脊索腫

およそ100万人に1人という、非常にまれに発生する骨の腫瘍「脊索腫(せきさくしゅ)」。その原因は、私たちがお母さんのお腹の中にいた頃の体の“名残”にあるとされています。胎児期にだけ存在する「脊索」という組織の一部が、消えずに体内に残り、数十年という長い時間をかけてゆっくりと腫瘍に変化するのです。

脊索腫は、脳や神経といった生命維持に不可欠な部位の近くにできるため、ものが二重に見える、手足がしびれるなど、生活に直結する症状を引き起こします。ゆっくり進行する一方で再発しやすく、治療が難しい病気の一つですが、近年では新しい治療法も選択できるようになりました。

この記事では、脊索腫の詳しい原因や種類、場所ごとの症状から、診断方法、そして10年後の生存率が69%と報告される重粒子線治療といった最新の治療法まで、専門的な情報をわかりやすく解説します。

脊索腫の概要

脊索腫(せきさくしゅ)は、まれに発生する骨のできもの(腫瘍)の一種です。 お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんには、体の中心に「脊索」という組織があります。 この脊索は、将来の背骨のもとになる大切な部分で、成長すると自然に消えます。

しかし、ごくまれに脊索の一部が大人になっても体の中に残ることがあります。 この残った組織から、ゆっくりと時間をかけて発生するのが脊索腫です。 発生する頻度は非常に低く、およそ100万人に1人程度といわれています。

脊索腫は、体の真ん中を通る背骨(脊椎)に沿ってできるのが特徴です。 腫瘍ができる場所は、主に次の3つの部分に分けられます。

  • 仙骨部(せんこつぶ) お尻の真ん中にある骨で、脊索腫の約50%がここにできます。
  • 頭蓋底(ずがいてい) 頭の骨の底の部分で、約35%を占めます。
  • その他の背骨 首や胸、腰の骨にできることもあり、全体の約15%です。

この腫瘍はゆっくり大きくなるため、初期には症状に気づかないことも多いです。 しかし、周りの骨を壊しながら広がり、治療後に再発しやすいという性質があります。 脳や神経など、体の重要な部分の近くにできるため、治療が難しい場合もあります。

近年では、炭素イオン線治療のような新しい治療法も選択肢のひとつです。 ある研究のまとめでは、この治療法の長期的な結果が報告されています。 治療後10年経った時点で腫瘍の進行が抑えられている方は54%(局所制御率)、ご存命の方は69%(全生存率)であったとされています。 また、この治療に伴う体への負担は許容範囲内であり、安全性も確立されています。

脊索腫の種類

脊索腫は、顕微鏡で見たときの細胞の顔つきで、いくつかの種類に分けられます。 どの種類かによって腫瘍の性格や大きくなる速さが違うため、とても大切な分類です。 患者さん一人ひとりに合った治療法を決めるための、重要な手がかりになります。

主に、以下の3つの種類に分けられます。

  • 古典型(こてんけい)脊索腫 最も一般的なタイプで、脊索腫と診断される方のうち約7〜8割がこの種類です。
  • 脱分化型(だつぶんかがた)脊索腫 全体の約5〜8%とまれなタイプです。 古典型の一部が、より活発で周りに広がりやすい性質に変化したものと考えられます。 大きくなるスピードが速い傾向があるため、注意が必要です。
  • 軟骨型(なんこつがた)脊索腫 全体の約1割を占め、特に頭の骨の底(頭蓋底)にできやすい種類です。 体にある軟骨の細胞と似た成分を持っており、古典型よりゆっくり大きくなります。

それぞれの特徴を下の表にまとめました。

種類

特徴

割合の目安

古典型脊索腫

最も一般的なタイプ

約70~80%

脱分化型脊索腫

大きくなるスピードが速い傾向

約5~8%

軟骨型脊索腫

スピードは比較的ゆっくりで、頭蓋底に多い

約10%

このほかにも、さらに珍しい種類が報告されています。 どの種類かを正確に突き止めるためには、「病理検査」という検査が欠かせません。 これは、手術などで取り出した腫瘍の一部を顕微鏡で詳しく調べる検査です。 この検査結果によって、最終的な診断が確定し、今後の治療方針が決まります。

脊索腫の原因

脊索腫がなぜできてしまうのか、そのはっきりとした原因はまだわかっていません。 しかし、現在の研究から、主に2つの要因が重なって起こると考えられています。 医師の視点から、わかりやすく解説します。

1. 赤ちゃんの頃の体の「名残(なごり)」

最も大きな原因は、お母さんのお腹の中にいた頃の体のつくりと関係しています。

  • 脊索(せきさく)とは 私たちがまだ胎児だったとき、体を支える背骨はまだありません。 その代わりに「脊索」という、細い管のような組織が体の芯となっています。
  • 成長とともに消える組織 頑丈な背骨ができあがると、この脊索は役目を終えて自然に消えていきます。 これは、体の成長にとってごく当たり前のことです。
  • 消え残った組織が腫瘍に しかし、ごくまれに脊索の一部が体に残ってしまうことがあります。 この「名残」が、何十年という長い時間をかけてゆっくりと変化し、腫瘍になると考えられています。 このため、もともと脊索があった頭の付け根やお尻の骨にできやすいのです。

2. 体の設計図である「遺伝子」の変化

脊索の組織が残っただけでは、必ずしも腫瘍になるわけではありません。 そこに、遺伝子という体の設計図の変化が加わることが、発症に関わっています。

  • Brachyury(ブラキュリ)遺伝子の異常 脊索腫の細胞では、この遺伝子が異常に活発に働いていることがわかっています。 この遺伝子は、脊索をつくるための重要なスイッチのようなものです。 大人になってもこのスイッチがオンのままだと、細胞が増え続ける原因になります。
  • 染色体の変化 遺伝子が入っている「染色体」という設計図そのものに、変化が起こることもあります。 設計図の一部が増えたり減ったりする異常が、腫瘍の発生に関わっている可能性が指摘されています。

このように、生まれつきの体の特徴に、その後の遺伝子の変化が重なることで、脊索腫は発生すると考えられています。

脊索腫の症状

脊索腫の症状は、腫瘍ができた場所によって、まるで違う病気のように変わります。 腫瘍はとてもゆっくり大きくなるため、はじめは症状に気づかないことも多いです。 実際、症状が出てから診断がつくまで、平均で2年以上かかるという報告もあります。

腫瘍が大きくなると、周りにある大切な神経や骨を圧迫したり壊したりします。 それによって、さまざまなサインが体に現れるのです。 主な発生場所と、それによって起こる症状を下の表にまとめました。

発生場所

主な症状

頭蓋底(ずがいてい)

(脳を支える頭の骨の底)

・ものが二重に見える、見えにくい

・飲み込みにくい、声がかすれる

・顔の感覚がおかしい、顔の動きが悪い

・頭痛、吐き気

仙骨部(せんこつぶ)

(お尻の真ん中にある骨)

・お尻や腰のあたりに続く痛みやしこり

・足のしびれ、痛み、力が入りにくい

・おしっこや便が出にくい、または漏れてしまう

その他の背骨

(首・胸・腰)

・背中や腰のなかなか治らない痛み

・手足のしびれ、力が入りにくい

・歩きにくい

頭蓋底は、脳から目や顔、のどにつながる多くの神経が通る場所です。 そのため、腫瘍が神経を圧迫すると、ものが見えにくくなったり、飲み込みにくくなったりします。

仙骨部には、足やおしっこ・便のコントロールに関わる神経が集まっています。 ここに腫瘍ができると、足がしびれたり、排泄のトラブルが起きたりすることがあります。

また、脊索腫による痛みには特徴があります。 体を動かしているかどうかに関わらず痛みが続き、特に夜に強くなる傾向があります。 もし気になる症状が長く続く場合は、「いつものこと」と自己判断せず、専門の医療機関へご相談ください。

脊索腫の検査・診断

脊索腫が疑われる場合、まず腫瘍の正体を正確に突き止めるための検査が必要です。 体のどこに、どのくらいの大きさで腫瘍があるのかを詳しく調べることから始めます。 検査は大きく分けて2種類あり、体の内部を見る検査と、腫瘍そのものを調べる検査です。

1. 画像で体の内部を詳しく見る検査

まず、画像を使って腫瘍の場所や大きさ、周りの組織への広がり具合を確認します。

  • CT検査、MRI検査 体の断面図を撮影し、腫瘍の正確な位置や形を調べる、診断の中心となる検査です。 特にMRI検査では、造影剤というお薬を注射して撮影することもあります。 これによって、腫瘍の性質や脳・神経への影響をより詳しく評価できます。
  • X線検査(レントゲン) 脊索腫は骨を壊しながら大きくなる性質を持つため、骨の状態を調べるために行います。 骨がどのくらい影響を受けているかを確認する、大切な検査です。

2. 腫瘍の正体を突き止める検査(病理検査)

画像検査だけでは「脊索腫の可能性が高い」とまではわかりますが、確定はできません。 最終的な診断のためには、腫瘍の一部を実際に取り出して調べる検査が欠かせません。

  • 生検(せいけん) 手術で腫瘍の一部を針などで少しだけ採取し、それを顕微鏡で詳しく観察します。 この検査を「生検」と呼び、診断を確定させるための最も重要なステップです。
  • Brachyury(ブラキュリ)タンパク質の確認 採取した細胞を特殊な方法で染め、脊索腫に特徴的なタンパク質があるか調べます。 この「Brachyury」というタンパク質が見つかれば、脊索腫であると確定診断されます。

腫瘍がある場所によっては、組織を安全に採取することが難しい場合もあります。 そのため、これらの検査は経験が豊富な専門の施設で受けることがとても重要です。

脊索腫の治療

脊索腫の治療法は一つではありません。 腫瘍の場所や大きさ、患者さんの体の状態を総合的に考えて、最適な方法が選ばれます。 治療の大きな柱となるのは、「手術」と「放射線治療」の2つです。

1. 手術(外科的切除)

治療の基本は、手術で腫瘍をできる限り取り除くことです。 周りの正常な組織を傷つけずに、腫瘍を完全に取りきることが目標になります。

しかし、脊索腫は脳や神経など、体の重要な部分の近くにできることが多いです。 そのため、全てを取り除くのが難しい場合もあります。 最近では、内視鏡という細いカメラを使い、体への負担を減らす手術も行われます。

2. 放射線治療

手術で腫瘍を取りきれなかった場合や、手術が難しい場所にある場合に行います。 多くの場合、手術の後に放射線治療を組み合わせることが標準的な考え方です。 放射線治療には、以下のような種類があります。

  • 強度変調放射線治療(IMRT)
  • ガンマナイフ、サイバーナイフ
  • 重粒子線治療、陽子線治療

特に「重粒子線治療(炭素イオン線治療)」は、脊索腫に有効な局所治療です。 これは、腫瘍がある場所だけをピンポイントで狙い撃ちする治療法を指します。 複数の研究をまとめた報告によると、この治療の長期的な結果が示されています。

治療から10年経った時点で、腫瘍の進行が抑えられている方は54%でした。 また、ご存命だった方は69%であったとされています。 この治療に伴う体への負担も、許容できる範囲であるとわかっています。

3. 化学療法(薬物療法)

いわゆる「抗がん剤」と呼ばれるお薬を使う治療法です。 残念ながら、現在のところ脊索腫に高い効果が期待できるお薬は確立されていません。 そのため、腫瘍が進行した場合などに限って、選択肢として検討されることがあります。