壊死性筋膜炎

「人食いバクテリア」という言葉を耳にしたことはありますか?その正体こそが、皮膚の奥深くで組織を急速に破壊していく「壊死性筋膜炎」です。この病気の最も恐ろしい特徴は、その進行の速さにあります。

ささいな切り傷や虫刺されをきっかけに細菌が体内に侵入し、わずか数時間から数日で命を脅かす事態に発展することもあるのです。見た目とは不釣り合いなほどの激しい痛みは、見過ごしてはならない危険なサインかもしれません。

この記事では、誰の身にも突然起こりうる壊死性筋膜炎の正体と、その初期症状、そして時間との戦いとなる治療法について詳しく解説します。正しい知識が、あなたやあなたの大切な人の命を守ることに繋がります。

壊死性筋膜炎の概要

壊死性筋膜炎(えしせいきんまくえん)は、 皮膚の奥深くで起こる細菌感染症です。 私たちの筋肉は、「筋膜(きんまく)」という薄い膜で包まれています。 この筋膜やその周りの脂肪組織に細菌が感染して発症します。

この病気の最も恐ろしい特徴は、その進行の速さです。 感染した組織は、急速に「壊死(えし)」という、 細胞が死んでしまう状態に陥ります。 数時間から数日で重症化し、命を脅かすこともあるため、 一刻も早い治療が求められます。

この病気のポイントは、以下のとおりです。

  • 感染する場所
  • 皮膚の深い部分にある筋膜や、その周りの組織です。
  • 何が起きるか
  • 感染した部分の細胞が、急速に死んでしまいます(壊死)。
  • 病気のスピード
  • 非常に速く進み、あっという間に重症になることがあります。

治療は、壊死した組織を取り除く手術と、 原因菌に合わせた抗生物質の投与が基本です。 しかし、適切な治療を行っても、治りにくいケースも存在します。

最近の研究では、その原因の一つが指摘されています。 細菌が「パーシスター」と呼ばれる、 薬が効きにくい特殊な状態になることがあるのです。 この状態の細菌は、遺伝的に薬への耐性を持つわけではありません。 しかし、体内で生き残り、治療を長引かせたり、 再発の原因になったりする可能性が考えられています。

壊死性筋膜炎の種類

壊死性筋膜炎は、原因となる細菌の種類で分けられます。 どの細菌が原因かを見極めることは、とても重要です。 細菌の種類によって病気の進み方や使う薬などが変わります。 そのため、治療方針を決める上で大切な情報になります。

主に、原因菌の数によって大きく2つのタイプに分類されます。

  • I型(いちがた):多菌性(たきんせい) 複数の種類の細菌が、同時に感染して起こるタイプです。 酸素が好きな菌と嫌いな菌が協力し合って、悪さをします。 壊死性筋膜炎の中では、このタイプが一番多く見られます。 糖尿病などの持病がある方や、大きな手術の後に発症しやすいです。
  • II型(にがた):単一菌性(たんいつきんせい) 1種類の細菌だけが原因となるタイプです。 「人食いバクテリア」とも呼ばれるA群溶血性レンサ球菌が代表です。 このタイプは健康な人にも突然起こることがあります。 病気の進むスピードが非常に速い、危険な特徴を持っています。

分類

主な原因菌

特徴

I型

複数の細菌が混在

最も多い。持病がある方に起こりやすい。

II型

A群溶血性レンサ球菌など

進行が非常に速い。健康な人にも起こりうる。

この他にも、特殊な細菌が原因となる場合があります。 例えば動物の研究ですが、結核菌の仲間であるマイコバクテリウム属菌などが、 皮膚の深い場所で組織を壊すことがあると報告されています。 このように、まれな菌が原因になることも知られています。

壊死性筋膜炎の原因

壊死性筋膜炎は、細菌が体内に侵入して起こる感染症です。 私たちの体には、細菌から身を守るためのバリア機能があります。 しかし、その防御を乗り越えて細菌が入り込むと発症します。

原因となる細菌は、1種類とは限りません。 普段は体にいても無害な「常在菌」が原因になることもあります。

  • 原因となる主な細菌
  • A群溶血性レンサ球菌(人食いバクテリアとも呼ばれます)
  • 黄色ブドウ球菌
  • 大腸菌

感染のきっかけは「小さな傷」

細菌は、皮膚にできたごくわずかな傷から体の中に入り込みます。

  • 感染の入り口となる例
  • 切り傷や擦り傷
  • 虫に刺された痕(あと)
  • 注射や手術の傷

このように、日常生活で起こりうる、ささいな怪我がきっかけです。 感染の入り口になる可能性があることを覚えておきましょう。

かかりやすくなる体の状態

誰にでも発症する可能性がありますが、特に注意が必要な状態があります。 それは、体の抵抗力(免疫力)が落ちているときです。

  • リスクが高まる要因
  • 糖尿病などの持病がある
  • 免疫の働きを抑える薬を使っている
  • 大きな怪我や手術のあと

最近の研究では、特定の皮膚の病気との関連もわかってきました。 例えば、「尋常性天疱瘡」という皮膚に水ぶくれができる病気です。 この病気では、皮膚のバリア機能が壊れやすくなります。 さらに、治療で免疫を抑える薬を使うことも少なくありません。 「皮膚のバリア破壊」と「免疫力の低下」が重なることで、 壊死性筋膜炎を発症する危険性が高まることが指摘されています。 体の抵抗力が落ちているときの怪我は、特に注意が必要です。

壊死性筋膜炎の症状

壊死性筋膜炎の症状は、とても速く進むのが大きな特徴です。 はじめは軽い傷や虫刺されのように見えても油断はできません。 あっという間に重い状態になることがある、危険なサインです。

症状は、感染した場所にあらわれるものと、体全体に広がるものがあります。

感染した場所の症状

皮膚の見た目と、患者さんが感じる痛みの強さが釣り合わない時、 私たちはこの病気を強く疑います。

  • 初期のサイン 皮膚の赤みや腫れは軽いのに、耐えられないほどの激しい痛みを感じます。 熱っぽさを伴うこともあり、はじめは「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」という、 別の皮膚の感染症と見分けるのが難しい場合があります。
  • 進行したときのサイン 数時間から数日で、皮膚の状態は急激に悪化します。 皮膚が紫色から黒っぽく変色し、やけどのような水ぶくれができます。 やがて組織が死んでしまう「壊死」が起こり、感覚がなくなります。

体全体の症状

皮膚の症状と同時に、細菌の毒素が全身に回ることで、 体全体の状態も急激に悪化していきます。

  • 38度以上の高熱、寒気、ふるえ
  • 心臓がドキドキして脈が速くなる
  • 血圧が急に下がり、ショック状態になる
  • 意識がぼんやりしたり、ぐったりしたりする

特に、皮膚に水ぶくれができる病気(尋常性天疱瘡など)をお持ちの方は、 皮膚のバリア機能が弱くなっているため注意が必要です。 また、他の病気の治療で免疫の働きを抑える薬を使っている方も、 重い感染症を起こしやすいため、より慎重な観察が求められます。

一つでも当てはまる症状があれば、迷わず救急外来を受診してください。

壊死性筋膜炎の検査・診断

壊死性筋膜炎は、症状がものすごいスピードで進む病気です。 そのため、診断を急ぎ、一刻も早く治療を始めることが大切です。 見た目はただの傷でも、激しい痛みがあるなど、 少しでも疑わしい場合は、すぐに病院を受診してください。

診断は、いくつかの検査を組み合わせて総合的に判断します。

診断の流れ

まず基本となるのは、お話を聞く「問診」と体を調べる「診察」です。 いつからどんな症状があるか、けがはなかったかなどを伺います。 そして、感染が疑われる場所の痛みや腫れ、皮膚の色を、 目で見て、手で触って丁寧に確認します。

さらに、体の内部で何が起きているかを詳しく調べる検査を行います。 診断をより早く、正確にするために、とても重要です。

検査の種類

検査でわかること

血液検査

体の中で起きている炎症の大きさ(CRPや白血球の値)や、<br>全身の状態を数字で詳しく確認します。

画像検査

CTやMRIで、体の内部を詳しく見ます。<br>筋肉を包む「筋膜」に沿って炎症が広がっていないか、<br>細菌によるガスが溜まっていないかなどを観察します。

細菌検査

患部の一部を少し採って、原因の細菌を特定します。<br>どの細菌が悪さをしているかを知ることで、<br>最も効果のあるお薬(抗生物質)を選べます。

試験切開

診断をはっきりさせるために、皮膚を小さく切ります。<br>そして、中の組織が死んでいない(壊死していない)かを、<br>直接目で見て確認することもあります。

注目される超音波(エコー)検査

最近では、ベッドサイドですぐにできる超音波(エコー)検査が、 壊死性筋膜炎の診断を早める可能性があるとして注目されています。 しかし、その有効性をはっきりとさせるためには、 さらに多くの研究が必要とされているのが現状です。

壊死性筋膜炎の治療

壊死性筋膜炎は、組織が死んでしまう速度が非常に速い病気です。 そのため、診断されたら一刻も早く治療を始める必要があります。 まさに時間との戦いであり、命を守るためには、 いかに迅速に治療を開始できるかが、何よりも重要になります。

治療は、以下の3つの方法を同時に、そして強力に進めていきます。

  • 外科的治療(デブリードマン)
  • 感染して死んでしまった組織を、手術で取り除く治療です。
  • 抗菌薬による治療
  • 原因となっている細菌を、お薬で攻撃する治療です。
  • 全身状態の管理
  • 弱ってしまった体全体を支え、安定させる治療です。

外科的治療(デブリードマン)

この病気の治療で、最も大切で優先されるのが緊急手術です。 感染によって死んでしまった皮膚や筋膜などの組織(壊死組織)を、 物理的に取り除く「デブリードマン」という処置を行います。

抗菌薬だけでは、急速に広がる細菌の勢いを止めることは困難です。 壊死した組織は、細菌の「すみか」となり、毒素を出し続けます。 そのため、感染の広がりを食い止めるには、 原因の大元を速やかに取り除くことが不可欠なのです。

一度の手術で完了することは少なく、感染の広がりを確認しながら、 複数回の手術が必要になる場合もよくあります。

抗菌薬による治療

手術と並行して、原因菌をたたくための強力な抗菌薬を投与します。 お薬は、点滴で体の中に直接届け、細菌と戦わせます。

はじめは、様々な種類の細菌に効果が期待できる薬を使います。 そして、検査で原因となっている細菌が特定され次第、 その細菌に最も効果的な抗菌薬に切り替えて治療を続けます。

全身状態の管理

壊死性筋膜炎は、感染した部分だけでなく全身に影響を及ぼします。 細菌の毒素が全身に回り、血圧の低下や臓器の機能不全など、 命に関わる状態に陥ることがあるため、集中治療が必要です。

特に、糖尿病などの持病がある方や、体の抵抗力が落ちている方は、 より重症化しやすいため、慎重な管理が求められます。

治療法

目的

輸液

水分や栄養を補給し、低下した血圧を安定させます。

人工呼吸器

自分の力で十分に呼吸ができなくなった場合に補助します。

昇圧薬の使用

薬の力で血圧を正常な範囲に保ち、臓器を守ります。