サッカーのシュートや短距離走のスタートダッシュ。全力でプレーに打ち込むその瞬間、股関節の付け根に「ブチッ」という鈍い音とともに激痛が走る──。それは、スポーツに励む成長期の学生に多発する「裂離骨折」のサインかもしれません。
この骨折は、急激に発達する強靭な筋肉のパワーに、まだ成長途中の骨が耐えきれず、文字通り引き剥がされてしまうことで起こります。単なる肉離れとは違い、体の土台である骨盤の一部が損傷する、アスリート生命にも関わる可能性のあるケガなのです。
この記事では、上前・下前腸骨棘裂離骨折が起こる詳しい原因から、症状の見分け方、そして手術をしない保存療法から最新技術を用いた手術療法までを徹底解説します。早期の競技復帰を目指すために、ぜひ正しい知識を身につけてください。
上、下前腸骨棘裂離骨折の概要
上前腸骨棘や下前腸骨棘の裂離骨折は、骨盤の骨の一部が筋肉に強く引っ張られて剥がれてしまう骨折です。 特に、サッカーや短距離走などで、急にダッシュしたりボールを蹴ったりする成長期の学生に多く見られます。
これは、まだ骨が成長しきっていない柔らかい骨が、急激に収縮する強い筋肉の力に負けてしまうことで起こります。 骨盤の骨折という大きな枠組みでみると、治療を進めるうえで大切な基本方針は共通しています。
ある研究では、骨盤骨折の治療では以下の3つが中心になると報告されています。
治療には、手術をしない「保存療法」と、手術で骨を固定する「手術療法」があります。 ほとんどの場合は保存療法で回復が期待できますが、骨のずれが大きい場合には手術が選択されることもあります。 手術をすると痛みが早く和らぎ、早期の回復につながる傾向があるという研究報告もあり、治療法は慎重に判断されます。
上、下前腸骨棘裂離骨折の種類
骨盤の前側には、筋肉がくっつく土台となる骨の出っ張りが2つあります。 上前腸骨棘(じょうぜんちょうこつきょく)と下前腸骨棘(かぜんちょうこつきょく)です。 どちらの骨が剥がれるかによって、骨折の種類は大きく2つに分けられます。
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種類
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骨折する場所
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原因となる筋肉
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起こりやすい動き
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上前腸骨棘
裂離骨折
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骨盤の前の、いちばん出っ張っている部分
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・縫工筋(ほうこうきん)
・大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)
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・ランニングのスタート
・ハードルを跳ぶ動き
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下前腸骨棘
裂離骨折
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上前腸骨棘の少し下にある出っ張り
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・大腿直筋(だいたいちょっきん)
(太ももの前の大きな筋肉)
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・ボールを強くける動き
・短距離走
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骨のずれが小さい場合は、安静にする保存療法で回復を目指します。 しかし、骨が大きくずれてしまった場合には手術で固定することがあります。
近年の骨盤骨折の手術は、医療技術の進歩でより安全で正確になっています。 例えば、3Dプリンターで患者さん一人ひとりの骨の形に合わせた、手術用の道具(ガイドプレート)を作成する技術が活用され始めています。
ある研究では、このガイドプレートを使うことで手術の精度が高まり、手術時間が短くなることが報告されています。 また、骨を固定するプレートを複数組み合わせたり、より頑丈なものを使ったりして、安定性を高める工夫も行われています。 こうした新しい技術が、手術後の合併症を減らし、より良い治療結果につながっています。
上、下前腸骨棘裂離骨折の原因
この骨折は、筋肉が骨を強く引っ張りすぎることで起こります。 特にスポーツを頑張る成長期の中学生や高校生に多いのが特徴です。
原因は、筋肉の成長と骨の成長のアンバランスにあります。 成長期は筋肉がどんどん発達しますが、骨はまだ完全に固まっていません。 骨には骨端線(こったんせん)という、成長のための軟骨部分が残っています。 この部分は、大人の完成された骨に比べて強度が少し弱いのです。
急に走ったり、ボールを強く蹴ったりする動きを考えてみてください。 このとき、太ももの筋肉は爆発的な力で一気に縮みます。 その強い力が、まだ弱い骨端線の部分にかかってしまい、筋肉がついている骨の一部が「ペリッ」と剥がされてしまうのです。
このような、瞬間的に大きな力がかかるケガは「高エネルギー外傷」の一種です。 交通事故のような大きな事故だけでなく、スポーツでの急激な動作も含まれます。 骨盤は、体幹から足へ力を伝える「荷重伝達」という重要な役割を担っています。 体の土台となる大切な骨盤の一部が、スポーツの力で損傷してしまうのです。
具体的には、以下のような動作が原因になりやすいです。
- 地面を強く蹴り出す瞬間に、太ももの筋肉が急激に収縮します。
- ボールを蹴るために足を大きく振り上げたときに、筋肉が骨を強く引っ張ります。
- 足を高く持ち上げる動作で、股関節周りの筋肉に大きな負担がかかります。
上、下前腸骨棘裂離骨折の症状
スポーツのプレー中、股関節の付け根あたりに突然、激しい痛みが走ります。 筋肉が骨を引きはがす瞬間に、「ブチッ」という鈍い音や、何かが切れたような感覚を覚えることも少なくありません。
骨折が起こると、次のような症状が体に現れます。
- 骨盤の前側で、腰骨の出っ張っているあたりに強い痛みを感じます。
- 痛みのせいで足に体重をかけられず、びっこを引いたり、歩けなくなったりします。
- ももを上げる、階段をのぼる、ボールをけるといった動作で痛みが強まります。
- 骨折した部分が熱をもって腫れてきます。数日経つと、あざが出てくることもあります。
- 痛みの中心を指で軽く押すだけで、飛び上がるほどの強い痛みを感じます。
骨盤は、上半身の重さを両足に伝える「荷重伝達」という重要な役割を持っています。 そのため、この部分を骨折すると体をうまく支えられず、歩くときに不安定になります。
まれですが、折れた骨のかけらが近くの神経を圧迫することがあります。 そうなると、太ももの前側にしびれや、触られた感覚が鈍くなるなどの神経症状が出る可能性もあります。
上、下前腸骨棘裂離骨折の検査・診断
スポーツ中に股関節の付け根を痛めた場合、まずは詳しくお話を聞きます。 いつ、どんな動きで痛くなったか、痛みの場所などを丁寧に確認します。 次に、痛い場所をそっと押したり、股関節を動かしたりして、骨折が疑われる場所を特定していきます。
お話と診察で骨折の可能性が高いと判断したら、骨の状態を正確に知るために「画像検査」を行います。 骨盤は体の奥にあって複雑な形をしているため、色々な方法で骨の状態を確かめる必要があります。
- まず初めに行う、骨の写真を撮る基本的な検査です。
- 骨のかけらが剥がれていないか、どのくらいずれているかを確認します。
- 多くの場合は、このレントゲン検査で診断がつきます。
- レントゲン写真を、さらに細かく立体的に見ることができる検査です。
- 骨を輪切りの画像にして、骨折の線をはっきりと映し出します。
- レントゲンでは見つけにくい小さな骨折も発見でき、診断における「ゴールドスタンダード(最も信頼できる検査)」とされています。
- 骨だけでなく、筋肉やその周りの組織の状態も詳しく見たい時に行います。
- ケガをした直後でも、骨の中のわずかな出血(骨髄浮腫)を捉えられます。
- レントゲンに写らないような、ごく初期の変化を見つけるのに役立ちます。
これらの検査結果をパズルのように組み合わせ、骨折の状態を正確に診断します。 そして、その診断に基づいて、一人ひとりに合った最適な治療計画を立てていきます。
上、下前腸骨棘裂離骨折の治療
骨折の治療法は、骨のかけらがどのくらいずれているかによって決まります。 大きく分けて、手術をしない「保存療法」と、手術で治す「手術療法」の2つがあります。
手術をしない「保存療法」
骨のズレが小さい場合に選ばれる、体に負担の少ない治療法です。 骨盤骨折の保存療法では、次の3つが治療の中心になるという研究報告もあります。
- まずは安静にして、痛みを和らげます。股関節を少し曲げた楽な姿勢をとり、痛み止めのお薬を使うこともあります。
- 痛みが落ち着いたら、関節や筋肉が固まらないように、少しずつ動かす練習を始めます。
- すぐに体重はかけません。2週間ほどしたら松葉杖を使って、骨に負担をかけずに歩く練習から開始します。
手術で治す「手術療法」
骨のズレが大きい場合や、スポーツへの早い復帰を強く望む場合に検討します。 ずれた骨のかけらを元の位置に戻し、特殊なネジなどでしっかりと固定する手術です。
ある研究では、手術をした方が痛みが早く和らぎ、動けるようになるまでの時間も短くなる傾向が示唆されています。 最近では、3Dプリンターで患者さんの骨の形に合わせた手術用の道具を作る技術も進んでいます。 これにより、手術の正確さや安全性を高める工夫も行われています。
どちらの治療法を選んでも、骨がくっつくまでには2〜3ヶ月ほどかかります。 その後、本格的なスポーツ復帰に向けてリハビリを行います。 担当の先生とよく相談し、自分に合った治療法を選びましょう。