磨耗症
冷たいものが歯にしみたり、歯の根元がくさび状に削れてきたりしていませんか。毎日丁寧に行っている歯磨きが、実は歯を傷つける原因になっている可能性があり、不安を感じる方もいるかもしれません。
この記事では、歯が物理的に削れてしまう「磨耗症」について、その原因や症状を詳しく解説します。歯ぎしりが原因の「咬耗症」や酸が原因の「酸蝕症」との違いにも触れながら、ご自身の状態を見分けるヒントや治療法までを紹介します。
ご自身の歯がなぜ削れているのかを正しく理解し、今後の悪化を防ぐためのセルフケアや、必要な治療を選択するための知識を得るきっかけになります。
磨耗症の概要
磨耗症とは、歯ブラシによる強すぎる力や、歯と歯以外のものが繰り返し接触することで、歯の表面が物理的に削れてしまう状態です。
ゆっくりと進行するため、初期段階では自覚症状がほとんどありません。代表的なものに、歯の生え際(歯頚部)がくさび状にえぐれてしまう「くさび状欠損」があります。この部分はもともとエナメル質が薄いため、いったん削れ始めると下の象牙質が露出しやすくなります。
また、睡眠中の歯ぎしり(睡眠時ブラキシズム)が原因の一つとなることもあります。特に、いびきや無呼吸を伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の患者さんでは、呼吸が止まった際に脳が一時的に覚醒する「微小覚醒(マイクロアローザル)」が起こりやすく、これが無意識の歯ぎしりを誘発する可能性が指摘されています。※
歯がすり減る状態は、その原因によって、磨耗症を含め主に3つに分けられます。
症状名 | 主な原因 | 特徴
磨耗症 (abrasion) | ・強すぎる歯磨き ・異物を噛む癖 | 歯と”歯以外”のものが こすれて削れる
咬耗症 (attrition) | ・歯ぎしり ・食いしばり | 歯と”歯”が直接 こすれて削れる
酸蝕症 (erosion) | ・酸性の飲食物 ・胃酸の逆流 | 物理的な力ではなく、 酸で歯が”溶ける”
実際には、これらの原因が単独ではなく、複数組み合わさって症状を引き起こしているケースも少なくありません。
磨耗症の種類
「歯がすり減る」といっても、その原因は一つではありません。歯がダメージを受けるメカニズムの違いによって、専門的には主に3つのタイプに分類されます。
実際には、どれか一つの原因だけで症状が進むことは少なく、複数のタイプが複合的に関わっているケースも多く見られます。
3つのタイプの主な違いを下記に整理します。
種類 | 主な原因 | 削れ方の特徴
咬耗症 (こうもうしょう) | ・歯ぎしり、食いしばり ・食事の際の強い力 | ・歯と歯が直接こすれ合うことで摩耗する ・奥歯の噛む面や前歯の先端が平らになる
摩耗症 (まもうしょう) | ・強すぎるブラッシング ・硬い歯ブラシや研磨剤の多い歯磨き粉の使用 ・爪やペンなどを噛む癖 | ・歯ブラシなど、歯以外の物との摩擦で削れる ・歯の根元(歯頸部)がくさび状にえぐれる (くさび状欠損)
酸蝕症 (さんしょくしょう) | ・酸性の飲食物の過剰摂取(炭酸飲料、スポーツドリンク、柑橘類など) ・逆流性食道炎などによる胃酸の逆流 | ・物理的な力ではなく、酸によって歯が溶ける ・歯の表面が全体的に丸みを帯びる ・詰め物などが浮き出て見えることがある
ご自身の歯の状態がどのタイプに近いかを知ることは、原因を特定し、適切な対策を立てるための重要な手がかりとなります。
例えば、「咬耗症」の原因となる歯ぎしりは、睡眠中に無意識下で起こるため、食事のときとは比べ物にならないほど強い力がかかるといわれています。
また、「摩耗症」でよく見られる歯の根元のくさび状欠損は、その部分のエナメル質がもともと薄いために起こりやすい現象です。
このように、削れ方にはそれぞれ理由がありますが、自己判断は禁物です。正確な診断とご自身に合った対処法を知るためにも、まずは一度、歯科医院で相談することをおすすめします。
磨耗症の原因
磨耗症は、特定の病気というより、日常生活におけるさまざまな習慣や癖が積み重なり、物理的に歯が削れてしまう状態を指します。原因は一つとは限らず、以下のような要因が複雑に絡み合っていることがほとんどです。
・不適切な歯磨き
毎日良かれと思って行っている歯磨きが、実は歯を傷つける原因になっていることがあります。特に、硬い毛先の歯ブラシでゴシゴシと力を込めて磨く「強すぎるブラッシング」は、歯の表面を物理的に削ってしまいます。また、研磨剤(清掃剤)が多く含まれる歯磨き粉の常用も、摩耗を助長する一因と考えられています。
・歯ぎしり・食いしばり(ブラキシズム)
睡眠中や何かに集中している時に、無意識に歯を強くこすり合わせる歯ぎしりや食いしばりも、歯に過剰な力をかけ摩耗を引き起こす要因です。近年、睡眠中の歯ぎしりは、いびきや無呼吸を伴う「閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)」と関連する可能性が研究で示唆されています。
これは、睡眠中に呼吸が止まると脳が一時的に覚醒する「微小覚醒(マイクロアローザル)」が起こり、これが歯ぎしりを誘発するというメカニズムです※。ただし、両者の明確な因果関係についてはまだ研究段階であり、現時点では「併存しやすい可能性がある」とされています※。
・職業や癖
日常生活の中の何気ない癖や、職業上の習慣が原因となることも少なくありません。
・吹奏楽器(リード楽器など)の演奏
・仕事で釘やピン、糸などを口にくわえる
・爪やペンの先を噛む癖
これらの行為は、特定の歯に継続的な圧力をかけ、少しずつ歯を削る原因になる可能性があります。
・その他の要因(複合的な原因)
上記のほかにも、以下のような要因が関わっている場合があります。
・不適合な詰め物や入れ歯: 高さや形が合っていないと、特定の歯だけが強く当たり、摩擦で削れやすくなります。
・酸の影響(酸蝕症との合併): 逆流性食道炎による胃酸や、酸っぱい飲食物を頻繁に摂る習慣があると、歯の表面が酸で軟らかくなります。その状態で歯磨きをすると、通常よりも歯が削れやすくなってしまいます。
磨耗症の症状
磨耗症はゆっくりと進行するため、初期に症状を自覚することはほとんどありません。歯の表面が物理的に削られていくことで、主に以下のようなサインが現れ始めます。
・歯がしみる(知覚過敏)
冷たい水や風、歯ブラシの毛先が触れたときに「キーン」とした鋭い痛みを感じます。これは、歯の表面を覆うエナメル質が削れ、その内側にある象牙質が露出するためです。象牙質には神経につながる無数の細い管が通っており、外からの刺激が直接伝わりやすくなります。
・歯の形の変化(くさび状欠損)
歯と歯ぐきの境目である「歯頚部(しけいぶ)」が、くさび状にえぐれて見える状態です。この部分はもともとエナメル質が薄いため、ブラッシングなどの物理的な力に特に弱いと考えられています。
・強い痛みや歯の破折
欠損が象牙質の奥深く、歯の神経(歯髄)にまで達すると、何もしなくてもズキズキと痛む「歯髄炎」を引き起こすことがあります。欠損が深刻化すると歯の強度が失われ、硬いものを噛んだときなどに根元から折れてしまうリスクも高まります。
また、磨耗症の原因の一つである睡眠中の歯ぎしり(睡眠時ブラキシズム)は、いびきや無呼吸を伴う「閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)」と併存しやすい可能性が指摘されています※。
これは、睡眠中に呼吸が止まることで脳が一時的に覚醒する「微小覚醒(マイクロアローザル)」が、無意識の歯ぎしりを誘発するというメカニズムが考えられているためです。ただし、両者の明確な因果関係については、まださらなる研究が必要とされています※。
磨耗症の検査・診断
磨耗症の診断で最も大切なのは、「なぜ歯が削れてしまったのか」という原因を正確に突き止めることです。
見た目の症状は同じでも、原因が異なれば対処法もまったく変わってきます。そのため、問診や視診などを通じて原因を丁寧に探り、一人ひとりに合った治療計画を立てていきます。
検査は主に、お話を伺う「問診」、お口の中を拝見する「視診」、そして必要に応じて行う「画像検査」の3つが中心です。
問診
歯が削れた背景には、日々のささいな習慣が隠れていることが少なくありません。原因を探る重要な手がかりとなるため、以下のような点について詳しくお話を伺います。
・歯磨きの習慣: 歯ブラシの硬さ、磨くときの力の強さ、研磨剤の多い歯磨き粉の使用など
・食生活: 硬いものを好んで食べる、酸っぱい飲食物を頻繁に摂るなど
・仕事や趣味での癖: 楽器の演奏、仕事道具やペンなどを口にくわえる癖の有無
・睡眠中の様子: ご自身では気づきにくい「歯ぎしり」や「食いしばり」について、ご家族に指摘された経験がないか、朝起きた時にあごの疲れを感じないかなど
特に睡眠中の歯ぎしりは、いびきや無呼吸を伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)と関連している可能性が指摘されています※。そのため、日中の強い眠気など、関連が疑われるサインがないかも合わせて確認することがあります。
視診
歯科医師が直接お口の中を拝見し、歯の削れ方を詳細に観察します。歯のすり減り方には原因ごとの特徴があり、診断の重要な手がかりとなるからです。
・削れている場所: 奥歯の噛む面か、前歯の先端か、歯の根元(歯ぐきとの境目)か
・削れ方の特徴: 全体的に平らになっているか、くさびのように鋭くえぐれているか
・好発部位の確認: 特に磨耗症が起こりやすいとされる犬歯や小臼歯の状態
歯の根元に見られる「くさび状欠損(むし歯ではない歯の欠損)」は、強すぎるブラッシングなどが原因で起こる、磨耗症の典型的なサインの一つといえます。
画像検査
見た目だけでは判断できない歯の内部の状態を詳しく調べるため、必要に応じてレントゲン(デンタルエックス線写真)を撮影します。
レントゲン検査によって、以下のようなリスクがないかを評価できます。
・見た目以上に欠損が深く、歯の神経(歯髄)に近づいていないか
・削れた部分から、むし歯が内部で進行していないか
・歯を支える骨に異常が起きていないか
これらの情報をパズルのピースのように組み合わせることで、初めて正確な診断がつき、一人ひとりの原因に合わせた最適な治療計画を立てられるようになります。
磨耗症の治療
磨耗症の治療は、「これ以上歯を削らないための原因除去」と「すでに削れてしまった部分の修復」という2つのアプローチを軸に進めます。
まずは、治療の根幹となる生活習慣の改善です。特に、強すぎる力での歯磨きは磨耗症の主な原因となるため、毎日のセルフケアを見直すことが基本となります。
その上で、歯の削れ具合や症状の程度に応じて、以下のような処置を検討します。
症状の程度 | 主な症状 | 治療法
軽度 | ・冷たいものが時々しみる ・見た目の変化はほとんどない | 知覚過敏抑制剤の塗布: 薬剤を塗布し、刺激を伝える神経の通り道(象牙細管)を塞ぐことで、しみる症状を和らげます。
中等度~重度 | ・しみる症状が頻繁にある ・歯の根元にくぼみ(くさび状欠損)が見える | コンポジットレジン充填: ・削れた部分を歯科用の白いプラスチックで埋める処置です。 ・見た目の回復だけでなく、欠損の進行を防ぐ目的もあります。 ・接着力を高めるため、歯の表面を整える下地処理が検討されることがありますが、むし歯ではない歯頸部の欠損修復において、アルミナ粒子を吹き付ける「エアーアブレージョン」という処置は、18カ月後の修復物の保持率に大きな影響を与えなかったという研究報告もあります※。
歯ぎしりが原因 | ・朝起きたときにあごが疲れている ・歯の噛む面が平らになっている | マウスピース(ナイトガード)の装着: 就寝中に装着し、歯ぎしりによる破壊的な力から歯を守るクッションの役割を果たします。
症状を放置すると、欠損が神経に達して強い痛みを引き起こしたり、歯が根元から折れてしまったりするリスクが高まります。治療がより複雑になる前に、歯がしみる、形が変わってきたなどのサインに気づいたら、早めに歯科医院へご相談ください。













