特に手術後は、できるだけ早い段階からリハビリを始めることで、体の機能回復を促し、入院期間を短縮できる可能性があると指摘されています※。

最終的にどの治療法が最適かは、CTなどの検査結果と患者さん一人ひとりの状態を総合的に評価し、医師が判断します。