男性乳がん
「乳がん」という言葉を聞いて、女性特有の病気だと思っていませんか?実際には男性も乳腺組織を持つため、乳がんを発症する可能性があります。全乳がんの中で男性が占める割合はごくわずかですが、特にクラインフェルター症候群の男性は、その発症リスクが一般男性の約18倍と報告されており、注意が必要です。
本記事では、男性乳がんの基礎知識から、早期発見につながる兆候、診断方法、そして具体的な治療の選択肢について詳細に解説します。
この記事を通じて、男性乳がんへの正しい知識を身につけ、万が一の体の変化に気づいた際に、ためらわず医療機関を受診する一歩を踏み出せるようサポートします。早期発見と適切な治療が、その後の予後を大きく左右するといえます。
男性乳がんの概要
男性乳がんは、男性の乳腺組織に発生する悪性腫瘍です。乳がんといえば女性の病気というイメージが強いかもしれません。しかし、男性も乳腺組織を持っているため、乳がんを発症する可能性があります。全乳がんの中で男性乳がんが占める割合はごくわずかですが、発症するケースもあることを知っておくことが大切です。
特に注目すべきは、クラインフェルター症候群(KS)と呼ばれる染色体異常を持つ男性です。この症候群の男性における男性乳がんの発生率は、一般の男性と比較して約18倍と、有意に高くなることがデンマークおよび英国のコホート研究で示されています※。これは、体内のホルモンバランスの変化が影響していると考えられており、具体的には次の要因が発症メカニズムとして挙げられます※。
・マイクロRNA(miR-3648およびmiR-3647)の発現低下
・エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモン受容体の発現増加
・外因性アンドロゲン(男性ホルモン)の使用
したがって、クラインフェルター症候群と診断された男性は、乳がんの可能性についてより意識を高めていく必要があるといえます※。ただし、クラインフェルター症候群の男性であっても、女性の乳がん発生率(10万人あたり年間約68.5人)と比較すると、その発生率は依然として大幅に低いことも分かっています※。
男性乳がんは、主に高齢の男性に多く見られる傾向がありますが、年齢に関わらず発症する可能性はあります。全乳がんの中で男性が占める割合はごくわずかではあるものの、早期発見と適切な治療が重要です。そのため、普段からご自身の体の変化に注意を払い、しこりなど気になる症状があれば、ためらわずに医療機関を受診しましょう。
男性乳がんの種類
男性乳がんは、女性乳がんと同じように、がん細胞の性質によっていくつかの種類に分けられます。具体的には、がんがどこから発生したかを示す「組織型」と、がん細胞の悪性度を示す「腫瘍グレード」、そしてがん細胞が持つ特定の「受容体の有無」によって分類されるのが一般的です。
男性乳がんで最も多く見られるのは、乳管の内側から発生し、周囲の組織に広がりながら増殖する「浸潤性乳管がん」です。これは、がん細胞が乳管の壁を破り、周囲の脂肪組織や血管、リンパ管に入り込んでいる状態を指します。一方、乳管の中にがん細胞がとどまっている段階のものは、「非浸潤性乳管がん(乳管内がん)」と呼ばれます。
診断上、特に重要な指標となるのが「腫瘍グレード」です。これは、がん細胞がどのくらい正常な乳腺細胞に似ているか(細胞の分化度)や、細胞分裂の活発さなどから、その悪性度を3段階(グレードI〜III)で評価するものです。グレードが高い(グレードIII)男性乳がんは、病気の進行が早い傾向があることが報告されています※。高グレードのがん細胞は、より未熟で分裂が活発なため、周囲に広がりやすく、転移しやすい性質を持っているためです。
さらに、がん細胞の表面に女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の受容体があるか、またはHER2(ハーツー)タンパクと呼ばれるタンパク質が多く発現しているかどうかも大切な情報です。これらの受容体の有無によって、ホルモン療法やHER2を標的とした分子標的薬など、患者さん一人ひとりに最適な治療法を選ぶ上での手がかりとなります。
男性乳がんの原因
男性乳がんの原因は、一つだけではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症します。特に、生まれ持った遺伝的な要素や、体内のホルモンバランスの乱れが深く関係していると考えられています。
乳がんの発症リスクを高める主な要因は、以下のとおりです。
・遺伝的な要因
・クラインフェルター症候群(KS)
この染色体異常を持つ男性は、一般の男性に比べて乳がんを発症するリスクが約18倍と著しく高くなることが、デンマークおよび英国のコホート研究で報告されています※。なぜリスクが高まるのかというと、体内のホルモンバランスが乱れるだけでなく、遺伝子の働きを調整する「マイクロRNA(miR-3648およびmiR-3647)」という小さな物質の発現が低下すること、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンの受容体が乳腺組織で増えること、あるいは外因性アンドロゲン(男性ホルモン)の使用などが乳腺の異常な変化を引き起こす可能性があるためです※。このため、クラインフェルター症候群と診断された男性は、乳がんの可能性について意識を高めておく必要があるといえます※。
・家族歴と特定の遺伝子変異
血縁者に乳がん患者がいる場合、遺伝的な要因が関わっている可能性があります。BRCA1やBRCA2といった特定の遺伝子変異が、男性乳がんのリスクを高めることがわかっています。これらの遺伝子に変異があると、細胞のDNA修復機能が損なわれ、がんが発生しやすくなるためです。
・ホルモンバランスの乱れ
体内のホルモンバランス、特に女性ホルモンであるエストロゲンが過剰になることで、乳腺組織への影響を通じて乳がんのリスクが高まる可能性があります。具体的には、肥満によって脂肪組織でエストロゲンが生成されやすくなったり、肝臓の病気でエストロゲンが体内で適切に分解されにくくなったりすることが原因となる場合があります。また、一部の薬剤の使用もホルモンバランスに影響を与えることがあります。
・加齢
男性乳がんは、年齢を重ねるごとに発症リスクが上昇する傾向にあります。多くは60歳以上の男性に診断されることが多い背景には、長年にわたり細胞の遺伝子に微細な変異が蓄積されやすくなるという、がんが発生する一般的なメカニズムが関係しています。
・放射線被曝
過去に胸部に放射線治療を受けた経験がある場合、その部位の乳腺組織の細胞がダメージを受け、それが将来的にがん発生のリスクにつながる可能性があります。
これらの要因は、一つだけではなく、複数組み合わさることで乳がんの発症に影響を与えていると考えられています。ご自身の体に不安な点がある場合は、抱え込まずに早めに医療機関へ相談してください。
男性乳がんの症状
男性乳がんは、女性の乳がんと同様に、早期発見が極めて重要です。ここでは、男性乳がんで見られる主な症状について解説します。
1. しこり
男性乳がんの症状として最もよく見られるのは、乳頭のすぐ下やその周辺にできるしこりです。男性の乳腺組織は女性に比べ少ないため、ごく小さな変化にも気づきやすいという特徴があります。
このしこりの特徴は、以下のとおりです。
・硬さ: 硬く触れることが多いです。
・形: 不規則な形をしている場合があります。
・痛み: 初期段階では、痛みを伴わないケースも多くあります。進行したがんでは痛みを感じることもあります。
指で触れた際に、これまでなかった硬い部分に気づいたら、注意が必要です。
2. 乳頭や乳輪の変化
乳頭や乳輪に、次のような変化が現れることがあります。これらの変化は、がん細胞が乳頭周囲の皮膚や組織に影響を与えている可能性を示唆します。
・乳頭が内側にへこむ(陥没)
・乳頭がただれたり、かさぶたができたりする
・乳頭から分泌物が出る(特に血が混じった分泌物)
・乳頭や乳輪の色が変化する
3. 皮膚の変化
乳房の皮膚に、以下のような変化が現れることもあります。これは、がん細胞が皮膚のリンパ管に浸潤することで、皮膚がむくんだり、ひきつれたりするために起こることがあります。
・皮膚が赤くなる
・皮膚が腫れる
・皮膚がオレンジの皮のように凹凸になる(皮膚のひきつれや陥没)
・皮膚にしわやたるみが現れる
4. 脇の下のしこり
がんが進行すると、がん細胞がリンパ管を伝って脇の下のリンパ節へ転移し、そこに新たな硬いしこりとして触れることがあります。これは、がんが進行している可能性を示唆する所見の一つです。
クラインフェルター症候群の男性は、一般的な男性に比べて乳がんを発症するリスクが高いと報告されているため※、特に体調の変化に注意を払う必要があります。
これらの症状に気づいたら、ご自身で判断せず、早めに医療機関を受診して専門医の診察を受けましょう。男性乳がんは女性乳がんと同様に、早期発見と適切な治療が、その後の予後を大きく左右します。
男性乳がんの検査・診断
男性乳がんの検査と診断は、早期発見と適切な治療方針の決定に欠かせないプロセスです。女性乳がんと同様に、まずは患者さんの自覚症状や身体所見を確認し、その後に画像検査や組織検査を経て診断を確定し、病気の進行度を評価していきます。
問診・視診・触診
診察の最初の段階では、医師が患者さんの自覚症状について詳しくお話を伺います。いつから、どのような変化に気づいたのか、痛みはあるか、家族に乳がんの既往歴があるかなど、多角的に情報を集めるのが特徴です。
次に、乳房を目で見て観察する「視診(ししん)」と、指で触れて確認する「触診(しょくしん)」が行われます。
視診では、乳頭のへこみ(陥没)やただれ、左右の乳房の形や皮膚の色調の変化、異常な分泌物の有無などを確認するものです。触診では、乳頭のすぐ下やその周辺に硬いしこりがないか、しこりの大きさや形、可動性(動きやすさ)、痛みの有無などを医師が注意深く確認します。男性の乳腺組織は女性に比べて少ないため、しこりなどの変化に比較的気づきやすいともいえます。もし不安に思う症状があれば、ためらわずに医師に伝えることが重要です。
画像検査
乳房内部の状態を詳しく調べるために、画像検査が行われます。主に次の検査方法が用いられます。
・マンモグラフィ: 乳房を専用の装置で挟んでX線撮影する検査です。女性の乳がん検診でも広く用いられますが、男性の場合、乳腺の量が少ないため、女性に比べてわずかなしこりや石灰化(カルシウムの沈着)も検出されやすいといえます。一方で、男性でも乳房を挟むことによる圧迫感や不快感を感じる可能性があります。
・超音波(エコー)検査: 超音波を当てて、しこりの有無や性状(形、大きさ、内部の構造、血流の様子など)をリアルタイムに画像で評価する検査です。マンモグラフィではわかりにくい小さな病変や、しこりが液体成分の袋(のう胞)なのか、固形の腫瘤なのかといった判別にも役立つ特徴があります。体に負担が少ない検査といえます。
・MRI検査: より詳細な情報を得る必要がある場合に実施されます。強力な磁力と電波を使って体の内部を様々な角度から画像化する検査であり、がんの正確な広がりやリンパ節転移の有無、さらには他の部位への影響などを多角的に評価するのに役立つものです。造影剤という薬剤を点滴しながら検査を行うことで、病変がより鮮明に映し出される場合があります。
組織検査(生検)
画像検査で異常が見つかった場合でも、それだけでは良性か悪性かを確実に区別できないことがあります。そのため、病変の一部を採取して顕微鏡で詳しく調べる「組織検査(生検:せいけん)」が不可欠です。この検査によって、最終的な診断が確定されます。
生検には、主に細い針で病変の一部を吸引する「針生検(はりせいけん)」が行われるのが一般的です。局所麻酔をかけるため、検査中の痛みはほとんど感じないよう配慮されます。採取された組織は、病理医と呼ばれる専門家によって詳細に調べられ、がん細胞の有無、がんの種類、がんの悪性度(グレード)、さらにホルモン受容体やHER2(ハーツー)タンパクの発現状況などが確認されます。これらの情報は、患者さん一人ひとりに最適な治療法を選ぶ上で非常に重要な手がかりです。
診断と病期評価
男性乳がんの診断が確定したら、次に行うべきは、がんの進行度(病期:ステージ)と性質を正確に評価することです。この評価は、最適な治療計画を立てるための基礎となります。
がんの進行度は、TNM分類という国際的な基準を用いて評価されます。Tは腫瘍の大きさ(Tumor)、Nはリンパ節への転移の有無や程度(Node)、Mは遠隔臓器への転移の有無(Metastasis)を示し、これらを総合して病期が決定されるのです。
また、組織検査で判明した「腫瘍の悪性度を示すグレード」の評価も非常に重要とされています。がん細胞がどのくらい正常な乳腺細胞に似ているか(細胞の分化度)や、細胞分裂の活発さなどから3段階(グレードI〜III)で評価され、グレードが高い(グレードIII)男性乳がんは、病気の進行が早い傾向があることが報告されています※。高グレードのがん細胞は、より未熟で分裂が活発なため、疾患特異的生存率の悪化と関連があることも示されており※、治療方針を決定する上で基礎的な情報となります。
これらの詳細な診断と病期評価に基づいて、医師は患者さんとともに手術、放射線療法、薬物療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬など)といった治療選択肢の中から、最適なものを選んでいくことになります。
男性乳がんの治療
男性乳がんは、女性乳がんと比較してまれな疾患ですが、その治療は主に「手術」「放射線療法」「薬物療法」を組み合わせた集学的治療が基本となります。患者さん一人ひとりの病状やがんのタイプ、進行度、全身状態に合わせて、最適な治療計画が立てられます。
1. 手術
男性乳がんの治療の中心は手術です。男性の乳腺は女性に比べて発達していないため、多くの場合、がんのある乳腺組織全体を切除する「乳房全摘術」が行われます。手術では、がん細胞がリンパ節に転移していないかを確認するために、わきの下のリンパ節の一部を採取する「センチネルリンパ節生検」や、転移が認められた場合にはリンパ節を広範囲に切除する「リンパ節郭清」も行われることがあります。
2. 放射線療法
手術後、がんが局所的に再発するリスクを低減する目的で「放射線療法」が検討されることがあります。特に、がんが広範囲に及んでいた場合や、リンパ節への転移が認められた場合などが放射線療法の対象となります。
近年の系統的レビューとメタアナリシスでは、男性乳がん患者において、放射線療法が全生存率(OS)の改善に寄与する可能性が示唆されています※。この研究では、放射線療法を受けた患者群において、死亡リスクの有意な低下が観察されており、OSのプールされたハザード比(aHR)は0.73(95%信頼区間:0.66-0.81)でした※。これは、放射線療法が男性乳がんの治療アルゴリズムにおいて、生存率に有意な臨床的利益をもたらすことを示しているといえます※。ただし、どの患者サブグループが放射線療法から最も恩恵を受けるかについては、さらなる調査が必要です※。
3. 薬物療法
薬物療法は、全身のがん細胞に作用することで、再発や転移を抑えることを目指す治療法です。主に以下の種類があります。
ホルモン療法
男性乳がんの多くは、女性ホルモンであるエストロゲンの刺激を受けて成長する性質(ホルモン受容体陽性)を持っています。このようなタイプのがんに対しては、エストロゲンの働きを抑える「ホルモン療法」が効果を発揮する可能性があります。タモキシフェンなどの薬剤が用いられ、がん細胞の増殖を抑制することで、再発や転移のリスクを低減させます。
化学療法
がんの進行度合いが進んでいる場合や、他の臓器への転移がある場合、あるいは再発リスクが高いと判断された場合に、「化学療法」が選択されます。複数の抗がん剤を組み合わせて治療が行われることもあり、全身に広がったがん細胞を攻撃することで、がんの進行を遅らせることを目的とします。
分子標的薬
がん細胞が持つ特定の分子(タンパク質や遺伝子など)を標的にして、がんの増殖を抑えるのが「分子標的薬」です。例えば、HER2(ハーツー)タンパクと呼ばれるタンパク質が多く発現している「HER2陽性乳がん」の場合、このHER2を標的とする薬剤が使われます。分子標的薬は、がん細胞に特異的に作用するため、従来の化学療法に比べて副作用が少ない傾向がありますが、適用はがんのタイプによって異なります。
これらの治療方針を決定する上で、腫瘍の悪性度を示す「グレード」も重要な判断材料となります。腫瘍グレードとは、がん細胞がどのくらい正常な乳腺細胞に似ているか(分化度)や、細胞分裂の活発さなどから、その悪性度を3段階(グレードI〜III)で評価するものです。特に悪性度の高い高グレードの腫瘍(グレードIII)は、疾患特異的生存率(BCSS)の悪化と関連があることが系統的レビューで報告されています※。このレビューでは、低グレード(グレードI)と比較して高グレード(グレードIII)の腫瘍で、乳がん特異的生存率との間に有意な関連が最も顕著に認められました※。高グレードのがん細胞は、より未熟で分裂が活発なため、病気の進行が早い傾向があると考えられています。したがって、治療の選択やその後の経過を予測する上で、腫瘍グレードの情報が不可欠となります。
医師と十分に話し合い、ご自身の状態に合わせた最適な治療法を選択することが大切です。









