造血器腫瘍

原因不明のだるさや発熱、覚えのないあざ。こうした体のサインに不安を感じていませんか。それは「血液のがん」とも呼ばれる造血器腫瘍の症状かもしれません。白血病や悪性リンパ腫に代表されるこの病気は、誰にとっても無関係ではありません。

「全身に広がるがん」と聞くと、治療が難しいという印象を持たれがちです。しかし、実はその性質こそが、薬が全身のがん細胞に届きやすいという治療上の利点に繋がっています。これは、特定の場所にできる固形がんとの大きな違いです。

近年、がんの原因となる遺伝子の研究は目覚ましく進歩し、新しい治療の選択肢も増え続けています。この記事では、造血器腫瘍の正しい知識から最新の治療法までを解説します。ご自身の状態を理解し、最適な治療法を見つけるための一歩としてお役立てください。

造血器腫瘍の概要

造血器腫瘍とは、血液をつくる骨髄やリンパ節といった「造血器」に発生する、がんの総称です。「血液のがん」とも呼ばれ、主に白血病や悪性リンパ腫などがあります。

このがんは、胃がんや肺がんのように特定の場所に固まってできる「固形がん」とは、少し性質が異なります。その違いを表で見てみましょう。

造血器腫瘍(血液のがん)

固形がん(胃がんなど)

病気の広がり方

血液やリンパの流れに乗り、早い段階から全身に広がりやすい特徴があります。

はじめは特定の場所にでき、進行すると他の場所に転移することがあります。

主な治療法

お薬(抗がん剤など)を使い、全身のがん細胞を攻撃する治療が中心です。

手術や放射線治療など、がんのかたまりに対する局所的な治療が中心です。

血液のがんは全身に広がりやすい性質がありますが、それは治療の面で有利に働くこともあります。お薬も血液の流れに乗り、全身のがん細胞へ届きやすいためです。そのため、薬物療法がとても効果的ながんの一つと言えます。

ただし、治療中は体の抵抗力(免疫力)が低下しやすいため、感染症には特に注意が必要です。健康なときには軽い風邪で済むRSウイルス感染症でも、重い肺炎(下気道感染症)に進行してしまうことがあります。

ある研究では、このような重い肺炎になった患者さんに対して、リバビリンというお薬が死亡率を低下させる可能性と関連することが示されました。がん自体の治療だけでなく、感染症の予防や管理も非常に重要なのです。

造血器腫瘍の種類

造血器腫瘍は、がんになる血液細胞の種類によって、主に3つのグループに分けられます。 「白血病」「悪性リンパ腫」「多発性骨髄腫」がその代表です。

これらの病気は、体の設計図である遺伝子に異常が起こることで発症します。 近年、遺伝子の働きを調節する「NSDタンパク質」の異常が、がんの発生に関わることがわかってきました。

NSDタンパク質は、細胞が増えるタイミングなどを決めるスイッチのような役割を担っています。 このスイッチが壊れることで、細胞が異常に増え続け、がん化してしまうのです。 そこで、このNSDタンパク質の働きを邪魔する新しいお薬の研究が世界中で進められています。 がん細胞の増殖を止めたり、体が本来持つ免疫の力でがんと戦う手助けをしたりする治療法が期待されています。

以下に、代表的な造血器腫瘍の種類をまとめました。

大きな分類

さらに細かい分類の例

白血病

急性骨髄性白血病(AML)

急性リンパ芽球性白血病(ALL)

慢性骨髄性白血病(CML)

慢性リンパ性白血病(CLL)

悪性リンパ腫

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)

濾胞性リンパ腫(FL)

成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)

ホジキンリンパ腫(HL)

多発性骨髄腫

孤立性形質細胞腫

ALアミロイドーシス

POEMS症候群

このように多くの種類に分かれているのは、血液細胞が成長するどの段階でがんになるかによって、病気の性質が大きく異なるためです。 だからこそ、どの種類の腫瘍なのかを正確に診断することが、適切な治療を選ぶための最も重要な第一歩となります。

造血器腫瘍の原因

造血器腫瘍の根本的な原因は、血液を作る細胞の設計図である「遺伝子」に、生まれた後に何らかの傷がつくことです。 そのため、親から子へ受け継がれる病気ではありません。

遺伝子に傷がつく主な要因は、まだ完全には解明されていません。 しかし、いくつかのリスク要因が関係していると考えられています。

  • 加齢 年齢を重ねると、細胞が新しくなる際のコピーミスが起こりやすくなります。 この小さなミスが積み重なることが、がんの最も一般的な原因の一つです。
  • 遺伝子を調節する仕組みの異常 私たちの体には、細胞が無秩序に増えないよう見張る仕組みがあります。 近年の研究で、その見張り役「NSDタンパク質」の異常が、がんの発生に深く関わることがわかってきました。

NSDタンパク質は、細胞が増えすぎるのを防ぐブレーキのような役割を担っています。 この大切なブレーキが効かなくなる原因がいくつか報告されています。

  • 過剰発現 ブレーキの部品が、必要以上にたくさん作られてしまう状態です。
  • 変異 ブレーキの部品そのものが、壊れてしまっている状態です。
  • 染色体転座 遺伝子の設計図の一部が、本来とは違う場所に入れ替わってしまう状態です。

このような異常が、血液のがんだけでなく、他の固形がんの発生や進行にも関わることがわかっています。 そのため、このNSDタンパク質を標的とした新しいお薬の研究が世界中で進められています。

その他、特定の化学物質やウイルス感染がきっかけになることもあります。 しかし、多くの場合、はっきりとした一つの原因を特定するのは難しいのが現状です。

造血器腫瘍の症状

造血器腫瘍の症状は、血液の工場である骨髄の機能が乱れることで現れます。 血液には大切な3つの働きがあり、そのどれが乱れるかによって症状は異なります。

  1. 赤血球の働き 全身に酸素を運ぶ役割を担います。
  2. 白血球の働き 体内に侵入した細菌やウイルスと戦います。
  3. 血小板の働き 出血した際に血を止める役割があります。

これらの血液細胞ががん化したり、作られなくなったりすると、以下のようなサインが体に現れ始めます。

  • 貧血による症状(赤血球の減少) 酸素の運び屋である赤血球が減ると、体は酸欠状態に陥ります。 そのため、少し動いただけでも息切れや動悸がしたり、めまいや強いだるさを感じたりします。
  • 感染症にかかりやすくなる(白血球の異常) 体の防衛隊である白血球が減ったり、うまく機能しなくなったりすると、抵抗力が低下します。 風邪が治りにくくなったり、原因不明の熱が続いたりします。
  • 出血しやすくなる(血小板の減少) 血を固める血小板が減ると、血が止まりにくくなります。 ぶつけた覚えがないのにあざができたり、鼻血や歯ぐきからの出血がみられたりします。

これらの症状に加え、首やわきの下、足の付け根などのリンパ節が腫れることもあります。 また、新しいタイプのお薬(CAR-T細胞療法など)を使った治療では、ドライアイといった目の症状など、これまであまり知られていなかった体の変化が起こることも報告されています。

こんなサインに気づいたら要注意

以下のチェックリストで、ご自身の体調を振り返ってみましょう。

症状の種類

具体的なサイン

貧血のサイン

□ 周りの人から「顔色が悪い」と心配された

□ 今まで平気だった階段で息が切れる

□ 朝起きるのがつらく、一日中だるさが続く

感染症のサイン

□ 37.5度以上の熱が何日も続く

□ 一度ひいた風邪が、2週間以上治らない

出血傾向のサイン

□ ぶつけた記憶がないのに、手足にあざがある

□ 歯磨きのときに、歯ぐきからよく血が出る

これらの症状は他の病気でも起こりえますが、複数当てはまる場合や症状が長く続く場合は、一度かかりつけ医や血液内科へご相談ください。

造血器腫瘍の検査・診断

造血器腫瘍が疑われる場合、まず病気の正体を正確に突き止める検査が必要です。 一人ひとりに合った最適な治療法を選ぶための、とても大切なステップになります。

病気の種類によって、中心となる検査は異なります。

病気の種類

主な検査方法

検査の目的

白血病

骨髄検査(こつずいけんさ)

血液をつくる骨髄の液体を採り、がん細胞の有無や種類を確定します。

悪性リンパ腫

リンパ節生検(せいけん)

腫れたリンパ節の組織を一部取り、顕微鏡で詳しく調べて診断します。

画像検査(CT、PETなど)

がんが体のどこまで広がっているか(病期)を精密に調べます。

多発性骨髄腫

血液検査・尿検査

がん細胞が作る「Mたん白」という異常なたんぱく質がないか調べます。

骨髄検査

骨髄の中に、がん細胞(骨髄腫細胞)がどのくらいあるかを確認します。

これらの基本的な検査に加え、細胞の設計図にあたる遺伝子を詳しく調べる検査も重要です。 「分子遺伝学的検査」と呼ばれ、がんの原因となる遺伝子の傷を特定します。

例えば、生まれつきの病気であるソトス症候群は、NSD1という遺伝子の異常を見つけることで診断が確定します。 造血器腫瘍でも同様に、がん細胞の遺伝子を分析し、診断を確立することが可能です。 この検査により、人によって症状の現れ方(表現型)が違う理由の解明にも繋がります。 どの遺伝子に異常があるかを特定することが、より効果的な治療法を選択する鍵となるのです。

造血器腫瘍の治療

造血器腫瘍の治療は、お薬で全身のがん細胞を攻撃する「薬物療法」が中心です。 血液のがんは、血液の流れに乗って全身に広がりやすい特徴を持っています。 そのため、手術で一部分を取り除くよりも、お薬で全身を治療することが効果的です。

治療法は、がんの種類や体の状態、年齢などを総合的に考えて、慎重に選びます。 一人ひとりに合わせた「オーダーメイド治療」が基本です。

主な治療法の種類

  • 化学療法(抗がん剤治療) 点滴や飲み薬を使って、がん細胞が増えるのを抑えたり、破壊したりします。 造血器腫瘍の治療の基本となる方法です。
  • 分子標的薬 がん細胞だけが持つ「特別な目印」を狙い撃ちするお薬です。 正常な細胞へのダメージが少なく、副作用を抑えやすい特徴があります。
  • 放射線療法 リンパ節の腫れなど、がんが特定の場所に固まっている場合に有効です。 放射線をあてて、がん細胞を直接攻撃します。
  • 造血幹細胞移植 強力な化学療法などの後に行う治療法です。 健康な血液を作る「タネ」となる細胞(造血幹細胞)を移植します。

進歩する新しい治療法

近年、治療の研究は目覚ましく進んでおり、新しい選択肢も増えています。

  • CAR-T細胞療法 ご自身の免疫細胞を取り出し、がんを攻撃する力をパワーアップさせて体内に戻す治療法です。 高い効果が期待される一方、最近の研究では「ドライアイ」などの目の症状が副作用として現れる可能性も報告されています。
  • がんのスイッチを標的とする新薬 がんが増える原因となる「NSDタンパク質」というスイッチの働きを邪魔する、新しいお薬の研究が世界中で進んでいます。 がんの原因物質そのものを分解してしまう薬(タンパク質分解薬)など、これまでになかった仕組みの治療法も開発されており、将来が期待されています。

どの治療法を選ぶかは、病状や生活スタイルに合わせて医師とよく相談することが大切です。